新しいプレス自主規制機関をめぐる議論(Arguments on the New Press Regulator)

保守党、自民党そして労働党の主要三党の合意した新しいプレスの自主規制機関を巡っては様々な議論がある。新聞の中にもインデペンデント紙のように「もっと悪いものになっていたかもしれない」と受け入れるところもあれば、今回の合意を非難し、態度を留保している新聞も多い。その中で、ガーディアン紙の見解は、「書類の上ではよい取り決めのように見えるが・・・」で、新聞業界との交渉がこれから始まるかもしれないと警告している。(http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2013/mar/18/press-regulation-pressandpublishing

ガーディアン紙は、報道の自由とプレスの個人のプライバシー侵害とのバランスをどうとるかという議論の他に、政治家とプレスとの「腐敗」の問題に言及している。この「腐敗」で示唆しているのは、レヴィソン委員会の公聴会でも明らかになったように、政治家が、読者に大きな影響力を持つ大手の新聞を恐れ、選挙で有利な扱いを受けるようご機嫌取りをし、これらの新聞はそのためにかなり有利な取り扱いを受けていたことだ。その結果、レヴィソン卿の言葉を借りれば、プレスは「罪なき人たちの人生を滅茶苦茶に」していた。

このプレスと政治家の関係のため、政治家は、これまで「報道の自由」の原則を盾に、プレス規制に消極的であったといえる。もちろん、ここでの政治家は、保守党だけではなく、労働党もそうである。結局、レヴィソン卿が報告書で主張したように、政治家の意思が重要であった。主要三党が妥協し、超党派で合意したことで、どの政党もプレスの標的になることを免れたと見られている。

今後の行方であるが、この自主規制機関はかなりのスピードで制定されることになると思われる。3月18日夜、下院で、新しい自主規制機関に参加しない新聞に対して 裁判所に懲罰的賠償金を課すことを許す条項が、ある法案に入れられた。その採決結果は、賛成530、反対13であった。下院議員は党派を超えて、この新制度を受け入れているようである。

勅許の内容は、今後若干の修正があるかもしれないが、一度決まってしまえば、上下両院で3分の2の支持がなければ条項は修正できないことになっている。プレスはこの新制度をできるだけ受け入れやすくするよう懸命のロビイング活動を行うかもしれないが、基本的な枠組みは受け入れざるを得ない状態となっているといえる。

キャメロン政権の分岐点(Cameron’s Watershed Moment)

野党労働党のミリバンド党首が下院で質問した。3月13日の水曜日恒例の「首相への質問」でのことである。

「アルコール価格制限での首相のUターンを考えると、首相、おっしゃっていただけますか?ビール醸造所で首相が何か催せるものがありますか?」

これを聞いて、労働党下院議員は大喜びした。保守党下院議員は苦笑いし、静かになった。キャメロン首相はこのジョークの質問を、影の財相をダシに労働党への攻撃に使おうとしたが、不発に終わった。

ミリバンド党首の質問は、英国でよく使われるイディオムに関係している。それは ‘couldn’t organise a piss-up in a brewery’ で、「ビール醸造所で酒宴を催せない」つまり、ビールを作るところで酒宴が催せないほど無能だということである。つまり、キャメロン首相は無能だ、ということを示唆したジョークである。

しばらく前までのキャメロン首相なら、まず、ミリバンド党首もこういうジョークを出すことを考えもしなかっただろうし、もしそのようなジョークが出ても取るにたらないと無視されていたであろう。しかし、今回は効果があった。BBCのニック・ロビンソン政治部長は、このジョークは記憶に残るだろうとコメントしたが、これは、現在のキャメロン首相の立場を如実に語っており、将来、キャメロン政権の分岐点だったと見られるのではないかと思われる。

アルコールの価格制限とは、アルコールの1ユニット当たりの最低価格を決めることで、安いアルコール飲料が人々の健康に与える害を減少させようとするものである。これには多くの医療関係者が賛成している。キャメロン首相もそうで、この政策を実施すると公言していたが、政府はその政策のUターンをすると広く伝えられている。内閣の中に反対があり、また、EU法に反する可能性があり、しかも保守党内から今のような経済環境で、さらに人々の負担を増やすようなことは適切ではないという声が強まったことがこのUターンの原因だと見られている。

実は、このUターンは、3月20日の財相の予算発表に含まれる予定であったが、それがリークされた。キャメロンは、このUターンの代わりに一本買えばもう一本は無料などといったアルコールの販促を禁止するといった方法を考えているようだが、それでもUターンという事実は変わらない。

その上、ミリバンド党首は、キャメロン首相への質問の中で、アルコールの最低価格制限を担当する省の大臣であるにもかかわらずこの政策に反対するテリーザ・メイ内相のことを捉えて、メイ内相にこの政策を却下されたのではないかと揶揄した。これも極めて象徴的にキャメロン首相の権威がなくなっていることを示唆した発言だった。

メイ内相には、キャメロン後に保守党の党首になるという野心がある。3月9日に行われた、保守党支持者のウェブサイトConservativeHomeの大会で演説し、内務省管轄の分野だけではなく、経済など他の分野にも触れた。それがキャメロン後を狙う、党首候補の演説だと見られた。また、最近、キャメロン首相が、学校、NHS、海外援助の予算は削ろうとしないが、それ以外の政府の省庁の予算の大幅削減を求めていることに関して、ケーブル・ビジネス相、ハモンド国防相、それにメイ内相は、キャメロン首相に方針を変えることを求めている大臣として、かつての鉱山労働者全国組合(National Union of Mineworkers)をもじって、National Union of Ministers(大臣全国組合)と呼ばれ、圧力団体視されている。

キャメロン首相の側近のゴブ教育相は、メイ内相を名指しではなかったものの、保守党の閣僚の集まった会で、批判した。メイ内相は普段、首相への質問の時には、首相のすぐそばに座る。しかし、3月13日には、下院議場に遅れて入ってきて、議長席の横で立ったままだった。首相周辺は、メイ内相を一種の見せしめにしているようだ。

メイ内相の動きは、政府の政策の方向を変えるべきであるとか、キャメロン首相の周辺の人を変えるべきであるとか、また、リーダーシップへのチャレンジなどの話が保守党内部でかなり頻繁に出てきている時期であるだけに、極めてセンシティブな問題である。つまり、このような動きが次々に起きれば、党内の規律がますます緩み、キャメロン首相の権威がさらに衰え、保守党が分裂した党だという印象をさらに強めることとなるからだ。

ミリバンド党首も指摘したことだが、保守党が分裂している印象を打ち消すために、ワルジ外務上級大臣が3月10日のスピーチで、「キャメロン首相には全幅の信頼を置いている。保守党の大部分は首相を信頼している」と発言し、逆に保守党が分裂していることを印象づけるスピーチを行った。

英国の有権者は、分裂している政党を嫌う。キャメロン首相周辺は、この問題に極めて神経質になっているが、現在の政治・経済状態では、キャメロン首相への疑問を打ち消すことができず、有効な手を打ちだせないのが現状だ。2013年の第一四半期の経済成長はマイナスになると見られており、リセッションに入るのは間違いないない状況である。オズボーン財相の経済政策には効果が出ていない。この3月20日の予算発表にも特に大きな期待はない。

保守党にとって重要な選挙と位置付けたイーストリー補欠選挙でもUKIPの後塵を拝して3位になった。労働党に10%余りの差をつけられている世論調査でも、支持率が上がる兆しは見られない。支持率が上がらなければ、多くの下院議員が議席を失うことになる。次の選挙はもう既に失われたという雰囲気が漂い始めている現状では、議席を失う可能性のある議員は極めて神経質になり、ますます保守党内の分裂ぶりが目立つ状態となっている。

保守党の40-40ターゲット戦略

このような中では、次期総選挙をにらんだ、保守党の40-40ターゲット戦略が効果を生む可能性は小さい。この選挙戦略は、保守党が次点との差の最も少ない40の議席を守り抜き、労働党の議席で最も弱い議席40を奪うというものである。

保守党はオーストラリア人のリントン・クロスビーを2015年の総選挙アドバイザーとして雇った。しかし、この政治経済状況では、クロスビーのできることにも限りがある。クロスビーは2005年にマイケル・ハワード保守党党首の下で総選挙を担当し、また、2012年のロンドン市長選で、ボリス・ジョンソン市長の選挙アドバイザーを務めた人物だ。クロスビーが、保守党下院議員に保守党の成功していることを訴え、リーダーシップをツイッターで批判しないようにという指示を出したと伝えられる。保守党の対外イメージ戦略の一環である。。

いずれにしても、ミリバンド党首のキャメロン首相への質問ぶりは、自信に満ちており、キャメロン首相の返答ぶりとは対照的だ。もちろん5年間の政権の間には、いい時も悪い時もあるだろう。キャメロン首相には、これがその悪い時かもしれない。しかし、ミリバンド党首のジョークは、キャメロン政権が悪い方向へ大きく動き始めた、その状況を描写する表現として後に残る言葉になるように思われる。