英国財政への疑問高まる

英国のインフレが上昇し、経済成長が停滞する中、英国の国債に対する利子が高まっている。国債の利子が上昇すると、英国の借金に対する支払いが増え、財相の想定した限度を上回る可能性があり、そのために現在の財政政策を変える必要が出てくる。財政支出の大きな削減も必要とされる。リーブス財相の企業に対する国民保険賦課の大幅アップが企業の投資意欲を削いでいるとして批判が高いが、それと併せて、財相への圧力が高まっている。

スターマー首相は、リーブス財相は、今国会中(次の総選挙まで)、在任するとした。しかし、2024年7月に政権に就いて半年のスターマー政権の政情には厳しいものがある。直近のYouGovの世論調査では、政党支持率が、労働党26%、リフォームUK党25%、保守党が22%である。労働党への支持が、他の政党に流れている。

実際のところ、14年間の保守党政権の後、NHSをはじめとして大きな問題が残されており、労働党が政権に就けば、英国の問題がすぐに解決するというわけにはいかない。小さな企業ならともかく、政府は巨大なタンカーのようなもので、方向を変えるのにかなりの時間がかかる。その上、スターマー政権は、総選挙対策上、自ら設けた財政ルールなどで、自らの手を縛っている。ただし、もしその財政ルールを変えようとすれば、それはリーブス財相の更迭に結び付く可能性がある。この状況は、大きなタンカーが運河の中を航行しているようなものである。方向を転換するのは簡単ではない。

国際政治的には、アメリカでトランプ大統領が1週間もたたないうちに就任する。トランプ政権下では、関税のアップ、そして物価の上昇などが予想されており、経済状況がどうなるかを含めて国際的に安定するまでには今しばらく時間がかかるだろう。

リーブス財相を批判する声は強いが、かつてメージャー保守党政権で財相(1993年から1997年)だったケネス・クラーク(Kenneth Clarke)は、リーブスの国民保険アップを批判する。しかし、たった半年で好転させるのは無理だとし、2〜3年先によくなっていればよいとする(BBC Radio4の番組PM 36分ごろから)。クラークは、2019年に下院議員を引退し、現在84歳の上院議員。かつてサッチャー政権やキャメロン政権でも閣僚を務めた人物であり、今リーブス財相を更迭するのは愚かだとする。

スターマー政権5ヶ月

2024年7月4日の総選挙で労働党が地滑り的大勝利を収め、スターマー労働党政権が7月5日に発足した。それから5カ月余り。7月末から8月にかけて各地で暴動が発生するなどの政権の危機があった。10月30日には、リーブス財相がスターマー政権の予算を発表し、批判を受けた。有権者はどのように政権を見ているのだろうか?

もともとスターマー政権は、1997年の総選挙で非常に高い人気の下、地滑り的な大勝利を収めて政権についたブレア労働党政権とは異なる。有権者から非常に高い支持を受けて政権に就いたわけではない。14年間にわたって政権にあった保守党の失政、さらに2007年以来スコットランド分権政府にあるスコットランド国民党(SNP)の内部の問題でSNPがスコットランドの有権者の支持を大きく失い、それらの結果、労働党が地滑り的な大勝利を収めたのである。スターマー労働党の人気がそう高かったわけではない。

そのため、有権者は、スターマー首相にそう大きな期待があったわけではなく、政権に就いた途端に、労働党の支持率は下がり始めた。今では、14年間の施政で信用を失った保守党とほぼ並んだ程度の支持率となっており、右のリフォーム党にも脅かされる程度となっている。また、スターマー首相の個人評価は、極めて低い

しかしながら、労働党は、下院の全650議席のうち402議席(2024年12月16日現在)を占めている。保守党は121議席、リフォーム党は5議席。5年の任期終了までまだ4年半以上ある。

労働党は、政権に就いて成し遂げたいことをはっきりと総選挙のマニフェストで示した。この12月に入って、スターマー首相は、それらを再確認するスピーチを行った。世論の支持率が低迷していることを心配したためである。

このようなスピーチの効果には疑問がある。労働党政府内の大臣や国家公務員を引き締める効果はあるかもしれないが。

むしろ地道に着実に目標を達成し、NHSを改善し、待ち時間を減らし、また、生活がよくなったという実感を生み出すことに専念するほうが確実だろう。ブレア政権では、人気があっただけに、その政策に対する世論の動向に過剰に注意を払い過ぎたように思われる。スターマー政権では、その心配は少なく、逆に世論の反応に拘わらず必要な政策を推進できるという強みがある。

特に、リーブス財相の予算では、必要な財源を生み出すために、企業の負担する国民保険料のアップだけではなく、一定の一般有権者にも負担が増加した。この負担増に有権者の多くは、おおむね理解を示している。すなわち、多くの有権者は、公共サービスの立て直しには一定の増税が必要だと理解していると言える。

スターマー首相は地味な政治家である。言葉ではなく、自分の政権が約束したことを成し遂げるために全力をふりしぼることが現在最も大事なことのように思われる。