北アイルランドのプロトコールをめぐるジョンソン政権の2019年の決断

英国はEUと離脱協定を結び、2020年1月31日にEUを離脱した。その離脱協定の中の北アイルランドのプロトコール(貿易上の手続き)をめぐって、英国とEUが対立している。英国は、北アイルランドの現状にふさわしくないとして、このプロトコールの抜本的な見直しを求めているが、EUにはその意思はなく、その代わりに現在のプロトコールをできるだけ柔軟に適用することで対応しようとしているEU側は、貿易上の手続きをしなければならないモノを大幅に減らす案を出してきた。英国側は、それでは十分ではないとの立場だ。

この中、2019年12月の総選挙時のジョンソン政権の考え方が改めて注目を浴びている。ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスによると、ジョンソン政権は、英国のEUからの離脱を最優先し、北アイルランドの問題を含め、離脱協定の中で、ジョンソン政権の気にいらないものは、離脱後、改めて蒸し返すつもりだったというのである。そのため、不十分なものだとわかっていたが、北アイルランド問題の合意ができた時点で、ジョンソン首相が非常によい合意だと国民に訴えて英国の離脱を進めたというのである。

カミングスは、労働党のコービン党首(当時)が総選挙に勝って首相になるのを防ぎ、機運が大きくなりつつあったEU離脱をめぐる第2の国民投票につながるような芽を摘む必要があったとし、とにかくEUとの離脱協定をまとめる必要があった。そしてその判断は、北アイルランドの問題でさらに揉めるより、1万倍の意義があったとする。なお、カミングスによると、ジョンソン首相は、2020年11月まで北アイルランドのプロトコールの意味を分かっていなかったという。

カミングスは、2016年の国民投票で離脱賛成多数の結果をもたらした人物であり、何がなんでも英国のEU離脱を成し遂げるつもりだったのは明らかだ。もし2019年末の時点で、北アイルランドの問題のために離脱協定をまとめることができていなければ、総選挙に臨む国民に「この離脱協定で離脱する」と主張することができず、総選挙の結果が変わっていた可能性がある。そうなれば、英国のEU離脱が宙に浮く可能性もあった。カミングスらの戦略で、保守党は、総選挙で大勝利を収め、労働党には、歴史的な敗北を喫した。カミングスの判断はかなりの成功を収めたが、北アイルランドのプロトコール再交渉問題は大きな危険性を秘めている。

英国のEU離脱交渉の失敗から学べる事

英国のEU離脱交渉でEU側の交渉責任者である「チーフネゴシエーター」だったミシェル・バルニエの「私の秘密のブレクジット日記」が出版された。この日記の書評をもとに、英国側の交渉の問題点を見てみたい。なお、この書評は、英国のブレア首相のチーフオブスタッフ(首席補佐官)だったジョナサン・パウルによるものである。パウルは、イギリスの北アイルランドの平和をもたらした1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意の舞台裏で交渉を取り仕切った人物で、北アイルランド議会が2007年に再開するまで北アイルランド問題に尽力した人物である。「北アイルランドの平和プロセスのチーフネゴシエーター」とも表現される。それ以降も世界中の紛争の調停者として活動している。

EU側は、終始一貫して、英国がEUにメンバーとして残ることを希望していた。交渉がどうなろうとも、EUの主力メンバーである英国が離脱することは大きな打撃である。パウルは、EU側が英国のEU離脱交渉で勝ち、英国は、欠陥のある離脱協定と不利な将来関係を背負ったとするが、より大きな観点では、この交渉では勝利者はいないとする。

パウルは、EU側がこの離脱交渉で成功した理由と英国側の失敗した理由を以下のように5つ挙げる。

1.EU側は、プロフェッショナルできちんと準備をしたが、英国側はそうではなかった。バルニエは、最初から交渉の着地点を想定し、交渉が始まる前に自由貿易協定の完全な法律文書を用意していた。

2.EU側27か国が結束した。バルニエを通さず、英国は個別の国と話をしようとしたが、バルニエと話すように言われた。

3.EU側は、この交渉で求めているものを知っており、それを貫き通した。一方、英国側は独りよがりな交渉に終始した。そのため、EU側が主導権を握り、議題を決め、思うように交渉を進めたという。

4.英国側のジョンソン首相は、EU側が動揺することを狙ってEU側を怒らせようとしたが、EU側は冷静に受け止めた。

5.EU側は、「最終期限」を効果的に使った。ジョンソン首相の前任者メイ首相は、その目的がはっきりしないまま、リスボン条約50条で定められた2年間の期間制限を開始させてしまった。

2016年に英国で行われた、EUから離脱するかどうかの国民投票で、英国民は離脱を選択した。なお、国民投票は、英国ではほとんど行われない。英国は、議会主権(日本は国民主権)であり、議会が決めることになっているからである。また、英国の下院(上院は公選ではない)は完全小選挙区制であり、一つの政党が比較的多数を占めやすいことから、総選挙で代表者が選ばれ、下院議員が総体として決定すれば足りるという考え方があった。そのため、これまで行われた全国的な国民投票は、1975年のEEC国民投票、2011年の選挙制度改革国民投票、そして2016年のEU離脱国民投票の3回である。この3番目の国民投票は、当時の保守党のキャメロン首相が、党内のEU離脱派を抑えるために実施したが、キャメロンは、EU離脱賛成票が多数を占めることになるとは考えていなかった。そしてキャメロンは首相を辞任する。準備が整っていなかった上、EU側を見くびっていたことが、交渉をより難しくしたと言える。

英国政治の「赤い壁」と「青い壁」

英国政治で「赤い壁(Red Wall)」「青い壁(Blue Wall)」という言葉がよく使われている。赤は労働党、青は保守党のイメージカラーで、それに関連した選挙で主に使われている。なお、イングランドの第3党である自民党は、黄色である。

下院の選挙は、単純小選挙区制であり、それぞれの選挙区で最多の得票をした人が1人だけ下院議員となる。英国の地図にそれぞれの選挙区でどの政党が勝ったかをそれぞれのシンボルカラーで埋めていくと、それぞれの政党の強い地域が壁のように見えるということから「赤い壁」や「青い壁」と表現する人が出てきた。「赤い壁」の地域は、英国本土のグレートブリテン島の中央部ミッドランドやイングランド北部などの地域で、「青い壁」は、イングランド南部などである。いずれもそれぞれの政党が伝統的に強いと考えられている地域である。

2019年の総選挙では、それまで労働党の強いと思われていた「赤い壁」地域で、保守党が大きく議席を稼いだ。これらの地域の多くは、2016年のEUを離脱するかどうかの国民投票で、離脱派が多数を占めた地域であったために、英国のEU離脱を求める労働者階級の人たちが投票先を変えたと見られた。一方、「青い壁」は、保守党の強いと考えられている地域で、この多くでEU在留派が多数を占めた。

ただし、「赤い壁」と「青い壁」はジャーナリズムでよく使われる表現であるが、その実態は異なるという分析がなされている。「赤い壁」でいうと、その地域の有権者は、言われるほど固定された考え方を持っているわけではなく、かなり進歩的な考え方を持つ人が多いという。

「青い壁」は、保守党の圧倒的に強いと思われていた選挙区の2021年の補欠選挙で、自民党が勝ったために、特に注目されてきた見方である。保守党政権に不満を持つ有権者が、労働党には投票したくないが、自民党なら投票できる、もしくは労働党の支持者が保守党に議席を与えないようにと考えて、自民党に投票するなどの投票行動の結果である。このような例が次期総選挙でかなりあるかもしれないと保守党の現職下院議員たちに心配する声がある。ブレクジットの結果が悪く、保守党政権の失政が重なると「青い壁」地域で、保守党が議席を失う可能性を心配しているのである。

いずれにしても、政治を分析する際に固定的な見方をすると、現実を見誤るかもしれないということは言えると思う。

北アイルランドのプロトコールの問題

英国はEUを2020年1月31日に離脱した。その離脱協定で最も大きな問題の一つとなっているのが、北アイルランドのプロトコールと呼ばれる手続きである。この手続きは、多くの努力を経て達成された北アイルランドの平和を維持していくため、英国とEUが特別に設けたものである。

北アイルランドの平和は、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で基本的に達成されたが、英国とEUの両者は離脱交渉の最初からこの合意を尊重することとしていた。この合意は、ユニオニスト(英国との関係を、英国の他の地域と同じレベルで維持していくことを求める立場)と、ナショナリスト(アイルランド共和国との統一を求める立場)の間のバランスを保ち、北アイルランドの将来を自ら判断していくことで成り立っている。この合意でユニオニストとナショナリストの代表者たちはノーベル平和賞を受賞した。

なお、英国の北アイルランドと南のアイルランド共和国は、同じアイルランド島にある。国境はあるが、税関の施設などはない。国境を通り過ぎるのは、日本の高速道路で異なる県に入ったことを告げる看板を見るようなものである。

英国がEUのメンバーだった時には、アイルランド共和国がメンバーのEU域内の単一市場でモノの流通が自由であった。しかし、英国がEUを離脱すれば、EUのメンバーであるアイルランド共和国と、メンバーでない英国との間に通関する場所を設けることが必要となる。しかし、そのような施設を設けると、過激派の標的になりかねない、また、セクト間の抗争を招く可能性があるとして、英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の陸上の国境には、何も構築物を設けないことにし、北アイルランドとアイルランド共和国の間のモノのやり取りは、北アイルランドがEUの商品規格に従うことで、チェックなしで行うこととした。その代わりに、英国の本土のグレートブリテン島とアイルランド島の間のアイルランド海に事実上通関上の線を引くこととし、モノの移動は、北アイルランドの港で事務的な手続きを行うこととしたのである。

すなわち、北アイルランドは、英国の一部でありながら、アイルランド共和国とのモノの移動の面で、EUの単一市場のような扱いを受けるようになったのである。当初、この新しい仕組みを歓迎する声が北アイルランドのユニオニストの中にもあった。北アイルランドが英国とEUの「いいとこ取り」できるかもしれないとの思惑があったからである。ところが、北アイルランドと英国のグレートブリテン島とのモノのやりとりには一定の事務的なルールがある。手続きには時間がかかり、到着の遅れ、非EU国である英国からの食品のチェック、ソーセージなどの冷蔵食品の輸入制限の問題をはじめ、英国本土と同じ扱いを求めてきたユニオニストの人たちには大きな問題となった。2021年3月末から4月初めの北アイルランド各地の暴動は、この問題と大きな関係がある。さらに2021年9月には、ユニオニストの4政党は、このプロトコールを廃止するよう共同声明で要求した。なお、プロトコールには、4年ごとにこのプロトコールの是非について判断する条項があり、北アイルランド議会がそれを判断することになっているが、それはまだ先のことである。

ジョンソン首相の前のメイ首相は、北アイルランドの通関の問題で新たな仕組みを英国とEUが合意できるまで、英国全体をEUとの関税同盟に残すという案(バックストップ)をEU側と同意した。メイ首相はその案を下院に提出したが3度否決された。ジョンソン首相は、その案の代わりにプロトコールをEU側と合意したのである。

ただし、ジョンソン首相が、北アイルランドをどれほど真剣に考えていたか疑問が残る。英国政府は、今や、モノの移動がよりスムーズに進むよう、このプロトコールにまつわるほとんどのチェックをやめたいと考えている。また、欧州委員会と欧州裁判所のプロトコール遵守の監視もやめさせたいとする。英国政府は、プロトコールの影響を過小評価していたため現在の問題が起きたと主張するが、これらのプロトコールの問題は、離脱協定が結ばれる前から分かっていたようだとBBCが報道した。すなわち、問題があるのは十分に分かっていたが、とりあえずEUを離脱し、その後で問題を蒸し返して変えさせるつもりだったというのである。

一方、EU側は、できるだけ柔軟に対応したいとする考えはあるものの、このプロトコールそのものを廃止したり、変更したりする意図はない。

この北アイルランドのプロトコールの問題は、英国のアメリカとの貿易交渉にも悪影響を与えている。ジョンソン首相は、2021年9月の国際連合総会に出席した際、英国とアメリカの自由貿易協定の足掛かりをつかもうと考えていた。ジョンソン首相は、英国のEU離脱キャンペーンのリーダーだったが、EUから離脱すれば、EUの枷を離れて自由に世界各国と貿易協定が結べると訴え、その代表格としてアメリカとの自由貿易協定を挙げていたのである。しかし、バイデン大統領には、そのような意思はなかった。逆に北アイルランドのプロトコールの問題をジョンソン首相にきちんと対応するよう要請した

バイデン首相は、アイルランド系アメリカ人である。アメリカにはアイルランド系の人が多い。アメリカの統計局が2019年に行ったコミュニティ調査によると、自分をアイルランド系と考えるアメリカ人は、人口の9.7%、3200万人に上る。特に民主党とアイルランドとの関係の強さはよく知られている。1998年のベルファスト合意でも、アメリカのクリントン大統領が、IRAを含めて当事者たちに相当な圧力をかけて、合意に至るよう力を尽くした。通常、自由貿易協定の締結にはかなり時間がかかるが、北アイルランドのプロトコールの問題も含め、英国とアメリカとの自由貿易協定が結ばれるような状態となるまでには、まだ長い時間がかかりそうだ。

北アイルランドのプロトコールに関連して、10月にEU側の提案が出されるようだが、ユニオニスト側が強硬になっているため、ジョンソン政権には前途多難な秋となりそうである。

分権政府が維持できない可能性が出てきた北アイルランド

紆余曲折を経、ユニオニスト側とナショナリスト側のコンセンサスで共同統治をする考えを中心にして北アイルランドの分権政府が生まれた。しかし、それが維持できない可能性が出てきた。たとえそうなっても、選挙を実施するなど、英国の中央政府が直接統治する仕組みが設けられているが、共同統治によって平和を回復してきた北アイルランドには大きなマイナスである。その大きな原因は、まず、英国がEUを離脱した、いわゆるブレクジットから発生した問題であり、次に、現在の最大政党でユニオニストの民主統一党(DUP)の支持率の大幅な低下である。

北アイルランドの最大政党であるDUPの内紛が表面化し、2021年4月にアーリン・フォスター首席大臣が党首を辞任した。その後任のエドウィン・プーツは、波乱の党首選挙を経て5月に選ばれたが、わずか3週間で党首を辞任、そしてその後の6月の党首選で、下院議員ジェフリー・ドナルドソンのみが党首選に立候補し、党首に選ばれた。この過程で、DUPはさらに支持を失うこととなった。もともとフォスターの辞任は、自らが求めたものではない。ブレクジット交渉を経て、英国とEUが合意した、北アイルランドの貿易問題に関するプロトコールと呼ばれる手続きが、大きな問題となったためだ。フォスターが、そのプロトコールの影響の判断を誤ったために英国のEU離脱後、北アイルランドが英国本土とのモノのやり取りで税関手続きを経なければならないこととなったと糾弾され、党所属議会議員たちから不信任を突きつけられたためであった。ユニオニストは、もともと英国本土とのつながりを重視しており、北アイルランドと英国本土との間でそのような手続きをしなければならないことに反対している。

DUPの内紛は、その支持率の低下を心配し、来年5月には行わねばならないことになっている北アイルランド議会の次期選挙を心配した議員たちが引き起こしたものと言えるが、党内の混乱で以下のようにさらに支持率の低下を招いている。

調査実施日 DUP ᵁ シンフェイン ᴺ UUP ᵁ SDLP ᴺ 同盟党 ᴼ TUV ᵁ 緑の党 ᴼ その他
2021年8月20-23日 13% 25% 16% 13% 13% 14% 2% 2%
2021年5月 16% 25% 14% 12% 16% 11% 2% 2%
2021年1月 19% 24% 12% 13% 18% 10% 2% 1%
2020年10月 23% 24% 12% 13% 16% 6% 3% 2%
2017年3月2日選挙結果 28.10% 27.90% 12.90% 11.90% 9.10% 2.60% 2.30% 5.40%

ユニオニスト(U):DUP民主統一党、UUPアルスター統一党、TUV伝統的ユニオニストの声党
ナショナリスト(N): シンフェイン党、SDLP社会民主労働党
なお、UUPは、5月に元軍人のダグ・ビーティーが新党首となり、新鮮な印象を与えている。TUVは、現党首のジム・アリスターがDUPの欧州議会議員だった時の2007年にDUPとシンフェイン党が共同統治の合意をしたため、DUPを離れて設立した政党である。

北アイルランドの次回選挙が、2022年5月の予定より早く行われる可能性があるものの、その選挙ではナショナリストのシンフェイン党が最大政党となるのは確実と見られている。その上、DUPはユニオニスト側でも最大政党になれず、UUPの後塵を拝する可能性がある。

北アイルランドでは下院議員と北アイルランド議会議員を兼任することはできないため、ドナルドソンは、早い機会に下院議員を辞め、北アイルランド議会議員に就任して、プーツの指名した現在の首席大臣に入れ替わって自分が首席大臣になるつもりと伝えられていた。首席大臣だったフォスターが首席大臣退任時に議員を辞職したため、その議席が空席になっているが、現在の政治情勢を踏まえ、直ちに北アイルランド議会議員になるつもりはないようだ。

むしろ、ドナルドソンは、北アイルランドのプロトコールが根本的に変わらなければ、選挙、分権政府から手を引くと発言している。また、ユニオニストの支持者たちが騒擾を起こす可能性に触れた。支持を失いつつあるDUPの流れを止め、逆に支持を回復しようとしているようだ。

北アイルランドは、その特殊な過去の歴史を反映して、ユニオニストとナショナリストの共同統治である。そしてその分権政府のトップは、同等の権限を持つ首席大臣と副首席大臣である。最大政党から首席大臣、そしてその政党との所属するユニオニストもしくはナショナリストのグループとは異なるグループの最大議席を獲得した政党が副首席大臣を推薦することになっている。もし、いずれかが欠ければ、もう1人もその職を退くことになっており、北アイルランドの分権政府は機能しないことになっている。そのため、現在、DUPから出している首席大臣を辞任させ、後任を指名しなければ、それで分権政府は倒れる(この点で、中央政府は新たな仕組みを導入しようとしている)。また、次回選挙で、たとえDUPがユニオニスト側の最大政党となったとしても、副首席大臣の地位を占める北アイルランド議会議員を指名しなければ、首席大臣も任命できない。

DUPには、首席大臣と副首席大臣の権限が同等であっても、ナショナリストのシンフェインに首席大臣の地位を奪われるのは屈辱だという見方がある。DUPは、もし万一プロトコールが変えられれば、それを成し遂げたのは自分たちだと言うだろうが、もしそれがかなわなければ、分権政府ではなく、英国中央政府の直轄統治の方が良いという立場をとる可能性がある。そうなれば、分権政府はかなり長期間停止され、北アイルランドの平和が脅かされる可能性がある。

北アイルランド100周年

北アイルランドが生まれて、100周年。これを記念してキリスト教各会派が集まり、2021年10月21日に式典を催すが、それへの招待をアイルランド共和国のヒギンズ大統領が断ったことがニュースになっている。

英国の北アイルランドは、アイルランド島にある。アイルランド島はもともと英国の一部だった。自治を求めるアイルランドのカソリック教徒にアイルランド島の南で自治を認め、英国本土のグレートブリテン島に近い北部に、アイルランド島全域のプロテスタント教徒やグレートブリテン島からの移住者の子孫らを集めて北アイルランドの行政区を設けたのは1921年である。それ以降、北アイルランドを南部の現在のアイルランド共和国と併合させる運動が今でも続いている。血を血で洗うようなトラブルズという時代を経て、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で事態は落ち着いてきている。

北アイルランドのアイルランド共和国への併合を求める人たちをナショナリスト、それに反対して、北アイルランドの英国との関係を維持することを求める人たちをユニオニストと呼ぶ。ナショナリストの中で、武力を使ってでも目的を達成しようとする団体に「IRA暫定派(Provisional Irish Republican Army)」があったが、この団体の政治部門が現在のシンフェイン党に脱皮し、ベルファスト合意に署名し、IRA暫定派は武器を捨てたと宣言した。しかしながら、この動きに納得しないIRAの分派が今でもまだ活動しており、その中で「新IRA」と呼ばれる団体の銀行口座が凍結されたとの報道がある。

ヒギンズ大統領は、これまでの対立の歴史からの和解に力を尽くしてきた人物だと考えられているが、記念式典への招待を断ったのは、そもそも北アイルランドを設けたことに不満を持つ人たちに配慮したためではないかと思われる。

北アイルランドの問題は簡単なものではない。アイルランド共和国の副首相(前首相)レオ・バラドカーが今年6月に「自分の生きている間にアイルランドが統一されるかもしれない」と発言して議論を呼んだが、その前の4月のBBCの世論調査では、北アイルランドとアイルランド共和国のそれぞれの住民の過半数が、25年後には北アイルランドはアイルランドに統一されているだろうと見ていることがわかっている。

新教育相ナディム・ザハウィ

2021年9月15日、ジョンソン首相は、ナディム・ザハウィを新しい教育相とした。多くの人がこの人事を歓迎している。前任者がコロナパンデミックの中、教育行政に混乱を起こしたと考えられているからだ。ザハウィは、2020年11月にジョンソン首相からコロナワクチン接種担当相として指名され、非常にスムーズにワクチン接種を実施した人物である。その実績を買われ、教育行政の立て直しの仕事を託された。なお、かつて教育省で子供家族担当相だったことがある。

ザハウィは、起業家として知られ、「生まれつきのオーガナイザー」と評価する人がいる。その一人は、作家のジェフリー・アーチャーである。この点では、拙稿の「成功する首相の要件」の中の「適切な人を選ぶ」という点に当てはまるだろう。

ザハウィは、1967年6月2日にイラクのバグダッドで生まれたクルド人だ。祖父はイラクの中央銀行の総裁も務めた人物で、ビジネスマンの父と歯科医の母の間に生まれた。ところが、9歳の時、サダム・フセインが政権を握り、自分たちの身に危険が迫ったため、家族で英国に難民として渡った。私立の学校で学んだ後、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで化学工学を学ぶ。そこから、起業家としての活動が始まる。アーチャーの知遇を得て、政治に関係するようになり、2010年に下院議員に保守党の強い選挙区から選出された。

ザハウィは、イスラム教徒である。ザハウィらが国際的マーケットリサーチ・世論調査会社のYouGovを設立した時に協力した世論調査専門家のピーター・ケルナーが、ザハウィのラマダンの時のことを語る。ラマダンの時、イスラム教徒は、日の出から日没まで断食する必要がある。ザハウィは、その時間が過ぎればすぐに大きなピザを買いに走り、パクパク食べたという。

もちろん英国でも人種差別はある。ザハウィは、選挙前の戸別訪問(英国では戸別訪問は自由である)の際に人種差別的なことを言われたこともあるという。ザハウィと親しい厚生相のジャビッドは、そのようなことをする人はごく少数で、大多数の人はそのようなことはしないという。それでもザハウィは、イラクを離れて英国に来たことをラッキーだったと言う

ザハウィは、コロナパンデミックで混乱した学校現場を落ち着かせ、パンデミックで見送られたAレベルなどの資格試験を再開させることが期待されている。さらに緊縮財政の中で遅れている校舎の修繕などの事業、教員の待遇、高等教育の予算なども財務省からより多くを獲得して進めることが期待されている。その手腕に期待する人が多いが、どの程度実行できるか注目される。

首相として成功する要件

ジョンソン首相が2021年9月15日、内閣改造を行った。3閣僚が更迭された。なお、ジョンソン内閣の財務相はヒンズー教徒、新教育相はイスラム教徒だ。タイムズ紙のコラムニストで元保守党下院議員のマシュー・パリスは、かつてサッチャー首相に仕えたことがある人物だが、ジョンソン首相は山師で、ジョンソン内閣は、山師の内閣(BBCのRadio4のTodayの最後の5分ほどの中のコメント)だという。

過去の多くの英国首相を分析しているアンソニー・セルドンは、成功する首相のチェックリスト(Institute for Governmentのポッドキャスト)をあげている。そのトップ5は、以下の通りだ。

1.鉄の意志

2.はっきりしたビジョン

3.国民とのコミュニケーション能力

4.自らに近い人々を容赦なく切って捨てる冷酷さ

5.内閣と首相官邸のスタッフに適切な人を選ぶ

このうち、ジョンソン首相にあると思われるものはそれほどない。ただし、今回の内閣改造でマイケル・ゴーブ大臣を「住宅・コミュニティ・地方政府大臣」とし、地方の格差を解消させ、英国の統合を維持する役割を与えたのは重要だと思われる。ゴーブは、恐らく保守党の中で最も能力のある政治家だ。その政治家に喫緊の課題を担当させるのは、5の「適切な人」と言えるだろう。ただし、ジョンソン首相の問題の一つは、対応が後手に回る傾向があることだ。ゴーブがジョンソン政権の抱える問題で結果を出すには、それなりの時間がかかる。今回の内閣改造が結果を生むかどうか注目される。

日本の課題

日本では、2021年9月29日に、政権政党である自民党の総裁選挙が行われる。4人の立候補者が、これからさらにそれぞれの政策を明らかにしていくと思われるが、今の日本の課題について述べておきたい。

2021年11月に英国で行われる環境問題のCOP26では、長期的な対策と現状、行動計画が話し合われる。これは、問題が地球規模であることから、長期的に取り組まねば解決できないという認識に基づいている。まず、問題の認識を世界的に共有し、その対策へのゴールを設定し、それを基に、現在から将来へ向けて取りうる対応を設定するというアプローチだ。日本の課題にも恐らくそのようなアプローチが必要なのではないかと思われる。

日本の課題1. 高齢化並びに人口減少社会

日本の65歳以上の人口は全国民の29%近い。また、現在1億2500万人ほどの人口が2060年頃には、8000万人余りとなり、また、65歳以上の人口の割合は40%にもなると予想されている。ここでの問題は、人口減少が社会に与える負の影響と、そのような高い割合の高齢者を含む社会がどのように機能していけるかである。また、人口減の大きな要素である出生率の改善には大きな発想の転換が必要なのではないか。

日本の課題2. 停滞する経済

バブル崩壊後の「失われた10年(Lost Decades)」の日本に与える影響は大きい。1990年代以降、既にこの問題は30年余り続いている。アベノミクスは、この問題を主に金融政策で対応しようとした。株価は上がったものの、日本の経済の生産性の向上や構造改革に大きな効果があったとは言えない。どのような社会を目指し、その社会の達成にどのような経済が必要なのか根本的な検討が必要なのではないか。

日本の課題3.小さな心の社会

日本は、生まれながらの日本人が比較的多い社会で、型にはまった考え方が強い社会性があり、世界的にみると、心が小さいと思われる面がある。

①    女性差別 女性の能力が十分に生かされていない例は多いが、ここでは、政治の世界を見てみよう。女性の国政参加(特に日本の衆議院にあたる議会)の世界的な比較では、調査193か国のうち、日本は164番目である。

②    人種差別 日本人の考え方は次第に変わってきているが、この問題は多くの日本人が自ら気がついていないように思われる。

③    年齢差別 年功序列の考え方の別の面の問題と言える。

上記3つの課題は、いずれも絡み合っている。日本の良いところを伸ばそうとすることは重要だが、それと同時に、より大きな心の社会を作ろうとすることも大切なように思われる。

アフガニスタンからの犬猫救出にジョンソン首相夫人が関与?

アメリカとイスラム教過激派組織のタリバンは、アメリカ軍が8月31日までにアフガニスタンを撤退することにと合意していた。ところが、アメリカ軍の支援していたアフガニスタン政府軍が、タリバンの侵攻にほとんど対抗することなく、次々に撤退したため、タリバンが予想以上に早く、8月15日に首都カブールに入った。そのため、アメリカをはじめとする西側諸国の軍人、外交関係者、その国民、並びにそれらの活動に関与したアフガン人たちやその家族を安全に国外に送り出そうと、大わらわで救出作戦が展開されることとなった。

英国政府も、他の国と同様、そのような事態に十分に準備ができておらず、期限内の撤退終了までに、英国に移る権利のあるアフガン人千人ほど(実数はさらに多いといわれる)をアフガニスタンに残したままとなった。それでも合わせて1万5千人を英国へ送ったといわれるが、政府の対応に批判が集まった。その中でも、特に、混乱の中、動物愛護の慈善団体が170匹ほどの犬と猫を飛行機で英国へ送ったことに大きな批判がある。アフガン人の命より犬猫の命の方が大切なのかというのである。

ワレス国防相は、もともと犬猫を優先して救出することはできないとしていたが、突然、その考えを変え、その慈善団体の用意した飛行機で動物を英国に送ることを援助したのである。慈善団体の責任者が、ワレス国防相のスペシャルアドバイザーの電話に脅迫するようなメッセージを残したことが明らかになっているが、それ以外に、ジョンソン夫人が(ジョンソン首相を通じて)国防相に圧力をかけたのではないかという疑いがある。首相官邸はそれを否定しているが、ジョンソン首相の夫人キャリーは、動物愛護活動家として知られている。この経過は、アメリカの雑誌、ニューズウィークのウェブサイトでも詳細に報告された。

ジョンソン夫人のジョンソン内閣に対する影響力の大きさはよく知られている。しかし、このような問題でジョンソン夫人の関与が報じられるのは、ジョンソン首相にとって良いことではないように思われる。