労働党内紛:強力なコービン支持

コービンが党員らの圧倒的な支持を受けて労働党党首となったのは、昨年2015年9月だった。4人立った党首選では、有効投票総数の59.5%を獲得し、第2位の19%に大きな差をつけて当選した。これは、労働党の下院議員たちの大多数には大きなショックだった。強硬左派であり、労働党トップの指示に従わない「問題議員」だったコービン党首では、到底総選挙に勝てないと信じたからである。総選挙で勝てないどころか、労働党は惨敗し、大きく議席を失うだろう、なるべく早くコービンを党首の座から下ろす必要があると考えた。そしてこれまでその機会をうかがってきた。欧州連合(EU)国民投票後、それを実行したが、党員らのコービン支持は非常に強力で、労働党の4分の3にも及ぶ反コービン派下院議員たちには打つ手がなくなってきている。

コービン下ろし

まず、反コービン派の下院議員たちは、補欠選挙、地方選挙などで労働党が惨敗すれば、その機会に一挙にコービン下ろしに打って出られると考えていた。ところが、これまでの4回の下院補欠選挙では、負ける可能性が大きいと言われながら、いずれも勝ち、しかもそのうち3回は得票を伸ばした。また、5月の地方選挙でも予想よりはるかに健闘した。イングランドの地方議会議員選挙では、十数議席の減少に食い止め、保守党よりも減少数が少なく、大きく議席を失うと見られていたウェールズ分権議会でも1議席減らしただけで、政権を維持した。スコットランド分権議会選挙では2015年の総選挙に引き続き、大敗したが、スコットランドは、ウェールズとは地位が若干異なり、スコットランド労働党の自立性が強いため、コービンの責任とは直接みなされなかった。なお、北アイルランドは特別で、労働党の友党である社会民主労働党があり、労働党は選挙で候補者を立てていない。

コービンがこれらの選挙を予想に反して無難に乗り切った後、反コービン派の下院議員たちの次の標的は、6月23日のEU国民投票だった。コービンは1975年の前回の国民投票でも離脱に投票した人物であり、これまでEUに批判的であった。特に現在行われているEUとアメリカとの大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)に批判的であり、労働者の権利、消費者の権利、環境問題などが弱められる他、イギリスの国民保健サービス(NHS)に民営化の圧力がかかるなどとして、TTIPに真っ向から反対する立場である。しかし、労働党では10人を除き、ほとんどの下院議員がイギリスのEU残留を求めており、しかもEU内で確保された労働者の権利や環を守り、さらに拡大していくためには、EU内の他の国の社会主義的な政党と連携していく必要があるとの判断から、EU残留の立場を取った(参照:あるニュース番組に出演したコービンのパフォーマンスへのガーディアン紙のジャーナリストたちの評価)。

ただし、コービンは、キャメロン首相(当時)と一緒に残留キャンペーンをすることは避けた。コービンが政治エスタブリッシュメントの一員だという印象を与えることを恐れたことと、2014年のスコットランド独立住民投票で、ミリバンド前党首がキャメロン首相(当時)と一緒に残留キャンペーンをした結果、スコットランドで労働党が保守党と同じだという印象を与え、2015年総選挙でスコットランドの議席を1議席除いてすべて失った二の舞を避ける目的があったと思われる。5月の議会開会式でも、慣例通りコービンとキャメロンの2人が並んで下院から上院に歩いていく際、熱心に話しかけようとするキャメロン首相を無視した態度を取った。ただし、残留キャンペーンには、全国を労働者の権利などを訴えて回った。EU国民投票後の世論調査によると、2015年総選挙で労働党に投票した人の63%が残留に投票している。これは、党所属下院議員の現在の54人全員、分権議会議員の63人全員が残留で運動したスコットランド国民党(SNP)が64%であったことを考えると遜色ない数字である。

一方、反コービン派の下院議員たちは、EU国民投票が52%対48%の結果で離脱となったのは、コービンが懸命にキャンペーンに取り組まなかったからだとして、コービンの不信任案を提出した。労働党には党首の不信任という規定はなく、不信任が可決されても拘束力はない。影の内閣の3分の2が辞任し、コービン不信任には4分の3の労働党下院議員が賛成した。この背景には、キャメロン後の新首相が早晩総選挙に打って出るかもしれない(2011年議会任期固定法があるが、これは可能である。拙稿参照)、もしそうなれば、コービン率いる労働党が惨敗するのではないかという危機感もあった。なお、EU国民投票で離脱となれば、コービンにとっては致命的な結果だとして、影の内閣からの集団辞任をはじめ、コービン下ろしに走る計画を国民投票の10日前にテレグラフ紙が報道していた。それでも、これを昨年9月に党員らの圧倒的支持で選ばれ、これまでそう大きな失点のないコービン下ろしの理由にするのは弱い。

コービンは、自分は昨年9月の党首選で党員らから負託を受けたとして、その負託を裏切れないと一歩も引く姿勢を示さなかった。そして、影の労働年金相を辞任したオーウェン・スミスが反コービン派から党首選に打って出て、党首選挙が始まったのである。

党首選ルールの改正

党首選ルールは2014年に改正された。それまでの3つのカテゴリー(党員、労働組合、下院・欧州議会議員)に3分の1ずつ票が割り振られていた制度から、新しい3つのカテゴリー(党員、関連団体サポーター、登録サポーター)で、全員が1人1票を割り当てられる制度へと変更された。この結果、労働組合と議員の力が弱まった。

この変更は、前党首エド・ミリバンドが勝った2010年党首選に大きな原因がある。ミリバンドは、本命と見られていた実兄の元外相デービッドを僅差で破り当選したが、その当選は、デービッドよりも左と見られたエドを労働組合が強く支持したことによる。また、その後、労働組合が自分たちに有利と思われる人物を、選挙区の候補者として選ばれるよう画策していたという疑いが出て、エド・ミリバンドが労働組合の力を削ぐような対策を講じなければならない状態だった。もともと、労働組合の力をいかに削ぐかは、労働党内の大きな問題であり、ジョン・スミス、そしてトニー・ブレア党首の下でも1人1票制度の導入への努力がなされてきた。そのため、2014年のルール改正にはブレア元首相も称賛したほどである。この改正が今回のような、党員らの圧倒的な支持を受けた党首を、労働党下院議員が信任しないというような事態が起きるかもしれないと予測した人はいなかった。

労働党党首選の行方

党首選に立った、2人の候補者、コービン党首とスミスの7月23日(土)の演説を見れば、その様子はある程度理解できるだろう。サルフォードでの1800人の会場がチケット売り切れの盛況で、コービン党首は「我々は、社会運動だ」と語った。同時にロンドン、ブリストル、ノッティンガム、バーミンガム、ハル、グラスゴー、ケンブリッジでも会合が開かれたという。一方、スミスの会合は低調だった。コービンはこれを党首選の出陣式にも兼ねていた。労働党下院議員がコービンの不信任案に投票した際には、ウェストミンスター議会の前にコービンの支持者が数千人集まった。コービンが話す場には、屋外でも数百人、数千人がコンスタントに集まる。

昨年の総選挙の敗北で、ミリバンド党首が辞任した後、コービンが労働党党首選に立候補したが、コービンブームが起き、党員数がそれまでの2倍弱の39万人ほどになった。そして6月23日のEU国民投票の後、労働党下院議員によるコービン下ろしが始まったが、わずか2週間ほどでさらに13万人が労働党の党員となった。申込書の記述から、増加した党員の大半が来るべき党首選でコービンに投票しようとした人たちだと見られている。ところが、コービンが党首選に立候補できないかもしれないという話が出て、党員申し込みの勢いが鈍った。コービンが自動的に立候補できるかどうかを労働党の全国執行委員会(NEC)が決定することとなり、NECは、コービンが党首選に立候補できるが、今年の1月12日までに加入した党員しか投票できないこととし、さらに関連団体(労働組合など)サポーターにも同じ制限が加わることとなった。ただし、登録サポーターについては、前回とは異なり、登録期間を大幅に制限し、48時間の申し込み時間内に25ポンド(3500円)を払った人だけが投票できることとした。昨年は3ポンド(420円)だったのに比べると大幅な値上がりである。

登録サポーターの数は、登録料を考えるとそう多くないだろうと見られていたが、驚くべきことが起きた。なんと、この時間内に18万3千人が申し込んだのである。すなわち、わずか48時間で労働党に450万ポンド(6億3千万円)余りのお金が入った。内紛で危機に立つ労働党を救おうと反コービンの立場で25ポンド支払った人もいるだろうが、この勢いは宗教的とも言えるほど熱狂的なコービン支持者のためだと見られている。

賭けを扱うブックメーカーは、既にこの党首選は一方的な戦いとなっているとして、コービンを当選確実とし、スミスが2か月の党首選の間に出馬を辞退するオッズを提供し始めたところもある。一方、保守党支持のサンデー・メイル紙は、コービン支持の団体が、コービン党首選を支援するためのTシャツをバングラデシュの低賃金労働者を使った工場から購入したと第1面で批判した。この新聞は、コービンを継続的にコケ下ろしてきたが、コービンの勢いに歯止めをかけようとする意図があるのではないかと思われる。コービン支持団体は、この購入を中止した。

奇妙な苦情

ある労働党下院議員が奇妙な訴えをした。コービンが個人的ないじめをしようとしたというのである。この下院議員は、本来コービン党首を助けるべき院内幹事の1人だが、反コービンで動いていたことがわかった。この下院議員の主張を見ると、反コービン派が一種のパラノイアに陥ってきたのではないかと思われるほどだ。党首選でコービンの対抗馬として立っているスミスはこの主張を信じると言い、コービンを批判した。しかし、スミスのコービンの「いじめ」批判がメディアで取り上げられるものの、それ以外の前向きの発言はそれほど取り上げられない状況になっている。

さらに44人の労働党女性下院議員が、コービンに、「コービン支持者ら」のソーシャルメディアでの威嚇や議員事務所周辺などでのデモ活動を止めさせるように求めた。コービンは繰り返し、威嚇など民主主義的でない行為は許されないと発言しており、マクドナルド影の財相は、その対策を講じているとしているが、警察が介入しない限り、誰がこのようなことをしているかを特定することは難しいように思われる。一方、コービンは、自分はクーデターを起こしたり、人を侮辱したり、威嚇するようなことはしないと発言したが、「クーデター」は、これらの反コービン派の議員たちが、コービンの追い落としを謀ったことを批判しているようだ。

影の内閣を1か月前に辞任した他の労働党下院議員が、影の内閣のポストに付随して与えられた議会内のオフィスを未だに出ておらず、野党第1党に与えられるすべてのオフィスを管理している党首のスタッフがそのオフィスを合鍵で開けて、出たかどうかをチェックしたことをプライバシーの侵害などとして下院議長に正式に苦情を申し入れ、公式の調査を始めるよう求めた。

これらの反コービン派下院議員の行動は、もちろん正当化されるものもあるが、自分たちの責任はともかく、自分たちの権利や自由が少しでも妨げられたり、侵害するように思われたりするものがあれば、それらを公に訴え、その実行者はともかく、コービンに狙いを絞り、打撃を与えようとする手段に出ているようだ。これは、状況が非常に深刻になっており、反コービン派が追いつめられている状態を示すものだろう。

労働党の今後

コービンが昨年9月の党首選よりもさらに大きな差をつけて当選するという見方もあるが、もし、予想されているようにコービンが党首に再選されるとどうなるか?反コービン派の下院議員たちは、既に自分たちをのっぴきならない立場に追い込んでいるようだ。

キャメロン政権で始まった選挙区を650から600に減らし、選挙区のサイズを均等にするという選挙区改革が、2018年に実施されるかもしれず、そうなれば、労働党の現職下院議員は誰もがそれぞれの労働党選挙区支部で候補者として改めて選出される必要があるとコービンが発言した。これを反コービン派下院議員への脅しだと党首選の対抗馬スミスは批判した。なお、現在は、「引き金投票」といわれる制度があり、再立候補を希望する現職を選挙区支部関係機関が承認する。もし、現職議員にも再選出が必要になると、複数の候補者の中から選考を経て選出されるようになり、反コービン派下院議員たちは極めて難しい立場に追い込まれる。労働党の選挙区支部では、現在、支部ミーティングの開催が停止されているが、これは、これらの反コービン派下院議員たちへの出席者らからの批判が非常に強いためである。下院議員たちへ悪口雑言が浴びせられるところもあるようで、そのようなことをする出席者の数はそう多くないとされる。コービン支持の党員が大きく増えているのは、ロンドンをはじめ比較的限られた地域だと言われるが、新しい党員が何百人単位で入党した支部もかなりあるようだ。半年たてば、下院議員選挙での選挙区候補選出の投票権を持つ。すなわち、コービン支持で入党した人たちの多くが選挙区で候補者を選択するのに大きな影響力を揮うようになりかねない。コービン支持の団体モメンタムは、既に1万人以上のメンバーがいるが、このような団体が、各選挙区支部でコービン支持の勢力培養をはかることは想像に難くない。イギリスは、政党選挙であり、労働党の現職下院議員でも労働党の公認を受けられなければ当選することはほとんど不可能である。

もちろん、新しい選挙区の区割りが進まない可能性は高い。これが実施されると、保守党は他の政党より20議席余り有利となると見られているが、選挙区の併合、組み換えなどで、多くの保守党下院議員が「国替え」や新たに候補者選考への出願などを迫られる。また、13万から15万人と目される保守党員には、かなり高齢の人が多く、新たな選挙区になじみにくい党員も出るだろう。さらに2015年総選挙で、多くの若者をバスで接戦の選挙区に送り込み運動させたが、いじめで自殺したメンバーが出たり、選挙費用支出違反の疑惑が出たりで、保守党の選挙態勢の問題があるように思われる。保守党は過半数をわずかに上回るだけであり、保守党下院議員の多くの意思を無視してこの選挙区区割りを押し通すことは簡単ではないだろう。そのため、2018年ごろの政治情勢にもよるが、今のところ、新しい区割りが進まない可能性はかなり高いように思われる。それでもコービン支持の労働組合最大手のユナイトが、選挙ごとに選挙区候補者の再選出を義務付ける政策を推進することとした。もし労働党で認められると、選挙区の区割りが進むかどうかにかかわらず、再選挙が必要となる。

いずれにしても反コービン派の下院議員は、コービン再選後、落ち着いて寝られない状態となる可能性がある。そのため、これらの下院議員がコービン労働党から離党して新しい政党を設置するだろうという見方がある。230人の労働党下院議員で半分以上の下院議員が離党すれば、下院で労働党を上回る下院議員を持つ野党最大党、すなわち政府に対する「対立政党」となれる。ただし、この新政党に労働党地方支部の党員の多くがついて出ていくという可能性は少なく、この新政党は、すぐに資金をはじめとするロジスティクスの問題が出てくる上、いつあるかわからない次の総選挙を戦うことは難しいだろう。

1981年に左のフット党首をいただく労働党から、中道寄りの社会民主党(SDP)が別れた。1979年の「不満の冬」で労働党の人気が下降し、サッチャー率いる保守党が政権を獲得したが、サッチャーの財政緊縮政権で、失業率が大きく増加し、サッチャー政権の支持が大きく下降していた時期だった。もし総選挙があれば、サッチャーが政権を失うのは間違いないというような政治状況だった。そのような時期に労働からSDPがわかれ、その支持率が50%にも達し、22名の労働党下院議員が参加する。次期総選挙でSDPは自由党と提携したが、結局、6議席に留まり、結局、現在の自民党に吸収される。現在のメイ新政権はまだハネムーン期間中であり、1981年当時のサッチャー政権よりはるかに状況がましだ。このような中で、反コービン派が新政党を設立するのは、自滅行為のように思える。

反コービン派の下院議員たちがそこまで追いつめられているのは確かだろう。しかし、今回のコービンへの謀反が失敗に終われば、再び謀反を起こすことははるかに難しくなる。筆者には、コービンが早かれ遅かれ次の総選挙に労働党を率いて臨み、もし敗北すれば、党首を退くことで決着するように思われる。コービンは、現在、これまでになく情熱を持って党首選に望んでいるように見えるが、67歳である。ただし、ソーシャルメディアの急激な発達もあり、政治の世界は大きく急激に変化している。反コービン派の下院議員たちが、現在の労働党の政治状況を見通せなかったように、政治の専門家たちの政治観が時代遅れになっているようだ。コービン人気がごく一部の支持者だけでなく、現在の政治に不満を持つ一般有権者まで広がるような事態が出てくるかもしれない。アメリカの大統領選でドナルド・トランプが共和党大統領候補に選ばれたように、従来の常識に反した政治現象が起きる可能性がこれほど高まっている時代はこれまでなかったかもしれない。

ポジショニング段階のメイ新首相

7月20日、メイ新首相が最初の首相への質問に立った。そのパフォーマンスを誉め称える政治コメンテーターは公共放送のBBCを含め多い。確かにメリハリのきいた返答ぶりだった。それでも、メイは、野党第1党の労働党のコービン党首の真剣な質問に答えず、その代わりにコービンを冷笑しただけだった。メイの「冷笑」は、保守党下院議員や、反コービン派の労働党下院議員たちを喜ばせ、政治コメンテーターたちにもエンターテインメントを提供した。しかし、有権者の多くが、まじめで真剣な議論を軽視した、このような政治関係者たちの言動に大きな不満と不信を持っていることを思い起こすべきだろう。欧州連合(EU)国民投票で離脱に投票した友人は、政治家たちは何もわかっていない、目を覚まさせるために離脱に投票したと言う。

メイは、まず、7月20日に発表された、いいニュースとしたうえで、イギリスの雇用が上昇したと言った。実は、これは、2016年3月から5月の数字であり、イギリスがEUから離脱することを決めた後のものではない。オーグリーブズの戦い、すなわちサッチャー政権時代の鉱山労働者と警察との衝突をめぐる真相解明、また、喫緊の問題である住宅問題、生活困窮者らに関する質問にはほとんど答えずなかった。また、イギリスのEU離脱について語れる答えを持っていなかった。このような答えで、なぜ政治コメンテーターたちが高い評価をするのだろうか。政治コメンテーターたちの評価の基準がおかしいのではないか。

メイは、まだ新政権のポジショニング、すなわち、自分の政権をどこに位置付けるかが明確ではなく、今の段階では、スローガンに終始している。メイは、首相に任命された直後の演説で、誰にもうまく働く政権を作りたいと語った。恵まれない人たちを真っ先に考えるとしたが、それを実現する具体策はまだ遠い。

イギリスの統合を重視するとし、首相に就任して最初に訪れたスコットランドでは、スコットランド住民のことを真っ先に考えるとしたが、この訪問は戦略的なものであり、スコットランド住民が、イギリス政府から大切に思われているから独立を考える必要がないと思わせる心理的戦略のように思われる。今のところ、スコットランドのスタージョン首席大臣との関係を作る以上にスコットランドに関して何をするかの具体的な戦略はないのではないか。

一方、7月20日には、ドイツのマーケル首相を訪ね、リスボン条約50条に基づく、EU離脱通知は年内ではなく、来年となると話した。ところが、その通知を出すまでは、具体的な話はしないと釘を刺される。さらにメイが7月21日に訪問したフランスのオランド大統領は、メイの立場に一定の理解を示しながらも、なるべく早くその通知を出して離脱交渉を始めるべきだとする立場を崩していない。これらの訪問では、トップ同士だけではなく、同行のスタッフらの顔合わせの意味もあるのだろうが、いずれにしても、イギリスの交渉のポジションを定めるのにかかる時間の合意も取れていないようだ。

確かに、新政権が発足したばかりで、すべてを要求するには無理があるだろう。中央銀行のイングランド銀行がイギリスのEU離脱の影響はそれほど出ていないとする報告書を出したが、まだ4週間では、今後どうなるか不透明である。EU離脱の影響がもう少しはっきりと見えてくるまでには、もう少し時間がかかるだろうし、恐らく財相の「秋の声明」で財政状況の説明があるまで、今後の財政を含めた方針が立てにくい状況にある。

メイは、首相への質問で、労働党が党首選でもめている間に、EU国民投票で分断した国を統一させると言ったが、それをどのようにして、また、どの程度できるのだろうか。それに、メイは、国民を分断させた国民投票は、保守党のキャメロンが実施したことを忘れているようだ。

48時間で18万人が登録サポーターに

労働党の党首選は、コービン党首とオーウェン・スミスの一騎打ちとなることとなった。8月下旬から投票が始まり、9月下旬に結果が出る。この労働党の党首選で投票するため、なんと18万3541人が25ポンド(3500円)払って登録サポーターとなる申し込みをした。

6月23日の欧州連合(EU)国民投票後、労働党の党員数が13万人増え、51万5千人となり、多くを驚かせたが、この登録サポーターの受付は、7月18日の午後5時から7月20日の午後5時までと時間が制限されており、わずか48時間でこれだけの数の人が申し込んだことには驚く。これから、登録者の査定が行われ、登録サポーターとしての登録を拒否される人もある程度出るが、この数には大きな意味がある。例えば、政権を担当する保守党の党員数は明らかになっていないが、13万から15万人程度と見られている。それから見ても、労働党の人を惹きつける力は、かなりのものがあると言える。この力の源泉は、良きにつけ、悪しにつけ、党首のジェレミー・コービンにある。

EU国民投票後の入党者の大半はコービン支持と見られていたが、労働党の全国執行委員会が、今年の1月12日までに入党した者だけがこの党首選に投票できることとした。一方、登録サポーターは、2014年に党首選ルールが改正された際に、初めて導入されたが、昨年9月の党首選でコービンブームが起き、3ポンド(420円)を支払ってなる登録サポーターが、11万人余りとなり、そのカテゴリーで投票した人の84%がコービンに投票した。今回もその登録を受け付ける必要があったが、昨夏とは異なり、登録できる時間を大幅に短縮したばかりか、登録費を大幅にアップした。それにもかかわらず、登録申し込み数が予想外に多い結果となった。これには、先述の13万人の新規党員のかなり多くが、党首選の投票権を求めて登録サポーターとしても登録したことが大きな原因だと思われる。

いずれにしても、2014年党首選ルールは、有権者すべてに平等に1人1票を与えられ称賛されたが、予想外の現象が起こり、想定外の使われ方をされ、労働党内で大きな嵐を巻き起こしている。恐らく、登録サポーターの大半は、コービン支持だろう。昨年9月に党首選有権者の60%の支持を受けて当選した党首に対する不信任案に労働党下院議員の4分の3が賛成した。対抗馬のスミスは、下院議員152人、欧州議員10人の推薦を受けた。労働党下院議員全体の3分の2の支持を受けたこととなる。それでも、コービンが党首に再選されるのは確実な状況だ。

労働党党首選の行方

労働党の党首選が、現党首ジェレミー・コービンと影の労働年金大臣だったオーウェン・スミスとの間で行われることが決まった。この選挙は、党員、関連団体サポーター、そして登録サポーターの1人1票の投票で決まる。投票は、8月下旬から始まり、9月21日に締め切られ、その結果は9月24日の特別党大会で発表される。そのため、メイ保守党新政権の誕生という新しい政治状況の中であるが、野党第一党の労働党は、党内の争いで、今夏を過ごすこととなる。

労働党の現党首に挑戦するには、党所属の下院議員と欧州議会議員の20%、すなわち51人の推薦を受ける必要がある。推薦の受け付けは、7月18日から7月20日午後5時まで。スミスの他にアンジェラ・イーグルもこの数を超える推薦人を確保したと見られるが、スミスの推薦人の数が90人(下院議員88人、欧州議会議員2人)に達したため、イーグルが党首選出馬を辞退した。この背後には、党員の中にまだ強い支持のあるコービン党首に対抗するには、挑戦者を1人に絞る必要があるとの理由による。

オーウェン・スミス

スミスは、それほど知られている政治家ではない。イングランド北部で生まれたが、ウェールズで育ち、ウェールズ訛りがある。16歳で労働党に入党し、サセックス大学を卒業した後、公共放送のBBCでプロデューサーとして10年働く。労働党下院議員のウェールズ大臣のスペシャルアドバイザーとして働いた経験があり、また後には、製薬会社ファイザーのロビイストとしても働いた。2010年に初めて下院議員に当選。影のウェールズ大臣を務め、2015年に2回目の当選後、コービン影の内閣で影の労働年金相を務めた。46歳。自他ともに認める労働党の左派。

党首選の行方

昨年9月の労働党党首選でも実績のある世論調査会社YouGovの労働党員の世論調査によると、コービンが優位に立っている。世論調査実施時点では、コービンとスミスの一騎打ちとなることは決まっていなかったが、それでも、コービン対スミスの対決となった場合、コービン56%。スミス34%の支持という結果が出ている。

ただし、登録サポーターの支持がどうなるかははっきりしていない。前回の党首選では、党首選が近づくまで党員並びに登録サポーターの入党、登録が許されたが、このシステムが変更された。EU国民投票以来、13万人が入党したが、労働党の全国執行委員会で、今年1月12日以前に入党した者しか投票できないこととされた。この新党員の大半はコービン支持だと見られている。また、前回、84%がコービンに投票した登録サポーターは、登録期間が7月18日から20日に限られ、しかも登録費が前回の3ポンド(420円:£1=140円)に対し、今回は、25ポンド(3500円)と大幅にアップした。その上、労働党を守るとして反コービンの立場で登録するよう訴えているグループが新聞広告をガーディアン紙に掲載するなどの活動をしている。

一方、昨年夏のコービンブーム以来、労働党の党員の数が2倍近くになったが、ある調査によると、党員として加入した人のかなり多く(16.5%)がかつて緑の党を支持した人々である。この人たちが、核抑止戦略システム、トライデントに反対するコービンへの支持を変えるとは考え難い。なお、スミスは、7月18日の下院の投票でトライデントに賛成票を投じた。しかも、リーダーの能力として、他の何よりも、普通の気持ちの分かる人を望む人が68%、強い信念を持つ政治家を支持するとする人が49%おり、全体的に強い左寄りのリーダーを求める傾向がある。これらから考えると、労働党党内の下院議員たちの4分の3が強い反コービン傾向にあるにもかかわらず、この党首選で敗北するほどコービン支持が減るとは考えにくい状況にあるように思われる。

メイ新首相の組閣

テリーザ・メイ首相の組閣。よく考えられているが、時限爆弾を抱えたものである。

7月13日に首相に就任したメイ首相は、13日の主要メンバーの任命に引き続き、14日に他の閣僚を任命した。この組閣は、前のキャメロン政権の主要閣僚を解任し、「残酷」な組閣とも呼ばれる。キャメロン首相の取り巻きを除き、また、EU離脱の交渉に強くあたる意思を明確にしたものだ。

メイの組閣の目的は、

  • 既成のエスタブリッシュメントとは異なる新鮮なイメージを与える。
  • ダイナミックな首相のイメージを与える
  • メイが残留派であったことを鑑み、EU離脱を前面に出す
  • 党内の残留派、離脱派の亀裂の修復をはかる

解任したキャメロン政権の閣僚

メイが解任した主要閣僚は、オズボーン財相とゴーブ法相である。オズボーンは、財政緊縮策などその強引なやり方に批判が高まっていた上、3月の予算では、大きな批判を受けた。また、キャメロンの右腕のイメージが強い上、EU国民投票前の離脱警告のメッセージは行き過ぎだった。また、ゴーブは、内相時代のメイとバーミンガムの学校のイスラム化の問題で厳しく対立したことがある上、新内閣の目玉ともいえるジョンソン新外相との関係が危ぶまれたことがあるように思われる。ゴーブは、EU国民投票後、ジョンソンの首相への野心をストップさせた人物である。

EU離脱の閣僚

EU離脱では、離脱派の看板で、人気の高いジョンソンを外相に、さらに2人の離脱派の大物を新設のEU離脱相、国際貿易相に任命した。この3人を中心に、イギリスのEUからの離脱交渉、離脱後のEUとの関係交渉、さらにEU以外の国々との貿易などの関係交渉が行われる。

この人事は、残留派だったメイ首相が、離脱の交渉を離脱派に任せ、保守党内の離脱派からの攻撃を避け、同時にその責任を離脱派に背負わせる、メイのマスターストロークだとする見方があるが、同時に時限爆弾であるように思われる。

これは、特に3人の関係・役割分担が整理されていないことだ。いずれも独特の個性と大きなエゴを持ち、それをいかに調整するかが問題となろう。メイ首相は、その調整役を自ら担うつもりなのだろうが、前回の拙稿でも指摘したように、メイは、マイクロマネジャーでコントロールフリークの傾向がある。そのようなやり方は、今回の組閣でも昇格させた、内務省で自分の下で働いた閣外相らには通用するかもしれないが、ジョンソンや、かつて保守党党首候補だった他の2人、デービスやフォックスには効かないだろう。

また、前ロンドン市長で、EU国民投票の後、保守党党首選まで次期首相の最有力候補と見られていたジョンソンは国際的にもよく知られているが、その外相任命には、海外からあきれた声が上がっている。ジョンソンが、メイの下で外相を長く務められるか疑問がある。

結局、この3人組の関係がどの程度続くか、また、メイとの関係がどの程度保たれるかで、これらの交渉の意味がかなり変わってくる可能性があろう。

実務に入ったメイ

メイは、財相にハモンドを任命した。元ビジネスマンで、手堅いハモンドに財政を任すことは、非常に賢明だと思われる。ハモンドは、イギリスの中央銀行イングランド銀行総裁のカーニーと協調して財政・経済の運営を任せられる。また、ハモンドには、オズボーンのようなむき出しの野心がない。オズボーンの財政緊縮策はストップされ、2020年までに財政黒字化というような造られた目標はなく、現在の財政経済に必要な手が打てる。メイは、この分野にそう大きな精力を使う必要がないのは、大きなボーナスだと言える。

また、近日中に議会で採決の行われると見られる、イギリスの核抑止能力トライデントの問題を抱える国防相には、手堅いファロンを留任させた。

もう一人の留任は、ハント厚相である。ハントの評判は必ずしも高くないが、医師会の若手医師のNHSの契約改定問題がある。この問題で、若手医師らは何度もストライキを実施した。この紛争は、最終局面に入っている。厚生省と医師会の若手医師リーダーたちは最終の妥協案に合意した。これを若手医師らは投票で拒否したが、厚生省は、いずれにしても実施する方針だ。この問題を再燃させないためにも、メイがハントを留任させたことは意味があると思われる。NHSの問題は複雑で、これを理解するには相当の時間がかかる。恐らく、ハントの留任は、様々な要素を考慮した結果だろう。

メイは、着任早々だが、第2の独立住民投票の可能性のあるスコットランドに飛び、スコットランド住民へアピールする。これまでのところ、慎重かつダイナミックなメイが目立っている。

高望みしすぎのメイ首相

7月13日、キャメロン首相が辞任し、メイ新首相(59歳)が誕生した。キャメロン首相は、第2のアンソニー・イーデンとも揶揄されている。イーデンは、1956年のスエズ危機で誤算し、イギリス兵を送り、自滅した元保守党首相である。戦後のイギリス首相のランキングでイーデンは最下位に置かれるが、6月23日の欧州連合(EU)国民投票で計算を誤ったキャメロンは「EU離脱の首相」として歴史に残ることとなると見られている。

キャメロンは、2010年当時の不安定な経済状況から、首相として財政赤字を半分に減らし、また、G7でトップクラスの経済へ導いた。運営の難しいと思われていた自民党との連立政権を5年間うまく運営し、2015年総選挙では、保守党として1992年以来の過半数を成し遂げた。2019年には首相を退くと見られていたが、キャメロンは、既に2度のレファレンダム(自民党の求めた下院議員選挙へのAV 選挙制度の導入、スコットランド独立)で勝っており、さらに6月のEU国民投票でも勝ち、首相在任期間9年の、歴史に残る業績を成し遂げた首相となるのではないかと見られていた。しかし、このEU国民投票で敗れ、キャメロンの命運は尽きた。キャメロンは、これからの数年で、自分の政治的遺産をまとめようと考えていたようだが、時間切れとなってしまった。

一方、EU国民投票で残留派だったが、あまり目立たないようにしていたメイは、イギリスのEU離脱でほとんど傷を受けなかった。そしてキャメロンの後継首相となる最大のライバルと見られていた、残留派のジョージ・オズボーン前財相と、離脱派のリーダーだったボリス・ジョンソン前ロンドン市長が脱落した結果、首相の座が転がり込んできたのである。

メイは、バッキンガム宮殿で、エリザベス女王に首相として任命された後、ダウニング街10番地の首相官邸の前に立って、首相として初めてのスピーチを行い、「誰にもうまく働く国」を築きたいと抱負を述べた。ただし、目下のイギリスの最大の課題は、EUからの離脱にいかに対処するかである。保守党党首選での7月11日の演説では社会正義に重点を置き、さらに残留派、離脱派で割れた保守党の融和、その上、女性を閣僚級に大幅登用する計画など、必ずしも関連していない多くの課題を一挙に解決しようとするメイの試みは、すべてがそう簡単に成功するとは思えない。

メイのこれまでを見ると、危険なことを極力避けてきた、いわゆる優等生タイプのようだ。メイは、小さなことにこだわりすぎ(マイクロマネジャー)、コントロールフリークとも言われる。それがゆえに内相として6年間やってこられた。そして首相の地位が回ってきたと言える。しかし、首相には、内相とかなり違う能力が要求される。その一つは、いかにそれぞれの大臣に権限を委譲し、それぞれの能力を最大限に発揮させるかである。コントロールフリークには、そのような転換は極めて困難なのではないか。むしろ、目的を広げようとすればするほど、自分でコントロールできる範囲が狭まり、その狭間で苦しむことになりかねない。

メイの場合、内相としての業績がそう優れていたとは言えない。犯罪の数が減ったと言われるが、その原因ははっきりしていない。最も注目された、正味の移民数を10万人未満とする目標は、最終的に33万人と全く達成できなかった。イングランドとウェールズの41警察管区で設けられた犯罪・警察コミッショナーは、成功したどころか、次々に問題が起き、2015年総選挙の労働党のマニフェストでも廃止するとうたわれていたが、保守党の中でも失敗だったとする声がある。メイが内相として6年間生き延びたのは、むしろ、あまり内閣改造を好まないキャメロンと、メイをそう攻撃しなかった右寄りのメディアによるところが大きい。もちろん、イギリスでは、6年間、内相の職務についていたこと自体に重みがあるのは事実である。そのような運があったとも言える。

それでも、メイは「ピーターの法則」の典型的な人物のように思える。ピーターの法則とは、ある地位への候補者を、その地位に適切な能力によって判断するよりも、現在の役割での業績に基づいて判断するものである。メイの場合、その「業績」は、在任期間の長さであろう。

メイはこの重要な時期に、おっちょこちょいのボリス・ジョンソンを外相に任じた。党内対策を考慮したのだろう。メイは、目的を拡散させずに、むしろ、絞ることからスタートすべきであったように思われる。

労働党の党首選となった内乱

6月23日の欧州連合(EU)国民投票で、イギリスが離脱を52%対48%で選択した直後、コービン労働党党首への不信任案が提出された。労働党は残留を支持したが、コービン党首が残留運動に熱心でなかったとして、労働党のリーダー失格だと主張したのである。一方、労働党の影の外相が、コービン党首はリーダーではない、コービンを信任できないとして党首辞任を求め、コービンに解任された。そして影の閣僚、31人のうち3分の2が辞任し、それ以下のポストでも同様の数が辞任した。さらに6月28日、不信任案が採決された。不信任賛成172、反対40、無効4、投票せず13という結果であった。これには、強硬左派のコービンが党首では総選挙に勝てないという見方が反映している。

通常、党所属下院議員の4分の3の信任を失った党首が継続していくことは不可能だと考えるだろうが、コービンは、党首を退くことを拒否した。コービンは、党員らが自分を党首に選んだのであって、党員らの負託に応える必要があると主張した。コービンは、前年の2015年9月の、4人が立候補した党首選で、第1回目の開票で59.5%を獲得し当選したのである。第2位は19%だった。

それ以降「コービン党首とその支持者」対「圧倒的多数の反コービン派下院議員」の構図で膠着状態が続いてきた。労働組合はコービンを支持し、副党首らの打開策を探ろうとする努力も実を結ばず、結局、影の内閣を辞任したイーグル「影のビジネス相」が51人の支持者を得て、コービン党首に挑むことになった。

保守党の場合、もし党首が過半数の賛成で不信任された場合、党首を辞任することになっている。しかも辞任すれば、党首選には再び立てないというルールになっている。しかし、労働党には、このような規定はなく、不信任にはなんらの拘束力もない。しかも現党首に挑戦する場合には、党所属下院議員と欧州議会議員の20%の推薦が必要とされている。すなわち現在では51人の推薦が必要である。

ここで大きな問題が持ち上がった。現党首は、下院議員と欧州議会議員の推薦を受けずに、この党首選に立てるかどうかである。労働党の党本部が依頼した法律専門家の判断では、現党首も同じ推薦が必要だとした。これは、コービンにとっては、非常に大きな問題である。党所属下院議員でコービンの不信任に反対したのは、わずか40人で、その後、気が変わったという下院議員が何人も出ている。そのため、51人の推薦人を確保することが極めて難しく、党首選に立つ前に、その資格がないこととなってしまう。一方、労働組合側の法律専門家の判断は逆で、コービンは自動的に立候補できるというものであった。

7月12日に開かれた、労働党の全国執行委員会で、この問題が討議され、結局、コービンが自動的に立候補できることとなった。

ただし、これには条件がある。労働党の党首選に投票できるのは、党員、関連組織(労働組合ら)サポーター、そして登録サポーターである。このすべてが1人1票で、その合計得票で勝利者が決まる。ただし、この党首選に投票できる党員は、6か月前の2016年1月12日までに党員になっている必要があるとされた。また、登録サポーターは、これから設定される2日間の間に25ポンド(3450円:£1=138円)支払った人のみとなった。昨年9月には、これはわずか3ポンド(410円)だった。

つまり、昨年9月の党首選で起きたコービンブームで、党員と登録サポーター数が大幅に増加し、それがコービンの得票に大きく貢献したような事態はなくなったのである。6月23日のEU国民投票後、労働党の党員数は、なんと13万人増え、50万人を超えた。この新規加入者の大半は、コービン危機で、コービンに投票するために加入したものと見られる。しかし、この13万人は投票できないことになった。

なお、この党首選の結果は、9月末の党大会前に発表される。保守党のメイ政権が誕生する中、労働党は、党内の内乱の対応に追われることとなる。コービンが勝つ可能性が極めて高いが、これが長期的にどのような影響を労働党に与えるか注目される。コービンが再び勝てば、労働党が割れると見る人もいるが、そうはならず、むしろ、反コービン派の下院議員の態度が軟化(もしくは諦め)していくのではないかと思われる。1981年に、左の労働党から分裂した社会民主党(SDP)は、ロイ・ジェンキンスらの大物が主導したにもかかわらず、成功せず、現在の自民党に合流した。反コービン派の下院議員には、これというリーダーがおらず、反コービン派がまとまって離党するようなことは考えにくい。

総選挙の可能性

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスが離脱することになった後、労働党の内乱が勃発した。ベン影の外相が、コービン党首に党首として信任できないと言い、解任された後、影の内閣の閣僚が3分の2辞任し、その動きは、それ以下のポストにも広がる。この集団辞任はかなり前から計画されていたと言われるが、コービン党首への不信任案に230人の党所属下院議員のうち172名が賛成した原因の一つは、当時、保守党の次期党首・首相と目されていたボリス・ジョンソン政権下で総選挙が行われるのではないかという憶測が広まったことにある。つまり、もし総選挙があればコービン党首では労働党が惨敗するのではないかという恐れだった。

メイ首相が7月13日にも誕生することとなり、労働党が分裂状態の中で、もし下院の解散・総選挙があれば、新首相をいただき、保守党が統一されているような中では、保守党が勝つと見られている。そのため、メイが下院を解散するかどうかが政治関係者の間で大きな話題になっている。

イギリスでは、2015年に総選挙が行われ、次の総選挙は2020年に予定されている。2011年議会任期固定法で、首相には解散権がなくなった。そう信じていた人たちが多かったが、実際には、首相が望めば解散できるようだ。

2011年議会任期固定法は、2010年の総選挙で、保守党が過半数を獲得できず、第3党の自民党と連立を組んだことに始まる。自民党は、第2党の労働党よりも左の多くの政策を持ち、その政権が長続きするか危ぶまれた。そこでキャメロン首相は、その政権が容易に崩壊しないようにするためこの法律を設けたのである。

これでは、定められた時期以外の解散総選挙は、基本的に2つの場合に限られることになっている。

  1. 全下院議員議席の3分の2が合意した場合。すなわち650下院議員のうち、434議員が解散に賛成した場合。当時保守党306議席、自民党57議席であったため、2党合わせても363議席だった。
  2. 政権が単純過半数で不信任され、14日の期間内に信任される政権ができない場合。

2015年総選挙で第2党の労働党は232議席を獲得した。下院全議席の3分の1以上あり、労働党下院議員が総選挙を望まなければ、第1の条件は使えない。しかし、ここで重要なのは第2条件である。

保守党は330議席あり、過半数を超えており、今のところ必ずしも不信任の生まれる状況はない。しかし、2011年法では、「不信任」の定義がなく、イギリスのEU離脱の関係で様々なケースが生まれる可能性が指摘されている(元下院事務総長の解説)。技術上、政府が自らの不信任案を出して可決し、2週間経過すれば、解散総選挙ができるという見解もある。なお、この点については、法案審議中にも議論があった(例えば上院での議論)。このような方法をとることは、政治的に容易ではないが、不可能ではないだろう。

今回は、イギリスのEUからの離脱にまつわる新内閣の誕生である。そのため、国民の理解の得られる理由付けが可能かもしれない。

それでも、解散まで2週間、そして総選挙に5週間と、少なくとも7週間の政治的な空白を作ることは、EU離脱のショックの中にあるイギリスの現在の政治、経済的状況では考えにくく、メイ新首相がただちに総選挙を実施するということはないように思える。

メイ内相が首相へ

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスがEUを離脱することになり、残留派のキャメロン首相が辞任表明、保守党の党首選が始まった。5人の候補者が立候補。保守党下院議員の投票で、それが2人に絞られ、党員の投票で9月9日に女性2人から1人を選ぶことになった。ところが、7月11日、そのうちの1人、エネルギー閣外相のアンドレア・レッドサム(拙稿参照)が辞退したため、テリーザ・メイ内相(拙稿参照)が保守党の党首となることが決まった。

これを受け、キャメロン首相は7月13日に首相を辞任し、同日、その後任の首相にメイが就任する。イギリスでは、日本のような議会での首相指名がない。君主のエリザベス女王が現職の首相の辞任を受理する際、次期首相の推薦を受け、次期首相候補をバッキンガム宮殿に招いて首相に任命する。事実上、下院の過半数の議員の支持を受けられる人が首相となる。保守党は、下院650議席のうち330議席を占めている。なお、上院はこの過程に関わらない。

メイが7月13日にも首相となることになったため、政治関係者の目下の最大の関心事は、メイが直ちに総選挙を行うかどうかである。メイは、保守党党首選で、総選挙は2020年まで行わないと表明しているが、労働党が内乱の渦中であり、勝利の可能性の極めて大きなこの機会に一挙に総選挙を実施するという可能性がある。ただし、EU離脱でイギリスの経済が不透明になっており、メイの性格を考えると、政治の空白を避けるため、総選挙は行わず、実務に専念する可能性のほうが大きいように思われる。

首相候補レッドサムの失敗

保守党の党首選で、下院議員が候補者を2人に絞った。そして保守党の党員が、2人の女性候補者から保守党党首・首相を選ぶ(拙稿参照)。そのうちの1人、エネルギー閣外相のレッドサムが不用意な発言をし、それが大きなニュースとなった。

上記の拙稿でも触れたが、レッドサムは「脇が甘い」。それがまさしくこの問題に出ている。問題の経緯はこうだ。

タイムズ紙のジャーナリストが、レッドサムとのインタビューで、もう1人の女性候補者メイ内相との違いを質問した。レッドサムは、経済の能力と家族と答えた。そこでタイムズ紙のジャーナリストは、子供について質問。レッドサムには3人の子供がいる。レッドサムは、「メイには子供がいないが、自分にはいる」というような話にはしたくない、そのような話はひどい話だからと言いながら、メイには子供がいないが、自分には子供がいる、メイにも甥や姪、多くの人がいるだろうが、自分には子供、そのさらに子供で、直接、将来への本当の利害関係がある、と語った。

日本人の感覚では、あまり大した話ではないと思われるかもしれない。しかし、タイムズ紙は、「母なのでメイより勝る、レッドサム」という第一面の大見出しとした。

レッドサムは、自分の言ったことと全く反対だ、このような汚いジャーナリズムは見たことがないと主張。

そして翌日、7月9日は朝からこの話題で持ちきりとなった。タイムズ紙のジャーナリストが公共放送BBCに招かれて、このインタビューの経緯を語り、インタビューの録音も紹介、そして、これは「正確なジャーナリズム」だと主張したのである。

このジャーナリスㇳの説明でも明らかなように、レッドサムの子供のことに関する不用意な発言を引き出すことを最初から狙いにしていたようだ。レッドサムは、6月23日のEU国民投票前の様々な討論会で、たびたび子供のことを話していたので、それをきいたという。そしてレッドサムはナイーブにもその餌につられた。この「ナイーブ」という言葉は、このジャーナリストの使ったものである。

本来、保守党党首、そして首相の選挙は、それぞれの候補者の政治的な言動や政策、考え方で競われるものであり、その身体的な特徴、この場合には、子供がいる、いない、というようなことは関係のないものだと考えられている。それを重視する有権者もいるだろうが、もしそれを候補者やその関係者が意図的に主張すれば顰蹙を買う。

レッドサムの場合、それを意図的に主張したのではなく、むしろ引きずりだされたという表現の方がふさわしいと思われるが、タイムズ紙のジャーナリストの視点は、そのような軽率なことを話す「判断力」が首相にふさわしいかどうかであり、それは報道に値するというものである。タイムズ紙は、メイ内相を推していることもその背景にあるだろう。

保守党党首選は、あと2か月続く。このような落とし穴は、2010年に下院議員に選出され、政治家として十分な経験がないまま、急に保守党党首候補、首相候補として躍り出て、大きな注目を浴び始めた人にとってはやむをえない点もあるだろう。

例えば、キャメロン首相は、2001年5月に下院議員となり、2005年5月に2回目の当選をした後、その12月に保守党の党首に選出された。ただし、それまでに財相、内相のスペシャルアドバイザーとして政界の内側から政治家の行動を観察したことがある。そのような経験がなければ、自分の発言に関する政治勘はなかなかつかみにくい面があると言える。