EUの慎重なブレクジット戦略

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、EUとの離脱合意ができるかどうかにかかわらず、10月31日にEUを離脱するという立場を崩していない。これに対して、EUは巧妙で慎重な戦略にでてきた。

10月11日のイギリスの新聞の多くは、10月10日のジョンソンとアイルランド首相との会談で10月31日までにイギリスとEUとの合意のできる可能性が出てきたとする。(例えば、https://twitter.com/hendopolis/status/1182405405227520000/photo/1

しかしながら、EU側とジョンソン側との考えの違いは大きすぎ、そう簡単に埋められるものではない。特に以下の2点である。

①    ジョンソンは、イギリスがEU離脱後、自由にそれ以外の国と貿易交渉できるよう、EUと関税同盟を結ばない方針だ。EUとイギリスとの「国境」となる、アイルランド島内の北アイルランド(イギリス領)とアイルランド共和国(EU加盟国)との間には、現在何らの国境施設はなく、自由通行だが、イギリスのEU離脱後、モノの移動や基準を監視し、必要な関税を課するには、それを可能にする施設やシステムが必要である。ジョンソンは、テクノロジーを使った解決法を提示しているが、すぐ使えるものではなく、専門家はシステム構築を含めて最低10年はかかるという。つまり、EUがそのようなものを直ちに受け入れるとは思われない。

②    上記のような解決法を、すでに合意している暫定期間(離脱後2020年末まで)後、適用するかどうか、そして4年ごとにさらに継続していくかどうかについて、ジョンソンが閣外協力をしている民主統一党(DUP)に事実上、拒否権を与えていることだ。北アイルランドは、30余年の長い「トラブルズ」と呼ばれる域内闘争があり、その再来を防ぐような、ユニオニスト側(イギリスとの関係を継続したい立場で、DUPを含む)とナショナリスト側(アイルランドとの関係を重んじる立場)との両者が合意しなければ意思決定が極めて難しい制度を設けているためである。

ジョンソンは、第2点目を譲歩することができるかもしれないが、第1点目の譲歩は極めて難しい。この譲歩は、イギリスの自由な貿易交渉を制限することにつながり、ジョンソンが描いているような、大胆な国際貿易交渉をできるようなイギリスとはなれない可能性が高いからだ。

9月に成立した「ベン法」で、10月19日までにEUとの離脱合意ができる、若しくは、議会の納得する結果が得られなければ、ジョンソンは、EU側に10月31日までの交渉期間の延長を求めねばならないこととなっている。しかし、ジョンソンは、10月31日に離脱するという立場を崩していない。延長を避けるためにジョンソンの打てる手はないと見られているが、ジョンソン内閣が下院で不信任されても、ジョンソンは慣例を無視して首相官邸に居座るなどという情報が流されるなど、不測の事態が起きる可能性が指摘されている。

ジョンソンは、多くのコメンテーターも指摘するように、行き詰まった段階、もしくは最も自分に有利だと思われるタイミングで総選挙に打って出るつもりだろう。つまり、10月31日に離脱できるかどうかにかかわらず、「2016年の国民投票でEU離脱を支持した国民の意思を貫くジョンソン政権」と「その意思に背く議会」の対立構図を最大限に効果的に利用し、次期総選挙では、ブレクジット党の票も吸収して過半数を占めることが目的である。ジョンソン率いる保守党には、DUPを入れても過半数がない。もしEUとの交渉期間が延長されても、過半数を取れば、ジョンソン政権が強化され、EUとの交渉を有利に進められるとの考えがあろう。

なお、野党は、数的には、ジョンソンらの政権側を上回る。すなわち、数的にはジョンソン政権をいつでも倒せる。ところが、ジョンソン後に誰を首班とするかでまとまらない。一方、首相が総選挙の日を決められるため、ジョンソン政権を倒せば、ジョンソンが勝手に総選挙の日を10月31日離脱が可能な日に設定しかねないという恐れがある。そのため、ジョンソンを首相から除くことができないというジレンマにある。

このようなジョンソン政権の状況に対して、EU側は、3つの状況に対して準備を進める必要がある。まず、総選挙が実施され、ジョンソン保守党が過半数を占める場合だ。その場合には、さらに慎重に交渉をしていかねばならない。次に総選挙の結果、再び過半数を占める政党のない「宙づりの議会」となる可能性がある。その場合、連立、若しくは少数与党政権となり、政情は不安定、そして次の総選挙が早期に行われる可能性がある。そしてジョンソン保守党が再び復活するかもしれない。そして、3番目に、ジョンソンが無理に10月31日にEU離脱してしまう可能性だ。

EUは、その経済に与える影響を考えると、イギリスに合意なしで離脱をしてもらいたくない。一方、ジョンソンら離脱派に、EUのかたくなさのためにイギリスは合意なしで離脱したという理由を与えたくない。EU側は、EUの経済的統合を揺るがしかねないイギリスの要求を絶対に受け入れられないが、ジョンソンの現在の要求は、まさしくこれに触れる。それでも今後のシナリオを考えると、ジョンソンらに希望を与え続けておく必要があり、アイルランド首相は、まさしくそれをしていると言えるだろう。

手段を選ばないジョンソン首相

ボリス・ジョンソン首相は、目的を達成するためには手段を選ぼうとしないようだ。もちろん最終的な目標は、次期総選挙で勝利することである。それにはいくつかの方法がある。

まず、10月31日にEU離脱を成し遂げることである。EU離脱を成し遂げれば、EU離脱を目的に掲げるブレクジット党の存在意義がなくなる。この党は5月の欧州議会議員選挙で勝ち、世論調査で現在10数パーセントの支持を得ている。保守党のジョンソンがEU離脱を成し遂げたということで、現在のブレクジット党の支持者が保守党支持にかわり、保守党が総選挙に勝つという読みだ。

これを成し遂げるため、ジョンソンらは、合意なしでEU離脱をした場合に想定される大きな経済的打撃を打ち消すのに躍起だ。政府の「合意なしのEU離脱の影響」を査定した文書(「イエローハンマー」文書と呼ばれる)が漏洩され、その後、その要約が発表されたが、それを古いものだと言い張っている。それどころか、担当のゴブ大臣は、ビジネスは、合意なしでEU離脱をした場合の準備ができていると主張しているが、ビジネス側は、否定している。ジョンソンらは、一度EUを離脱してしまえば、結果は後の祭りというわけだ。大きな経済的混乱が生じても、その責任は誰かほかに負わせられると見ているようだ。

その一方、「合意なしのEU離脱」を防ぐ法律の裏をかく手段が明らかになった。この法律は「ベン法」と呼ばれる。ジョンソンが合意なしでEU離脱するのを恐れた議会が、9月3日に提案し、9月9日に法律となったものである。10月19日までにEUとの合意ができなければ、ジョンソンがEUに離脱交渉の3か月延長を申し入れなければならないとするものである。

ところが、ジョンソンは、法を尊重するが、EUに交渉延長を求めることはしないと主張している。そのため、この法律には強制力があるが、ジョンソンが何らかのずるい手を考えているのではないかと野党が慎重になっていた。その手の一つが明らかになった。大臣らだけによる枢密院令を使って、議会を停止し、10月31日までに議会が手を打つのを止めようとするものである。

古くから存在する制度を恣意的に使って、特定の目的に供しようとするこのような試みは、9月24日に出された最高裁の、議会の意思を重んじる判示に反する。ただし、限られた時間内で、このようなすべての試みに対応するのには限界があろう。

次に、もし、10月31日にEU離脱ができない場合、総選挙が直ちに行われるのは確実である。ジョンソンは、その場合、「国民」対「議会」の構図で選挙を行うつもりだ。すなわち、議会はEUに降伏した、その主権を取り戻すには、ジョンソン率いる保守党が総選挙で勝たねばならないとするものである。

この構図を維持していくため、ジョンソンはそのレトリックを緩めないだろう。ジョンソンは、国民の中に怒りを植え付けることで、保守党に勝利をもたらせようとしている。国民をさらに分断し、国民の統一を犠牲にしてでもだ。このようなタイプの政治家は近年、イギリスにはいなかった。アメリカのトランプ大統領の影響といえるかもしれない。

ジョンソン政権の命運と総選挙

イギリスの最高裁が、2019年9月24日、ボリス・ジョンソン首相が女王の大権を利用して議会を2019年9月9日から10月14日の期間、閉会としたのは違法で無効であり、そのような閉会はなかったと判示した。ジョンソンは、裁判所の判断は尊重するが、その判断は誤りだと主張している。野党らはジョンソンの辞職を求めているが、ジョンソンがそうするとは思われない。それでは、ジョンソンのこれからの行動はどうか。また、野党はどう対応するのか。

ジョンソンの行動

ジョンソンは、完全に総選挙狙いである。国民投票では離脱が多数を占めたのに、国民の願いを議会が踏みにじっている、議会を変える必要がある、そのためには保守党が勝たなければならないと主張するだろう。

ジョンソンは、EUとの離脱合意ができようができまいが、10月31日にEUを離脱すると主張している。しかし、それができない可能性が高い。EUとの離脱交渉で最大の障害となっている、アイルランド島内のアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドとの国境問題がこれまでのところ解決できる状況にはなく、10月末までに合意することは困難だ。一方、9月9日に成立したベン法と呼ばれる新法で、10月19日までにEUとの合意ができない場合、ジョンソンはEUに交渉期間の3か月延長を申し入れなければならないこととなっている。ただし、ジョンソンのこれまでの言動から見ると、ジョンソンがそのような申し入れをしない可能性がある。その場合、野党らが裁判所に申し出て、国家公務員に代わりに申請させる方法があるとされる。この場合、EUに延長申し入れはしないと主張するジョンソンの言い訳にはなるかもしれないが、少なくともジョンソンは、10月31日に離脱するつもりであったのに議会がそれを邪魔したと訴えるだろう。

なお、イギリスがEUとの交渉期間の延長を求めれば、それが認められるのはほぼ間違いない。EU側は、イギリス離脱はEUの責任だったという非難をできるだけ避けたいとみられるからだ。延長が認められれば、野党側は、合意なしのEU離脱の可能性がなくなったとして総選挙に賛成するだろう。

ジョンソンは、これまでも繰り返し総選挙を実施するよう求めている。しかし、総選挙の実施のタイミングは首相に決める権限があるため、総選挙の日を10月31日、もしくはそれより後にすることで、事実上、イギリスのEU合意なし離脱を可能にさせる可能性があるとの不安がある。

さらに、ジョンソンは、女王のスピーチ(政権の施政方針演説)を予定通り実施するつもりのようだ。施政方針は、通常1週間程度で採決されることとなるが、下院の過半数を持たないジョンソン政権では否決されるだろう。ジョンソンはそのような施政方針が実現可能かどうかよりも、いかに有権者にアピールできるかの方に関心があると思われる。そしてそのような「素晴らしい」施政方針を否決する議会は国民の敵だというスタンスをとるだろう。

施政方針の否決は、政権の信任を否定されたことと見なされ、女王が野党第一党の労働党の党首コービンに政権を担当するよう依頼する可能性がある。その結果、コービンが過半数を得たとしても、そのような寄せ集めの政権は、単にEUとの交渉期間を延長して、直ちに総選挙を実施するだけのものとなる。

その総選挙で、ジョンソンは、国民対議会の対決だと訴え、ブレクジット党を含めたEU離脱支持の有権者の支持を得て、総選挙に勝利し、過半数を確保し、EU離脱を実施するつもりだろう。これまでのほとんどの世論調査では、保守党がリードしている。

野党の対応

野党は、総選挙を実施するよう求めているが、ジョンソンがずるい手法で何をするかわからないと慎重になっている。

総選挙を実施する一番簡単な方法は、ジョンソンがこれまでにも試みたように、2011年固定議会法に従い、下院の3分の2の賛成で総選挙を実施するものである。また、内閣不信任案を提出してそれを採決する方法もある。ジョンソン率いる保守党は閣外協力をしている北アイルランドの民主統一党(DUP)を入れても過半数に足りない。

なお、総選挙が始まると、下院議員は議員でなくなり、議会で政府の行動を監視できなくなる。一方、ジョンソン首相ら政府のポストについている議員は、議員でなくなるが、政府のポストはそのままである。すなわち、ジョンソン首相が勝手に行動しても歯止めがかけられなくなる恐れがある。そのため、離脱合意なしでEU離脱することも可能になるかもしれない。そのため、「合意なしのEU離脱」の事態が起きないようにすることが最優先課題だ。

野党には、総選挙をにらんで、それぞれの思惑や戦略がある。それらは必ずしも野党間で一致しない。そのため、ジョンソン政権を倒したとしても、その後、代替の政権をどうするか、どういう体制で総選挙を実施するかなどで意見が一致しない。

反「合意なし離脱」グループが協力しても、コービンに反発して労働党を離党した議員を抱える自民党などの勢力が野党第一党の党首コービンを支持して暫定首相に推すことは考えにくい。コービン以外の暫定首相には、労働党が同意しないだろう。結局、総選挙時の首相は、ジョンソンである可能性が最も高いだろう。

恐らくEUとの交渉期間が延長された後、ジョンソン首相の下で総選挙が行われることとなる。議会が閉会された数日後に解散され、その25勤務日後に投票されることから11月後半か遅くとも12月初めまでに総選挙が行われるだろう。

現在の下院の各党の勢力

保守党 労働党 SNP 無所属 自民党 民主統一党 シンフェイン ICG PC 緑の党 議長 全議席数
288 247 35 34 18 10 7 5 4 1 1 650

なお、SNPはスコットランド国民党。無所属の過半数は、「合意なしのEU離脱」を嫌って保守党から除名された議員である。また、北アイルランドのシンフェインの下院議員は議員に当選したものの下院の議席についていない。ICGはチェンジのための独立グループ、PCはウェールズの地域政党プライドカムリである。

イギリス最高裁:ジョンソンの国会閉会は違法

イギリス最高裁の大法廷が全員一致でボリス・ジョンソン首相の議会閉会は違法で、議会閉会はなかったと判断した。普通の首相なら辞任するだろう。しかし、ジョンソンは今でも強気で、その意志はない。

ジョンソンが、女王の大権を使い、議会を9月9日から閉会した。10月14日までの予定だった。10月14日に開会して「女王のスピーチ」(政権の施政方針演説)を実施するのをその理由とした。しかし、最高裁はその理由を受け入れず、そのような長期の閉会は、格別の理由なく議会の責務を果たさせなくするものだと判示し、議会閉会は違法だとした。ジョンソンは、EUとの離脱合意ができようができまいがイギリスを10月31日にEUから離脱させようとしており、議会の口出しを阻もうとしたのである。

議会は、ジョンソンの議会閉会に危機感を持った。イギリスとEUとの離脱交渉は進展しておらず、とても10月31日までに合意ができる状況にはない。もし合意なしでEU離脱ということになればイギリスの経済と生活が大きな混乱に陥る。それを食い止めようとし、議会は、10月19日までにEUとの合意ができなければ、ジョンソンはEUに離脱交渉の延長を申し入れなければならないとの法律を制定した。しかし、ジョンソンは10月31日に離脱するとの立場を今でも崩しておらず、議会にはジョンソンがこれからどのような手段をとるか警戒している。

最高裁の判断は、イギリスの憲法を変えるものである。政府の法務長官はジョンソンの議会閉会は合法だとしていた。政府が議会のスケジュールを管理し、首相は女王の大権を女王にアドバイスすることで行使し、それには誰も抗えないと考えていたのである。イングランドの高等法院は議会閉会が合法と判断した。一方、スコットランドの最上級審は、3人の判事が全員一致で違法とした。それでもイギリス全体の最高審である最高裁がストレートに違法と判断するとは思われていなかった。ところが、最高裁がはっきりと違法とした。この結果で、首相の権限に大きな制約が加わり、一方、議会の権威が大きく高まったこととなる。

最高裁の審議の内容から、はっきり合法と言うことはないだろうと思われたが、それでも最高裁の判断が読み上げられると、法曹関係者をはじめ、大きなショックが襲った。その判断は当然だと多くが感じたが、それまでの「常識」が覆され、イギリスの統治システムそのものが変わったと感じられたからである。

日本の硬直したシステムと比べると、イギリスのシステムは極めて柔軟である。「常識」は時とともに変化するが、「常識」の範囲内で行動しないものが出てくると、それに対するために動く。今回の最高裁の判断でも1611年の判例を使い、古いものも重んじる慣習はあるが、イギリスの不文憲法を成文憲法に変えようとする声は、大きく減るものと思われる。

総選挙必至のイギリス

イギリスでは今秋総選挙が実施されることが確実になった。総選挙の告示と選挙の間には5週間必要で、総選挙は10月か11月となる。

ボリス・ジョンソン首相には「嘘つき」という評判がある。記事をでっちあげてタイムズ紙を首になったり、女性関係で嘘をつき、影の内閣を首になったりと話題には事欠かない人物である。

現在でも、EUとまともな交渉をしている気配が全くないのに、交渉は進展している、EUと合意して離脱するとしながらも、その一方、EUとの合意ができようができまいが、法律で離脱する日となっている10月31日にイギリスはEUを離脱すると約束している。多くは、ジョンソンは全く合意を結ぼうとしていないと考えている。そして合意なしで離脱した後、合意ができなかったのは、議会が悪い、EUが悪い、労働党が悪いと責任転嫁するつもりだろうとみている。

そのため、10月31日にイギリスが合意なしでEU離脱をすることがないようにと、野党と保守党の21人の下院議員が協力して、「10月19日までにEUと合意ができなければ、ジョンソン首相はEUに3か月の延期を申し入れなければならない」という法案を下院が通し、現在上院で審議中である。この法案は、来週早々にも女王に裁可される見通しである。

この過程で、保守党の下院議員で自民党に党を替わった者がおり、ジョンソン政権は、閣外協力をしている民主統一党(北アイルランドの政党、DUP)の数を入れても下院過半数を割った。その上、ジョンソンの手を縛った21人の保守党下院議員を保守党から除名したため、政権がまともに運営できない状況となっている。

もちろん反ジョンソンの勢力が結集すれば、別の政権を作ることは不可能ではないが、誰を首相にするかでまとまる状況ではない。そのため、この宙ぶらりんの状況が続くことになる。

もともと、議会の口を封じて、何が何でもEU離脱を成し遂げるために議会を閉会にしたのは、開会後の新議会で政権の施政方針演説である「女王のスピーチ」を発表するということが理由であった。しかし、いくら施政方針演説を行っても、下院で賛成を得られない方針は、絵に描いた餅である。

この手詰まりの状態を打開するため、ジョンソンは総選挙に出ようとした。しかし、現在では首相に解散権はない。野党も総選挙の必要なことはわかっているが、総選挙を合意した途端、ジョンソンが総選挙の日を変更して「合意なし離脱」をしようとするのではないか、すなわち、総選挙の話は「合意なしのEU離脱」を成し遂げるための策略だろうとして野党は慎重になっている。ジョンソンは、必死になってコービン労働党党首を臆病者だ、意気地なしだと攻撃している。

コービンは、「合意なし離脱」の可能性がないということがはっきりすれば、総選挙に出てもよいという考えだが、今はまだそれを見極めようとしている。

いずれにしても総選挙が10月か11月に行われることは必至である。

不文憲法に付け入ったジョンソン

イギリスの不文憲法は、日本の成文憲法と異なり、状況の変化によって変わっていけるのでよいという見方があった。しかし、ボリス・ジョンソン首相は、イギリスがEUからの離脱問題を抱え、大きな決断を迫られているこの時期に、イギリス憲法の中核をなす女王を使って、9月中旬から10月中旬まで議会を閉会するという挙に出た。議会がジョンソンの動きを妨げることができないようにするのが狙いである。女王は首相の助言に逆らえない。ジョンソンのやったことは、ほとんど独裁的な行為である。自分の目的のため、不文憲法に付け入り、これまでイギリスが誇りにしてきた民主的な意思決定過程を踏みにじるものだ。

イギリスは国民主権の日本と異なり、議会主権の国である。その議会の口を封じようとするのは独裁的としか言いようがない。確かに不文憲法がそれを可能にしたわけだが、その基本原則を踏みにじるような行為は、罰されねばならない。

ジョンソンを罰することができるのは国民だ。早晩行われる総選挙でそれができるかどうかがイギリスの民主主義がどの程度のものかをはかるバロメーターとなろう。

唯我独尊メイ首相

イギリスがEUから離脱する予定の日は2019年3月29日だったが、下院がメイ首相のEUとの合意を大差で2度否決したため、メイ首相はEUに3か月ほどの期限延長を願い出た。メイ首相のやり方に疲れ果てたEUは、3月22日、もしEUとの合意が下院の了承を得られるなら、欧州議会議員選挙日の前日5月22日まで、もし下院が賛成しなければ、4月12日まで延長するとし、それをメイ首相も受けいれた。

メイ首相は、3月25日に始まる週に、自分のEU合意をもう一度下院に持ち出して可否を問うと見られていた。しかし、閣外協力を受けている北アイルランドの民主統一党(DUP)がメイ合意に賛成しないと発表。保守党強硬離脱派も反対するとしている。さらに保守党をはじめ、野党にも、これまでブレクシット案への合意ができていないのは(自分の責任ではなく)下院議員たちの責任だと国民への訴えで主張したメイへの反発は強い。そのため、メイの合意が下院に承認される可能性はほとんどなく、メイ首相は自分の合意を下院に出さないかもしれないと示唆した。

これは、イギリスのEU離脱が4月12日となる可能性を強く示唆している。すなわち、メイは自分のやり方が通らないなら、とにかくイギリスをEUから離脱させるという自分の「約束」を守るつもりだという考えのように見える。合意があろうがなかろうが、である。歴史的に見れば、それは、何もできず、混乱だけもたらせて去った首相というレッテルよりよいだろう。自分だけが正しいとする唯我独尊メイにはそのような腹積もりがあるように思われる。

このようなメイ首相をなぜ保守党は見限れないのか。昨年12月の保守党の党首信任投票でメイは過半数の支持を受けた。そのため、1年間は再び信任投票が行えない。しかし、下院はメイ政権を不信任投票で倒すことができる。しかし、保守党下院議員にそれに踏み切れない人がほとんどだ。ほとんどの保守党選挙区支部で強硬離脱派が多い。そのため保守党の中でソフトな離脱を図る議員たちも保守党党首のメイ首相を不信任するまでには踏み切れていない(それができる議員は既に離党した)。政党選挙のイギリスの総選挙で、地元の選挙区支部から候補者として選任されなければ議員として生き延びられないためだ。あとしばらくの期間、あらゆる術策を講じて延命を図ろうとするメイ首相と、将来の方向を決める力を握ろうとする議会勢力とのせめぎあいが続く。

メイ首相の度重なる先延ばし戦術

このようなことがいつまでも続くわけがない。

メイ首相は、27日に予定されている下院の投票で、3月29日のEU離脱日が延期されることとなる危機に直面した。しかも自分の内閣の閣僚や準閣僚らのかなり多くがその案に賛成する見込みだと伝えられた。合意なしの離脱は絶対避けるべきだと主張する人たちである。これはただでさえ権威の失われているメイ首相にさらに大きな打撃となる。

これに対するメイ首相の戦術は先延ばしだった。3月12日にメイ首相の最新の修正案の投票をする。そしてもしこれが可決されなければ、13日に合意なしの離脱をするかどうかの投票をする。それも合意を得られなければ、14日に離脱日を短期間延期するかどうかの投票をするというのである。ただし、延期に合意してもそのような延長は1回だけで6月までに離脱、しかも合意なし離脱の選択肢は残したままだという。この3段階の案は、2月26日の閣議で了承され、その後、下院で発表された。

メイ首相のEUとの合意案で大きな障害となっているアイルランドのバックストップでEUが大幅な譲歩をすると見る人はほとんどいない。イギリスの現在の政治経済に及ぶ不透明な状況はビジネス投資などに極めて大きな影響を与えているが、このままでは、それが少なくとも6月まで続く可能性が大きい。このようなことがいつまでも続くわけがない。

メイ首相は、就任当初から、議会や閣議さえもバイパスしてブレクシットの交渉をしようとしてきた。それが今やこれらから足をすくわれかねない状況だ。

北アイルランド問題で苦しむメイ首相

メイ首相のEUとの離脱合意には、アイルランド島内の「イギリスの北アイルランド」と南のEU加盟国アイルランド共和国との間の国境に関する「バックストップ」が含まれている。バックストップとは、安全ネットもしくは「保険」と表現されるが、アメリカの野球のホームベース後ろの安全柵のことで、観客の安全のために設けられたものである。

現在、北アイルランドとアイルランド共和国の間の国境に建造物はない。自由通行できる。そのため、ブレクシットのバックストップとは、国境にそのような建造物を作る必要がないようにするものである。これは、1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で一応終えた、北アイルランドの30年余りにわたるナショナリスト(カソリックでアイルランド共和国との統一を求める勢力)とユニオニスト(プロテスタントでイギリスとのつながりを維持していく勢力)の血にまみれた「トラブルズ」と呼ばれる状況を再びもたらせないようにするものである。国境を区切る建造物が生まれると、再びテロ活動の標的とされる可能性があると多くが心配しているためだ。

メイ首相の合意案は、EUとの関税同盟に参加しないなどのレッドラインに固執しているため、このバックストップを含まざるをえない。そしてこのバックストップゆえに、メイ率いる保守党の中の欧州リサーチグループ(ERG)がこの合意案に賛成しない。そのバックストップが半永久的に続き、イギリスはいつまでたってもEUを離脱できないのではないかと心配しているからだ。

メイ首相は北アイルランドをレベルの低い地域とでも考えていた節がある。2019年2月の初めに北アイルランドを訪れ、国境に建造物は作らないと、下院でいつも行うようなスピーチを行った。その反応は?もろ手を挙げて称賛されるようなものとは遠く離れたものだった。北アイルランドの新聞は極めて冷静で、事態を鋭く見抜いたものだった。メイのスピーチは疑問を解決し、不安を和らげるようなものではなかったというのである。メイにとっては、北アイルランドの政治関係者は、今もなお、子供のような争いを繰り広げているように見えるかもしれない。しかし、北アイルランドの政治は、その困難な時代を潜り抜けて成熟したものになっている。

メイ首相は、最初から北アイルランドを軽視していたように見える。北アイルランド問題を十分に理解していない人物を2人続けて北アイルランド相につけた。一番目のジェームス・ブロークンシャーは、本来、中立的な立場であるべきなのに、民主統一党(DUP)寄りのスタンスで、「愚か」だと批判される始末だった。二人目のカレン・ブラッドリーは、北アイルランド相に就任するまで北アイルランドの政治を十分知らなかったと話し、あきれられた。二人とも内務省でメイの下で仕えた人物である。他の多くのポストの任命と同じように、その人物の適性よりもメイとの距離を考慮した人選であったことは疑いがない。

北アイルランドでは、2016年EU国民投票で56%がEU残留に投票したように、もともと新EU寄りの姿勢が強かった。もしイギリスが合意なしでEUを離脱するようなこととなると、北アイルランドがアイルランド共和国と統一するかどうかのいわゆる「国境投票」への声が強まるだろう。そのような場合には55%の有権者が統一に投票するという世論調査がある。このままではメイ首相は、イギリスをEUから合意なしで離脱させ、しかも北アイルランドを失う役割を果たした人物となる可能性があろう。

 

次期総選挙候補者になれないことを恐れる現職議員たち

9人の労働党と3人の保守党の下院議員がそれぞれの党を離党した大きな原因に、選挙区の政党支部でこれらの下院議員の言動を批判する声がかなり強まっていることがある。様々な嫌がらせや脅迫がある上、このままでは次期総選挙の候補者から外される可能性があるという危機感のため、「正当な理由」を掲げて離党し、新たな方向を模索する機運があった。

なお、イギリスでは、日本でよくみられるような「無所属」で当選することは極めて難しい。党単位で選挙を戦うことが慣例となっており、それを反映して、選挙費用も250万円ほどと抑えられている。

労働党の場合

労働党は、2015年の党首選挙以来、大きな変貌を遂げた。2015年総選挙に敗れた前党首エド・ミリバンドが党首を辞任した後の党首選挙に、ジェレミー・コービンが党内左派を代表して立候補した。推薦した人たちの予想も裏切り、コービンが大差で当選し、党首となった。コービンブームが起きたためだ。それでも、左派のコービンでは総選挙に勝てないと信じた労働党下院議員たちは、2016年EU国民投票でコービンが中途半端な残留運動をしたと批判し、コービン影の内閣からの大量辞職、そして4分の3近い党所属下院議員がコービン不信任(これには拘束力がない)に賛成するという手段に出た。その結果、2016年秋にもう一度党首選が行われた。ところが、コービンは前回よりもさらに大きな支持を集め、党首に再選された。これらの過程で、コービン支持の団体、モメンタムが生まれ、力を増強し、また、コービンに投票するために労働党に入党する人たちの数が急激に増え、20万人程度から、50万人以上となった。今では、西欧一の党員数を誇る政党である。そして、メイ首相が楽勝を信じて仕掛けた2017年の総選挙で、10万人を超えるメンバーのモメンタムが中心となって運動し、コービン労働党の予想外の健闘を招き、メイの保守党の過半数割れを引き起こした。

労働党下院議員たちの多くは、コービンを党首から引き下ろすことはあきらめたものの、中にはコービンを公に批判し続ける議員がいる。コービンがイギリスのEU残留を求めない、第二のEU国民投票を直ちに求めないなどとブレクシットへの対応を批判し、また、コービンがユダヤ人差別を助長しているなどして声高に批判してきた。そのため、これらの議員の選挙区支部で、コービン支持の党員らが議員への不信任投票を実施し、それがいくつも可決されている。ただし、不信任だけでは、現職議員がそのまま次期総選挙候補者となることを食い止めることはできない。

これは、各選挙区支部で、その支部を構成する団体の一定数以上が次期総選挙候補者とすることに反対した場合(トリガー投票と呼ばれる)に可能となる。その場合、現職議員も候補者選出プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。かつては50%以上の団体の反対が求められたが、昨年の党大会でそれが3分の1以上に引き下げられた。以前よりも現職下院議員を「クビ」にしやすくなったと言える。

なお、コービン支持者が政党支部の幹部になる例が多くなっており、反コービンの下院議員には居心地の悪くなる例が増えている。

保守党の場合

保守党は、支持者の高齢化がかなり前から問題になっていた。党員数は10万人を大きく割ったと見られており、保守党は最近まで党員数を公表することを拒んでいた(2018年3月時点で12万4千人とみられている)。党員には、もともと反EUである欧州懐疑派が多く、財相も経験した親EUのケネス・クラークが党首選に立候補した時には、党首選の保守党下院議員から2人選ばれる段階で十分な支持がなく、党員全体での投票に進めなかった。党員がクラークを選ぶはずがないと見られたからである。

2016年のEU国民投票で、イギリスはEUを離脱することとなった。そのため、イギリスのEUからの「独立」を目指したイギリス独立党(UKIP)の存在意義が弱まった。今や保守党の中の残留派や旧残留派(EU国民投票前のキャンペーンでは残留を求めたが、今では離脱を受け入れ、できるだけソフトな離脱を求める立場)と強硬離脱派の対立があるが、UKIP支持者らがイギリスの確実なEU離脱を求めて、強硬離脱に反対する下院議員たちの動きを妨害し、また次期総選挙での立候補を阻止するため、保守党に多く入党する動きがある。これはUKIPのシンボルカラーを使って「パープルウェーブ」と呼ばれている。

すなわち、特にソフトな離脱を求める保守党の下院議員たちには、嫌がらせや脅迫が絶えないうえ、選挙区ではこれらの下院議員に反対する党員の数が増えているのである。保守党の場合、次期総選挙の候補者となるためには、現職議員は政党支部にその申請書を提出し、それが委員会で検討され承認されるという過程を経る。ただし、選挙区支部党員50人以上、もしくは党員の10%が求めれば、現職議員を次期総選挙の候補者とするかどうかの投票が実施される。もし、否決されると、候補者選考プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。

離党した議員たちには、それぞれの理由がある。しかし、その背景には、上記のような問題がある。