衣装ゲートで問われる政治家の判断

キア・スターマー首相、アンジェラ・レイナ―副首相、さらにレイチェル・リーブス財相が、衣装の寄付を受けていた問題をマスコミが「衣装ゲート(ウォードローブゲート)」と呼んでいる。この問題が広く取り上げられるようになり、スターマー首相の評価が下がり、Opiniumの世論調査(9月18日から20日実施)によると、スターマー首相を肯定的に見ている人が26%、否定的に見ている人が50%とマイナス26%となった。

実際、英国の政治では、政治家への献金や寄付には不透明なものがある。これは政治倫理に関係するものであるが、例えばボリス・ジョンソン元首相のいい加減な対応はよく知られている。

もちろん一定の献金や寄付を受けとった際には届け出ることになっているが、それが実際にきちんと守られているかどうかには不明な点がある、もしそれを指摘されることがあれば、「見落としていた」などの理由を挙げて差しさわりのない程度届け出るということが繰り返されていた。

ジョンソンが2019年に首相となって首相官邸に入った後、内部を改装したが、妻キャリー(当時はまだ結婚していなかった)の好みで高価な壁紙を使うなどして公費補助の制限額を大きくオーバーしたが、それを保守党の献金者に支払ってもらっていた。ジョンソンのトップアドバイザーだったドミニック・カニンガムが首相官邸を離れた後、それを指摘したために、問題になり、政府や議会の機関が調査することになった。結局、ジョンソンが自ら支払った。しかし、ジョンソンは、献金者にキャリーとの結婚費用を助けてもらうなど、数多くの援助を受けている。ジョンソンの妻は、何度か衣装をレンタルしたことが話題となったが、それ以外の場合はどうしたのかはっきりしていない。ジョンソンの数々のホリデーも下院の倫理規範コミッショナーが取り調べた。

スターマー首相らが今回陥った問題は、いくつかの面があるように思われる。まず、過去の寄付などをはじめとした問題で政治不信が高まったが、そういう「負の遺産」をなくそうと、スターマー首相が、きちんと届出をすることを奨励し、ルールをきちんと守ることを自分たちが実践したことだ。しかし、これにはマイナスの面がある。政敵に詳細が知られ、特に厳しい財政状況の下で国民に負担を強いている中、自分は自分の地位を利用していい生活をしているような印象を与えることだ。すなわち、単に誰からいくらもらったと正直に報告するだけの問題ではない。

次に、スターマー首相らトップ政治家、さらにその配偶者には、衣装代がかなりかかることだ。金持ちは対応できるが、それほど大きな財産のない人には頭の痛い問題だ。例えば、スターマーと妻のビクトリアが2024年6月のバッキンガム宮殿の晩さん会に招かれた際の例だ。英国では、そのような機会は度々ある。他の誰もが正装している中、自分たちも正装しなければならない。しかし、タキシードはともかく、女性のドレスは、いわゆる普通のものではなく、むしろ結婚式で切るようなものだ。また、ドレスだけではなく、ネックレスやハンドバッグ、靴など多くのものが付随で必要となる。これらに多くのお金をかけるのは非常に思い負担である。さらに、英国の問題としてファッション関係者が、それらの衣装のブランドや誰が作ったかなどを報道する。女性として同じものを度々身に着けることは避けたいだろう。その上、首相夫人がファッションショーなどのイベントに招かれることも多く、スターマー首相夫人ビクトリアは既に出席したことがあるようで、その際にビクトリア夫人がスマートな衣装をまとって出席した写真が発表されている。

スターマー首相の場合、ジョンソン元首相と同じように懇意な献金者がいた。百万長者のビジネスマンで労働党の上院議員である。しかし、結局、スターマー首相らは今後このような衣装関係の寄付を受け付けないこととした

なお、スターマー首相には、別の問題もある。スターマー首相は、アマチュアのサッカーの選手であり、毎週のようにサッカーをしていると伝えられる。そしてプレミアリーグのアースナルのシーズンチケットを持っている。しかし、自分には警護の警官がついており、自分の席に座ると警護にかなり多くのお金がかかるとして、VIP席を割り当ててもらっている。これも批判されている。さらに、プレミアリーグが、ウェンブリースタジアムで行われたテイラー・スウィフトのエラスムス公演の切符を提供した。いわゆる「無料招待」の特典を受け入れていると批判されている。

権力の地位に就けば、それに様々な余禄がついてくるものだろう。これらは、政党や自分の政治活動に伴う寄付とは性格が異なる。これらにどのように対応していくかは簡単な問題ではない。

スターマー首相の首席補佐官の年俸への批判

スターマー首相の首席補佐官スー・グレイの年俸が首相より高いとの批判が、労働党政権内から出た。グレイに対する不満のせいだ。これを最初に報道したのは公共放送BBCだが、BBCの政治部長クリス・メイソンが、なぜこの報道をしたのか説明している。

スターマー政権の政治任用のスペシャルアドバイザーが、グレイに不満を持ち、メイソンにこの情報を提供したという。そこでメイソンがBBCの政治部のメンバーと関係者にあたってグレイの年俸の事実を確認したと言うが、その過程で、グレイに不満を持っている人が多いのに気付いたという。

まず、年俸の件の詳細を見てみよう。メイソンは、スターマー首相の年俸が166,786ポンド(約3170万円)であるのに対し、グレイの年俸は17万ポンド(約3230万円)だとする。グレイは、2023年3月まで内閣府の第二事務次官の国家公務員だったが、9月に当時野党だった労働党のスターマー党首の首席補佐官となった人物である。そして2024年7月の総選挙で労働党が政権を保守党から勝ち取った後、スターマー首相の首席補佐官となった。この任用は、政治任用のスペシャルアドバイザーである。

なお、メイソンの年俸は、BBCの公表したものによると、26万ポンドから26万5000ポンドの間(4940万円から5035万円の間)である。メイソンにとっては、グレイの年俸は高いと言うことは難しいだろう。そのため、メイソンの焦点は労働党のスペシャルアドバイザーたちのグレイへの不満に向かっている。

従来、政治任用のスペシャルアドバイザーの最高の年俸枠は、14万5千ポンドから15万ポンド(2755から2850万円)だったが、7月の総選挙後、スターマー首相がその増額を許可したとされ、グレイの年俸は、新しい年俸枠の最高額には達していないようだ。また、トップ国家公務員には年俸が20万ポンド(3800万円)以上の人も少なからずいる。

スターマー政権のスペシャルアドバイザーたちの中の不満は、労働党が野党だった時よりも報酬が下がったという点にあるようだ。そしてその矛先がグレイに向かっている。グレイは、労働党が次期政権を担当するのは間違いないと言われるようになってから労働党に来た人物であるが、今では、労働党政権を事実上牛耳っているといわれる。スペシャルアドバイザーたちの中には、自分たちの待遇にあまり注意が払われず、それまで苦労してきた者が粗末に扱われていると思っているようだ。

スペシャルアドバイザーの中には、自分のおかげで労働党は政権を取れたという自負のある人がいるかもしれない。しかし、野党時代の政党で仕事をするのは、政権を担当することとは、大きく異なる。政権を担当するということは、国と行政を運営するということであり、前保守党政権から受け継いだ負の遺産のため、大きな立て直しが必要な状態では、行政の経験が豊富なだけではなく、行政を批判的な目で見ることができ、さらに行政運営能力があり、政治家に的確なアドバイスを提供できる人物が必要だ。グレイの高い問題処理能力は広く知られている。ストリーティング厚相が、「スー(グレイ)がいて幸運だ」と言ったが、スターマー政権では、特に行政運営でグレイに頼っているといえる。

グレイの17万ポンドの年俸は、保守党政権時代の政治任用のスペシャルアドバイザーの年俸の最高額の15万ポンドを上回っているが、それが決められた以降の物価上昇を考慮に入れるとそれを下回っているという声もある。

なお、この問題の比較対象になったスターマー首相の年俸だが、首相の年俸自体にもおかしい面がある。首相の年俸は徐々に上がっていったわけではなく、過去に紆余曲折がある。2010年には、首相は198661ポンドの年俸を受け取る資格があった。(この金額は、現代では、322000ポンド(約6100万円)に匹敵するとされる。)しかし、当時の労働党のブラウン首相が15万ポンド(2850万円)受け取ると宣言した。2010年5月の総選挙で保守党と自民党の連立政権が発足し、その金額からさらに5%をカットし、首相の年俸は142500ポンド(約2700万円)となった。

実は、ここでいう首相の年俸とは、下院議員としての年俸と首相としての職給の合計である。下院議員の年俸は、2009年の議員経費問題以降、独立機関であるIPSOが担当している。この機関が毎年見直し、下院議員の年俸はこれまで毎年上昇しているが、首相の職給75440ポンド(受け取る資格のある金額はこの数字より大きいが、スターマー首相に至るまで同じ金額を受け取っている)は、増加していない。すなわち、スターマー首相の年俸166,786ポンドのうち、首相として受け取っている職給は、10年以上前のキャメロン首相と同額である。政治家はそれでいいかもしれないが、それ以外のスタッフもそれと一緒に右へ倣えと強制されるとそれは「いい迷惑」となるかもしれない。

いずれにしても、今回のグレイの年俸騒ぎでグレイの立場は強固になったように思われる。BBCに内部情報を通報したスペシャルアドバイザー(特定されていない)の意図は、明らかにグレイにダメージを与え、その地位から除くことが目的だったように思われる。しかし、逆にグレイの価値が改めて認識された結果となった。