ちぐはぐなキャメロン政権(Cameron’s Disjointed Administration)

キャメロン政権の政策と戦略がうまく機能していない。キャメロン政権では、このような問題が当たり前になってきており、次第に深刻さを増しているように思われる。

例えば、3月20日のオズボーン財相の予算である。この予算の景気刺激策の中心は、住宅市場の活性化である。これは、英国人の住宅所有指向を考えれば、極めて妥当な政策といえる。英国は極めて厳しい経済状況の中にあり、さらにキプロスの財政危機が表面化し、ユーロ圏に大きな暗雲が立ち込め、英国の経済にも悪影響を与えると見られている。英国の住宅ブームは英国の経済成長をこれまでにも大きく押し上げてきたことから、低調な住宅市場に刺激を与え、国内で経済成長を図る原動力とする考えは妥当だろう。問題は、この政策を生煮えで出したことである。

1300億ポンド(約19兆円)の住宅ローンの政府の保証を巡っては、財務省と内閣府がこれまで数か月にわたり、業界と調整してきたが、詳細の合意ができていないという。問題の一つは、このプログラムを実施するコストをどうするかという問題である。業界の中には、この政策の効果を疑う声もある。

来年1月から開始することを考えれば、今の時点ですべての詳細が決まっていないことは理解できるかもしれないが、今回の予算の目玉政策であるにもかかわらず、財務省がこの制度がどのように機能するかの問い合わせに十分こたえられなかった。オズボーン財相は、キャメロン首相のチーフストラテジストである。キャメロン首相の最も重要なサポート役であるが、これではキャメロン首相をきちんとバックアップしているとはいえないだろう。

実はこのような例はキャメロン首相にとって枚挙にいとまがないほどだ。いくつか例を挙げてみよう。

  • プレス自主規制機関の交渉:キャメロンが、3月14日、主要三党間の考え方の違いが大きすぎ、これ以上話し合いを続けても意味がない、18日に下院の投票で決着をつけると交渉を突然打ち切った。ところが、連立政権をキャメロンの保守党と組む自民党が野党労働党と組んで案を発表し、しかも保守党の20名程度の下院議員が投票で自民・労働党案に賛成することがわかり、保守党の敗色が濃厚となった。急きょ方針を転換し、主要三党間の交渉を再開し、合意案を18日の早朝にまとめた。
  • アルコール最低価格制限:キャメロンは、若者らの大量飲酒の問題や一般人の健康を考慮し、アルコール価格の最低制限を導入すると明言したが、担当の内相をはじめ、多くの反対があり、その導入を中止した。担当者らときちんと相談せずに政策を進め、先走りした。
  • 電気ガス費の問題:電気ガスの料金計算表の種類がいずれの会社にも非常に多く、消費者はどれが自分に最もふさわしいか、最も安いか分からない、既存の消費者が電気ガス会社に食い物にされているという批判に対し、キャメロンは、消費者が最も低い料金を払えるようにすると明言した。ところが、担当のエネルギー大臣はそれを知らず、しかもエネルギー・気候変動省も答えに窮した。これも上記と同じ問題である。
  • 運輸大臣の任命:ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港はキャパシティがほとんど満杯である。新興経済圏との直接アクセスを増やすためにもロンドン近辺の空港のキャパシティを急速に拡張する必要があるが、ベストはヒースロー空港の拡張だと考えられている。ところが、この空港に近い空路の下の選挙区から選出されている保守党の下院議員で、空港拡張の反対キャンペーンのリーダー格の人物を運輸大臣に任命した。キャメロンも拡張絶対反対なら特に問題ない人事だろう。保守党は2010年の総選挙で反対を訴えたために次の総選挙前にそれを変更することは難しいが、今ではキャメロンは賛成である。その数か月後に行われた内閣改造でこの大臣は他の省へ移されたが、慎重に検討せずに人事を進めたことが明らかとなった。

以上のようなことから明らかになっているのは、まず、キャメロン首相周辺の判断力に疑問があることである。しかも、キャメロン首相周辺と省庁との連携がうまくいっていない。首相がきちんとした仕事を行うにはしっかりとしたサポート体制がなければならないが、これに深刻な問題があるようだ。

ギャンブルと言える2013年予算(A Gamble 2013 Budget)

3月20日、水曜日恒例の首相のクエスチョンの後、ジョージ・オズボーン財相が予算演説を行った。非常に厳しい経済環境下、緊縮財政を取る政府のできることは限られていると見られていたが、大きな注目が集まった。英国人は一般の人も予算には注目するからである。

オズボーン財相

オズボーン財相(41歳)は、2010年5月にキャメロン連立政権の財相に就任するまで保守党の影の財相を5年間務めた。その前には1年間、影の財相に次ぐポストである影の財務省主席担当官を務めており、現在まで9年近く、英国の財政を担当、もしくは野党として吟味してきたことになる。

2010年の総選挙で主要三政党の党首討論があったが、その前に三党の財政担当者の討論があった。保守党からはオズボーンが出席した。労働党は当時のアリスター・ダーリング財相だったが、ダーリングは1997年にブレア労働党が政権を担当し始めた時以来の閣僚であり、財相をそれまでに3年間務めていた。自民党からは経済学の博士号を持ち、ロイヤル・ダッチ・シェルのチーフエコノミストでもあったヴィンス・ケーブル(現ビジネス相)であった。この討論では、オズボーンは、あらかじめ作成した模範解答に基づいて質問に答えているように見え、他の二人に比べて弱く見えたが、それは当時この3人の中ではやむをえないように思われた。しかし、オズボーンが財相に就任し既に3年である。オズボーンは政治家として財政を扱うには十分な経験を積んでいるといえる。

これまでのオズボーン財相の実績は芳しいものではない。3月17日のサンデータイムズ紙のYouGov世論調査では、政府の経済運営がまずいと言う人は65%にのぼり、しかもオズボーンは財相としてできが悪いと見る人は67%にも上っている。

野党の労働党のミリバンド党首は、オズボーンをよくパートタイム財相と呼ぶが、これは、オズボーンがキャメロンのチーフストラテジストも務めているからである。財相を替えるべきだという声は保守党内にもあるが、長い盟友であるキャメロン首相は交代させる考えはない。

オズボーンの緊縮財政

財相に就任して以来、オズボーンは財政緊縮を打ち出し、政府の財政赤字の拡大を防ぎ、政府の債務をなるべく早く減らし始めることを目的としてきた。2010年の6月の最初の予算演説では、毎年財政赤字を大幅に減らし、2015年までに政府の債務が減り始める計画を打ち出した。

それ以降、ユーロ危機などで、ユーロ圏外の英国も大きな打撃を受け、経済成長が停滞している。そのため、税収が予想より大幅に下回り、緊縮財政を継続しているものの、当初の計画の延長に迫られてきた。非常に厳しい経済環境の中ではあるが、それでも緊縮財政を継続する方針は変えていない。2015年に予定されている次期総選挙前に政府のこの方針を変えることはないと見られている。

2013年予算演説

今回の予算演説は、財相としてオズボーンの4回目だった。咋年の予算演説では、所得税の最高税率を下げながら、収入に所得税のかかり始める課税最低限度額を上げ、他の多くの分野の税金を見直すなど減税分に見合う財源を捻出する手段を講じ、「帽子からウサギを取り出す」手品のようなことをした。しかし、財源捻出策の多くがUターンを迫られることとなり、「オムニシャンブルズ」と呼ばれ、財相への信頼を大きく傷つけた。その際のオズボーンの予算演説は、自信満々で、傲慢にも見えた。しかし、今回は、オズボーンの傲慢さが影をひそめていた。

2012年度は、2010年6月の計画では政府の当該年度の借入金額が600億ポンド(8兆7千億円)となる予定であったが、それが大きく増えて2倍の1209億ポンドとなる見通しである。ここでは、昨年度より、借入金額が減ったように見せるため、懸命の努力が繰り広げられた。2011年度の借入金額は1210億ポンドであったが、この予算スピーチ直前の懸命の努力で、1209億ポンドに抑えたのである。これは毎年借入金額が減っていることを示し、政府の赤字削減策が効果を出しているように見せるために必要なものであった。

この財源は、省庁に未使用のお金をなるべく使わないよう圧力をかけて集めたものが中心だが、国際機関への支払いを来年度に回す、さらに税金逃れの摘発から得られる見込み額などを含み、かなり数字が操作されている。かつてオズボーンは、労働党政権が予算で数字の操作をしていると攻撃したことがあるが、それを自らも行っている。

住宅建設と購入促進が景気刺激策の中心

独立機関である予算責任局(OBR)は、2013年の経済成長を0.6%、2014年を1.8%としたが、緊縮財政の中で、経済刺激策を行うのは簡単ではない。これまでの政策も多くが不発に終わっている。その結果、経済波及効果の大きい住宅の分野に力を入れることとした。新しく建てられる住宅を購入する場合、この4月からその20%のローン(最大60万ポンド・8700万円の物件)を政府が無利子で提供する。そして政府の住宅ローンへの総額1300億ポンド(約19兆円)にも上る保証を2014年から3年間実施する予定である。

保証は、政府にとっては、直接予算として計上するものではないのでやりやすい手法だが、同様の政策が、かつてアメリカでサブプライムローンの問題を引き起こしたことや、既に高い住宅の価格をさらに上げる可能性があることなどから批判がある。しかしながら、1300億ポンドという金額は、現在の住宅ローン全体の1割以上にあたる金額であり、1年間に提供されるすべての住宅ローンの額にあたる金額だという。(参照:http://www.bbc.co.uk/news/business-21881174

そのため、かなりのインパクトがある可能性がある。これは保証であり、政府の計算によると住宅購入者の債務不履行のために120億ポンドほどの負担をする可能性はあるそうだが、それでもビジネスも一般の消費者も現在の厳しい経済環境下で投資や消費を控えている中、かなりドラスティックな手段を講じる必要があるとの判断に基づいているようだ。

なお、これは、英国独自の状況を反映した政策と言える。英国では、債務危機以降、住宅価格は若干落ちているものの、依然として、住宅は長期的に見れば最も確かな投資対象と考えられている。つまり、時間が経てば住宅の価値が上がると考えられており、それは住宅の古さには関係ない。そのため、英国人は住宅を持ちたがる傾向がある。

他の経済刺激政策

オズボーンは、英国の中央銀行であるイングランド銀行の権限を柔軟にした。これまでは、イングランド銀行はインフレ率を2%以下に抑えることを目標としていたが、それを経済の状況によって柔軟に対応できるようにした。これは、アメリカやカナダの中央銀行の権限に倣ったものである。今年7月にイングランド銀行総裁に就任するマーク・カーニー現カナダ銀行総裁の仕事がしやすいようにしたものと思われるが、政府の景気刺激策で効果が出ない場合でも、オズボーン財相が自ら何度も説得して任命に至ったカーニー次期イングランド銀行総裁への期待は大きいと言える。

また、この権限の修正で、オズボーンは、低い金利を長く維持できると述べたが、これは、ビジネスにプラスの効果があるだけではなく、今回の予算の景気刺激策の中心が住宅であることを考えれば、住宅の購入者に低い金利が比較的長期間保障されることを意味し、更なる心理的な刺激策になるように思われる。

また、法人税を2013年には23%、2014年には22%にするが、それを2015年には20%まで下げる。これは、先進国の中でも最低水準で、英国への投資意欲を高めるのに役立つと思われる。さらには、企業が新しく雇用する者に対する国民保険(National Insurance)額の最初の2千ポンドを免除することとした。

有権者向け政策

この予算には、一般の国民の喜びそうなものを散りばめている。例えば、ビール1パイントの税を平均して1ペンス下げ、さらに9月から3ペンス上がる予定であったのを中止した。つまり、4ペンス安くなる。この結果生まれる雇用を考えると税収の面では若干のプラスになるという。

自動車のドライバーには、燃料税を凍結した。また、連立政権下で毎年大幅に上げている課税限度額は、2014年4月から、自民党の選挙公約であった1万ポンド(145万円)を1年早めて実施することとなった。

政治は結果

予算責任局は、政府の債務が減り始めるのは2018年になると見ているが、それは2015年の総選挙よりはるかに先である。そのため、2015年の総選挙は、緊縮財政の真っただ中で戦うことになる。このままでは、世論調査の支持率で、経済政策においてキャメロン首相とオズボーン財相のチームの方が労働党のミリバンド党首とボールズ影の財相のチームよりわずかに上回っているのが逆転しかねない。その状況を打開するための手を打たなければならない。同時に、英国の格付けをこれ以上落とさないことも大切だ。ムーディーズが英国をAAAから一つ格下げしたが、フィッチとスタンダード&プアーズの2社も追随する可能性がある。そのためにオズボーンには慎重な財政運営が要求される。

ユーロ通貨圏のキプロスの財政危機の問題が表面化したこともあり、ユーロ圏の今後は不透明だ。英国の有権者は、キプロスと比べて英国の現状を評価し、オズボーンの予算をそれほど悪いものではないと考えるかもしれない。しかし、政治は結果だとよく言われる。いくらよい政策を出しても結果が出なければあまり意味がない。オズボーン財相の住宅に賭ける政策が成功するかどうかは今後を見なければわからないが、労働党のボールズ影の財相がこの政策を批判した際に「成功するかもしれないが」と言った点に注目する必要があるだろう。ボールズは、この政策が結果を出す可能性もあることを見てとっているからだ。