スターマー首相の戦略

労働党を率いるスターマー首相には、長期戦略がある。目先の問題にかかわらず、4年余り先に行われる次期総選挙で勝利を収めるため、英国の財政を調整しながら、課題に対処し、経済を成長させようとしている。その長期戦略では、今年1月に米大統領に就任したトランプ政権との関係を重視することが柱の一つになっているようだ。

労働党は、5月1日に行われた一部の地方選挙でかなり大きく議席を失った。かつて英国のEU離脱を唱道したUKIPの党首だったファラージュ下院議員の率いるリフォームUK党が世論調査の政党支持率で労働党を上回るほどの勢いを示し、地方議会議員議席を大きく増やした。直接選挙で選ばれる市長戦でも勝ち、また、10の地方議会で、議会をコントロールする議員数を確保した。同日に行われた下院補欠選挙では、労働党の候補者を6票の差で破った。この補欠選挙は、酔って他の人を殴った労働党下院議員が辞職したために行われたものである。

実際、カナダやオーストラリアの選挙で、トランプ政権に反発した有権者が非トランプ勢力に勝利を収めさせたが、それは、スターマー政権でも可能であったように思われる。ファラージュは、トランプに対する影響力がどの程度あるか疑問だが、トランプの友達であることを売り物にしてきた人物である。しかし、スターマー首相は、トランプ批判は一切しなかった。

そしてそれが、5月8日の米国との経済関係合意に結びついた。トランプ大統領の課した関税を大幅にダウンさせたのである。このような合意は、世界で初めてである。4年の任期のあるトランプ大統領と良好な関係を維持することは、スターマー首相にとっては、非常に重要で、英国の外交政策の基本だ。今後どのように展開していくか注目される。

BBCのリーブス財相の調査は勇み足

BBCがレイチェル・リーブス財相の政治家になる前の経歴と仕事上の経費を調査し、発表した。しかし、この調査は、あまり有用なものと言えず、むしろリーブス財相に対する個人攻撃的なものになってしまっているように思われる。

BBCの調査で明らかになったのは以下のような点だ。まず、経歴に関しては、英国の中央銀行、イングランド銀行のエコノミストであった期間が、LinkedInの表記より実際は9カ月ほど短かった(リーブスは5年6か月勤務)。また、労働党から下院議員となるためにロンドンの選挙区から出馬して補欠選挙も含めて2度落選したが、その後、確実に当選しそうな選挙区を求めてイングランド北部のハリファックスに移り、そこに拠点のあるHBOS銀行で2006年から2009年5月まで働いた。HBOS銀行ではエコノミストではなかったが、後に小売金融部門のかなり責任のある地位に就き、BBCによると「バンキング部門のトップから3ランク下」だったとされるが、経費がかなり使える立場だったとされる。そしてBBCはリーブスが経費を不当に使い、銀行内部で調査されたというのである。

BBCは20人以上の関係者にインタビューを実施し、内部告発者がHBOS銀行に提出した領収書の写しなどを添付した書類を入手、また、銀行が内部告発を受けて調査を実施したとするが、その銀行内部の調査の結論がどうなったのかは明らかになっていないとする。一方、リーブスは、自分の経費の使い方をめぐって、銀行側から質問を受けたり、調べられたりしたことはないとする。懲戒処分や解雇されたわけではなく、リーブスは希望退職(後に触れるが、HBOS銀行は他行に買収された)で退社後も銀行と良好な関係を保ち、銀行の自動車を半年間使わせてもらったとする。徹底的な調査を行ったにもかかわらず、BBCは、リーブスの経費使用が一定の処分をしなければならないと銀行が判断した証拠を見つけることができなかった。銀行側が容認できる経費使用の範囲なら不当とは言えないだろう

この結果、調査の目的は何だったのかという疑問が生じる。ジャーナリズムの当然の義務として必要な検証だったのか、それとも憶測に基づく不当な調査だったのか。政治において透明性と説明責任は極めて重要であり、特に重要な地位にある公人が精査を受けることは珍しくない。しかし、度を越せば、不当、もしくは不適切なものとなりうる。

筆者には、HBOS銀行が、もしリーブスとその直属上司(リーブスと同時期に退職)の経費の使い方が行き過ぎていたと判断してもことを荒立てるつもりはなかったように思われる。当時は、2010年総選挙前で、労働党政権であり、リーブスが下院議員当選確実であった上、リーブスの妹は、当時、労働党の全国執行委員会(NEC)の委員であった。さらにHBOS銀行は、世界金融危機で経営が危ぶまれており、結局、2009年1月、労働党のブラウン首相の助けで、独占禁止法の適用を受けず、ロイズ銀行グループに買収されることとなる。

いずれにしても、英国の右寄りの新聞紙ならいざしらず、公共放送であるBBCは、その中立性を誇りにしているが、今回の報道では、勇み足のそしりを免れないように思われる。