苦しい立場の自民党クレッグ党首(Clegg at a Crossroad)

自民党の党大会が終わった。ビジネス相のビンス・ケーブルと経済政策を巡る見解の相違があると伝えられたが、党首のニック・クレッグ副首相は、この党大会を無難に終えたと言える。2010年総選挙で保守党との連立政権に参画した結果、党員の3分の1を失い、しかも地方議員の数は半分程度になったが、それでもクレッグへの「反乱」はうかがわれない。自民党の党内の協調力は衰えていないようだ。クレッグがスピーチでも触れたが、党内に影響力のある元党首のパディ・アッシュダウン上院議員との関係が強いことが大きい。

自民党は、前党首のメンジー・キャンベルを世論調査の支持率が低すぎるとして退陣に追いやった。そのキャンベル時代の自民党の支持率は10%台の半ばであった。クレッグが副首相となって以来、自民党の支持率は、それより低く、一桁となることも多い。しかもクレッグ本人への支持率は、極めて低い。そういう中、クレッグは、この党大会を通じて有権者に自分をもっと知ってもらい、そして連立政権の中での自民党の役割を明確にし、政府の中でその役割をきちんとこなせる、責任ある政党だと訴えようとした。しかし、その目的を達成したとは言えないだろう。

この党大会は、自民党の一つの政策と、クレッグの示した方向で特徴づけられたように思われる。7歳以下の小学校児童への無料の昼食を与える政策と、18か月後に予定されている次の総選挙後も連立政権に参加する構えを示したことだ。

児童への無料の昼食

無料の昼食の政策を聞いた時、一般の国民にアピールする政策だと思われた。タイムズ/YouGovの世論調査では、53%が賛成、36%が反対している。親の負担を、該当する年齢の子供一人当たり年間437ポンド(6万8千円)軽減するうえ、子供の健康・栄養が向上し、さらにこれまでの例では子供の成績にもよい結果が出ているからである。既に福祉手当を受けている家庭や、年収が16,190ポンド(250万円)を下回る家庭の子供たちには既に無料の昼食を与えられており、それは子供の約4分の1いる。しかし、弁当を持ってくる子供たちの1%の弁当しか基準の栄養価を満たしていないという話もあり、富裕な家の子供が必ずしも栄養満点の昼食をとっているとは言えない。

ところがこの政策は、各方面から大きな批判を受けた。財政削減の一環として子供手当も親の収入に応じ削減もしくは完全になくなっており、この無料昼食を親の貧富にかかわらず全員が受けることになるというのはおかしいというのである。誰もが受ける「ユニバーサル」なものはできるだけ少なくし、社会の弱者に焦点を絞った福祉給付をしようとする方向に反するというのである。

さらに、この無料昼食は貧しい家庭を助けるよう装っているが、実際は中流階級を助けているのではないかという批判がある。この批判にはある程度信じられる要素がある。というのは、自民党の強い支持層は、保守党にも労働党にも投票したくないという、リベラルな中流階級である。つまり、子供手当の減額を受けた、もしくは失ったこの層への一種の懐柔策という要素があったように思われる。

さらに、この無料昼食の政策は、労働党が区政を握っているロンドンのサザーク区やイズリントン区などで既に行われており、自民党はそれを「ユニバーサル」でお金の無駄遣いだと批判した経緯がある。今回の自民党の政策では、その費用は6億ポンド(1千億円弱)であり、そのお金はもっと有効に使われるべきだというのである。

批判はそれだけにとどまらない、昼食を該当年齢全員に提供することになれば、それを食べる食堂の大きさやそれを調理・給仕する人の増員が問題となる。つまり、予定以上の予算がかかる可能性がある。

この政策は、クレッグ党首らと保守党のキャメロン首相とオズボーン財相との交渉で直前に決まったと言われる。2010年の連立合意でも、結婚している夫婦に税控除を与える保守党の政策を認めると述べているが、それをキャメロン首相が実施する代償として、同じ程度の費用のかかるこの政策が決まった。そのため、自民党はこの政策を十分検討しないまま打ち出したようだ。

自民党は、これまでにも貧しい家庭の子供のための政策を連立政権で打ち出しており、その流れで、子供のことを考える自民党というイメージに合致する政策であったのは事実だが、そのようなことを理解している有権者がどの程度いるかは別の問題である。

この政策で最も大きな受益者と目される、いわゆる家計の圧迫されている中流階級の中でも、特にリベラルな中流階級にこの「ユニバーサル」か「弱者に焦点を絞る」方策を取るかという点で自民党の方針がぐらつき、焦点がぼけているような印象を与えたように思える。

次期総選挙後の連立

クレッグは、次期総選挙後も連立政権に参画する方針を打ち出した。

自民党は、世論の支持率で保守党に大きく水をあけられているが、アッシュクロフト卿の行った世論調査で、前回の総選挙で保守党と自民党の競った選挙区では両党の支持率の差がかなり小さいことが明らかになった。つまり、もう少しの努力で自民党が保守党を破ることが可能だというのである。

この結果が、自民党が無料の昼食政策を生み出す一つの背景にあったことは十分に考えられる。

しかし、これだけで自民党が次期総選挙で現在の議席を維持できる可能性が高まったわけではない。むしろ、一般にはかなり議席を減らす可能性があると見られている。特に、自民党が労働党と競っている選挙区では自民党はかなり弱いと思われる。

次期総選挙で自民党がかなりの議席を獲得しなければ、次期総選挙後に再び、どの政党も過半数を制することのない、いわゆる「ハング・パーリアメント」となる可能性は少なくなる。その点では、連立を言うのは、自民党にとっては、かなり希望的観測といえるだろう。

クレッグには、自分が保守党と連立政権を作ったことを正当化するとともに、次期総選挙後同じことが起きれば、党内の反対を防ぐ意味があったように思われる。

しかし、1年半後の選挙後のことを現在持ち出すのはいささか先走り過ぎている観がある。クレッグは、そのスピーチで国民の気持ちをわかっていると訴えたが、連立政権ではなく単独政権を求める有権者が多い中、自民党が有権者にそのような印象を与えたことは確かであろう。

クレッグが自民党そして自らの置かれた苦しい状況を脱するために努力を払ったことは理解できるが、それが自民党やクレッグの一般有権者に対する立場を大きく変えたようには思えない。クレッグのスピーチは力強く好感のもてるものであったが、結局、自民党の再生は党首交代が最も効果的で手早い方法のように思える。クレッグの苦しみはまだまだ続く。

政治家の信念と政治的なセンス(Clegg: Lack of Political Sense)

政治家が信念を持つことは大切だが、同時に政治的なセンスがなければ、その政治家が生き延びて行くことは難しい。

ここでは、自民党の党首ニック・クレッグ副首相の例をとりあげる。クレッグを主要3政党、保守党、労働党そして自民党の3党首の中で最も信念のある政治家だと見る人が多いが、政治的なセンスに乏しいように思われる。

2010年5月の総選挙で、どの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント(Hung Parliament)」すなわち「宙ぶらりんの議会」の状況となったため、最も議席数の多かった保守党と第三党の自民党が連立した。

そしてクレッグ自民党党首は、保守党のキャメロン首相の下で副首相に就任した。

自民党は2010年の総選挙では23%の得票をしたが、それ以降、世論調査で自民党の支持率は非常に低く、せいぜい総選挙の得票率の半分程度で、一桁のこともしばしばある。

その自民党の秋の党大会は9月14日からだが、9月13日に発表されたEvening Standard/Ipsos Moriの世論調査によると、自民党支持者の中で、クレッグが自民党を正しい方向に導いているという人はわずか51%しかおらず、誤った方向に導いているという人が45%もいる(なお、同じ質問でキャメロンは78%と14%の割合、ミリバンド労働党首は59%、32%である)。

つまり、総選挙以降自民党は多くの支持者を失ったが、今でも残っている自民党支持者の中にもクレッグ党首に疑問を持っている人がかなりいることを示している。

クレッグの「自分が正しいと思ったことをする」ということ自体悪いことではないと思われるが、その政治的なセンスを疑われる例が以下のような重要な問題に表れている。

①シリア問題への対応。キャメロン首相が下院に提出した、化学兵器を使ったアサド政権に軍事攻撃を含む制裁を加えるという動議に賛成した。

②大学授業料の値上げ。財政削減の折柄、授業料の大幅値上げはやむを得ないと賛成した。

③保守党との連立政権に参画。政権を安定させないと株価、英国の格付けが下がり、大きな困難を招く、と踏み切った。

いずれも正しいことをする、という動機から生まれたことのように思われるが、これらの①から③の何が問題なのだろうか。

①シリア問題での下院での採決では、自民党の中でも議論が分かれ、30人が賛成したが、9人が反対した(自民党下院議員55人中)。

10年前の英国のイラン参戦に自民党は反対した。その後の2005年の総選挙で、当時のチャールズ・ケネディ党首率いる自民党は躍進し、62議席を獲得した。その際の最大の要素は「イラク参戦反対」だった。

2010年の総選挙では、主要3政党の党首テレビ討論が初めて行われ、その結果、クレッグ・ブームが起きた。それでも2005年より獲得議席数を減らした。それを考えると、自民党のシリア武力攻撃賛成は、2005年以来自民党を支持してきた人たちをさらに離反させる可能性がある。

②自民党は、大学授業料の値上げ絶対反対を訴えて2010年の総選挙を戦かった。しかし、連立政権が授業料を9千ポンド(135万円)までと3倍に上げたことから大きな公約違反となった。

③自民党はその中に多様な意見があるが、労働党と多くの政策が似ており、そのため、選挙区によっては、自民党・労働党の支持者が、いずれかの他の党の候補者が保守党の候補者を破って当選するよう他党の候補者に投票する、いわゆる「タクティカル・ボーティング(Tactical Voting)」、すなわち「戦術的投票」がかなり広範囲に行われてきた。

自民党が保守党と連立政権を組んだために、これまで自民党に投票してきた人たちのかなり多くが自民党を離れたが、さらに労働党支持者が「タクティカル・ボーディング」で自民党候補者に投票する可能性が減った。

クレッグ党首の前任の党首だったケネディは、保守党との連立に反対したが、反対は少数派にとどまった。かつて1997年にブレア労働党との連立政権を画策したパディ・アッシュダウン元自民党党首・現上院議員らが、保守党との連立に賛成し、自民党の「トリプル・ロック(Triple Lock)」つまり「3重のカギ」となっている党内合意の仕組みを通過させ、連立に踏み切ったのである。

ケネディ元党首は、アルコール中毒で党首を退いたが、以上のことを考えると、政治感覚のある人物だったと言えるだろう。つまり、党勢拡大という点では、ケネディ元党首の判断はかなり優れていたと思われる。

ところが、上記の①から③のような重要な判断で、クレッグは党勢拡大とは反対の方向に動いている。「正しい方向」かもしれない。しかし、問題は、必ずしも自民党にとって「正しい方向」とは思われない点である。

クレッグは、連立政権の中で、一般の国民に対して大きな貢献をしている。例えば、課税最低限度額の大幅アップであり、所得税を払い始める収入額が上がったため、多くの勤労者が恩恵を受けた。しかしこういう貢献はあまり目立っていない。

自民党が次期総選挙でどの程度の議席を維持できるか予測は難しいが、議席を大きく減らすことは間違いなく、「正しいことをする」けれども、政治感覚の乏しいクレッグを党首に選んだことの叡智が問われることとなるように思われる