これからが難しいオズボーン財相 Chancellor Osborne has difficult time ahead

キャメロン連立政権成立以降1年余りたつが、財務大臣を務めるジョージ・オズボーンは、これまでのところあまりマスコミなどから批判を受けずに来た。しかし、これからはそうはいかないだろう。特に肝心の経済が思ったように成長していないからだ。

オズボーンがこれまであまり批判を受けてこなかったのには幾つか理由がある。まず、これまで財政カットなど、公に発言した政策を変えなかったことだ。そのため、批判される直接の材料を与えなかった。これは、実は、苦肉の策と言える。

2010年5月の総選挙前に、保守党、労働党、そして自民党の3党の財政担当者のテレビ討論が行われた。そこでは、労働党の現職財相であり、10年間財相を務めたゴードン・ブラウン首相の下で既に3年近くその地位にあったアリスター・ダーリングと、自民党のベテラン、ヴィンス・ケーブルの間に挟まれ、経験不足を露呈した。ケーブルは、経済学の博士号を持ち、大手石油会社シェルのチーフ・エコノミストを務め、政府関係機関での仕事にもあたったことのある経済の専門家だ。一方、オズボーンは、大学で近代歴史を学んだ後、保守党本部に入り、政治を担当した人物だ。2005年から影の財相を務めてきたが、テレビ討論でのパフォーマンスは、それまでの5年間いったい何をしてきたのだろうかという疑問を抱かせるものであった。実際、保守党のマニフェスト発表時に環境税の問題で質問が出たが、それに答えられなかった。キャメロンが党首選挙に出馬した時、その選挙マネージャーを務めたこともあり、キャメロン党首との信頼関係はあるが、選挙期間中、汚い役割も買って出、キャメロン政権での財相の職を確保するよう努力しているのではないかと思われた。選挙の後、財相に就任し、巨額の財政赤字と債務を抱えた英国の財政カットに取り組んできた。しかし、財相として、機動的な対応をするのではなく、既定の路線に固執してきた。これは、今まで正当化されてきた。

既定の路線を守ることは、経験の不足している人にとっては取りやすい道だ。英国のためにUターンしないと言い、問題が出てきても、前の労働党政権の無責任な財政運営で生まれた財政問題を解決するにはやむを得ないと強弁する態勢を取ってきた。実際のところ、機動的に取り組み始めると、他の政策にも様々な齟齬が出てきて、全体の調整を取るのはかなり難しい。かなりの経験と能力が必要となる。現在のように、イングランド銀行の金融政策委員会で、さらなる量的金融緩和政策を取る必要性が話し合われるような状況の中、英国の短中期的な経済見通しは明るくなく、政府が何らかの政策変更を迫られる可能性がある。そうなれば、オズボーンの「張り子の虎」が一挙に表面化してくる可能性があろう。要は、この1年余りでどの程度「成長」してきているかだ。

次に、財政カットの進め方だ。連立政権の最初から、財政カットの立案、実施は各省庁に任せ、担当大臣が進める形を推し進めてきた。実は、財政カットの立案の過程で、財務省のスタッフが非常に密接に関わっており、オズボーンがかなり深く関与しているのだが、オズボーンは表にはほとんど出ず、各大臣の責任で行われている。そのため、例えば、国有林の売却問題で環境相が方針をUターンした時でも、それは担当大臣の責任で、オズボーンは直接関係がないように見える。キャメロンの後の保守党党首の座を狙うオズボーンにとって、財相の地位を維持することは必要最小限のことで、深い傷を負いやすい財政カットで表に出ないことは将来の戦力とも関わっている。

さらに、財務副大臣で自民党のダニー・アレクサンダーの役割だ。財務副大臣のポストは、閣僚級で、閣議にも出席する。このポストは予算の配分交渉や、国家公務員の給与、福祉制度改革などを担当しているが、アレクサンダーが、国家公務員の年金受給年齢を上げることを発表し、労働組合から猛反発を食らった。つまり、オズボーンは、財務省全般を管理監督する責任があるが、このような問題では、アレクサンダーが矢面に立つわけだ。後で、アレクサンダーが方針を若干修正するためにオズボーンと交渉していると報じられたが、実際のところオズボーンが後ろで糸を引いている。

つまり、オズボーンは今までうまく立ち回って、傷を負うことを避けてきた。財政カットが順調に進み、経済も向上すれば、それはオズボーンの功績となる。しかし、6月30日には一部公務員組合らのストライキが実施される予定であり、今秋にかけて労働組合の大規模なストライキが予想され、しかも今後の景気動向次第で、オズボーンが何らかの政策の変更を迫られた時、本当のオズボーンの姿が露呈されるだろう。オズボーンにとっては難しい時が目前に迫ってきていると言える。

クレッグ副首相の失敗 – Clegg’s Blunder on the Nationalised Bank

ニック・クレッグ副首相は、連立政権を構成する自民党の党首だが、自民党の低い支持率を回復するために政権内での存在意義を示そうと躍起だ。しかし、その意欲は時に裏目に出る。

NHS(国民健康サービス)の改革法案への見直しで、世論の声を反映して自民党が見直しに積極的に貢献したような印象を与え、一定の成功を収めたかのように見えた。しかし、クレッグが突如打ち出した案、金融危機で政府が部分的に国有化した二つの銀行The Royal Bank of Scotland(82%国有)とLloyds (41%国有)の政府所有株式を国民(4600万の有権者)に無償で与える案は、不発であったところか逆にクレッグを攻撃する材料を与えることとなった。

クレッグは、キャメロン首相もこの案には非常に乗り気だと説明し、私も最初、クレッグが国民に評価されると思った。国民は銀行、そして銀行家たちへの報酬に強い批判を持っているからだ。しかし、この案の分析が進むにつれて、この案には多くの問題点があることが明らかになった。例えば、政府が株式を取得するに要した費用を回収する必要があり、現在の株式の価格では、そのレベルに到達しておらず、将来、株価が上がり、株式を販売してもその費用を除いた残りが国民の手に残るだけであること。また、専門家によると、国民に株式を与えるにしても、その作業や管理がかなり複雑で、その費用に2億5千万ポンド(330億円)もかかるとみられること。さらには、これらの銀行の株式を政府が保有して、将来販売して出た利益を減税や国の債務削減などに使った方がはるかに効率的だと考えられることなどだ。つまり、クレッグ副首相は、これらを十分検討しないまま、この案を打ち出してしまったのである。首相官邸は、一案に過ぎないと説明し、クレッグのメンツを立てながらもこの案が実現する可能性はないと示唆した。

6月24日の、英国で販売部数の最も多い大衆紙のサンは、その風刺画で、クレッグが株式証券を街頭で振り捲いているのを見た人が、気のふれた人がいると警察に電話しているものを載せ、社説で、クレッグに「黙れ」と言った。結局、クレッグの信用をさらに失う結果となった。日本の菅首相と同様、いったん信用を失うと、それを回復するのはかなり難しく、しかもよかれと思っての言動がマイナスになることが多いことを示した形だ。