政府の無駄を削減する方法?(How to reduce the government waste?)

政府に無駄が多い。国家公務員が無能だ。こういう話はいつも出てくる。特に今に限ったことではない。日本でも、消費税上げの議論の中で、税を上げる前に、政府の無駄をなくせ、という議論がある。英国では、国の大幅な財政カットで国民がその痛みを次第に感じ始めている。そのような時は、特に政府の無駄の話は目を引く。しかし、どうすれば政府の無駄がなくせるのだろうか?

タイムズ紙が、会計検査院と下院の公会計委員会の報告書を調べ、2009年からこれまでに318億ポンド(4兆円)の無駄があり、この額は政府が向こう4年間で削減する予定額の3分の1以上にあたると報告した。

タイムズ紙の記事には若干の誇張がある。例えば、民間資金を公的事業に導入するPFIで契約が政府側に不利だとしてその想定無駄額を「少なくとも」と言って含めたり、財政カットで中止になったり、変更になったプロジェクトなどでの「無駄」も含んでいる。しかし、この記事で強調されているのは、国家公務員にはビジネス感覚が乏しい、民間企業との交渉の経験が乏しく、民間側に出し抜かれているという点だ。これらは、これまでも言われ続けてきたことで、会計検査院や下院公会計委員会委員長の言葉を借りなくてもよいほどだ。

特にタイムズ紙も触れているように、プロジェクトが十分に検討されずにスタートし、その遅延のために、費用が大きく増加している例が多い。一方、現連立政権の社会保障システム改革の中核となる、既存の税控除や手当を統合するユニバーサル・クレジットのためのITシステムが、2013年の開始予定に間に合わないかもしれないとも言われている。前政権からの持ち越しのプロジェクトも現政権のプロジェクトも同じような問題を抱えているようだ。

タイムズ紙の官庁担当部長(ホワイトホール・エディター)は、ビジネス感覚の欠如を補うために民間の力の導入、とどのつまりはコンサルタントを雇うことに触れているが、政府の財政カットで、さらなる10万人の人員削減が予想されている中、これは高すぎる選択肢だという。ただし、それではどうすればよいかの答えの提案がない。

それでは国家公務員にビジネス感覚を身につけるトレーニングを与えてはどうかという見方もあろう。実は英国政府の中には、こういうトレーニングは、調達、リーダーシップ、プロジェクトマネジメントをはじめ数多く用意されている。問題は、このようなトレーニングにどの程度の価値があり、役立つのかということである。

リーダーシップ講座に出た人が、その後、急に、それまで見られなかったようなリーダーシップを発揮できるだろうか?お仕着せのトレーニングを受けた人が突然、ビジネス感覚を身につけるということも考えにくい。武道の例で言うと、講座に出た結果、技術のある程度の概要はわかるかもしれないが、実際にそれを使いこなすには、何度も実際にやってみて、徐々にそれを身に着けるというプロセスが必要だ。しかも状況は常に同じとは限らず、実際には応用能力がはるかに大切になる。つまり、トレーニングを受けてもそれが必ずしも即効があるとはいえない。しかも、武道の場合のように、茶帯と黒帯、さらに初段と3段、5段では、その技に格段の差がある。ビジネス感覚にも経験豊富なベテランと初心者ではかなり大きな幅があるだろう。

問題の根底は、まずは、政府の中の人材登用、人材発掘能力にあるように思われる。私の見るところ、英国の50万人の国家公務員の中で、民間で働いたことのある人もかなりおり、ビジネス感覚を持った人もかなりいると思われる。しかし、そういう人たちが必ずしもそれらの能力を生かせるポジションに就いておらず、しかもその潜在能力を発現させるための有効なガイダンスを受ける仕組みができていないようだ。

また、国家公務員の担当部署での在職期間がかなり短く、次々に人が変わり、責任の所在が不明になりやすい。しかも、公会計委員会などでの国家公務員へのヒアリングには、現職が出るというルールがあり、前任者に直接問いただすことができない。つまり、大きな無駄が発生してもその原因の究明、担当者の責任を問いただすことが極めて難しくなっている。実際、責任者が、自分のプロジェクトがうまくいかなくなると、他の仕事に応募して移り、その責任追及を回避する例もあるようだ。

これと関連したことに政府のコンサルタント雇用がある。コンサルタントの能力が国家公務員より必ずしも優れているとはいえないようだ。時には、国家公務員の中に能力のある人がいるのに、コンサルタントに依存する傾向もあるようだ。コンサルタントは通常、発注者の考えに反することはせず、一見すぐれた計画書、報告書を作成し、優れたプレゼンテーションをする。そのため、政府の担当者はそういうコンサルタントに頼る傾向がある。

特に13年間の労働党政権の中で、本当の能力をきちんと図ることなしに人材登用が繰り返され、また、コンサルタントの使用が蔓延し、それらの結果、能力の乏しい人たちがトップレベルや、中堅マネジャーの地位に押し上げられ、行政そのものの力が弱くなっているように思われる。当たり前のことだが、政府の無駄を減らすためには、まず、能力のある人をトップとし、体制を立て直す必要があると思われる。しかし、英国でよくある過ちは、制度を作ればそれで問題が解決すると考えがちなことだ。それは、なさねばならないことの一部でしかない。本当の課題は、行政の中のダイナミズムを大きく変えねばならないことだと思う。それぞれの国家公務員の持ち場の責任感を高め、信賞必罰をはっきりとさせ、納税者のお金を預かっており、公共のために働くという高い使命感など全体的な価値観が変わらなければ、政府の効率は上昇しない。これらを妨げている大きな要素に政治家がある。しかし、政治家が具体的にはっきりとした目標を掲げ、積極的にリードすることから始めなければならない課題だと思う。

EU拒否権を行使して孤立した英国(Cameron’s gamble)

12月9日(金曜日)の朝6時のニュースで、キャメロン首相がEUサミットで拒否権を行使したと聞いて驚いた。欧州統一通貨ユーロの危機を救うことが主目的のサミットで、キャメロン首相は、独仏の提案した、関係国の財政自主権を制限する新条約に反対し、EU27か国の中で孤立したというニュースである。英国は、1973年にEUの前身のEECに加入して以来、拒否権を使うのは初めてのことである。

キャメロン首相は、この新条約は、英国の国益、特に金融関係(英国のGDPの10%を占める)を弱める可能性があり、英国の要求を拒否する以上、拒否権を行使するしかないとした。これは、英国内の多くの人々、並びにドイツのアンゲラ・メルケル首相とフランスのニコラ・サルコジ大統領にも予想外だった。キャメロン首相は、直前に拒否権行使も辞さないと発言していたが、これは、キャメロン首相の保守党内で強い勢力を持つEUとの関係を見直すべきだという欧州懐疑派を宥め、サミットでの交渉を有利に進めるための戦術だという見方が強かったためだ。

この拒否権行使で、英国内の欧州懐疑派は喜び、国民もそれに賛成している。12月11日のメイル・オン・サンデーの世論調査によると、62%が支持し、反対したのはわずかに19%だった。しかし、この拒否権行使で、英国はEUとの関係を根本的に変えることとなった。EU内での影響力が大幅に減り、特に中心国の独仏との関係が極めて悪くなった。

この拒否権行使の結果、英国がどうなるかは、専門家の中でも意見が異なる。しかし、間違いなく言えることは、EU一丸のユーロ危機解決策に参加を拒否した結果、ユーロ危機が深刻化する可能性に力を貸したということだ。ユーロが崩壊すると、ユーロに加盟していない英国もGDPが2年間で7%減少する可能性があると見られており、英国の立場は極めて不安定と言える。

しかし、英国内の政治状況を見ると、キャメロン首相の決断は、やむをえないものと言える。特に10月に下院でのEUとの関係に関する国民投票を行うという動議で、キャメロン首相が党所属議員に必ず反対投票するよう命じたにもかかわらず、81人もの保守党議員が賛成票を投じた。保守党内での欧州懐疑派の力は強まる傾向にある。これを受けて、キャメロンは11月14日のスピーチにも見られるように、ユーロ危機を利用してEUから若干の権限を取り戻そうとしたぐらいであったが、これは、事態を見誤っていたためだ。これがキャメロン首相を苦しい立場に自ら追い込んだという点は否定できない。

一方、2010年5月の、自民党との連立政権合意書でも、これ以上のEUへの権限の委譲は、国民投票なしでは行わないと明言し、それを英国の2011年EU法で法制化した。この法の公式説明書の48項で明示しているように、EUで経済、雇用政策に関する協調を進める場合には国民投票が必要だ。
(http://www.publications.parliament.uk/pa/bills/lbill/2010-2011/0055/en/2011055en.pdf#search=’European Union Act 2011 paragraph 48 Explanatory Notes’)
問題は、この時点で、そのような国民投票をするのはふさわしくなく、また、その準備もできていないことだ。EUとの関係は英国にとって極めて大切なもので、現在の状況を変えたくないのが本音だ。また、連立政権を構成する自民党を刺激したくない。

自民党は親EUであり、政権の危機を招くという見方がある。しかし、現在の世論の支持率から見ると、自民党が反旗を翻し、連立政権の解消、総選挙に向かうという可能性は少ない。2010年総選挙で、自民党はその支持率を増やしたものの、それまでの62議席から57議席に減らした。自民党は連立政権参加後、支持率が半分以下に下がっており、もし現在、総選挙があれば、議席数が10台にとどまる可能性がある。こういう状態では、常識的には選挙はない(この点については別項で改めて分析する)。

私は、キャメロン首相の取った判断は、大局的に見れば正しいと思う。特にEUの官僚が、それぞれの国の財政に細かく首を突っ込んでくるのはおかしい。むしろ、EUは、それぞれの加盟国が、自主的に財政を強化する体制を目指すべきだ。確かに、ドイツが財政支援しやすい体制を作る必要があり、危機に直面したユーロを守るために直ちに取り組め、金融市場が支持しやすい枠組みを作ろうとするのは理解できる。しかし、それがために硬直したEU制度を作り、将来への禍根を残すべきではない。英国は、これまでの影響力を失い、新しい将来像を模索しなければならないという課題があるが。