日本に強いリーダーが必要か?

日本に強いリーダーが必要だとよく言われるそうだが、オックスフォード大学のアーチー・ブラウン教授は否定的だ。

「強いリーダーの神話」と題する本で国家の指導者たちを分析したブラウン教授は、英国のクレメント・アトリーの例を挙げる。アトリーは第二次世界大戦後に首相として「福祉国家」を築き、英国を大きく変えた人物である。しかしながらアトリーは自分でも認めているように「強いリーダー」と呼ばれるような人物ではなかった。それでも内閣を上手に運営し、英国で最も優れた首相の一人と考えられている。

ブラウン教授は、ロシアの研究家として有名だ。かつてマーガレット・サッチャーが首相であったとき、「将来有望なのはゴルバチョフ」とアドバイスをした。サッチャーは、ゴルバチョフを気に入り、ゴルバチョフとレーガン米大統領との「仲人役」を果たすこととなった。 

ゴルバチョフは、共産主義国家から民主主義への変遷を進めた。クーデターで倒されるまで高い行政手腕を発揮したが、ソ連の分裂を招いた。そのためロシア国民から人気がない。国の分裂を防ぐために軍を使わなかったことから「弱いリーダー」とみられているためだそうだ。

ロシア人は、残酷でも「強いリーダー」スターリンの方を好むという。これと同じでプーチン大統領は「強いリーダー」として振る舞っている。「強いリーダー」がよいかどうかは、一概には言えないようだ。

ブラウン教授は、リーダーの特徴とされるものをすべて兼ね備えた人はほとんどいないと指摘する。そして過去30年間、メディアは、リーダーたちの人物にこだわりすぎてきた、イーデンやブレア元首相らは自らの強いリーダーイメージにこだわりすぎて失敗したという。

一方、民主主義国の政治家の場合、選挙に強いことは極めて重要だ。サッチャーでも、その力の源泉は、総選挙に3度勝ったことであり、最後は、自分の進めた政策(人頭税)で国民の信頼を失い、次期総選挙で勝ち目がない状態になって自分の閣僚たちに政権の座から下ろされた。

結局、日本だけではなく多くの民主主義国に求められているのは、「強いリーダー」というよりも、なすべきだと思われることを国民に説得でき、賢明に遂行できる人物であるように思われる。

なお、LSEで行われた講演(2014428日)の質疑応答に答えて、ブラウン教授は「リーダーシップ講座が急増しているが、リーダーシップの質が向上しているようには見えない」とリーダーシップ講座の効果に疑問を呈する発言をした。