福祉政策の欠陥?(Flows in Benefits System?)

17人の子供を5人の女性に生ませ、そのうち11人の子供と妻並びに愛人と住んでいた男ミック・フィルポットの問題で英国の社会保障について議論が起きている。フィルポットは、自分が働かずに、妻と愛人に働かせ、社会保障手当を受けて生活していた。

フィルポットは、すべての社会保障手当と妻と愛人の給与を自分の銀行口座に払い込ませ、管理していたという。受けていた社会保障手当などの中身は明らかになっていないが、タイムズ紙の試算(2013年4月4日)では以下のようになる。

児童手当:最年長の子供に1週間20.30ポンド、それ以外は1週間13.40ポンドで11人の合計年額は8,023.60ポンド(116万円)。
ワーキング・タックス・クレジット呼ばれる子供を抱えた働く人への補助金:妻には6人の子供がおり、年に20,560ポンドまで、愛人には5人の子供があり、年17,870ポンドまでで1年に合計が最高38,430ポンド(557万円)。
住居手当:3ベッドルームの公共住宅で1週間に推定150ポンドで、年に7,800ポンド(113万円)。
・妻と愛人の給与。

税金などを勘定に入れると、タイムズ紙は、この収入額は、年収10万ポンド(1,450万円)の人に匹敵するという。他にも社会保障給付が6万ポンド(870万円)で、それに妻と愛人の給与が加わるというものもある(デーリーメール4月3日)が、いずれもかなり金額を誇張しているように思われる。しかしながら、フィルポットがかなりの額の社会保障給付を得ていたのは間違いない。

議論は、これを特殊なケースと見るか、社会保障の仕組みに問題があると見るかである。

保守党は、キャメロン首相、オズボーン財相が社会保障の仕組みに問題があると見ている。ダンカン=スミス雇用年金相は昨年秋に、児童手当は子供二人までに限るべきだと発言したが、連立政権を組む自民党がそれに反対した。このフィルポットの例を見て、それに賛成する保守党の右の議員がかなりいる。

例えば、キャメロン首相と党首選挙を争ったデービッド・デイビス元影の内相は、人々が家庭を益々大きくしたいほど児童手当をよくし過ぎるのは危険だという。フィルポットのような例はそう多くはないが、実際に起きるので、何らかの対応をしなければならないという。

一方、労働党や自民党は、これは特殊なケースと見るべきで、社会保障の仕組みと結び付けて考えるのは妥当ではないという立場だ。

フィルポットの事件の概略は以下のようである。

昨年5月、フィルポットとその妻、そして親友がダービーにある自分たちの住む公共住宅に火をつけた。これは、昨年2月、11人の子供のうち5人の子供を連れて家を出た愛人を放火の罪に陥れ、さらに自分の6人の子供を助けてヒーローになろうとし、また、住んでいた家は3ベッドだったので、地方自治体により広い家を用意させようとしたものである。この事件は、家を出た5人の子供の親権とその住居についての審問のある数時間前に起きた。

火が予想外に早く回り、2階にいた子供たち6人は有毒ガスで死亡した。裁判の結果、3人は過失致死で有罪となり、フィルポットは終身刑、妻と親友は禁固17年の刑期を受けた。保釈が許されるのは、フィルポットは最低15年後、妻と親友は刑期の半分を過ぎてからである。裁判所では、フィルポットに対して、その妹が「死ね、ミック、死ね」と叫んだと報道された。

フィルポットは、愛人が5人の子供を連れて家を出たため、月に千ポンド(14万5千円)余り収入が減ったことを恨みに思っていたとも伝えられる。

イングランドでは、この4月から福祉手当の上限が設けられた。これは、フィルポットのような社会保障給付に頼っている人たちが、一般の勤労世帯より多くの収入を得ることを防ぐために設けられたもので、上限は2万6千ポンド(377万円)である。

この背景には、社会保障給付が年々増えており、緊縮財政の中でそれに歯止めをかけることがある。もし、児童手当が最初の子供二人に限られれば、年間33億ポンド(5千億円)の節約となるという。また、子供10人の世帯は90に留まるそうだが、子供5人の世帯は、8万5千、そして子供4人の世帯は25万近いそうだ(タイムズ紙2013年4月5日)。

児童手当対象の子供を2人に限るという政策を支持する政治家が少なからずいるという背景には、英国では子供の数が急激に増えており、都市部の学校では教室が足りず、空いているオフィスなどを使う場合が出ているということがある。

英国では、福祉手当依存体質のある人々を強く批判する勤労者層が増えている。そのため、この体質を変えようとする試みにはかなり大きな支持が集まる傾向にある。保守党は、2015年に予定される総選挙のマニフェストにこの「児童手当は最初の2人だけ」を入れる考えだと言われるが、労働党と自民党はそれに強く反対しているため、それが選挙の大きな争点の一つとなる可能性がある。

政策のタイミング(Policy and It’s Timing)

政策にはタイミングが重要である。オズボーン財相の3月20日の予算で政府の景気刺激策の中心に住宅政策を置いたが、この政策が結果を出す可能性がかなりあるように思われる。

4月3日に発表されたイングランド銀行の金融機関信用状況概観によると、2013年第1四半期の住宅ローンの金利が下がっており、第二四半期もさらに下がる見通しだという。中には記録的に安くなっているものもあるそうだ。

この原因は、イングランド銀行と政府が、800億ポンド(11兆6千億円)で、2012年8月にスタートした「貸すための資金拠出スキーム(Funding for Lending Scheme)」で、個人や小さな企業への融資を維持または、増加させれば、金融機関は、無制限に金利0.25%で借りられる制度の効果だと見られている。特に、この機会を利用して、市場占有率を増やそうという比較的小さな住宅金融組合が積極的だと言われる。

オズボーン財相の住宅政策は、Help to Buyと呼ばれる。住宅市場は経済効果が大きいが、オズボーンの政策の中心は以下の二つの政策である。

  • 新住宅の価格(最大限60万ポンド(8700万円))の住宅ローンの20%まで政府が5年間無利子で貸し付ける。5%の自己資金があれば申し込める。35億ポンド(5千億円)の政策で、13万人に適用されるこの見込み。申込者は、セカンドハウスではないと言う必要がある。4月1日から3年間適用される。
  • 既存の住宅を含め、住宅価格(最大限60万ポンド)の20%まで7年間政府が保証する制度。総額1300億ポンド(19兆円)の政府保証で55万件の見込み。2014年1月から3年間適用される。

英国の住宅市場は、他の国と異なる点がある。まず、住宅の不足が大きな問題となっている。住宅建築許可は極めて厳しく、建てられる場所がかなり限定されているために、住宅供給がなかなか増えない。

次に英国人には住宅を所有するという夢があるが、住宅の価格が高くなりすぎて、一般の人の手に届かない価格となっている。イングランドでは、平均の住宅価格は、256,995ポンド(3700万円)である。しかし、住宅価格は、過去若干の上下はあったものの、長期的に見ればかなり上がっており、借りて家賃を払うよりも、将来の値上がりを見込んで、購入した方がよいと考える人が非常に多い。つまり、潜在的に買えれば買いたいと考えている人がかなり多い。

一方、かつては、住宅価格の100%や110%などを貸し付ける時代もあったが、今では、家の価格の20%から25%程度の手持ち金を必要とされるものが増え、一般の人には手が出にくくなっている。これらの阻害要因を政策的に緩和し、住宅市場を活性化することで、経済全体に刺激を与える原動力としようというものである。

実は、これまでにも以下のような住宅政策が試みられたが、うまくいかなかった。そこでオズボーン財相の打ち出したものはこれらを増強したものである。

  • First Buy:2万7千の購入者を支援する予定であったが、これまで6,493件だけであった。
  • New Buy:10万件を支援する予定であったが、これまで支援したのは1,522件のみだった(以上タイムズ紙Bricks & Mortar 2013年3月22日)。

First Buyも New Buyもターゲットが狭かったのに対し、今回の政策はターゲットがかなり広くなっている。しかも、住宅ローンを借りる先の金融機関の審査はあるものの政府の同様の政策にあるような申込者の年収の制限もない。

しかもこれらは、慎重な銀行や住宅金融組合に貸し出しを促す効果もある。

なお、他の住宅市場活性化対策として以下のようなものも予算発表に含まれた

  • 2015年までに、手頃な価格の住宅を1万5千件建設。
  • Build to Rent 政策の資金を5倍にする。
  • 公共住宅のRight to Buy の条件の緩和。これまで最低5年住む必要があったが、それを3年とし、価格割引の最高をロンドンで7万5千ポンドから10万ポンドにアップ。
  • 年金を使って、商業用物件をフラットなどの住宅に替えるプログラムの協議を開始する。商業用物件などに投資されている年金ファンドを使って住宅を増やす効果もある。

いくら画期的な政策を打ち出しても、それが効果を生みそうな状況とならないとなかなか結果が出てこないように思われる。その点で、住宅ローンの金利の低下に併せたオズボーンの政策にはある程度結果が出てくる可能性が高いのではないかと思われる。