思い付きで選挙を進めるスナク首相

スナク首相は保守党の党首であるが、5月22日、突然、7月4日に総選挙を実施すると発表した。そして、直ちに事実上の選挙戦が始まった。通常、総選挙のような政治状況を大きく変える可能性のある政治的なイベントは、慎重に検討される。しかし、スナク首相に、そのような考えがあったようには見受けられない。

スナク首相が最初に打ち出した政策は、18歳を対象にした強制的なナショナルサービス(National Service)である。ナショナルサービスは、英国にかつて存在したが、1960年に廃止された。今回のアイデアは、2024年1月に退任間近の陸軍参謀総長が、大きく減少する兵員体制を心配し、いざという時の軍を支える体制の強化を打ち出したことに関係している。その際スナク政権は相手にしなかった。その上、総選挙が発表された翌日の5月23日、下院で、この分野担当の準大臣が、どのような形でも実施しないとはっきりと否定した。ところが、その後にスナク政権はこれを7月4日総選挙の目玉政策として発表した。なお、このナショナルサービスは、12か月間、国軍関係またはボランティアとして活動するものとされている。ナショナルサービスのアイデアは出されたものの、その詳細は未定で、王立委員会(Royal Commission)を設けて、検討し、2025年にパイロット事業を試験的に行うという。労働党は「人目を引くためのトリック」だと批判している。

スナク政権下では、野党第一党の労働党との支持率の差が縮まないばかりかやや拡大する傾向が続いており、現在20%強の差があるのに不満を持つ保守党下院議員が多い。秋に予想されていた総選挙が突然7月4日に実施されることとなり、驚き、反発する向きも多い。

スナク政権の準閣僚(北アイルランド省)に、この政策は、政権として他の大臣や国家公務員を含めて慎重に検討したものではなく、首相のアドバイザーの案を保守党の候補者に押しつけたものだと公に反発する声が出た。この準閣僚は、ギリシャへのホリデーを予約しており、旅立った。スナク首相は、この時期には総選挙の予定がなく、ホリデーに行ってもよいとしていたという。

なお、ナショナルサービスのアイデアは、政治的な面では、現在の多くの若者に不満を持つ高齢者、2019年の前回総選挙で保守党に投票した有権者や右のリフォーム党に傾いている有権者を取り戻すための戦略の一環と見られている。

スナク政権は、総選挙大敗の可能性がある中、なりふり構わない体制を取っているのは理解できる。しかし、2017年総選挙で起きたことも考えておく必要があるだろう。支持率で大きく労働党をリードしていた保守党のメイ首相は、保守党の下院での立場を強化するために突然総選挙に打って出た。ところが、この総選挙の政策として、政府の負担が高まっていた高齢者介護政策の改革を打ち出したために、支持が急に減少し、結局、獲得議席が過半数を割り、北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持していくこととなった。思い付きの政策は、時に大きな失敗を招くことがある。

機能していないように見えるスナク首相官邸

保守党内に、スナク首相を他の人に入れ替えようとする動きがあるとの憶測が報道されたが、それを受けて、スナク首相は、ウェストミンスターの政治には関心がない、大切なのは、英国の将来であると言った。この空虚に聞こえる発言は、追い詰められたスナク首相の本心を言っているわけではなく、スナク首相のアドバイザーの助言に基づくものだろう。

ボリス・ジョンソン首相のスパッズ(Spads 政治任用のアドバイザー)だった人物が、BBCのテレビ番組で、保守党大口献金者の人種差別発言が大きな問題になり、いったいスナク首相のアドバイザーたちは何をしているのだと発言したが、首相官邸のアドバイスもうまくいっているようには思われない。

スナク首相は、政治状況の改善を期待して、短期的な判断でくるくる政策を変えている。例えば、2023年10月、首都ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道のHS2で、ロンドンからバーミンガムの建設は予定通り進めるが、バーミンガムから北部のマンチェスターなどに行く区間の建設を突如取りやめた例である。そしてこの廃止で浮いたお金360億ポンドを、代わりの鉄道、道路やバス網に使うとし、具体的な事例を挙げた。しかし、その中身は乏しく、この中には、既に完成しているものも含まれていた。それから5カ月たって、このお金は47億ドルまで縮小したようだ。しかも、その中のプロジェクトは、次期総選挙がすむまで始まらず、それから7年間かかる予定だ。

その一方、2023年7月の、ジョンソン元首相が下院議員を辞任した後の補欠選挙で、予想を覆し、保守党候補者が勝った。労働党の現職市長の政策(Ulez:Ultra Low Emission Zone:超低エミッションゾーン)がその補欠選挙区に拡大するのに反対したのが功を奏したのである。この例に希望を見出したスナク首相は、環境戦略の緩和を「長期的な」視野に基づくものとして打ち出し、また「自動車の運転手」の側に立つとして、道路の改善整備をすると訴えた。ところが、道路の穴の修繕が大幅に遅れている

目先の問題で、くるくると方針を変えることが続いていると、保守党内だけではなく、直近の世論調査に見られるように、有権者の支持が停滞、下降していく可能性がある。