DUPの妊娠中絶に対する立場に縛られるメイ首相

北アイルランドの民主統一党(DUP)は、イギリスの下院に10議席持ち、メイ保守党政権を閣外協力で支えている。昨年6月の総選挙で過半数を割った保守党は、下院で過半数を確保するためにDUPの協力が必要だ。その上、ブレクシットをめぐり、保守党内で強硬離脱派とソフトな離脱を求めるグループが対峙している中、EU離脱支持派であり、ほとんど一丸となって動くDUPの協力は不可欠だ。

2018年5月25日のアイルランドの妊娠中絶を認めるかどうかの国民投票で、3分の2が認めるとし、認めないとする方が3分の1であった。これでアイルランド共和国では認められることとなる。ただし、同じアイルランド島の中の、イギリスの北アイルランドでは認めないままであることから、メイ保守党の女性議員の中にも認められるようにすべきであるという意見が強まっている。

北アイルランドはイギリスの一部ではあるが、イギリスが妊娠中絶を1967年に認めたのは適用されず、今もなお、妊娠中絶は犯罪である。妊娠がどのような理由によってもたらされたとしても、医師が母体を守るために他に手段がないと判断した時以外、禁止されている。

2016年11月、北アイルランドの裁判所がそれを国際人権法に反するとしたが、DUPらは法律を変えることに反対してきた。これは、DUPを創設し、後に首席大臣となったイアン・ペースリー牧師らの宗教的信念に基づいたものだ。

なお、北アイルランド第二党のシンフェイン党は、アイルランド共和国とまたがって両方に政治勢力を広げている。このカトリック政党のリーダーに今年就いたばかりの女性党首は、アイルランドの中絶認可に賛成した。そして、シンフェイン党は妊娠中絶のルールについてアイルランド島全体で統一されたものとすべきと訴えている。

しかしながら、メイ首相は、保守党内の女性議員らから突き上げがあっても、DUPに配慮し、北アイルランドでの法律改正には慎重だろう。数か月先には最高裁で北アイルランドの中絶禁止が女性の人権侵害になっているかどうかの判断が下される予定だ。状況が変わる可能性があるが、メイ首相は、DUPの意向を無視して行動できず、ブレクシットも含め、手が縛られた形となっている。

さらに不透明になったメイ政権の行く手

保守党の強硬離脱派は、メイ首相が、ソフトな離脱に大きく傾いてきているのではないかと感じている。その中、保守党の下院議員が、政府の無給のポストを辞任した。「関税同盟に残らない」EU離脱支持により多くの時間を割きたいという。このポストは地方自治体やコミュニティ、住宅などに関係した省のもので、地元選挙区に貢献できる余地が大きいように思われる。しかし、この選挙区は、昨年の総選挙で次点との差が2100票ほどと小さく、2016年のEU国民投票で離脱票の多かったところであり、この議員はメイ政権から距離を置き、いつあるかもしれない次の総選挙に備えたいと考えているようだ。

一方、EU側は、イギリスの提案が幻想だと批判した。イギリスとEUは非常に多くの問題を交渉しているが、イギリスの態度は基本的に現状維持だと指摘し、イギリスがEUを離れるということを十分に理解していないという。さらに懸案の北アイルランドの国境の問題では、EU側は、アイルランドに特化した解決策に取り組む用意があるが、イギリス側がイギリス全体にこだわっているという。なお、北アイルランドの民主統一党(DUP)は、メイ政権を閣外協力で支えているが、北アイルランドに特化した解決策に反対している。

昨年、本格的な離脱交渉が始まる前、メイ首相がEU委員会委員長らを首相官邸に招き、夕食を共にした。その後、委員長の首席補佐官が、その場でのメイ首相らの非現実的な発言に驚き、異星人のようだと語ったと伝えられたが、メイ首相の考えには、まだそのような要素が残っているのかもしれない。このようなメイ首相らの態度の背景には、EU側は、いずれは折れてくるという判断があるのかもしれない。ただし、そのような安易な考えは禁物だ。

メイ首相は、保守党内の強硬離脱派を宥めながら、ソフト的な離脱を目指しているように思われる。そのメイ首相を見限った動きがでている。EU国民投票の前、ボリス・ジョンソン外相らの離脱派の運動の責任者だった人物が、保守党のリーダーを変えるべきだと主張し始めている。すぐにメイを変えよと言っているわけではないが、メイのEU単一市場と関税同盟を離脱しても摩擦のない貿易をするなど両立できない約束を指摘し、これまでの施政を痛烈に批判している。

保守党内で、強硬離脱派を始め、個々の議員がメイ首相の思惑と異なる方向へ走り始めると、既に権威の落ちているメイ首相がコントロールできるとは思えない。例えば、保守党内で党首信任投票が行われる可能性だ。その投票を司る1922委員会会長には40人余りがそれを求めてきていると言われており、あと一握りの議員が求めると実施されることとなる。メイ首相がそれを乗り切ったとしても、上院で修正されたEU離脱法案が下院で再審議され始めると、メイ首相の下院での不信任につながる可能性がある。もし保守党の党首が変われば、EUとの交渉が本質的に変わる可能性がある。その上、総選挙となる可能性も否定できず、その結果、非保守党政権(労働党単独政権、労働党を中心とした連立政権など)が生まれる可能性もある。メイ政権の行く手とイギリスの政治状況はさらに不透明になってきた。