高まる大番狂わせの可能性

68日の総選挙投票日まで、あと一週間となった。418日にメイ首相が解散総選挙を発表して以来、その率いる保守党が地滑り的大勝利を収めるのは確実と見られていた。ところが、ここにきてその状況は大きく変化している。保守党は過半数を獲得できない可能性が出てきた。

反保守党ムード

その状況は、531日に行われた7党の討論会で典型的に示されたように思われる。保守党への批判が強く、保守党に批判的な言葉に、聴衆が頻繁に大きな拍手をした。そのため、聴衆が左寄りではないかという苦情が出たほどである。筆者も、聴衆の強い反保守党の反応を意外に感じた。

この討論会を主催したのはBBCであるが、聴衆の選別はComResという世論調査会社に委託された。この会社は聴衆を厳密にチェックして選別したと答えている

メイ首相はもともとこのような直接討論には参加しないという立場をとってきた。そのため、この討論会にラッド内相を送った。ラッド内相は、これまで保守党の立場を説明するためメディアに度々登場しており、その登場回数は「労働党攻撃」担当ともいえるファロン国防相を超えて保守党で最も多い。すなわち、保守党の中で最も優れたメディアでのパフォーマーである。しかし、他の参加者たちからそろって強い攻撃を受け、苦しい展開となった。

この討論会には、当初参加しないとしていた労働党のコービン党首が急きょ参加することとしたため、メディアの注目が大きく集まった。他の参加者は、自民党のファロン党首、緑の党のルーカス共同党首(緑の党には二人党首がいる)、ウェールズのプライドカムリのウッド党首、イギリス独立党のヌタル党首、そしてスコットランド国民党(SNP)のロバートソン副党首である。

参加者からは、参加しなかったメイ首相への批判が続いたばかりか、「強い、安定した」リーダーシップを訴えてきたメイ首相をUターンばかりする「Uターンクイーン」で、頼りにならず、グラグラしているという言葉も飛び出した。

参加者と聴衆の最も大きな批判は、メイが緊縮財政を維持しようとしていることにある。国民の関心の高い国民保険サービス(NHS)、ソーシャルケア、学校などの公共サービスが過去7年の財政削減で苦しんでいるのに、それらに名目だけの予算をつけ、本当の危機を救おうとしていないようなことに不満がある。

メイの弱体化                                                                                                   

この背景には、メイ首相が総選挙を2020年まで実施しないと度々主張していたのに急きょ方針を変えたことや、今回の総選挙の保守党マニフェストで打ち出した「認知症税」への批判が高まったため、急きょ方針を変えたこと、さらには、3月の予算で批判が高まった自営業者への国民保険料アップを急きょ取り消したことなど数々の政策転換がある。この討論会の前、529日のITV/SkyNews共催のメイとコービンが別々に出演した討論会でも、ブロードキャスターのパックマンに、少し批判が高まればすぐにUターンする、それでEU離脱交渉ができるかと批判された。

「認知症税」のUターンの際、メイは、この政策は「何も変わっていない、何も変わっていなーい」と主張し、嘲笑を買った。保守党のマニフェストには、その公約に財源がほとんど示されておらず、税金を含め、政権の裁量の非常に大きなものである。このマニフェストは大失敗とみなされている。

531日の討論会に出席しなかったメイは、地方を遊説していたが、その際のジャーナリストからの質問は、メイがこの討論会に出席しないことに集中した。メイはこのような質問を笑い飛ばそうとしたが、本当には笑っておらず、その顔には疲れと焦燥が出ていた。一方、ソーシャルメディア上では、「メイはどこ?」がトレンドとなった。

メイは、これまで、強いリーダー的な振る舞いをし、その強いレトリックで有権者から「敬意」を受けていたが、一連の失敗で、これまでの権威が弱くなり、その政権運営能力にも大きな疑問が出てきている。それは、メイへのジャーナリストからのしつこいともいえる質問にも表れている。メイのポリティカル・キャピタルがなくなってきている証拠である。

これでは、EUとの離脱交渉に当たり、この総選挙で国民から強いマンデイト(付託)を受け、自分の立場を強化したいとの目論見がまったくかなわないこととなる。

人気の高まるコービン

一方、コービンの人気が高まっている。コービンのスピーチ会場はすぐに満杯となり、中に入れなかった人たちのために、コービンが外でもう一度スピーチするという具合だ。遠くからわざわざ聞きに来る人が多く、コービンも、聴衆の数が益々増えているとコメントしたほどだ。

これまで野党第一党の労働党のコービンを無能とする見方が強かった。この背景には、労働党の中で強硬左派の立場であり、多くの労働党下院議員から党首としての資格はないとみなされていたことがある。労働党リーダーシップの指示に、労働党の中で最多の500回以上背いて投票した実績がある。

2015年の労働党党首選に立候補した際には、下院議員の推薦人を集めるのに苦労した。党首選での議論を高めるために左派からも候補者を立てるべきだとして、コービンに投票しないが、推薦人の名前だけは貸してもよいという人の署名を集め、なんとか立候補締め切り直前に間に合わせた人物である。

なぜ立候補したのかと問われ、これまでにマクダネル(影の財相)やアボット(影の内相)が立ったので、今回は自分の番だったと語った。党首となるとは全く考えていなかった。

ところが、コービンが党首選に立候補すると、その原則に生きた、政治の考え方に共鳴する人が急速に増え、コービンブームが起きる。前のミリバンド党首時代に党首選制度を変更し、それまでの党員、労働組合、下院・欧州議員の3つのグループで均等に票を案分する制度から、党員、関連団体メンバー、登録サポーターが平等に一人一票で総得票を争う制度となっていた。コービンを支持するため、党員と登録サポーターの数が急増した。

この党首選挙は、多くが驚いた、コービンの圧勝に終わった。しかし、労働党下院議員や旧来からの労働党支持者らからのコービンへの不信は続く。その上、右寄りの新聞が、コービンを極左、無能と決めつけた。

このコービンでは次期総選挙で勝てないと見た労働党下院議員たちが、2016623日のEU国民投票後に行動を起こし、コービンの影の内閣から次々に影の閣僚が辞任し、コービンへの不信任を突きつけ、圧倒的多数の賛成で可決した。しかし、この不信任は党の規約にはない非公式なもので効力はなかった。結局、2回目の党首選が行われることとなった。ところが、この2回目も再びコービンブームが起き、前回を上回る支持を集め、圧勝。この後、労働党下院議員たちは、コービンの引き下ろしは無理だと悟るにいたる。しかし、この間に、メディアには、コービンは、労働党をまとめることもできない無能な党首だという見方が定着した。

そのため、今回の総選挙は「有能で有権者の評価の高いメイ」と「無能で有権者の評価の低いコービン」の戦いという形でスタートした。

労働党のマニフェストが漏えいされ、メディアで大きく取り上げられると、労働党は鉄道の国有化、大学授業料の無料化など、古い夢のような政策を並べて借金だらけになると批判された。改めて正式に発表されたマニフェストには、その財源リストがついており、しかも個別の政策は有権者に人気があることが分かった。それでも、有権者のコービンへの不信は続く。

ところが、比較的若い人たちを中心にコービンへの支持は拡大しており、しかもジャーナリストたちは、上記の529日の討論会で、68歳でいいお爺さんのイメージのあるコービンが落ち着き、率直で熱意のある優れたパフォーマンスをしたため、コービンを見直し始めた。

531日の討論会では、コービンは7人の参加者の中で、そう目立たなかったが、コービンを無能だと見る見方は、保守党のラッド以外なくなっていた。

議席数予測

保守党と労働党との世論調査の差は大きく縮まってきている。その中でも世論調査最大手のYouGovの世論調査では、総選挙が発表された時には、その差が24%だったのが、531日には3%となった。

また、YouGovは、コンピュータによる新しい選挙予想法を導入した。YouGovは毎日そのデータを更新し、現時点での各党の議席を予測している。この方法には、誤差がかなり大きいという問題があるが、530日に発表された時には、衝撃が走った。保守党が解散前の議席を20議席減らすとしたからだ。この予測には、他の世論調査会社からの批判がある。

なお、世論調査会社の間で、生のデータを解析する方法が異なっており、2015年総選挙で世論調査の結果が誤った後、多くの修正を施している。今回の総選挙では、特に若い有権者の投票率の見方で、その結果がかなり異なる。50歳以上では保守党が強く、それ以下では労働党が強い。通常、若い有権者の投票率は低い。しかし、コービンブームの若い世代は異なるという見方がある。

61日時点でのYouGov各党予測議席数は以下の通り。なお、保守党の選挙前議席数は330だった。

政党 議席予測
保守党 317
労働党 253
SNP 47
自民党 9
プライドカムリ 3
緑の党 1
その他 2
北アイルランド 18

 

タクティカルボーティング

今回の総選挙が始まった時、保守党の圧勝は間違いないと思われた。メイは、EU離脱交渉について「悪い合意より合意のない方がよい」との発言で、繰り返し発言している。メイが過半数を大きく上回る議席を獲得した後、勝手に交渉を進め、イギリスがEUからスムーズに離脱できないのではないかと危機感を持った人たちを中心にタクティカルボーティングを進める動きが出ている。これは、保守党の議席を増やさせないために、それ以外の当選可能な候補者に票を集中させるものである。その動きの一つは、「イギリスにとってベスト(Best For Britain)」である。

531日の7党討論会で現れたように、他の政党は、保守党に非常に強い批判を持っている。それぞれの支持者がタクティカルボーティングで、保守党以外の当選可能な候補に票を集めて当選させる動きは今後強まるだろう。

その一つの例は、東デボン(East Devon)選挙区である。上表のYouGovの議席予測の「その他2」には「下院議長」が含まれるが、それ以外のもう一つで、当選見込みとされている。

完全小選挙区制のイギリスの下院選挙では、それぞれの選挙区で最多得票者が一人だけ当選するため、通常、選挙区に強い支持基盤のある政党の公認を得なければ当選は難しい。ところが、東デボン選挙区では、無所属の候補者が健闘している。

この候補者クレア・ライトは、前回の2015年の総選挙でも無所属で立候補した。その際の結果は以下の通り。

 

得票

得票率

保守党

25,401

46.4

クレア・ライト

13,140

24

UKIP

6,870

12.5

労働党

5,591

10.2

自民党

3,715

6.8

投票率73.7

もし、労働党と自民党の票並びに、その選挙に投票しなかった有権者の投票をかなり集められれば当選の可能性が出てくる。イギリスにベストでは、この無所属候補者に投票するよう勧めている。

このようなタクティカルボーティングは、YouGovの議席予測では、前回総選挙で保守党が自民党から奪った議席の幾つかで効果が出ているようで、その議席数が自民党の予想議席数に反映されている。

苦境のメイ

これまで述べたようにメイ首相は既に傷ついている。保守党が過半数を下回るようなことがあれば、それは大番狂わせであり、メイの進退問題にも発展するだろう。もし、ほとんど議席を増やすことができないようなことであれば、保守党内での立場が極めて弱いものとなり、メイの「強い立場でEU離脱交渉」をするという目的は果たせないだろう。