急に変わる政治の風

メイ首相にとって、現在の政治状況は「なんてこと」という状況だろう。

3月17日には、前財務相で保守党下院議員のジョージ・オズボーンがロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長になることが発表された。現在無料の新聞だがもともと有料で、ボリス・ジョンソンの2008年ロンドン市長当選には、この新聞の影響力が大きかった。今でも翌日の新聞の論調を決めるのに大きな役割を果たしていると考えられている。

メイは昨年7月首相に就任した際、オズボーンを冷たく財務相のポストから首にした。閣僚にもしなかった。そのため、この夕刊紙の編集長にオズボーンがなるというのは少なからず脅威に感じられるだろう。

さらには、2015年総選挙などの選挙費用違反問題で、保守党は、これまで最高の7万ポンド(1千万円)の罰金を命じられた。そればかりではなく、13の警察が捜査し、検察に書類を送った。もし、選挙違反が認められれば、当選者は失格となり、再選挙となる可能性がある。この件で、保守党のイメージに大きなダメージがあるだけではなく、保守党が下院の過半数を若干超えるだけの状態のため、政権運営に支障を来す可能性さえある。

また、3月8日の予算発表で自営業者の国民保険(National Insurance)税のアップを発表したが、これは2015年総選挙のマニフェスト違反だと批判され、1週間後にそれをひっこめた。このUターンは、単なる政策の変更とは見られず、財相だけではなく、メイの迂闊さが指摘され、さらには、少々の批判で政策を変えるようでは、はるかに困難なBrexitの交渉ができるか大きな疑問が出てきた。

さらに予算関連では、学校教育費にマニフェスト違反の可能性があり、保守党の中からも批判が出てきている。

その上、スコットランド分権政府が、独立住民投票を2018年秋から2019年春の間に実施したいとしている問題で、メイはBrexit前には認めない方針を示した。スコットランド政府側はそれに強く反発しており、この問題はかなり尾を引く見込みだ。

北アイルランドの政情もある。昨年、北アイルランド議会選挙を実施したばかりだったが、再生可能エネルギー政策の大失敗に端を発して北アイルランド政府が倒れ、3月初めに再び選挙が行われた。しかし、未だに新政府を設ける状態には至っておらず、あと1週間足らずで話がまとまらなければ、再び選挙が行われる見込みだ。従来、北アイルランド問題では歴代首相が相当多くのエネルギーを使ってきており、ウェストミンスターの中央政府が直接統治をしなければならない状況になれば、メイには相当大きな重荷になる。

これらの問題への対応には多くが注目しており、これまで高い世論支持率を維持してきたメイ政権だが、それを額面通りには受け取れない状況となってきた。

3月7日、BBCラジオ4の午後5時のニュース番組でブラウン元労働党首相の戦略担当者が「政治状況は急に変わる、総選挙ができる時間枠は限られている」と話したことが思い出される。

ブラウンは、2007年6月、ブレアの後を継いで首相に就任した。就任当初、高い人気があり、総選挙を実施するようアドバイスされたが、ブラウンは躊躇した。総選挙の憶測が高まったにも関わらず、その判断を遅らせ、秋に総選挙を実施しようと思ったときには、支持率が下がり始めており、結局、実施できなかった。また、ブラウンは臆病者だというラッテルが貼られてしまった。

2008年の世界信用危機で、イギリスは景気が下降し、ブラウンは大幅な財政赤字の責任を追及され、しかも2010年総選挙時には欧州の経済危機があり、労働党は、大きく議席を失った。過半数を取れなかったが第一党となった保守党と第三党の自民党の連立政権の誕生を許したのである。

もしブラウンが早期に総選挙を実施していれば、ブラウンには5年後の任期満了まで、すなわち2012年半ばまで十分な時間があり、政治状況は大幅に変わっていただろう。現在の政治状況も全く異なっていたものと思われる。

現在のメイ保守党首相は、その高い支持率の下、2016年7月就任以来、総選挙を実施すれば大きく勝て、下院でわずかに過半数を上回るだけの状態から脱し、余裕のある政権運営ができると見られていた。しかし、メイはこれまで早期総選挙を否定してきた。

この一つの理由には、2011年固定議会法の問題がある。議会は基本的に5年に固定され、早期選挙が実施できるのは、下院議員総数の3分の2が賛成した場合か、政府が不信任され、2週間以内に信任されうる政府ができない場合に限定された。それでも、メイが自らの政府に対し不信任案を提出し、可決させるという奇手があるが、このような手法は、それなりの政治状況がなければ有権者の不信を招く可能性がある。(なお、3月7日、ヘイグ上院議員が固定議会法を廃止するべきだと主張した。しかし、この固定議会法制定時に、それまで首相に解散権を与えていた過去の法制を廃止しており、この固定議会法を廃止しただけでは2011年前の状況になるわけではない。すなわち新しい法律の制定が同時に必要となるが、それには上院の賛成も得なければならない。また、6年前とは異なる政治状況下の現在、首相にどのような解散権限を与えるかなどの議論でかなり時間がかかる可能性がある)

メイが総選挙に打って出るかどうかは別にして、明るく見えた政治状況に急に暗雲が立ち込めてきた。

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