保守党の新党首

ケミ・ベイドノックが野党第一党の保守党の新党首に就任した。7月4日の総選挙で労働党に大敗を喫し、前党首で首相だったリシ・スナクが党首を辞任し、その後の長い党首選の結果が11月2日に発表された。ベイドノックは、44歳の黒人女性で両親はナイジェリア人である。

ベイドノックは、エンジニアの背景を持っている。言い方に直接的過ぎる面があり、何度も批判を受けている。また、ビジネス貿易相時代には、国家公務員からその扱い方に苦情が出たことがあると言われる。それでも化学者だったサッチャー元首相と同じように考え方がロジカルで、保守党の中で頭角を現した。サッチャー元首相と同じく、裕福な夫を持つ。

ベイドノックは、保守党の党首選で次々に候補者が絞られていく中、保守党下院議員の3分の1の支持を受けておらず、最後の保守党党員による投票で、56.5%の得票で党首に選ばれた。ベイドノックの党首として最初の仕事は、大きな打撃を負った保守党をまとめていくことだが、パンに塗ってたべるマーマイトのようにベイドノックを好きな人と嫌いな人がはっきりしており、果たしてどこまでまとめて行けるか疑問視されている面がある。労働党の大臣や準大臣などの公職についている数は120人だが、保守党の下院議員は121人であり、党首選に立候補したクレバリー元外相・内相がベイドノックの影の内閣に入ることを断り、また、スナク前党首やハント前財相など重要な職に就いていたひとたちも影の内閣に入らず、さらに下院の委員会の委員長などに就く人のことも考えれば、数を揃えてまとめていくことは容易ではない。クレバリーの動きは明らかにベイドノックの失敗を想定した動きだと思われる。しかし、ベイドノックも比較的若く、リーダーとして成長していく可能性はある。

なお、ベイドノックの父親は医師、母親は生理学の教授だった。母親がベイドノックの1980年に生まれる前に英国に来てベイドノックを生んだ。その時には英国で生まれた人には英国籍が取得できる制度があったためである。

ベイドノックは、保守党の4人目の女性党首で、最初の黒人である。16歳で英国に移り、計算機工学(コンピュータシステムエンジニアリング)をエセックス大学で修士まで学び、エンジニアとして仕事に就いたが、その後、ロンドン大学バークベック校で法律を学び、銀行に勤めた。その後、保守系のスペクテイター誌に勤めていたことがある。2005年に25歳で保守党に入党し2010年、2015年の総選挙に出馬して落選、ロンドン市会議員選には2012年に名簿候補で立候補したが、当選しなかった。しかし、後に名簿の上位2名が2015年の総選挙で当選したために、ベイドノックに順番が回ってきて、ロンドン市会議員となった。なお、ロンドン市会議員は、日本の東京都会議員にあたる。その後、ベイドノックは2017年の総選挙で当選し、下院議員となった。

下院議員となってからベイドノックの保守党政府の中での昇進は早く、2022年に国際貿易相となった。

政策金利を下げたイングランド銀行と政治家の運

英国の中央銀行であるイングランド銀行は、2024年8月1日の金融政策委員会で、政策金利を5.25%から0.25%下げ、5%とした。この政策金利は、2021年12月まで0.1%だった。

この引き下げは、2か月連続で消費者物価指数が2%だったことで、2022年10月の11.1%のピークから大きく下がり安定してきたことがある。このピークは、ロシアのウクライナ侵略のため、エネルギー価格が急騰し、生活費が大きく上昇したことが原因だった。また、5月に賃金の上昇が落ち着いてきて、失業率が変わらず、求人が下降している。一方、第一四半期の小幅のリセッションからの回復が予想以上であることが背景にある。

スナク前首相は、もともと総選挙を今秋に予定しており、11月ごろになるとの見方が強かった。もし、7月4日ではなく、11月に実施していれば、少なくとも、前保守党政権の経済運営の「成功」を誇るチャンスはあったように思われる。

一方、英国のサウスポートで、ウガンダから移民してきた夫婦の英国生まれの17歳の男子が、ダンスクラスに参加していた子供たちをナイフで刺し、そのうち3人が死亡し、大人2人を含む10人がけがをした事件が発生した。その後、極右のグループがサウスポートの全く関係のないイスラム教寺院を攻撃し、暴動を起こし、ロンドンを含む他の地域にも暴動が拡散した。ソーシャルメディアによる偽の情報が、これらの暴動を起こしたとみられている。それに関連し、リフォームUK党のファラージュ党首が、暴動をそそのかすような発言をしたと批判されている。リフォームUK党は、7月4日の総選挙で、全体の14%あまりの得票をし、5人の下院議員を生み出した。もし、この事件が総選挙の前にあれば、リフォームUK党に票を大きく奪われた保守党への打撃はかなり少なかった可能性があるように思われる。

政治・経済情勢は変わる。英国では、いつ総選挙を行うかが決まっている制度ではなく、首相がいつ行うかを決められる。その結果、政治家の運が選挙の結果を左右するともいえるだろう。