英国はキリスト教国?

キャメロン首相の「英国はキリスト教国」発言で、それに反発する人たちと賛成する人たちの議論が活発に交わされた。反発した人たちは、英国でキリスト教を積極的に信じている人は多くなく、そのような発言は社会を分断するようなものだという。賛成する人たちは、英国は伝統的にキリスト教国で、国の制度もそのようになっているのだから、何ら問題がないと主張した。

統計ではどうなっているのだろうか?2011年に行われた国勢調査では国民の59%がキリスト教徒だと答えたが、キリスト教徒と答えても自分が宗教的でないとみなす人もかなりいる。その上、キリスト教徒だという人は、2001年の国勢調査時の72%から大きく減った。

こういう中、英国国教会のカンタベリー大主教だったウィリアムズ卿は、「ポスト・キリスト教国だ」と発言した。英国がキリスト教信者の国であるというよりも、キリスト教的な文化的記憶がまだかなり強く残っている国だというのである。この表現は現在の英国を最もよく表しているように思える。

国と英国国教会の関係は緊密である。君主は英国国教会のトップであり、その大主教や主教は、君主が首相の助言を受けて任命する。また、主教は上院(貴族院)に議席を与えられるなど、両者の関係は国の制度の中に深く組込まれている。

国民のほとんどは現在の制度を受け入れているが、それでもキリスト教の教会に通う人の数は年々大幅に減っている。一方ではイスラム教徒などの数は増えている。

自民党の党首クレッグ副首相は、これらの議論を受けて、国と英国国教会を分離するべきだと言った。この発言は、国民の関心がないのに上院の公選制を導入しようとして失敗したのに似ているように感じられた。つまり、低い支持率にあえぐクレッグが、国民の関心を呼びそうなものに何でも飛びつくような印象があったためである。

522日には欧州議会議員選挙があり、しかも来年5月には下院の総選挙がある。このような時期には、政治家の発言はすべて政治的な意図があると見た方がよい。

キャメロンは英国国教会であるが、これまで宗教にはあまり触れない立場を取ってきた。しかし、労働党のミリバンド党首と、自民党の党首であるクレッグ副首相は二人とも無神論者であるため、この二人との違いを浮きだすことと、保守党からかなり多くの票が流れている英国独立党(UKIP)への動きをとどめようとする狙いがあった。特に、キャメロンの推進した同性婚に批判的な人の多い、伝統的な保守党支持者に対して、キリスト教を強調することでそれらの批判票を保守党に再び引き寄せる狙いがあったのではないかと見られている。

キャメロンの場合、トニー・ブレア元首相(19972007年在任)の場合とかなり異なる。ブレアの宗教への強い関心は有名だ。もともと英国国教会で大学生時代に堅信式を受ける。妻シェリーはカトリックで、子供は全員カトリックとして育てられた。首相在任中、ブレアは妻らとカトリックの教会へ行き、儀式に参加していたことから批判されたことがあり、カトリックへの傾斜を噂されていたが、首相退任後、カトリックとなる。

ブレアは、重要な判断をする際や苦しんだ時には神に祈っていたという。ブレアが選挙区の候補者となるのに大きな貢献をし、ブレアが下院議員を退くまで選挙区の事務長を務めたジョン・バートンによると、すべての重要な判断はブレアの信仰から来ているという。ブレアは2003年のイラク戦争参戦決断の是非は、神に判断されると言った。

ブレアの広報戦略を担当していたアラスター・キャンベルは「政治家は神を扱わない」と言って宗教の問題に触れることを避けた。アメリカの政治家の場合、信仰は極めて重要だが、英国では、政治家が宗教のことを話し始めると、キャンベルも言ったように「少し頭のおかしい人」と見られる可能性が高い。キャメロンの「キリスト教国」発言は、政治的には不発に終わったように思われるが、英国では、政治家が宗教を扱わないのは賢明なように思われる。