英国国会での飲酒(Drinking by MPs in the Parliament)

英国の国会議員の飲酒は有名だ。もちろん飲まない人も多いが、飲酒については様々なエピソードがあり、それは過去何百年にもわたっている。3か月ほど前、労働党のスコットランド選出の下院議員が、国会のバーで飲み過ぎ、保守党の下院議員らに頭突きをし、逮捕された。この議員は、労働党を離党し、裁判で執行猶予刑を受けて、次の総選挙には立候補しないと発表した。しかし、この事件で改めて国会でのアルコール文化が浮き彫りになった。

この事件を受けて、下院の委員会で、国会内のバーのスタッフに、酔ったお客には、注文を断る、レセプションなどでは、注ぎ足す頻度を減らすなどのトレーニングをすることとなった。それとともに、ノンアルコールの飲み物の種類を増やし、アルコール度の低いビールを用意することとし、さらにバーの開店時間を見直すこととなった。いずれも妥当な対策と言えるが、これには基本的な要素が欠けているように思う。

それは、国会議員の自制と制裁である。近年の国会は、かなり状況が変わっている。過去20年ほどで大きく変わったと言われるが、ブレア政権下で下院のリーダーだったロビン・クックが国会改革を行い、審議の時間を変えた。また女性議員が増えたために、国会での飲酒文化はかなり改善された。しかし、それでも節度のある飲酒が国民の代表者である国会議員には必要だろう。

シャンペン好きで、ブランデーとジンを好んだウィンストン・チャーチルは、かつて海軍大臣を辞めた後、第一次世界大戦に自ら望んで軍人として行ったが、本部にいるより前線に出たがったと言う。命の危険が大幅に増したが、所属した大隊では本部でアルコールは飲まないが、前線では許されていたからだという。

チャーチルは「アルコールで失ったもの以上にアルコールから多くのものを得た」と言った人物であるが、「父が、酔っ払いを最も軽蔑するようにと教えてくれた」という。英国では、酔っ払いを顰蹙するが、それを許す風潮がある。しかし、国会議員はそれに甘えているわけにはいかないだろう。

BskyB問題と文化相(Culture Secretary Hunt and BskyB)

ハント文化相がBskyB問題をどのように処理したかが、過去一週間で最も大きな話題となっている。いったい何が起きたのか、ここでもう一度確認してみよう。

メディア世界で非常に大きな影響力を持つルパート・マードックのニューズ・コーポレーションが、39%の株式を持つ衛星放送会社BskyBを買収しようとした。これは、ニューズ・コーポレーションの世界戦略に関した動きで、年間売上60億ポンド(8千億円)で利益が10億ポンド(1300億円)に上る企業を傘下に収めようとしたこと以外に、英国内での他の部門との連携を強め、英国と欧州での地位を強化しようとしたと言われる。

キャメロン首相率いる保守党は、2010年5月の総選挙前に、英国で最も売れているサン紙の支援を受けた。この新聞はニューズ・コーポレーション傘下である。キャメロン首相らの保守党幹部はニューズ・コーポレーションに近く、そのBskyB買収のために便宜をはかったのではないかという疑いが出た。

BskyBの買収が成功すれば、ニューズ・コーポレーションが英国のメディアの中で支配的な地位を占めるのではないかとの危惧があり、他のメディアグループはこぞって反対していた。しかし、ハント文化相は、テレビを含む情報通信の監督機関Ofcomとの協議の結果、競争委員会に諮らず認める方針を示した。結局、この買収は、ニューズ・コーポレーション傘下の新聞紙の行った電話盗聴問題が大きくなったために、断念された。

ハント文化相には、この買収を認めるかどうかで大きな権限があったが、その行動が今回の問題の焦点となっている。電話盗聴問題の独立調査委員会で、ハント文化相のスペシャルアドバイザーとニューズ・コーポレーションとの間のEメールのやり取りが明らかになり、ニューズ・コーポレーション側が情報などの面で特別な取り扱いを受けていたことがわかった。そのために、ハント文化相が矢面に立つこととなった。

4月30日に、野党労働党の要求で、キャメロン首相は下院でこの問題について声明を発表し、質問に答えた。ハント文化相は「公平に公正に対応し、何ら落ち度がない」と繰り返し主張した。そしてハント文化相が電話盗聴問題の独立調査委員会で「宣誓して証言する、もし、そこで大臣規範に違反したことが明らかとなれば自分が行動する」と言ったのだ。しかし、労働党は、文化相は明らかに大臣規範に違反していると主張し、首相の答弁に満足していない。むしろ、首相は、ハント文化相を盾に使っていると攻撃した。

BskyB問題はもともとビジネス相の自民党下院議員ヴィンス・ケーブルが担当していた。しかし、これがハント文化相の担当に替わる。そのきっかけは、ケーブルの「失言」だ。

2010年12月にテレグラフ紙の記者が地元選挙民を装い、ケーブルの行っている地元民個別相談会で、様々な時事問題へのコメントを密かに録音した。その際、ケーブルは、この買収問題を情報通信の監督機関Ofcomに諮問したが、ケーブルのその決断は、「マードックへの戦争宣言で、われわれはこれに勝つと思う」と発言した。実は、テレグラフ紙はこの発言を当初発表しなかった。BskyB買収に反対していたため、ケーブルがこの問題を担当している方が好都合と判断したからだと思われる。しかし、何者かが、この録音をBBCの経済部長に渡したことからこの発言が明らかになった。これには、テレグラフ紙からニューズ・コーポレーション傘下のニューズ・インターナショナルに移った人物が関係していると言われる。

ケーブルの発言が明らかになるや否や、キャメロン首相は、ケーブルをBskyBの担当から外し、それをハント文化相に回した。ハント文化相は、BBCなどのメディアも担当している。問題は、後で発覚するが、ハント文化相は、かねてよりニューズ・インターナショナルに近かったことだ。しかし、ハント文化相は、自分が批判される可能性をよく理解しており、慎重にことを運んだ。それでもいくつかの盲点があり、それが今回の件で表面化した。

これからの展開は、5月中旬以降にハント文化相が、電話盗聴問題の独立調査委員会で宣誓の上、質問に答えることとなる。ハント文化相は、自分とスペシャルアドバイザーの間のEメールなどのやり取りをすべて委員会に提供するとしている。

この問題の背景を時系列でみると以下のようになる。
2007年5月 ニューズ・コーポレーション傘下のニューズ・オブ・ザ・ワールド元編集長アンディ・クールソンが野党時代のキャメロンの広報官となる
2010年5月 保守党と自民党の連立政権でキャメロン首相誕生
2010年6月 ニューズ・コーポレーションがBskyBの株式公開買い付けを発表。
2010年11月4日 ビジネス大臣(自民党)ヴィンス・ケーブルがこのBskyBの買収を英国の情報通信監督機関Ofcomに諮問
2010年11月18日 ジェームズ・マードックが、もし政府がこの買収を認めないようなら英国に投資せず、他の国へその投資を回すと発言。
2010年12月 欧州委員会がこの買収を承認
2010年12月21日 選挙民を騙ったテレグラフ紙記者への不用意な発言のためにケーブル大臣がBskyBの担当を外され、この件がハント文化相に回る
2010年12月31日 Ofcomはハント文化相に競争委員会に諮問する必要がある可能性を指摘
2011年1月21日 キャメロン首相の広報局長クールソンが電話盗聴問題に関連して辞任
2011年3月3日 ニューズ・コーポレーションがBskyBのニュース部門を分離することにしたことでハント文化相は競争委員会に諮問せずに認める方向を発表
2011年6月23日 Ofcomとニューズ・コーポレーションが条件合意との報道
2011年7月初め ハント文化相 最終のヒアリングが終わり次第買収を認める意向
2011年7月4日から ニューズ・オブ・ザ・ワールドの電話盗聴問題が大問題化。その結果、Ofcomがニューズ・コーポレーションの適格性を問う。
2011年7月7日 ニューズ・オブ・ザ・ワールド廃刊発表
2011年7月11日 ニューズ・コーポレーションがBskyBのニュース部門分離案を撤回。ハント文化相が競争委員会へ諮問

2011年7月13日 全主要政党が買収に反対を表明。ニューズ・コーポレーション BskyB買収を撤回と発表

2012年4月26日 電話盗聴問題の特別調査委員会でハント文化相のスペシャルアドバイザーとニューズ・インターナショナルの対外交渉担当者の間のEメールが公開される。
2012年4月27日 ハント文化相のスペシャルアドバイザー辞職