クレッグの判断(Clegg’s judgment)

政治家が弱く見えることは致命傷になり得る。保守党が上院改革をしないのなら下院の新区割り案に賛成しないというニック・クレッグ副首相の判断は正しいと思われる。もしそうでなければ、クレッグと自民党が非常に弱く見えるからだ。有権者は上院改革にあまり関心がないが、それでもこの判断でクレッグへの評価が上がる可能性がある。

自民党とキャメロン首相が率いる保守党が連立政権を組む際にまとめた連立合意の中で、選挙制度についての幾つかの約束をした。この中の一番大きな柱は、現在の下院の制度である、いわゆる小選挙区制度、つまり一つの選挙区から最も得票の多い候補者を一人だけ選ぶ制度から、AV(Alternative Vote)と呼ばれる制度に修正する国民投票を行うことであった。AVとは、当選者は基本的に、投票した有権者の半分以上の支持を受けるようにする制度である。これは、これまで下院への比例代表制の導入を求めてきた自民党が、保守党と連立政権を構成するうえで最低限の条件としたもので、自民党に有利になると思われた制度である。一方、もしこの制度が導入されると不利になると思われた保守党は、マニフェストでも打ち出していた、議員定数を減らし、有権者の数を均等にする選挙区区割り見直しを要求し、その結果、この二つの制度を組み合わせることで妥協した。つまり、AVの導入で保守党が失うと思われた議席を区割りの見直しで回復させるということである。この妥協は、これらの二つを合わせた「2011年議会選挙制度並びに選挙区法」でも明らかであった。

ただし、連立合意には、さらに上院改革も含まれていた。主要三党の中では、自民党が上院を公選とする改革に最も熱心であった。

2011年5月に行われたAV制度の国民投票では、保守党が中心となった、AV反対のグループが強力な運動を展開し、労働党はどちらつかずの態度を取ったことから、賛成票は3分の1にとどまり、否決された。その後、新たな選挙区区割りを導入すれば、失う議席の割合で最も大きなダメージを受けるのは当初予想された労働党ではなく、自民党であることがわかった。

自民党は、こういう状況の中で、もし、長年の課題であった上院改革がなしとげられるのなら新選挙区割りも容認する立場をとっていたが、保守党の中の上院改革へ反対する勢力が大きく、上院改革が不可能となり、その結果、新選挙区割りを認めない立場をとることとした。「2011年議会選挙制度並びに選挙区法」が成立した後、区割り委員会が手続きを進めているが、区割り委員会の提出する区割り案を議会で採択する必要がある。つまり、自民党は、その区割り案に賛成しない、ということである。

キャメロン首相は、保守党党首として大きな計算間違いをしていたと言わざるを得ない。もし、AVの国民投票が可決されていれば、上院の改革の成否にかかわらず、自民党は新区割り案に賛成していた可能性が強い。しかし、AVも上院改革も成し遂げられないまま連立政権を継続し続けていれば、自民党は本当に弱く見える。自民党がこの問題を抱えていることに十分配慮することを怠ったキャメロン首相は、今や厳しい立場に立っていると言えるだろう。

アイデアだけでは不十分(Coalition Government’s Mistakes Will Haunt Them)

5月3日の地方選挙が終わった。労働党が1996年以来という成功を収め、党首のエド・ミリバンドが威信を得、一時危ぶまれていたリーダーとしての地位を確保したのに対し、連立政権を組む保守党と自民党が大きく議席を失った。しかし、今回の選挙で最も注目すべきは、同時に行われた、選挙で選ぶ市長制を導入するかどうかを問う住民投票だったと思われる。

政府は、昨年11月に制定したローカリズム法で、11の大規模地方自治体に、選挙で選ぶ市長制を導入するかどうかの住民投票を義務付けた。このうち、リバプール市は、この法の施行前に住民投票なしで選挙市長制の導入を決め、5月3日に市長選挙を実施し、労働党の候補者が市長となった。(なお、この他、サルフォード市で市長選がおこなわれ、労働党の候補者が市長に選ばれた。一方、ドンカスターで、選挙で選ばれた市長と市議会の多数党との関係悪化で、選挙市長制を廃止するかどうかの住民投票が行われたが、選挙市長制を維持することとなった。)

問題は、リバプールを除いた後の10市の中で、わずかにブリストル市のみが選挙市長制にイエスで、後はノーとなったことだ。いったい何のための義務付けだったのだろうか?確かに、長期的に見れば、選挙できちんと選ばれた市長は、市の先頭に立って、責任を持って市政を預かり、強力なリーダーシップを発揮できる可能性があり、政府が地域振興の引き金にしようとしたことは理解できる。しかし、これらの市の意向や動向も十分に理解しないまま、むしろ理解しようともしないまま、この方向に走り出してしまった政権担当者=政治家にその責任があると言える。

このような失敗は、現政権には数多い。例えば、NHS改革法だ。既存システムの中間層を省き、現場のGP(家庭医)のグループにNHS予算を落とす制度を作り、そこに責任を持たせる仕組みだ。アイデアはよくわかる。しかし、問題は、そのような改革が簡単にできるかどうかだ。特に医師会や看護婦会、さらにGP会まで反対しているのに、この改革法を押し切って成立させた。

さらに大学の学費の問題だ。英国では、2校を除き、他のすべての大学が国立大学だが、これまでの最大限3290ポンド(43万円)までの年間学費から、それを一挙に9千ポンド(120万円)まで認めることにした(イングランド)。ところが、政府は、ほとんどの大学はそれよりかなり低い水準の学費にすると「期待」していたのに対し、ほとんどの大学は、上限、もしくはそれに近い水準の学費とした。いったい政府は何を考えていたのだろうか?

ヒースロー空港などの入国審査でEU外からの人たちの中には3時間待たされた人たちがおり、大きな問題になっている。これは、2010年からの財政カットのために8900人の部門からこれまでに800人程度人員が削減されている上に、内務相とこの部門の前責任者の間でいざこざがあり、内務相が面目を保つために、すべてのチェックをきちんとするよう指示されているためだ。驚くのは、現場の人たちのことを考えずに、上から指示すればそれで物事が動くと考えている人がトップにいることだ。

また国防省の空母艦載機の判断だ。現政権誕生後まもなく、他のタイプの方が安価でしかも機能が上回っている、と前政権を強く批判し、艦載機を他のタイプに変えた。ところが、そのために使われる離発着のシステムは未だに開発中で、実用化の時期に不安があり、しかも軍の方から前のタイプの方が機能的にもふさわしいとアドバイスされ、これも判断を覆さねばならない状態だ。

現政権の判断の多くは「机上の空論」からきているものが多いように思われる。アイデアとしてはよいかもしれないが、それが実施できるかどうか慎重に検討されているかどうか、現場や当事者の意見が反映されているかは二の次となっている。このような失敗は、この政権の将来を危うくするだろうと思われる。