単なるYes/Noでないスコットランド住民投票

918日にスコットランドが独立するかどうかのスコットランド住民による投票が行われるが、前内閣書記官長(Cabinet Secretary)のオードンネル卿が、イギリス政府は賛成多数だった時の準備ができていないと批判した。キャメロン首相はそのような可能性を信じたくないし、あってはならないと考えていると思われる。現在の世論調査では、独立反対が優勢だが、オードンネル卿の批判は正しいだろう。 

一方、イングランドの住民は、スコットランドのイギリスからの独立には反対しているものの、スコットランドが中央政府から特別な財政措置を受けていることなどに不満を持っている。主要3政党は、独立反対の場合には、スコットランドにより多くの権限を与えることを約束しているが、独立反対の場合でもイングランドとスコットランドの関係に軋みが出るだろう。 

また、住民投票の直前に、スコットランドの「首都」エディンバラで、北アイルランドを中心にしたオレンジ結社のメンバー1万人の行進が行われる。北アイルランドのプロテスタントの「ユニオニスト」たちは、北アイルランドがイギリスの一部に留まるために戦ってきた。こういう人たちにとってスコットランドがもしイギリスから独立するようなことになれば、心理的なダメージは大きい。

スコットランドの住民投票は、単に独立賛成反対だけの問題ではなく、イギリス人の中に多くの感情を掻き立てているといえる。

その中で、スコットランドの独立問題の第二回目のリーダーTV討論が825日夜に行われる。前回は、スコットランド独立の場合の通貨が大きな話題となった。独立賛成のスコットランドのサモンド首席大臣は、イギリスの通貨ポンドを使うという立場を崩さず、独立反対のダーリング前財相は、主要3党のいずれもがそれを否定している中、代替策はあるのかと厳しく追及した。 

この問題については、ノーベル経済学賞受賞者が、もしイギリスの中央政府がポンドをスコットランドに使わせない場合、イギリス政府の負う借金の割合負担分を受け入れないという案を出している。スコットランドの負担額は1430億ポンド(247千億円)と言われるが、もしスコットランド独立賛成となった場合、その交渉は非常に厄介なものとなるのは間違いない。

第二回目のTV討論では、サモンド首席大臣は、イギリスに留まった場合のマイナス面を強調すると見られており、第一回目のTV討論と比べかなり優勢に議論を進めるのではないかと予測されている。

スコットランド独立に関するTV討論

918日、スコットランド独立に関するスコットランド住民による投票がある。あと6週間ほどとなった。そして85日に独立賛成側のアレックス・サモンド首席大臣(スコットランド国民党)と反対側のアリスター・ダーリング前財相(労働党)のテレビ討論が行われた。

まず、2人の背景は以下のとおりである。スコットランド議会で過半数の議席を占めるスコットランド国民党(SNP)は、スコットランドの独立を唱えて設立された政党であり、サモンドはその党首である。

2011年スコットランド議会議員選挙129議席の内訳

政党

選挙区

比例区

議席合計

議席数 得票率 議席数 得票率
SNP 53 45.4 16 44.0 69
労働党 15 31.7 22 26.3 37
保守党 3 13.9 12 12.4 15
自民党 2 7.9 3 5.2 5
スコットランド緑の党 2 4.4 2
無所属 0 0.6 1 1.1 1

一方、スコットランドで最もウェストミンスターの下院の議席の多いのは労働党であり、主要3政党はいずれもスコットランドの独立に反対している。 

2010年総選挙のスコットランドの59議席の内訳

政党 議席数 得票率
労働党 41 42.0
自民党 11 18.9
SNP 6 19.9
保守党 1 16.7

つまり、賛成側のSNPと反対側の労働党の代表者がそれぞれの立場を代表してTV討論に出た。

2010年のイギリス全体の総選挙の際に主要3政党の党首討論が行われた。キャメロン(保守党)、ブラウン(労働党)、クレッグ(自民党)のTV討論は3回行われ、その中でも1回目が最もインパクトが大きかった。クレッグは特に目立つことを発言したわけではないが、フレッシュな印象を与え、討論直具の世論調査で圧倒的な支持を得た。史上初めての総選挙時の党首討論であったために注目度も高かった。第2回目、3回目には視聴者の数も減り、クレッグ以外の党首も戦略を見直し、話し方を変えたため、差がなくなった。 

スコットランドの独立に関するTV討論では、今のところ次の予定ははっきりしていないが、もし行われてもそのインパクトははるかに少ないと思われる。 

今回のTV討論は、スコットランドの民放のSTVが行った。BBCSTVにイギリス全体でもBBC経由で映像を流すことを申し入れたが、断られたと言われる。そのため、スコットランド以外ではこの討論を見るためにインターネットに頼る必要があったが、グリッチがあり、何度も映像が止まった。視聴者が多すぎたためと言われる。これにはSTVも放映中から謝罪していた。

さて、この討論は午後8時から10時近くまで2時間近く行われた。討論直後の世論調査では、独立反対側のダーリングが賛成派のサモンドを5644で破った。この世論調査ではサンプル数が512と少なく、必ずしも決定的なものとは言えないが、ここでいくつか感じたことに触れておきたい。

二人の議論は反対派のダーリングが、不確かな点が多すぎる、サモンドは独立しても十分にやっていける、スコットランドと同規模または小さな国を見てみよ、という基調で展開した。

ダーリングの攻撃はスコットランド独立後の通貨の問題に象徴される。イギリス政府側は、現在の通貨ポンドを使わせない立場だ。一方、サモンドはポンドを使う意向だ。

ただし、もし住民投票で独立反対派が多数を占めれば、イギリス政府の状況は完全に変わると思われる。歴史的に関係が強い隣国を敵に回すのは得策ではないからだ。これはEUの加盟問題もそうだろう。イギリス政府の通貨の立場は、単に交渉のオープニング・ガンビットに過ぎないと思われるからである。

もしスコットランドが独立することになれば、イギリスの資産の分割や対外関係などすべてにわたって詳細な交渉が必要となる。その交渉の中で例えば、短期間の移行措置としてスコットランドがポンドを使うことを認めるということも可能だろう。むしろそのような措置は必要不可欠ではないだろうか。それが、例えば数年延びたところで大きな問題となるとは思えない。

この問題に関連して、キャメロンがサモンドと討論しなかった利点の一つはここにあると思われる。ダーリングは通貨の問題を執拗についたが、キャメロンにはそのようなことはできなかっただろうからだ。キャメロンはイギリス全体の首相として一方的な発言をすることは難しいからである。

ファイナンシャルタイムズ紙のコメンテーターは、このTV討論を「熟練の弁護士と一流の政治家」の対決だったと評したが、弁護士で派手さのないダーリングは、サモンドに負けなかったことでその役割を果たしたと言える。サモンドはこの討論で劣勢の独立賛成運動に火をつけたかったが、それに失敗した。