人々の「印象」と事実の違い(Gaps Between Perceptions and Facts)

人々の考えている現実と事実はかなり違うことがある。例えば、テレビや新聞で報道されると、稀な事件であっても、かなり頻繁に起きているような印象を与える。そのため人々が捉えている現実と事実の間に差が生じてくることがある。

人々の持つ認識と現実はどのように違うのだろうか?世論調査会社のIpsos Moriとキングズ・カレッジが共同して調査を行った(http://www.ipsos-mori.com/researchpublications/researcharchive/3188/Perceptions-are-not-reality-the-top-10-we-get-wrong.aspx)。その結果から幾つかを取り上げてみる。

まず、16歳未満の女子の妊娠の問題。これは英国でよく取り上げられる話題である。この世論調査では、年に15%が妊娠すると答えているが、実際には0.6%。0.6%でも千人に6人でかなり多いが、一般の人の考えている割合よりははるかに低い。

さらに犯罪。58%の人は犯罪が減っているとは思っていない。しかし、2006年度から2012年の間に19%減っている。1995年から2012年まで見ると53%減。つまり、半分以下になっている。

また、福祉手当の不正受給はどうだろうか?福祉に向けられるお金の24%が不正に受給されていると見ているが、公式の推定では0.7%である。どのような不正を考えたのかという質問に対して、外国から来た人たちが福祉手当を受けている、納税していない人が福祉手当を受けている、子供がいるので様々な福祉手当を受けているなどの答えが上がっている。しかし、これらのほとんどのケースは不正ではない。つまり、合法的なものであっても、そういう人たちは福祉手当を受けるべきだはないと感じている人たちは、「不正」の範疇に入れているのである。

英国の中の移民は?ここでの移民は、英国外で生まれた人のことを指すが、その割合は31%と見ている。実際の割合は13%である。実際の数字の2倍以上の数字をあげた人に事実を告げても、46%の人が13%は低すぎると言い、56%の人は国勢調査では違法移民を入れていないに違いないと答えたそうだ。なお、もし違法移民を加えたとしても、それは15%以下と見られている。人々は自分の見解が誤っていても自分の見解を守ろうとする傾向があるようだ。

これらは、政治の世界ではかなり留意しておかねばならないことのように思われる。たとえ、稀な問題であったり、実際にはあまり大きな影響のない問題であったりしても、国民の多くが関心を持っている問題には、政治家は何らかの行動を取る必要に迫られる。そうでなければ、政治家は、国民の気持ちをわかっていないと批判される。一方、一般の人々は、嘘の悲観的な話を聞くと信じがちだという見方もある(http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/7784)。要は、これらの傾向を十分にわきまえた上で、政治家は取るべき行動を決める必要があるということである。

キャメロン政権では、7月15日から一家族当たりの福祉手当の上限枠2万6千ポンド(390万円:1ポンド=150円)を施行したが、キャメロン首相率いる保守党は、次期総選挙に勝てば、福祉手当の上限を2万ポンド(300万円)に下げる方針だ。連立政権を構成する自民党がこれ以上の削減に反対していることから現政権では無理である。しかし、保守党はこの公約が有権者にアピールする上に、自民党や労働党との違いをはっきりと示せると見ているようだ。上の福祉手当の例から言うと、この判断は正しいように思える。

イスラム教過激派指導者の本国強制送還(Abu Qatada Finally Deported)

歴代の英国政府が国外退去させようと努力していたイスラム教過激派指導者のアブ・カタダがついに本国のヨルダンに帰国させられた。カタダはかつてオサマ・ビン・ラディンの欧州での右腕と呼ばれた人物で、国連安保理決議1267で2001年10月17日以来アル・カイーダの関係者リストに載せられている。英国では、国家の安全に対する脅威と見なされていたが、この問題を担当する歴代内務相がなかなか片づけられなかった(参照http://kikugawa.co.uk/?p=1485)。しかし、この問題に着手して6人目の内相テリーザ・メイがそれをとうとう成し遂げた。

カタダは、1960年12月生まれ。1993年に英国へ偽パスポートで入国し、亡命申請をした。そして1994年に難民の資格を与えられた。1999年にヨルダンで、本人不在のまま、その前年のテロリスト事件で終身刑を受けたが、この裁判で使われた証拠は拷問によって得られたものと見られている。米国同時テロ事件などに関与した疑いがあり、英国の最も危険な過激派説教師の一人と言われてきた。2001年2月に逮捕され、2002年にその裁判が始まって以来、10年以上の長い裁判闘争となった。

日本なら、このような問題の処理ははるかに簡単かもしれない。しかし、英国は、欧州人権条約の加盟国であり、その制約を受ける。つまり、英国内の問題であっても、欧州人権裁判所の判決に従う必要があるのである。

カタダの問題が長引き、しかもコストがかなりの額にのぼった。これまで内務省側とカタダへの法律扶助で170万ポンド(2億5500万円)の公費が使われている。しかもカタダやその家族の住居費や警護費(1週間当たり10万ポンド(1500万円))なども公費である。つまり、カタダを英国内に留めておくだけで、ますます多くの公費がかかることとなっていた。

問題は、カタダの人権だった。つまり、カタダの存在そのものが英国の公共の安全への脅威だと認識されながらも、その人権がきちんと守られるかどうかが、大きな争点だったのである。この点、最後の課題は、カタダがヨルダンに帰国させられた後の裁判で、拷問で得られた証拠を使わないとの約束がとれるかどうかであった。英国とヨルダンの二国間条約でそれが約束され、その結果、ようやくカタダの強制送還が可能となった。

これは、キャメロン政権にとって大きな成功といえる。メイ内相にとっては、個人的に非常に大きな功績である。キャメロン後の保守党の党首の座を狙うメイ内相の能力を示した格好の実例となったからである。