下院議員のリコール

今年7月、北アイルランドの民主統一党(DUP)所属のイアン・ペーズリー・ジュニア下院議員が、イギリスの下院から30日の登院停止処分を受けた。オンラインで記録をさかのぼることのできる1949年以来最長の登院停止処分である。そして、現在、2015年下院議員リコール法が設けられて以来初めて、リコールするかどうかの公式な署名がペーズリーの選挙区で行われている。 

このリコール法では、下院議長の要請で選挙管理官が選挙区内に署名所を設け、有権者総数の10%がリコールに賛成すれば、現職議員が失職し。補欠選挙が実施されることとなる。今回の署名期間は、88日から919日までであり、3つの署名所で、平日午前9時から午後5時まで、そして96日から13日までは午後9時まで行われる。失職した議員は再び立候補でき、ペーズリーはたとえ失職しても再立候補する意思をすでに表明している。 

北アイルランドの選挙は、極めて特殊であり、党派色が極めて強い。ペーズリーの父親は、DUPの創立者の宗教家で、下院議員、北アイルランド政府首席大臣、上院議員も務めた人物である。個人の信奉者が多かったため、それらの人々がペーズリーを今でも支援している。2017年の総選挙では、この選挙区(North Antrim)では、76000人ほどの有権者で、投票率が約64%、ペーズリーは60%ほどを得票した。その選挙で他の政党に投票した有権者数は約2万人で、全有権者数の10%の7600人署名は到達可能な数字だ。補欠選挙があっても、ペーズリーが立たず、DUPから他の候補者が立てば楽勝するだろうが、ペーズリーの背景からそれはできず、結果はDUP支持者の投票率次第だろう。それでも、ペーズリーが再選される可能性は極めて大きい。

なお、DUPもペーズリーもEU離脱派だ。2016年のEU国民投票では、北アイルランド全体の56%が残留に投票したのに対し、この選挙区では離脱賛成派が62%だった。この選挙区は南のアイルランド共和国との国境から遠く離れているため、イギリスとEUとのブレクシット交渉で「合意なし」の可能性が高まっていることはそう大きく影響しないだろう。 

ペーズリーの登院停止処分を引き起こした問題は、2013年の家族でのスリランカへの3度にわたる招待旅行で、スリランカ政府から旅費などを含む過剰な接待を受けたことだ。その金額は、10万ポンド(1400万円)ともいわれる。下院議員の利益供与などの登録をきちんとしていなかった上、スリランカ政府の要請を受けてイギリス政府に対してロビイングをしていた。これは明らかに「有償受託ルール(Paid advocacy rules)」に反しているとして、下院の倫理基準委員会が、夏休み後下院の再開する94日から30日の登院停止(30日間ではなく、30日の登院日の登院停止のため、政党の党大会休会期間も含み、かなり長くなる)を提案し、下院がそれを承認したのである。 

メイ首相は、DUPから閣外協力を受けて政権を運営しているが、DUPの下院議員数が当面10人から9人となったことは痛手だ。これが秋の政局にどのように影響するか注目される。

北アイルランドのDUPはどうなる?

2017年1月に北アイルランド内閣が倒れた。その直接の原因は、RHI(Renewable Heating Initiative)と呼ばれる再生可能エネルギー利用に関する政策で北アイルランド政府が大きな欠損を出すことがわかったことだ。その政策は、民主統一党(DUP)現党首のアーリン・フォスターが、担当の企業相だった時に導入した。そこで、シンフェイン党が首席大臣だったフォスターにこの問題の調査中、首席大臣の地位から一時離れることを求めた。しかし、フォスターがそれを拒否したため、シンフェイン党の副首席大臣が辞任する。ユニオニスト側(DUPらイギリスとの関係を維持する立場)とナショナリスト側(シンフェインらアイルランド共和国との統一をめざす立場)の共同統治の仕組みのため、いずれかが欠けると内閣と議会が維持できないのである。

それ以来、北アイルランドの行政は、内閣と議会なしのまま、公務員によって運営されている。政治的な決定ができないため、ウェストミンスター議会が北アイルランド相の勧告に従い、必要最小限、代わりに決定する形となっている。本来、このような場合には、中央政府の北アイルランド相が直接統治する形を取ることになっているが、メイ首相はそこまで踏み切れないままだ。

RHI問題は、退任判事を委員長とした公式調査が進んでいるが、そこではDUPに都合の悪い事実が明らかになってきている。一方、北アイルランド内閣と議会の復活を求めるメイ政権の努力にもかかわらず、その機運は盛り上がっていない。現在の問題は、シンフェイン党がアイルランド語の公式制度化を求めているのに対し、DUPがそれに反対していることだ。それが、最大の障害となっている。いずれの側の支持者もこの問題に対する態度を硬化させており、この問題の決着がつく状況にはない。

一方、DUPは2017年6月の総選挙以来、脚光を浴びている。北アイルランドで10議席を獲得したDUPが、過半数を割ったメイ保守党政権を閣外協力で支えているからである。DUPはメイ政権から10億ポンド(1500億円)の追加の政府支出を勝ち取った。そしてDUPの極端な体質や政策が取り上げられる機会が多くなっている。

その一つの例が、DUPの妊娠中絶反対である。隣のアイルランド共和国の国民投票で、妊娠中絶が認められることになった。しかし、北アイルランドでは当面変わらないだろう。DUPのほとんどの幹部は妊娠中絶に反対している、原理主義的なプロテスタントのアルスター自由長老派教会のメンバーであり、DUPのメンバーの3割はこの教会の信者だといわれる。DUPは妊娠中絶がアイルランド共和国で認められても、それは北アイルランドには関係ないという。これには批判が強い。

2018年2月の世論調査によると、DUPへの支持率が下がり、シンフェイン党の支持率は上がっており、その支持率の差は小さくなってきている。特にDUPに心配だと思われるのは、18歳から44歳の支持率でシンフェイン党が大きくリードしていることだ。シンフェイン党の38.7%に対し、DUPは29.2%である。

シンフェイン党はカトリックの政党だが、カトリック教会がIRAとシンフェインを強く批判してきたことから、カトリック教会に従わず、自ら決める傾向がある。また、国民の多くはカトリック教会の役割は、日本のように結婚と葬式の際には宗教的に振る舞うが、それ以外はあまり気にしないという状態になってきている。シンフェイン党はアイルランド共和国での妊娠中絶の合法化に賛成し、北アイルランドでも合法化の運動を始めているが、上記のように若い人たちの支持をナショナリスト、ユニオニストに関わらず集めてきている。

イギリスがEUを離脱するブレクシットでは、DUPはEU離脱に賛成してきているが、イギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントなどができることには反対だ。

EU側は柔軟で、北アイルランドとイギリス本国の間のアイリッシュ海を貿易上の国境とし、北アイルランドとアイルランド共和国の陸上国境をそのままとすることを受け入れる用意があるが、これにはメイ政権も反対している。メイ首相はDUPの言うことに従わざるを得ない立場にある。もしイギリスがEUと将来のきちんとした関係の合意なしに離脱することになった場合には、北アイルランドの政治経済的なコストが増加するばかりか、そのようなお粗末なブレクシット交渉をしたメイ政権を支えた上、アイルランド共和国との国境にチェックポイントができることになり、北アイルランド住民とビジネスに多大な不便をかけることになる。北アイルランドでは離脱に反対の声が大きく増加している

カトリック教会の枷にこだわらないシンフェイン党は、アイルランド共和国と北アイルランドの両方で新しい世代の女性をトップに押し立てている。新しい感覚で北アイルランド政治の中心となっていくように思われる。DUPは明らかに時代遅れの政党である。北アイルランドはイギリスでも特殊な地域であるが、時代遅れのDUPが北アイルランドで最大政党の地位を占める時間はそう長くないのではないか。