リコールを免れた北アイルランド下院議員

北アイルランドの下院議員が地元選挙区でリコールされる可能性があった(拙稿)が、それを免れた。民主統一党(DUP)の下院議員イアン・ペイズリー・ジュニアが、かつてスリランカ政府から手厚いもてなしを受け、スリランカ政府の依頼でキャメロン保守党政府にロビーイングしたことが表面化し、30日の登院日出席停止処分を受けた。オンライン記録の残っている1949年以来最も長い出席停止処分である。実際、家族も含めたそのもてなしは、10万ポンド(1500万円)にも上ると見られ、法外なものだった。そしてペイズリーは新法に基づき、選挙民からのリコールにさらされる最初の下院議員となる。

その新法は、もし、選挙区の有権者の10%がリコール署名をすれば、現職下院議員が失職し、補欠選挙が行われるというものだが、ペイズリーは、かろうじてその不名誉を免れることとなった。その選挙区の有権者の10%は7543人だが、9.6%の7099人が署名し、444署名不足したのである。

この結果を受け、DUPの対立政党である、北アイルランド第二の政党シンフェイン党は、選挙委員会が最大10か所まで開設できる署名所を3か所しか設けなかったと批判した。ただし、この選挙区と北アイルランドの政治風土を考えれば、地元の有権者が選挙に消極的になったことは十分理解できる。

メイ政権のカレン・ブレイドリー北アイルランド相が、ここはイングランドと全く違う、違う筋の投票は全くしないことを知らなかったと発言して批判を浴びたが、北アイルランドの政治風土はそれ以外の地域と大きく異なる。それに付け加え、この選挙区は、ペイズリー議員の父親であり、DUPの創設者で、後に北アイルランド首席大臣となるペイズリー・シニアが、1970年から議席を保持してきた選挙区である。そのため、前回の2017年総選挙でも、ペイズリー・ジュニアは、2万8521票と投票総数の6割近くの票を獲得し、次点の7878票を大きく引き離して当選した。

もし、ペイズリー・ジュニアがリコールされていたとしても、再び立候補することが許されているため、当選確実だった。DUPは既に亡くなっている父親の盟友や支持者たちに強い力があり、ペイズリー・ジュニアの再立候補が阻止される可能性はなく、補欠選挙そのものが茶番となる可能性があった。有権者がそのような選挙を好まなかったのは明らかである。結局、北アイルランドの特殊性が改めて浮き彫りになったリコール騒動だったと言える。

下院議員のリコール

今年7月、北アイルランドの民主統一党(DUP)所属のイアン・ペーズリー・ジュニア下院議員が、イギリスの下院から30日の登院停止処分を受けた。オンラインで記録をさかのぼることのできる1949年以来最長の登院停止処分である。そして、現在、2015年下院議員リコール法が設けられて以来初めて、リコールするかどうかの公式な署名がペーズリーの選挙区で行われている。 

このリコール法では、下院議長の要請で選挙管理官が選挙区内に署名所を設け、有権者総数の10%がリコールに賛成すれば、現職議員が失職し。補欠選挙が実施されることとなる。今回の署名期間は、88日から919日までであり、3つの署名所で、平日午前9時から午後5時まで、そして96日から13日までは午後9時まで行われる。失職した議員は再び立候補でき、ペーズリーはたとえ失職しても再立候補する意思をすでに表明している。 

北アイルランドの選挙は、極めて特殊であり、党派色が極めて強い。ペーズリーの父親は、DUPの創立者の宗教家で、下院議員、北アイルランド政府首席大臣、上院議員も務めた人物である。個人の信奉者が多かったため、それらの人々がペーズリーを今でも支援している。2017年の総選挙では、この選挙区(North Antrim)では、76000人ほどの有権者で、投票率が約64%、ペーズリーは60%ほどを得票した。その選挙で他の政党に投票した有権者数は約2万人で、全有権者数の10%の7600人署名は到達可能な数字だ。補欠選挙があっても、ペーズリーが立たず、DUPから他の候補者が立てば楽勝するだろうが、ペーズリーの背景からそれはできず、結果はDUP支持者の投票率次第だろう。それでも、ペーズリーが再選される可能性は極めて大きい。

なお、DUPもペーズリーもEU離脱派だ。2016年のEU国民投票では、北アイルランド全体の56%が残留に投票したのに対し、この選挙区では離脱賛成派が62%だった。この選挙区は南のアイルランド共和国との国境から遠く離れているため、イギリスとEUとのブレクシット交渉で「合意なし」の可能性が高まっていることはそう大きく影響しないだろう。 

ペーズリーの登院停止処分を引き起こした問題は、2013年の家族でのスリランカへの3度にわたる招待旅行で、スリランカ政府から旅費などを含む過剰な接待を受けたことだ。その金額は、10万ポンド(1400万円)ともいわれる。下院議員の利益供与などの登録をきちんとしていなかった上、スリランカ政府の要請を受けてイギリス政府に対してロビイングをしていた。これは明らかに「有償受託ルール(Paid advocacy rules)」に反しているとして、下院の倫理基準委員会が、夏休み後下院の再開する94日から30日の登院停止(30日間ではなく、30日の登院日の登院停止のため、政党の党大会休会期間も含み、かなり長くなる)を提案し、下院がそれを承認したのである。 

メイ首相は、DUPから閣外協力を受けて政権を運営しているが、DUPの下院議員数が当面10人から9人となったことは痛手だ。これが秋の政局にどのように影響するか注目される。