16歳投票権議論に見る政治の影響

イギリスの下院で、労働党下院議員が16歳に選挙投票権を認める提案を出したが、保守党下院議員のフィリバスター的な長い演説で採決にいたらず、事実上否決された

イギリスでは、現在、日本と同じ18歳に投票権を与えている。16歳投票制は、2014年のスコットランド独立住民投票の際、キャメロン保守党政権も認めて実施され、今では、スコットランド内の選挙にも採用されている(下院の選挙など、国全体の投票では18歳を維持している)。世界でもいくつかの国が採用している

労働党支持のイギリスの若者

イギリスでの投票年齢引き下げ提案には、政治的な背景を考慮しておく必要があろう。労働党はこれまでも一般に若者の支持する政党だったが、2017年6月の総選挙では、若者の支持が急増し、その投票率が大幅にアップ、しかも29歳以下の3分の2近くが労働党に投票したとされ、その結果、労働党が予想外に健闘した。労働党は、コービン党首が党首選に立候補して以来、党員が急増し、今や50万人以上の党員を擁し、西欧で最大の政党となっている。

自民党支持の日本の若者

一方、日本では、若者が自民党を支持する傾向がある。2017年10月の選挙で、NHKの行った投票所の出口調査によると、18-19歳は47%、20代は50%、30代は42%が自民党を支持し、それらより上の年代の自民党支持が30%台にとどまったのに比べ、大きな差があった。若者の支持で2位だった希望の党などの野党は、若者の支持を惹きつけられず、それぞれ10%台以下に留まった。これらの世代の第二次世界大戦や北朝鮮問題への捉え方の違いがその背景にあるように思われる。

投票年齢引き下げの政治的影響

結局、イギリスの場合、保守党下院議員が16歳投票制に反対するのは、新しく有権者となる150万人ほどの16-17歳の過半数が労働党に投票する可能性が極めて高く、保守党に不利だという判断があるためだ。

ただし、今回の保守党下院議員の16歳投票制反対は、かなり巧妙になされた。この提案に直接反対したのではなく、同じ日に議論された他の提案で長い演説をし、16歳投票制案を議論する時間をなくしたのである。現在の16歳は、2022年までに行われる次期総選挙には投票権を持つ。そのため、これらの若い有権者に保守党へ投票しない理由を与えることを避けようとしたのである。

16-17歳に投票権を与えるべきかどうかという理論的な考え方はともかく、このような政治的判断がその行方を大きく決めることとなる。

保守党に有利な選挙区区割り見直し

下院の議員定数を650から600とし、選挙区のサイズを均等化する選挙区区割り案で最も注目されていたイングランドとウェールズの区割り案が9月13日に発表された。北アイルランドは既に発表されており、スコットランドは10月になる。これらの案は、これから地元協議・意見採収等を行い、最終的に2018年10月1日までに決定される必要がある。

既に発表されている、イギリスの4つの地域別の議席数は以下のとおりである。

地域 現行制度 提案制度 増減
イングランド

533

501

-32

スコットランド

59

53

-6

ウェールズ

40

29

-11

北アイルランド

18

17

-1

合計

650

600

-50

イギリスには、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと4つの区割り委員会があるが、全体で、法律で決められているように、2015年12月1日現在の有権者数で、イングランドのワイト島とスコットランドの1部を除き、平均有権者数74,679人の上下5%以内の有権者数とすることとなる。つまり、この枠内に当てはまるよう選挙区を構成していったわけである。基本的に、この作業は、既存の選挙区内の区(Ward)を維持するように行われた。

既に、この改正の結果予測は、2015年総選挙の結果を使って行われている。それによると、もし2015年総選挙が、この新しい区割りで行われていたとすれば、イングランドとウェールズで保守党は10議席失い、労働党は28議席減、さらに自民党は4議席失っていただろうとされる。なお、北アイルランドは地域政党ばかりである。スコットランドでは、2015年に保守党、労働党、自民党が1議席ずつ獲得しただけであり、地域政党のスコットランド国民党(SNP)が圧倒的な強さを示したが、区割り案が発表されても大勢にはそう大きな影響はないといえる。そのため、主要全国政党の議席数を「2015年の結果」と「もし2015年総選挙がこの新区割りで行われていた場合」と比較すると、以下のような推測ができる。

  2015年結果
(全650議席)
新区割り案適用
(全600議席)
保守党 330 320 -10
労働党 232 204 -28
自民党 8 4 -4

議席総数は600となるため、保守党のマジョリティ(保守党の議席から他の政党の総議席数を引いた数)は40となり、保守党は、現在よりもはるかに安定した政権運営ができることとなる。

これまでの経過

この議席削減・新選挙区区割り方針は、2010年・2015年総選挙の保守党マニフェストでうたわれ、キャメロン前首相が推進した。これは、自民党との連立政権交渉で自民党の有利となると思われた投票方法の変更(Alternative Voteと呼ばれる制度)を提案する国民投票を受け入れる代わりに、もしそれが導入されれば不利になると思われた保守党が、その失地を回復する目的で代わりに要求されたと理解されていた。そして具体的な区割り案もできた。しかし、2011年のAV国民投票で、それが否決され、さらに自民党の求めた上院の公選化も成し遂げられなかったために、自民党がこの選挙区区割り見直しに賛成しないことにしたため、この案は棚上げとなった。

元自民党党首で副首相だったニック・クレッグの回顧録によると、キャメロンは自民党が賛成しないと知らされ、怒髪天を衝いたという。2015年総選挙で、保守党が下院の過半数を制し、この改革が保守党独自の判断で実施できることとなった。

保守党がこれを実施したかったのは、労働党は都市部で強いが、小さな選挙区が多いのに対し、保守党は、郊外や地方で強く、大きな選挙区が多いためである。すなわち、都市部の選挙区が減り、しかも郊外の保守党の強い地域と合区されると保守党の勝つ可能性が高まる上、保守党の強い選挙区が比較的に増えるからである。

今後の見通し

労働党は、これはゲリマンダリングだと猛反発している。特に、イングランド北部など労働党の強い地域で人口が減っており、議席が多数減るなど、労働党への影響が大きい。保守党は有利となるが、保守党の下院議員の中には、選挙区が大きく変わる、選挙区が無くなり、選挙区替えを迫られるなど、この変更にハッピーでない人も少なくない。議席のなくなる議員を引退する議員の議席に優先的に割り振る、また、上院議員にするなどの対策が取られると見られるが、その効果がどうなるか見極めるにはもう少し時間がかかるだろう。

また、この新区割り案は、2015年12月1日現在の有権者登録に基づいている。それ以降、今年6月の国民投票までに約200万人が有権者登録をした。そのため、労働党は、これらの新規登録有権者を含めないのは、不公平だと主張する。しかし、新しい有権者データをもとに区割りを再び見直そうとすると、2020年に予定されている次期総選挙には間に合わないと見られている。さらに労働党は、経費削減を理由とした議員定数の削減は、イギリスのEU離脱で73の欧州議会議員のポストがなくなり、また、キャメロン前首相が保守党の上院議員を数多く任命したことと一貫しないと主張する。

一方、現在行われている労働党の党首選で当選確実と見られているコービン党首の支持者たちが、選挙区の大幅組み換えのために多くの選挙区で候補者選出作業が行われる必要があることから、反コービン下院議員を次期総選挙の候補者に選出しない格好の機会を与えられたのではないかと見る向きもある。ただし、67歳のコービン党首が、次期2020年総選挙の勝利よりも、その後のことのほうをより真剣に考えているとは想像しがたい。

今後の展開が俟たれる。