メイの能力への疑問

7月に首相となったメイは、それまで内相を6年間務めた。内相の仕事で最も重要な課題の一つ、移民のコントロールは、移民の数が目標の3倍以上となり、全く失敗に終わった。その内相時代の業績で、メイが特に誇りをもっているのは「現代奴隷」に関する法制度である。ただし、これはまだあまり使われていない。また、一般に、このような問題への批判は限定されており、議会で強い反対を押し切って政治力で押し通すというようなものではない。かなりソフトな問題である。内相時代には、当時のゴブ教育相に学校でのイスラム過激派の影響を批判され、強く反発したことがあるが、基本的に、失敗や問題に直面することを避け、やり過ごしてきた人物である。

10月には、子供性的虐待公的調査の問題が浮上してきた。もし、この問題が保守党党首選前に出てきていたら、メイはそう簡単に首相になれなかっただろうと思われる。

メイは内相として公的調査委員会を設置してこの調査を開始した。委員長が次々に辞任し、メイがこの設置を発表してから2年余りで既に4人目の委員長となっている。ここで注目されるのは、この公的調査のスケールである。これには以下を含む13項目が対象だ。

  •  複数の地方自治体が養護していた子供たち
  • イングランド国教会の子供性的虐待
  • カトリック教会の子供性的虐待
  • 養護施設の子供性的虐待
  • 寄宿学校の子供性的虐待
  • インターネットと子供性的虐待
  •  組織的なネットワークによる子供搾取
  • イギリス外の子供の保護
  • ウェストミンスター(日本の霞が関にあたる)関連疑惑

被害者が何千人、何万人にもなる、歴史的な調査を、一つの委員会でこれほど広範囲に行うのは非常に困難だ。しかも取り扱いが極めて難しい問題である。この委員会のトップの弁護士も辞職し、今ではほとんどの人が、スケールが大きすぎ、とても対応できないと考えている。

問題は、この公的調査のスケールを十分に考慮せずにスタートさせたメイの能力である。イギリスのEU離脱交渉、そしてその後のEUとの関係の交渉、樹立は、これまでイギリスが経験したことがないほど複雑で困難なものだと見られているが、本当にこの人に任せられるのかという疑問である。

メイはコントロールフリークで、細部にこだわると言われる。また、決断が遅いと批判されている。メイが首相に就任してから100日が過ぎた。この間、多くのレトリックで国民に期待を与えたが、実際には、ほとんど詳細が明らかになっていない

EU首脳会議に初めて出席して、EUのイギリス離脱担当者から、交渉をフランス語で行いたいと言われたことが大きなニュースとなった。EU側は、イギリスを特別扱いする気持ちはないようだ。この面でもメイの計算には大きな誤算がある。この調子では、先が思いやられる。

疑問のあるメイのEU離脱交渉

メイ首相は、これまで繰り返して、イギリスのEUとの離脱交渉の詳細はいちいち明らかにしないと発言している。しかし、EU側が EU単一市場へのアクセスと人の移動の自由は切り離せないと主張する中、メイが移民のコントロールを優先するとし、イギリスがEUからの離脱時に、EUの単一市場へのアクセス、そして金融サービスの「パスポート権」と呼ばれる、域内で自由に活動できる権利を失い、域内への、もしくは域内でのビジネスやイギリス人の活動に、関税、その他の制約がつく可能性が高まっている。そのため、その交渉戦略について議会がより積極的に関与すべきと考える下院議員が多い。

それは、野党だけではなく、メイの保守党もそうだ。デービスBrexit相は、10月10日、それを拒否した。下院の財務委員会の委員長で保守党のアンドリュー・タイリーは、戦略を秘密にするメイの決定は全く受け容れられない、交渉の内容を欧州からの情報漏れで知るようなこととなると警告した。また、同じく保守党で元法務長官のドミニック・グリーブは、交渉を下院に諮問することなく、最終的な合意に下院が賛成しなければ、政府はもたないと指摘した。

保守党の離脱派の下院議員には、メイらは下院を無視して交渉しようとしているが、それは非民主主義的で、憲法に反し、立法府の権限を無視したものだと反発する人がいる。議会の主権を回復するために離脱に投票したのに、EUの専横が、議会の権限を無視する政府に取って代わられただけだとする。

メイの態度は、視野の狭い、厳格な母親が、自分はすべてわかっている、みんなのこと、特に恵まれない人たちのことを考えてうまく采配するから、自分に任せておきなさいと主張するようなものに見える。母親の温かみを感じさせず、政策は押し付けである。既に、選別教育のグラマースクール拡張方針には強い反対を受け、地域が望めばと大幅にトーンダウンした。企業に働いている外国人の数を公表させる政策は、企業から強い反対を受け、公表の必要はないと立場を変えた。離脱の秘密交渉も妥協に迫られる可能性が高いように思われる。