メイ首相と保守党のドラマ

メイ首相のドラマはまだまだ続く。EU離脱法案をめぐる保守党内の争いは終わる気配が見えない。その中心にあるのはメイ首相だ。6月12日と13日、下院は、EU離脱法案の上院で修正された条項についての採決を行った。結果によっては、メイ首相のEU離脱交渉と政権の将来に大きな影響を与えると思われたが、いずれもメイ首相側の勝利に終わった。

保守党下院議員には、EUからの強硬離脱派60人余りと、ソフトな離脱を目指す議員/EU残留派の議員たち20人足らずが対峙している。そしてメイ首相は、その両方のバランスを取ろうとしている。メイ首相には、いずれの支持も失えない。

そこでメイ首相は、ソフトな離脱を目指す議員たちに、EUとの合意ができたかどうかにかかわらず、議会に最終的にどうするかを決めさせると約束した。少なくとも、これらの議員たちは、メイ首相がそう約束したと思った。

ところが、上院に再び戻されたEU離脱法案への政府提出の修正案では、その約束は消え、代わりにメイ首相がかつて主張していたような「受け入れるか受け入れないか」の二者択一に戻っていた。すなわち、政府がEUと合意ができれば、議会がそれをそのまま受け入れるか、もしくはその合意に納得しなければ、そのまま合意なしで離脱するかの選択肢のような形である。政府がEUとの合意をしないと決めても議会が政府にEUとの交渉の席に戻るよう強制できない。

これは国際条約の場合にあてはまることである。しかし、交渉期限が決まっており、イギリスの経済をはじめとする国際関係に大きな影響をもたらせるEU離脱交渉でそれがよいのかどうか議論があろう。もちろん、下院でメイ政権の合意や立場が受け入れられなければ、メイ政権は不信任され、政権が崩壊するだろう。

いずれにしても、保守党の強硬離脱派は、EUとの関係について議会に決めさせる力を与えることには反対だ。上院ではもちろん、下院でも全体としてソフトな離脱を求める勢力の方が強硬離脱派より多い。そのため、信用できないが、今のところ自分たちが影響力を行使できるメイ首相に自分たちが受け入れられる合意、もしくはそのような合意ができなければ合意なしの離脱をさせた方がよいと考えている。

一方、保守党のソフトな離脱派は、最終的には、議会がどのようにするかを決めるべきであるという考えを崩していない。イギリスは、結局、議会主権の国である。

強硬離脱派とソフトな離脱派の対立は、そう簡単には解決できない。保守党のドラマ、メイ首相のドラマはまだ続く。

メイ首相の二枚舌

イギリスの下院で、上院から返ってきたEU離脱法案の討議と採決が行われた(その結果)。上院ではメイ政権の意思に反して15の修正が行われたが、下院での採決を巡り、保守党議員の中に、メイ政権の指示に背いて、修正に賛成する動きがあるのではないかと見られていた。当初政府側は6月12日にすべてを処理するつもりでいたが、議員らの反発を受けて2日間に伸ばした。結局、メイ首相の妥協策でその動きは抑えられた(6月12日、13日)が、その後始末を巡って様々な憶測が強まっている。

メイ首相の出した妥協策とは?まず、ソフトな離脱を目指す議員たちに議会が最後にどのような離脱をするかを決められるようにすると約束したと言われる。一方、強硬離脱派には、そのような約束はしていないとしたと伝えられる。すなわち、相反する妥協策で、保守党の中の強硬派とソフトな離脱派を宥めたようだ。

これは二枚舌といえる。タブロイドのサン紙もそれを第一面で指摘した。今回メイ首相が行ったのは、危機を先送りしただけで、早晩、さらなる危機にさらされると見られている

メイ首相がこのような策に打って出たのには、単なる引き延ばし以外の理由があるように思われる。例えば、6月末のEUサミットで何らかの妥協がなされる可能性を期待しているのかもしれない。もしくは7月には夏季の休会が控えており、9月に再開されるまで、次の手を準備する時間があると考えているのかもしれない。そして何らかの方法で10月末ごろまでに何とかEU側と合意をすることを考えているのかもしれない。さらに2007年から8年にかけての世界信用危機のような事態の発生、または、サッチャー政権でのフォークランド紛争のような外部要因で、EU離脱問題自体が、全く異なる視点で対応する必要が出てくる可能性が出てくるかもしれないと考えているのかもしれない。

ただ、メイ政権は弱体化しており、今回のような綱渡りを繰り返せる状況にはない。その一方、もし、メイ政権がこの下院での投票で敗れていれば、保守党の党首交代の機運が盛り上がる可能性があった。そしてこの夏に党首選を行うことは可能だったろうが、その機会は消えたように思われる。一方、来年3月29日のEU離脱を控え、イギリス議会と欧州議会に離脱条約などを審議、承認させる時間の必要があることを考えると、今秋に党首選を行うことも難しい。メイ首相は、これらのロジスティックの問題を背景に首相に居座る思惑なのだろうが、果たしてその通りにいくか?ボリス・ジョンソン外相が指摘したようなメルトダウンの可能性もあろう。