イギリスの上院の価値

イギリスは、EU離脱交渉を実施しながら、離脱に必要な法整備を行っている。イギリスは2019年3月29日に離脱する。政府は、議会にEU離脱法案を提出し、下院を通過した後、上院に回された。上院では、政府の意思に反して、15の修正が加えられた。議会が最終的な離脱合意に賛成かどうか決める権限があるとか、EUの単一市場にアクセスできるよう欧州経済地域(EEA)に入るべきだなどの修正である。

下院では、メイ保守党政権が閣外協力を受けている民主統一党(北アイルランドの政党)の10議席を加えて過半数を占めるが、上院は、保守党は少数派で、ソフトな離脱を求める議員の多い上院では、その意のままにはならない。そしてこれらの修正に賛成する保守党の下院議員も10人余りいると見られている。メイ政権は、これらの修正をある程度受け入れ、さらに妥協をする準備があるが、下院でメイ首相の選択肢を大きく狭める可能性のある上院の修正が通る可能性がある。

このEU離脱法案は、下院での審議の後、上院に再び送られ、もし下院と上院の間の妥協ができなければ、お互いを行き来する、いわゆるピンポンという状況になるかもしれない。ソフトな離脱を求める人たちは、上院の価値を感じているだろう。

一方、公選でない上院が、2016年の国民投票の結果を無視しているとか、公選の下院の意思に反する立場を取っているという議論がある。それでは、国民は、この上院をどう思っているのだろうか。

実は国民は、上院にあまり関心がない。多くの読者を持つタブロイド紙のデイリーメイルを含め、何紙もが上院の動きを強く批判してきているが、その効果は限定的なようだ。世論調査では、6割の人は上院のことをよく知らない。今回の上院の修正については、離脱を支持した有権者の半分以上が上院の行動は不当だと考えるが、残留を支持した有権者で不当だと考えるのは4分の1ほどだ。全体的には、半分以上の人が、上院の公選化(部分的もしくは全体)や廃止を支持しているが、上院に怒りを感じているわけではない。労働党は、上院の公選化を打ち出したが、それに国民の多くが強く賛成するという状況ではないようだ。

なお、上院議員のほとんどは、元政治家やそれぞれの分野で特に貢献度が高いなどの理由で任命された一代議員である。全議員の一割余りを世襲議員と聖公会の僧職にある人たちが占めている。上院議員には年俸はなく、登院すれば305ポンド(4万5千円)の日当が出ることになっている。

2010年に発足したキャメロン政権では、保守党内の反対が強く、上院の改革ができなかった。もし、労働党が次の総選挙のマニフェストで上院の公選化を約束し、労働党が過半数を獲得すれば、上院が改革されるかもしれないが、それ以外の場合には上院の改革はかなり難しいように思われる。その大きな理由は、上院の改革には上院の賛成が必要とされるためである。

なぜアロン・バンクスが注目されているのか?

大金持ちでイギリス独立党(UKIP)の支援者だったアロン・バンクスに焦点があたっている。なぜこの人物が問題なのだろうか?

それは、2016年のイギリスがEUを離脱すべきかどうかの国民投票に関する問題についてバンクスの関与である。バンクスがEU離脱キャンペーンに違法な形で資金支援したのではないかという点と、そのお金がどこから出たか、自分のお金か、EUの混乱と弱体化を狙うロシアからのものか、もしくはロシアの協力を得て稼いだお金から出たのかの点である。

2016年のEU国民投票の結果は、離脱賛成51.9%対、離脱反対48.1%の僅差で、離脱賛成の結果となった。その結果、国民投票を実施した保守党のキャメロン首相は首相を辞任し、後任のメイ首相が来年3月のイギリスのEU離脱に向けて、現在EU側と交渉を行っている。

バンクスは、保険分野で成功し、1億ポンド(150億円)以上の資産があると見られている。その妻はロシア出身であり、バンクスがロシアを訪れること自体、何ら不思議なことではない。しかし、2016年のEU国民投票の前後、バンクスがロシアの外交官らをはじめ、ロシア関係者に何度もあっていることがわかった

1.違法な資金援助

バンクスは、UKIPのファラージュ元党首らの離脱キャンペーン団体「離脱EU(Leave. EU)」を設けたが、それ以外の離脱キャンペーン各種団体を含め、その資金援助総額は900万ポンド(13億5千万円)にも及ぶと見られている。「離脱EU」の支出報告には、既に選挙委員会から違反があったとして、7万ポンド(1千万円)の罰金の支払いを命じられている。これにバンクスらは法廷で争う構えだ。選挙委員会は、この団体のチーフエグゼクティブを警察に告発し、警察が調査を進めている。

2.お金の出どころの問題

バンクスが自らの資金を自ら出していれば、そのこと自体に問題はないが、ロシアからの資金が流れ込んだり、ロシアから利便の提供を受けたりしていれば、問題である。

バンクスは、下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会から「偽ニュース」や個人データの悪用について証人として出席するよう何度も求められていた。これは、バンクスのケンブリッジアナリティカというデータ分析会社との関係を中心にし、アメリカ大統領選挙やここでのEU国民投票への影響について調査するものである。バンクスは、ファラージュUKIP元党首と一緒にトランプ大統領とも会っている。バンクスは委員会の召喚を無視する構えだった。しかし、内務委員会への出席などを求める声も出てきており、新しい状況下で出席を承諾した。

なお、バンクスへの調査がどのようなことになっても、それで国民投票の結果が無効になるわけではない。イギリスは、EUを来年2019年3月29日に離脱することに変わりはない。