コービン現象

労働党の党首選で再選されたコービンの背後には支持者たちの強い支持がある。昨年の労働党党首選以降、労働党の党員数は急増し、50万人を超えた。コービンの党首選の選挙責任者を務めたマクダネル影の財相は、今や68万人の党員で、来年には100万人に達する可能性に言及している。

ブレア・ブラウン労働党政権時代、労働党の党員数が減った。2009年末には15万6千人まで低下。2010年には若干回復し、19万4千人となったが、ミリバンド党首の下、2014年まで19万人程度で推移した。

ミリバンドが2014年に党首選ルールを大きく変えたのは、自らが労働組合の応援で党首に選ばれた上、労働組合が選挙区で下院選候補者選考を操作しようとした疑いが出たこともあるが、党員数が停滞する現状を改善し、草の根の党基盤を拡大することが狙いだった。それまで党首を選ぶには、①党員、➁組合などの関連団体関係者、そして③下院・欧州議会議員の3つのカテゴリーで3分の1ずつの票を割り当てていたが、それを党首選有権者全員に1人1票を与え、その合計で当選者を決めることとし、①党員、➁関連団体サポーター、さらに、アメリカの大統領選予備選でしばしば行われている有権者の登録をもとに③「登録サポーター」の制度を導入した。なお、保守党は、いくつかの選挙区で候補者選出に党派を問わず投票させる公開予備選を実施したが、これもアメリカで一部行われている「公開予備選(Open Primary)」をもとにしたものである。ミリバンドの党首選改革は、コービンの出現で、想像もしていなかったような結果を生んだ。

コービンの主要な支持母体は、モメンタムと言われる団体である。この団体は、コービンが党首になってから生まれた。そのメンバーは1万8千人、それにサポーターが15万人いると言われるが、急激にメンバー・サポーターを増やしている。また、コービン支持者には若者が多いとされるが、それだけではなく、今回の党首選では、25歳から60歳の党員の3分の2近くがコービンに投票していると見られており、かなり広範囲の年齢層の支持を集めている。さらに女性の党員の3分の2近くの支持も集めている。このコービンへの支持は、現在の政治に飽き足らない人々の一種の社会運動にまでなっているという見方もある。

世論調査では、強硬左派のコービン率いる労働党への支持は、保守党をかなり下回っており、また、コービンを有能なリーダーとして認める有権者が少ない。ある世論調査によると、有権者のコービンへの信頼度は、これまで労働党が圧倒的に強いと考えられていた国民保健サービスNHSの分野でもメイ首相より下回ることがわかった。労働党下院議員たちとコービン、さらにこれらの下院議員とコービン支持の党員・サポーターの関係が十分機能していないため、コービンが有権者に大切な問題を対処できる能力があるとは信じられていない。そのため、労働党が総選挙で勝てると見る人はほとんどいない。

しかし、このコービン現象を警戒する声はある。メイ首相の率いる保守党は、その党員数が13万から15万と見られていた。最近、5万人ほど党員数が増えたというリポートがあったが、現在どの程度の党員数かはっきりしていない。保守党の問題は、その党員の大多数が引退した人たちであることである。2015年総選挙では若い世代のグループが接戦の選挙区をバスで回ったが、この活動にはいじめの疑惑があり、自殺者も出し、しかもこの活動の費用が選挙違反という疑いも出るなど、多くの問題があった。このような保守党の現状は、コービン現象で増大する労働党支持基盤と比べるとかなり大きな違いがある。

この中、67歳のコービンでは総選挙に勝てないだろうが、もしカリスマのある、多くの支持を得られるような人物がコービン後の党首となり、現在の強力な支持基盤を継承すれば、全く異なる状況となるという見方がある。コービン現象を現在の政治状況と切り離して考えることは危険だという警告であろう。

労働党党首に再選されたコービン

労働党の現党首ジェレミー・コービンが党首に再選され、その党内での立場を強めた。約64万人が有権者で投票率は78%。昨年の党首選で55万人余が有権者で76%が投票したのを上回る。コービンが61.8%を得票し、昨年の59.5%より大きな支持を受けた。これは、今回の党首選のいきさつを考えると、驚くべき結果と言える。

今回の党首選は、労働党の下院議員たちがコービンを党首の座から追い落とそうとして始まった。6月23日のEU国民投票でイギリスがEU離脱を選択した直後である。コービンが中途半端な残留運動をしたとして、コービンにはリーダーとしての能力がなく、選挙に勝てないと主張し、影の内閣の3分の2が辞職し、230人の労働党下院議員のうち172人がコービン不信任に賛成した。もともと、昨年、強硬左派のコービンが党首に選ばれたこと自体に不満があったが、世論調査で、野党が与党の保守党を上回るべきであるのに、かなり下回っている。そのため、労働党下院議員たちは党首を入れ替えようとした。ここまで多くの労働党下院議員が反コービンに回れば、コービンは辞任せざるを得ないだろうとの読みがあったのである。ところが、コービンは、多くの党員・サポーターたちからの負託があるとして辞任を拒否し、党首選が始まることとなった。

コービンは、昨年の党首選で立候補する際、必要な下院議員の推薦人を集めるのに苦労し、党首選には党内左派の声も必要だと他の立候補者を推す人にも推薦人になってもらったほどである。そのため、今回の党首選も、現党首に下院議員の推薦が必要かどうか大きな問題となった。結局、党規約への専門家の意見も聞いた後、労働党の全国執行委員会(NEC)で、現党首には必要ないと決定したが、さらに裁判所にも持ち込まれ、最終的に推薦人は必要ないこととなった。

党首選の有権者には3つのカテゴリーがある。党員、関連団体サポーター、そして登録サポーターである。有権者はすべて一人一票である。労働党の下院議員によるコービン攻撃が始まり、コービン危機の状態が生まれたため、労働党への加入者が急激に増えた。そのため、昨年とは異なり、この新規加入者への党首選投票権を認めないこととし、さらに登録サポーターへの登録料は昨年の3ポンド(400円)を25ポンド(3300円)に8倍増とし、登録期間はわずか48時間しか認めなかった。また、労働組合など労働党関連団体のサポーターになって投票しようとする人を防ぐため、この新規加入者にも投票権を認めないこととした。その上、有権者を厳しく篩にかけ、何万人もの人が投票を許されなかった。

このような状況の中で、コービンの対抗馬のオーウェン・スミスが大多数の下院議員、さらにハリーポッターの著者JKローリングらの支援を受ける中、コービンが昨年よりも得票率を伸ばしたのである。

党首選の結果の発表された後、党員がコービンとスミスにどのように投票したかの世論調査による分析が出された。これによると、2015年5月の総選挙より前に党員になった人の約3分の2がスミスに投票している。昨年の党首選中に党員になった人の4分の3がコービンに投票し、そしてコービンが党首に選ばれた後に党員となった人の8割以上がコービンに投票している。つまり、新しい党員ほど、コービン支持者が多い。

今回の党首選には、今年1月12日より後に加入した党員は投票できなかった。これらの党員にはさらに25ポンドを支払い、登録サポーターとなって投票した人がかなりいる。それでも、もしこれらの党員も投票を許されていれば、コービンの得票率はさらに高かっただろう。コービン支持は、今回の党首選で現れた結果より強いのは明らかである。