自信を見せ始めたミリバンド

4月16日に行われた、野党5党のBBCテレビ討論で、ミリバンド労働党党首が、自信をにじませた討論ぶりを見せた。このテレビ討論では、連立政権の保守党、自民党が参加せず、野党の労働党、ウェールズのプライド・カムリ、緑の党、スコットランド国民党(SNP)それにイギリス独立党(UKIP)の5党の党首が参加した。

ミリバンドは、これまでの「テレビ討論」とは異なり、最初からリラックスしていた。保守党のキャメロンが出席していなかったので、リラックスしていたという見方があるかもしれないが、労働党関係者の中には、この討論に出席するミリバンドを愚かだと批判する人もかなりいた。他の野党から、主要政党の一角である労働党に攻撃の矛先が向かい、ミリバンドが苦戦するのは明らかだと主張していたのである。特に、SNPの二コラ・スタージョンは強敵だと警戒していた。

実際、スタージョンの討論ぶりは、その的確で、十分に練られた内容ばかりではなく、話しぶりが明確で、しかもタイミングがよく、聴衆から最も多くの拍手を受けていた。労働党の政策を批判しながらも、SNPは保守党が政権に就くことを阻むために、労働党に協力するとの立場を明確にし、もし労働党がSNPの申し出を受け、進歩的な政策を進める機会をつかみ取らなければ、人々はミリバンドを許さないだろうと主張した。

もちろん、この主張の背景には、スコットランドの事情がある。スコットランドの有権者は、これまで、ウェストミンスターの下院の選挙では、政権を獲得する可能性のある労働党を支持していた。SNPは、スコットランドの利益を代弁するのは我が党であり、SNPは労働党を支持するので、SNPに投票すれば、労働党を政権につけさせることができるばかりではなく、スコットランドの利益も代弁できるとする。すなわち、SNPに投票すれば、スコットランド住民にとって一石二鳥で、労働党に投票する必要はないと主張しているのである。

労働党は、スコットランドの59議席のうち、前回の2010年総選挙では41議席を獲得した。SNPは6議席だったが、今回は、SNPが30~50議席を獲得すると予測されている。そのため、議席を失う可能性の高まっている、労働党のスコットランド選出の現職は、この状況に神経質になっており、ミリバンドがSNPの主張を裏付けるような言動をすることを警戒している。

その上、保守党は、ミリバンドがスコットランドをイギリスから分離独立させようとするSNPの助けを借りて、首相官邸に入るつもりだと攻撃し、過半数を獲得できない労働党は、SNPの言いなりになると警告している。

この状況下で、ミリバンドは、労働党が過半数を獲得することが、働く人たちに最も利益となるとし、スコットランドでも労働党への投票を求め、SNPの主張を否定している。既にSNPとの連立は否定し、SNPと距離を置く姿勢を保っているが、SNPの協力を完全には否定していない。どの政党も過半数を獲得できないと見られている状況では、事実上、労働党はSNPの支持がなければ、例え政権を獲得しても維持することは困難だろうからである。

4月16日のテレビ討論では、これらの事情を踏まえた上で、ミリバンドは、SNP対策ばかりではなく、他の野党対策も考えた上で、うまく立ち回る必要があった。テレビ討論前には、ミリバンドは、2日間、選挙運動の日程を最小限にし、この討論の準備にあてたと伝えられるが、その効果は、この討論にはっきりと出ていたように思われる。

ミリバンドは、他の党から、はっきり答えるのが難しい質問が出ると、UKIPのファラージュ党首を攻撃するなど、余裕のある対応ぶりを見せた。明らかに、想定質問を準備し、相当練習していたことが見て取れた。また、この討論での表情の作り方も練習していたように思われる。それでも、時に、これまでの「テレビ討論」で見られたような不用意な表情も見られたが、全般に、首相を目指す人物の顔になってきたような印象があった。なお、ミリバンドの顔は、エネルギーに満ちているように見えたが、かつてサッチャー元首相も使ったビタミン注射をしているように思われた。

このテレビ討論が終わった直後、SNPのスタージョンが、わざわざミリバンドと握手するためにその演台まで行くというシーンもあり、スタージョンの抜け目のなさを改めて印象付けた。

いずれにもしても、430万人が視聴したと言われるテレビ討論では、ミリバンドとスタージョンの二人が目立った結果となり、ミリバンドには、特にマイナスにはならなかったように思われる。

世論調査会社のPopulusによると、いずれの党も過半数を取れないハングパーリアメント(宙づりの国会)の数多くのシナリオを分析した結果、総選挙後、労働党のミリバンド党首が首相となる確率は、10のうち8だという。政治状況は、ミリバンド労働党の方向へ大きくシフトしてきたており、わずか1週間ほど前には、賭け屋が、総選挙後の首相は、1/2の賭け率でキャメロンとしていたが、現在の賭け率は、キャメロンとミリバンドが拮抗している。支持の拡大に苦しんでいるキャメロンと、上り調子のミリバンドという構図となっている。

キャメロンの苦悩

保守党のもともとの選挙戦略は、投票日が近づくに従い、支持率で労働党に追いつき、逆転し、その差を拡大していくというものだった。つまり、有権者は、経済財政政策で弱い労働党を信頼できず、しかも「首相らしくない」ミリバンド労働党党首に投票できないと判断し、保守党に支持が帰ってくるとの計算であった。

このシナリオは、多くの政治コメンテーターも描いており、また、イギリスの賭け屋もそうだった。そのため、保守党は、これらの労働党の「弱み」を強調することに重点をおいた選挙運動を展開してきた。

ところが、実際に起きたことはこのシナリオどおりではなかった。保守党は、支持率で労働党に追いつき、少しリードし始めたものの、労働党の大学学費値下げや非定住外国人の税優遇取扱い廃止などの政策、さらに「テレビ討論」で、ミリバンドの評価が次第に上がり、再び、労働党に少し差をつけられ始めた。

それに慌てた保守党は、ミリバンドへの個人攻撃を強めるとともに、人気取りのために、国民保健サービスNHSへの予算に80億ポンド(1兆4400億円:£1=180円)追加、さらには、公共住宅の住民購入権の拡大など、予算の裏付けに乏しい、疑問のある政策を打ち出し、また、かつて人気のあった政策、すなわち、相続税がかかり始める額を、住宅の場合100万ポンド(1億8千万円)まで拡大する公約も出した。

しかし、これらの支持拡大を狙った政策は、有権者から予期した反応が得られておらず、不発に終わっているばかりではなく、逆に保守党の経済財政運営能力に疑問を投げかけることとなっている。

一方、保守党のマニフェストの主要な政策である、欧州連合(EU)のメンバーシップに関する国民投票を2017年末までに実施することは、大きな頭痛の種になっているように思われる。キャメロン首相は、イギリスのEUとの関係を見直し、その関係を再交渉し、イギリスに有利な状況を作った上で、EUに留まるかどうかの国民投票をすることとしていた。ところが、EUの欧州委員会委員長周辺や他の加盟国から、そのような交渉は、現欧州委員会委員長の任期の終わる2019年11月までないという話が伝わった。フランスなどは、かつて条約批准のための国民投票で敗れた過去があり、EUの加盟国との関係を見直すことに消極的だ。

これは、キャメロン首相にはかなり悪いニュースである。それでも、交渉し、一定の成果を得られるとする見方もあるが、実質的な交渉ができないまま、もし国民投票が行われるようなら、イギリスのEU脱退の可能性が大きく高まることになりかねないからである。

労働党のミリバンド党首が、「テレビ討論」など、メディアに頻繁に登場し、その評価が上がる中、キャメロン首相は、決め手となるはずの政策が不発で、しかも次から次に出てくる問題に対処しながら、接戦の選挙を戦うのは容易なことではない。

さらに輪をかけているのは、キャメロン政権の経済財政運営の成果と誇る、経済成長の結果、雇用が大きく増え、失業率が大きく下がり、しかも所得が上昇しているのに、それが保守党支持につながっていないように見える点だ。キャメロン首相の苦悩は続く。