保守党マニフェストの目玉:住宅組合の住宅購入権

保守党のマニフェストの発表で、キャメロン首相は、労働党のお株を奪うかのように、保守党を「働く人の党」と主張した。ミリバンド労働党党首への個人攻撃はなく、有権者に前向きなメッセージを送ることを狙ったものだった。

その目玉は、低中所得層をターゲットにした住宅政策である。住宅組合(Housing Association)の住宅に住む人たちに、その住宅を購入できるようにすると約束した。これは、かつて保守党が大きな成功を収めた政策の焼き直しで、相続税の削減政策とともに、かつて一定の効果のあった政策である。この住宅政策には、特に、前回総選挙で次点との差の少ない選挙区のイギリス独立党UKIPの支持者を保守党支持へ向けるという選挙上の戦略があるが、保守党のアイデアが枯渇していることのあらわれとも言える。

このもともとの政策は、マーガレット・サッチャーのもので、サッチャーが保守党党首として、1979年の総選挙で勝利を収め、首相となったが、その際のマニフェストに「不動産所有デモクラシー」として、公営住宅を借りている人に、その住宅を買う権利を与えるとしたものだ。

そして、そのマニフェストで謳っていた通り、1980年から住民が住んでいる公営住宅を割引価格で買えるようにしたのである。この政策は、非常に人気があり、1983年の次の総選挙までに50万軒の公営住宅が買われた。また、この政策で、150万軒の公営住宅が購入されることとなる。

イギリスでは、不動産を所有することは、中流の象徴であり、その結果、その人たちの多くは、保守党を支持することとなり、この政策は、保守党支持の強化に役立った。一方、労働党はこの政策を嫌った。利用できる公営住宅の数が減ることとなり、しかも保守党の勢力拡大の道具という意識があったためだ。そのため、1997年からの労働党政権では、割引率を徐々に下げた。ところが、キャメロン政権では、その割引率を大幅に拡大し、現在では、最大限70%の割引が適用されることとなっている。

今回の保守党のマニフェストでの公約は、この方式をイングランドの住宅組合の家にも、公営住宅と同様、住民が買える仕組みを導入するというものである。住宅組合は、民間の組織であるが、公共的な役割を果たしており、公費を受け取っているが、これまで大半の住宅には購入制度はなかった。しかし、もし、保守党が総選挙後に政権を担当することとなれば、この制度を利用できる世帯は130万ある。

保守党は、この政策を、低中所得層への明るい材料とし、特にこの層に多い、UKIP支持を保守党支持へと向ける狙いがあった。

しかしながら、この政策には少なからぬ批判がある。まず、この政策の実施に必要なお金の調達方法である。それぞれの地方自治体の公営住宅のうち、最も価値のあるトップの3分の1の公営住宅が空いた場合、それを販売した収益を充てることにしている。この収益から、その住宅の割引額、そして、汚染されているなどの理由で使えない、もしくは使っていない用地を使えるようにする費用、さらに、売った住宅の代替住宅を建設する費用に充てられることになっており、その金額は年に45億ポンド(8100億円:£1=180円)が期待されており、政府の追加の財源は必要ないことになっている。

ただし、これが計画通りにいくかどうかには疑問がある上、売った後、その代替の住宅を建設したとしても、それまでにはかなりの時間がかかり、ただでさえ、住宅の供給が大幅に遅れている状態をさらに悪化させる可能性が高い。

労働党は、この計画は、お金の裏付けがないと批判している。サッチャー政権時代、特にその初期に大きなインパクトがあったが、その効果が、今回もあるかには疑問がある。保守党のマニフェストの目玉のうちの一つで、保守党支持新聞が特に大きく第一面で報じたが、これで保守党支持への大きな原動力となるだろうか?

保守党のマニフェスト発表は、インパクトを欠き、恐らく、このまま労働党との支持獲得競争が膠着したまま、投票日を迎えるのではないかと思われる。

保守党選挙戦略の転換

総選挙投票日まであと3週間余りとなった。4月13日に始まる週には、保守党と労働党のマニフェストも発表される。いずれの党もしっかりとした総選挙キャンペーン計画に基づいて行動していると思われたが、ここ最近大幅な手直しが行われているようだ。

この中でも注目すべきは、保守党の転換だ。保守党は、これまで、この5年間の実績をもとに、キャメロン首相の高い評価を売り物にした選挙戦略を立てていた。確かに5年間の政権で、財政赤字を半分にし、経済は、先進国G7で1、2位を争う成長ぶりを示している。これを有権者は評価し、世論調査で、経済財政運営能力では、労働党に大きな差をつけている。

しかしながら、この過去の業績に頼ろうとする姿勢が、保守党に大きな問題を起こしている。つまり、次期政権のイメージがはっきりと出てきていない。これには、財政赤字削減に力を入れ過ぎている点があるように思われる。つまり、財政削減で、新しい分野に予算をつぎ込む意欲が減退しているように見える点だ。

2010年総選挙では、保守党は、その選挙キャンペーンの中心に「ビッグソサエティ」を打ち出した。市民が、それぞれの地域社会に、より大きな責任と権限を持つというアイデアだった。これは、当時、「ビッグソサエティと小さな政府」というスローガンにも使われた。キャメロン政権が発足して、当初、ビッグソサエティが積極的に進められたが、財政削減などでチャリティの予算が減り、順調に進まず、政府の責任者は辞任し、運動そのものが停滞してしまった。これに懲りたためか、今回の総選挙では前向きの発想が乏しくなっている。

一方、財政研究所IFSが、それぞれの政党の政策の予算的な裏付けを細かく分析していることは、政党にとってかなりの重荷となっている。保守党は、2016と17年度の300億ポンド(5兆4千億円:£1=180円)の財政削減計画で、例えば、福祉予算でどの分野の削減をするか明らかにしていない。また、独立機関の予算責任局は、オズボーン財相が徴税回避策などへの取り締まり強化で生み出せるとしている額に疑問を呈した。既に、保守党のオズボーン財相が、3月の予算発表で、大幅な財政削減を打ち出しているのに、その削減がどの分野で行われるか、明らかになっていない部分が多いのである。もちろん、選挙結果にマイナスの影響を与えるような税などの変更は、この段階ではなるべく触れずにおきたいという考えがある。

例えば、保守党の相続税の緩和政策で、夫婦の控除額を合わせれば、100万ポンド(1億8千万円)までの家には、相続税がかからないようにすると発表したが、その税収減で生まれる10億ポンド(1800億円)の財政への穴は、年収15万ポンド(2700万円)以上の高額所得者の年金拠出金への控除額を大幅に減らすことで生み出すとした。このような政策は、選挙前にはなるべく発表したくないが、財源を明らかにするためには、やむをえないということになる。なるべく、選挙への悪影響が少なく、一般の有権者にアピールできるようなものを発表したいという考えはわかるが、この穴埋め策をIFSは批判している。

このような財源作り策は、他にも数多くあると思われるが、選挙前には、なるべく触れるのを避けたいがために、新しいものを打ち出せる余地が、極めて小さくなっている。有権者の最大の関心事である国民保健サービスNHSを守るために、80億ポンド(1兆4400億円)追加して支出するという約束も、その財源がはっきりとしていない。もともとNHSに関して、有権者の保守党への信頼は乏しいが、有権者は、この約束には懐疑的だ。

次に、キャメロン首相の高い評価と、ミリバンド労働党党首の低い評価を、選挙戦略の中心に据えた考え方だ。

イギリスの有権者は、総選挙で、どの党に投票するかを決めるのに、党首、政党のイメージ、そしてマニフェストの3つを考えると言われ、どの党首がイギリスの首相にふさわしいかは、有権者の選択の大きな要素だ。つまり、マンガの登場人物のようで、「奇妙な」ミリバンドはイギリスの首相にふさわしくなく、そのため、有権者は、最終的にキャメロンを選ぶという見通しで、それを促進する戦略を取っていたのである。

これには、保守党支持の新聞、特に、デイリーメールやサン、テレグラフなどが協力し、ミリバンド攻撃を繰り広げた。しかも、キャメロンは、自分自身が、ミリバンドを軽蔑するような態度、発言をすれば、効果があると判断したようで、それを繰り返した。ところが、保守党支持者の中にも、キャメロンがそのようなことを言うとは思わなかったという見解も出た。その上、国防相のマイケル・ファロンにも、ミリバンドは、自分の権力欲のために、兄も裏切った人物だと言わせた。ファロンは、イギリスの政界では、かなりの尊敬を集めている人物であるが、ファロンは、わざわざタイムズ紙に寄稿して、そう主張したのである。ファロンはメディアでも自分の主張を正当化しようとしたが、ファロンが自分の発案でそうしたと見る人はほとんどいない。有権者は、このような主張は、アンフェアだと見ている。

一方、ミリバンドは、3月26日の、キャメロンと別々に行ったジェレミー・パックスマンとのインタビューで評価を上げ、4月2日の、7党党首の「テレビ討論」では、まずまずの成果を上げた。これらの結果、有権者のミリバンドへの評価は次第に上がっている。また、労働党は、非定住外国人への課税政策などで、次々に、保守党との差をつけ、一般の有権者の関心を引く政策を発表してきている。

これらの結果、保守党のこれまでの、労働党は信用できないが、保守党は信用できるという主張は、次第に力を失い、逆に、保守党は、「嫌な政党」、金持ちを守る政党、人の気持ちのわかっていない政党との、従来のイメージが復活してきた。そのため、保守党は、選挙キャンペーンの戦略を見直す必要に迫られ、もっと前向きのイメージを作り出すような方策に転換した。

マニフェストがその大きなカギを握ると見られているが、その発表で、保守党のイメージ回復ができるだろうか?その大きな柱は、相続税対策だが、これでメリットを受けるのは、わずか4%の人たちだとされる。2007年の保守党大会で発表され、有権者の多くが支持し、そのために、当時の労働党のブラウン労働党首相が解散すれば勝つと見られていた総選挙を食い止めたとされる政策だが、柳の下にドジョウがまたいるとは限らない。