ロンドン市長ボリス・ジョンソン:首相の器?(Is Boris fit to become a PM?)

ロンドン市長ボリス・ジョンソンの人気が高い。ロンドン市長は日本の東京都知事に匹敵するポストであるが、現在バーミンガムで開催中の保守党大会に出席し、昨日の付属イベントでのスピーチで大喝采、そして今日の本大会でのスピーチで満場総立ちの拍手喝采を浴びた。

ジョンソンのスピーチは、アドリブも交え、ジョークも満載だが、それ以外に琴線に触れる点がある。インタヴューでも、自分の思ったことを率直に言う傾向が強い。ほとんどの人は政治家を信頼しないが、ジョンソンの言うことには耳を傾ける傾向がある。それは単に保守党支持者だけではない。例えば、10月7日のオブザーバー紙で発表された次の世論調査の結果だ。
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この世論調査では、キャメロンが保守党の党首であるより、はるかにいい印象のあるジョンソン党首の方が、保守党に投票する人が増えることを示唆している。

ジョンソンは、今年5月、統一地方選で労働党が大勝する中、しかも労働党の強いロンドンで、市長に再選された。その後のオリンピックでもその成功の立役者の一人と見なされ、全国的に知名度を大きく上げている。

それでは、ジョンソンは首相にふさわしい人物だろうか?保守党の支持者らのウェブサイトConservativeHomeの編集長を務めるティム・モンゴメリーは、BBCをはじめ、各種のメディアでも活躍している人物だが、ジョンソンは、他の保守党の政治家が手の及ばない人にまで影響を与えることができるという。しかし、ジョンソンに首相となる能力があるかどうか疑いを持つ人がおり、しかもそれは、保守党の活動家よりも保守党の下院議員に多いと言う(タイムズ紙)。ジョンソンを比較的近くで見てきた人も同じような疑いを持っている人がいる。ロンドン市長選前に、主要候補者がロンドンのイブニングスタンダード紙主催の討論会に出席したが、現職の大ロンドン市議会議員で、前リビングストン市長の下で副市長を務めた、緑の党の候補者が「(市長職は)ボリスにできるなら私にもできる」と発言したことがある。

ジョンソンにはこれまで様々な女性問題もあり、かなりだらしない、という印象があるのは事実だろう。しかし、過去4年余りのロンドン市長としての施政を振り返ると、ジョンソンには、モンゴメリーも言うように、優れたチームを作る能力があるとも言えるようだ。つまり、有能な人たちを副市長などの重要なポストに任命し、それらの人たちに権限を委譲し、実際の行政を担当させる。これは、これまでのところかなりうまくいっていると言えるだろう。5月の市長選でも、オーストラリアの選挙専門家に自分の選挙を任せ、その結果当選したことでも伺える。つまり、ジョンソンが自分の強みと弱みをわきまえ、それに適した行動をすれば欠点をカバーできるということを知っているということである。

政治のリーダーには、自分の能力を過信し、そのために失敗する人が多い。例えば、英国の最近の例では、ゴードン・ブラウン前首相だ。自分は首相として優れた資質があると信じて首相になるまでの人生を過ごしてきた人で、それを信じた人も多かった。非常に頭のいい人で、10年務めた財相として、世界で最も優れていると言われたほどだった。ところが首相になると、ブラウンの弱みがはっきりと出た。ブラウンは優れたリーダーではなかった。社会のために貢献したい、貧しい人々を救いたいという思いは非常に強く、それらを達成するために、早朝から夜遅くまで仕事中毒と言われるほど働くことをいとわなかった。しかし、対人能力に欠けていた。

こういったことを考えると、自分の能力を知り、権限委譲をわきまえたジョンソンには、強みがあると言えるかもしれない。しかし、一旦首相となると、一つ一つの言動に留意する必要がある。そういう問題を起こさないようにできれば、案外優れた首相になれる可能性はあるだろう。

党大会シーズン③ キャメロン保守党の課題(Cameron’s Challenges)

キャメロン首相は、保守党の党首として、これまでの業績を党大会に示すことになる。党大会のテーマは、「2015年への道」だが、保守党にとって、次の総選挙で政権を維持できるかどうかが大きな課題だ。問題は、キャメロン政権が、勢いを失ってきていることである。

次回の総選挙は、ほぼまちがいなく、2015年に行われるように思われる。自民党が、上院改革に保守党が賛成しなかったため、保守党の強く望んでいた下院選挙制度の改正に賛成しないこととした。この改正は、650議席を50議席減らし、各選挙区のサイズを均等にするものである。もしこの改正が進んでいれば、保守党に有利で、自民党に不利になると見られていた。この問題がなくなったため、自民党は、党勢回復のための時間稼ぎと現職の下院議員をなるべく長くその地位につけておくために、2015年以前の総選挙を回避すると思われる。自民党は支持率が大幅に低下しており、次期総選挙では大幅に議席を失うのは必至だ。そうすると、次期総選挙まで、2年半である。

キャメロンの最大の問題は、保守党の中でキャメロンの求心力が衰えていることである。これには幾つかの要因がある。経済が順調に回復し、財政赤字の削減が軌道に乗っていれば、将来への期待感で求心力を維持できると思われるが、経済が停滞し、財政赤字の削減が計画通りに進まない状況では、将来への不安感がある。さらに度重なるUターン、行政上の失敗で、キャメロンのリーダーシップに疑問が出ていることである。

その上、連立政権を組む自民党との関係に陰りが出てきた。自民党は、これまでの政権内での努力が有権者に評価されると考えてきたが、それがほとんど評価されていない。そのため、連立政権内で自民党の声がより大きく出るよう、その政権内での態度をかなり強いものとしていく構えだ。もちろん、自民党の求めた、下院選挙制度改革のAV制度導入が、保守党勢力の極めて強い反対キャンペーンの結果、国民投票で否決された上、また、自民党の求めた上院改革を、保守党内の強い反対であきらめざるを得なかったことから、保守党への不信感もある。2010年の連立合意の後、その2年後には、第二の連立合意を作ろうという考え方があったが、今ではそのような考えはない。キャメロンは、いまだに自民党のクレッグ党首との間に強い個人的な関係はあるものの、キャメロン政権内での融通がはるかにききにくくなっている。

一方、経済の停滞や度重なるUターンなどで、保守党の支持率は労働党に10ポイント程度の差をつけられている。その上、ユーロ債務危機などでEUとの関係に国民の目が向けられ、その結果、英国のEU脱退を目的に設立された英国独立党(UKIP)が支持率を伸ばしてきており、保守党支持者がUKIPへ支持替えをしている傾向がある。これも保守党内でキャメロンが求心力を弱めている一つの原因だ。キャメロンは、先だって、次期総選挙後にEUに関する国民投票を実施する可能性に言及したが、これは、党大会前の一種のガス抜きと思われる。

労働党の党大会で、ミリバンド党首がメモなしで65分間スピーチし、好評を博し、評価を上げ、労働党のモラールを大きく上げたことから、キャメロンもそれに対抗する必要がある。保守党のモラールを上げる必要があるからだが、それを成し遂げるのはそう簡単ではない。次の党首を狙うボリス・ジョンソン・ロンドン市長が注目を集めており、ジョンソンには党大会で30分のスピーチの時間を提供したが、キャメロンとオズボーン財相のスピーチの間の日で、なるべくキャメロンとオズボーンのスピーチがジョンソンの陰にならないようにした形だ。また、平民事件で世論の非難を浴びた閣僚アンドリュー・ミッチェルには、党大会に出席しないように指示した。メディアがそれに注目し過ぎるのを防ぐためだ。

さらに、EUの問題を始め右寄りの傾向を強める保守党に対し、ミリバンド労働党が、移民問題やEU国民投票問題などで、左右の政治軸の真ん中へ軸足を移し、現在の保守党に幻滅する保守党支持者を獲得しようとしはじめている。つまり、キャメロンにとっては、保守党の左右に配慮しなければならない状態となっている。

この党大会で保守党のモラールを労働党のように上げることは難しいだけではなく、この党大会後、キャメロンはさらに難しい党運営、政府運営を迎えるように思われる。