権威を急速に失いつつあるジョンソン首相

2021年7月22日は、下院の夏休み前の最後の開催日だった。下院議場で、労働党の下院議員ドーン・バトラーが、保守党のジョンソン首相を「嘘つき」と繰り返し攻撃。議長が2度、発言を取り下げるよう求めたが、バトラーは「本当のことだ」と発言を取り下げなかったため、議長の代わりに議長役を務めていた労働党の議員から退席を命じられた。バトラーは、労働党の「影の女性・平等大臣」を務めている人物であるが、平気な顔で議場を去った。ジョンソン首相の権威が失われつつあるのを象徴する出来事のように思われた。

その前日の7月21日には、恒例の「首相への質問」があった。労働党のスターマー党首や下院第3党のスコットランド国民党などからのコロナパンデミックなどに対する質問にジョンソン首相は、正面から答えようとしなかった。国難の際には、野党は政府を支持すべきだ、まだワクチン接種を受けていない人は受けるべきだなどと主張したが、質問へのまともな答えを持ち合わせていないような返答に、ジョンソン首相の姿が急速に小さくなってきているように感じられた。

7月19日にはコロナ関係のほとんどの法的な制約が解除された。ジョンソン首相は、この日を「フリーダムデー(自由の日)」と銘打ち、その日が来ると、もう覆らないと主張してきていた。しかし、7月19日が近づいてくるにつれ、感染者数が大きく増加してきたため、ジョンソン首相は、慎重さが必要だ、必要だと思われればマスクを着用すべきだなどと大きくトーンダウンしてきていた。それでも7月19日の解除は実施されたのである。

そのため、ナイトクラブも営業できるようになった。7月18日の真夜中12時を過ぎると、外に行列を作って待ちかねていた多くの若者たちがナイトクラブに流れ込む映像は、多くの人にショックを与えた。このような場所はコロナ感染が大きく拡大する可能性がある。オランダでは、規制を解除し、ナイトクラブも解禁されたが、その後コロナ感染が急速に拡大し、オランダの首相が政策は誤りだったと公式に国民に謝罪したぐらいだ。

イギリスでは、感染力の強いデルタ株が急速に広まっており、感染者数が1日に5万人程度になっている。ジャビド保健相が、感染者数は1日10万人程度にまで広がるだろうと発言したが、専門家は20万人になるかもしれないと言う。イギリスでは大人の人口の3分の2が既に2回のワクチン接種を受けており、死者数や病院収容数はこれまでのピーク時に比べてはるかに少ないが、それでも死者数は今年の3月レベルに近くなってきた。医療現場では、危機感が高まってきており、医療を圧迫する可能性が強まっている。首相のチーフメディカルアドバイザーのクリス・ウィッティも病院収容者数は恐ろしいほどの数になるかもしれないという。リスクが大きすぎる。

ナイトクラブ対策として、ジョンソン首相は、9月末には、2回のワクチン接種を受けているという証明書(ワクチンパスポート)がないと入場できなくすると、7月19日に突然発表した。もともとジョンソン政権では、施行が難しいことからワクチンパスポートを導入しないとしていた。それが前触れもなく変更されたのである。しかし、この新しい政策には、保守党の中でも反対が強いうえ、労働党は、現在直ちに陰性証明書の提示義務を導入すべきだとして、反対する構えだ。そもそも、ワクチン接種を2度受けていたジャビド保健相もコロナ陽性となったように、2回接種を受けてもそれだけでコロナに感染していないとは言えない。実現は難しいと見られている。

一方、規制解除から残されたものがある。これは、急速に大きな問題となっている。NHS(国民保健サービス)などの公的機関から感染者に接触の可能性があると通知を受けた際には10日間の自己隔離を行う必要がある。このため、工場、スーパーマーケット、公的サービスなどでスタッフが突然出勤できなくなっている。ごみの回収もストップする場合がでてきている。自己隔離をしなければならない人の数は60万人を超えたが、この数は感染者数が増えれば増えるほど大きくなるため、公的サービスが麻痺する可能性が出てきた。公的または必要不可欠な仕事では、この自己隔離義務を2回接種をしている人や陰性の人には免除しようとしている。スムーズにはいっていない。

また、ジョンソン首相の行ったEU離脱をめぐっては、ジョンソン政権は、北アイルランドのプロトコールの問題を蒸し返そうとしているばかりではなく、イギリス水域で行われているEU漁獲量をイギリス政府が把握していないことが表面化するなど次から次に問題が出てきている。

イギリス政府の中枢が機能を果たしていないようだ。もともとジョンソン首相は首相の任に堪えないだろうと多くの人が感じていた。それでもジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニック・カミングスが7月20日のインタヴューで言ったように、ジョンソンが首相で、実務能力のあるマイケル・ゴブが財相の地位を与えられ、それにブレーンのカミングスがトップアドバイザーで政府を回していくのなら何とかなると思われたかもしれない。カミングスがジョンソン首相の妻キャリーとの勢力争いに敗れて首相官邸を去り、ゴブは、内閣府大臣として異なる役割を与えられ、その能力を発揮するのを妨げられた挙句、妻と離婚することになり、公私ともに能力を十分発揮できない状態だ。ジョンソン首相一人では、政府として統合性のある政策を打ち出していくことは難しい。