紆余曲折を経、ユニオニスト側とナショナリスト側のコンセンサスで共同統治をする考えを中心にして北アイルランドの分権政府が生まれた。しかし、それが維持できない可能性が出てきた。たとえそうなっても、選挙を実施するなど、英国の中央政府が直接統治する仕組みが設けられているが、共同統治によって平和を回復してきた北アイルランドには大きなマイナスである。その大きな原因は、まず、英国がEUを離脱した、いわゆるブレクジットから発生した問題であり、次に、現在の最大政党でユニオニストの民主統一党(DUP)の支持率の大幅な低下である。
北アイルランドの最大政党であるDUPの内紛が表面化し、2021年4月にアーリン・フォスター首席大臣が党首を辞任した。その後任のエドウィン・プーツは、波乱の党首選挙を経て5月に選ばれたが、わずか3週間で党首を辞任、そしてその後の6月の党首選で、下院議員ジェフリー・ドナルドソンのみが党首選に立候補し、党首に選ばれた。この過程で、DUPはさらに支持を失うこととなった。もともとフォスターの辞任は、自らが求めたものではない。ブレクジット交渉を経て、英国とEUが合意した、北アイルランドの貿易問題に関するプロトコールと呼ばれる手続きが、大きな問題となったためだ。フォスターが、そのプロトコールの影響の判断を誤ったために英国のEU離脱後、北アイルランドが英国本土とのモノのやり取りで税関手続きを経なければならないこととなったと糾弾され、党所属議会議員たちから不信任を突きつけられたためであった。ユニオニストは、もともと英国本土とのつながりを重視しており、北アイルランドと英国本土との間でそのような手続きをしなければならないことに反対している。
DUPの内紛は、その支持率の低下を心配し、来年5月には行わねばならないことになっている北アイルランド議会の次期選挙を心配した議員たちが引き起こしたものと言えるが、党内の混乱で以下のようにさらに支持率の低下を招いている。
調査実施日 | DUP ᵁ | シンフェイン ᴺ | UUP ᵁ | SDLP ᴺ | 同盟党 ᴼ | TUV ᵁ | 緑の党 ᴼ | その他 |
2021年8月20-23日 | 13% | 25% | 16% | 13% | 13% | 14% | 2% | 2% |
2021年5月 | 16% | 25% | 14% | 12% | 16% | 11% | 2% | 2% |
2021年1月 | 19% | 24% | 12% | 13% | 18% | 10% | 2% | 1% |
2020年10月 | 23% | 24% | 12% | 13% | 16% | 6% | 3% | 2% |
2017年3月2日選挙結果 | 28.10% | 27.90% | 12.90% | 11.90% | 9.10% | 2.60% | 2.30% | 5.40% |
ユニオニスト(U):DUP民主統一党、UUPアルスター統一党、TUV伝統的ユニオニストの声党
ナショナリスト(N): シンフェイン党、SDLP社会民主労働党
なお、UUPは、5月に元軍人のダグ・ビーティーが新党首となり、新鮮な印象を与えている。TUVは、現党首のジム・アリスターがDUPの欧州議会議員だった時の2007年にDUPとシンフェイン党が共同統治の合意をしたため、DUPを離れて設立した政党である。
北アイルランドの次回選挙が、2022年5月の予定より早く行われる可能性があるものの、その選挙ではナショナリストのシンフェイン党が最大政党となるのは確実と見られている。その上、DUPはユニオニスト側でも最大政党になれず、UUPの後塵を拝する可能性がある。
北アイルランドでは下院議員と北アイルランド議会議員を兼任することはできないため、ドナルドソンは、早い機会に下院議員を辞め、北アイルランド議会議員に就任して、プーツの指名した現在の首席大臣に入れ替わって自分が首席大臣になるつもりと伝えられていた。首席大臣だったフォスターが首席大臣退任時に議員を辞職したため、その議席が空席になっているが、現在の政治情勢を踏まえ、直ちに北アイルランド議会議員になるつもりはないようだ。
むしろ、ドナルドソンは、北アイルランドのプロトコールが根本的に変わらなければ、選挙、分権政府から手を引くと発言している。また、ユニオニストの支持者たちが騒擾を起こす可能性に触れた。支持を失いつつあるDUPの流れを止め、逆に支持を回復しようとしているようだ。
北アイルランドは、その特殊な過去の歴史を反映して、ユニオニストとナショナリストの共同統治である。そしてその分権政府のトップは、同等の権限を持つ首席大臣と副首席大臣である。最大政党から首席大臣、そしてその政党との所属するユニオニストもしくはナショナリストのグループとは異なるグループの最大議席を獲得した政党が副首席大臣を推薦することになっている。もし、いずれかが欠ければ、もう1人もその職を退くことになっており、北アイルランドの分権政府は機能しないことになっている。そのため、現在、DUPから出している首席大臣を辞任させ、後任を指名しなければ、それで分権政府は倒れる(この点で、中央政府は新たな仕組みを導入しようとしている)。また、次回選挙で、たとえDUPがユニオニスト側の最大政党となったとしても、副首席大臣の地位を占める北アイルランド議会議員を指名しなければ、首席大臣も任命できない。
DUPには、首席大臣と副首席大臣の権限が同等であっても、ナショナリストのシンフェインに首席大臣の地位を奪われるのは屈辱だという見方がある。DUPは、もし万一プロトコールが変えられれば、それを成し遂げたのは自分たちだと言うだろうが、もしそれがかなわなければ、分権政府ではなく、英国中央政府の直轄統治の方が良いという立場をとる可能性がある。そうなれば、分権政府はかなり長期間停止され、北アイルランドの平和が脅かされる可能性がある。