温暖化ガス排出目標を維持する英国(UK Keeping Its Target on Emissions)

日本はその温暖化ガス排出目標を大幅に削減した。原発の再稼働が困難なためだ。エネルギー分野でのイノベーションに巨額の投資をする日本の動きを評価してこの決定を現実的だと評価する声があるものの、気候変動の活動家からは強い非難を浴びた。

英国のキャメロン首相は英国の温暖化ガス排出目標を維持する方針を明らかにした。英国でも地球温暖化による気候変動に対して懐疑的な声が高まっている。また国際的にも日本の他、オーストラリア、カナダなどがその温暖化ガス排出目標の引き下げを発表している。国際的にみれば、英国の排出量はわずか2%であり、目標に固執するのは自らエネルギー源の問題や国際競争力などで不利になるだけではないかという見方がある。

また、英国内ではガス・電気料金の値上げで、それらに含まれるグリーン対策費の問題が争点となった。キャメロン首相はこれを料金から取り除き、一般財源から拠出する方針を発表した。

それでもキャメロン首相が目標を守り抜こうとするのはどうしてだろうか。それにはいくつかの理由があるだろう。

まずは、連立を組む自民党への配慮である。2010年の連立合意書でもこれを守ることを明言している。キャメロン首相のエネルギー料金からグリーン関係費を除外する案が出された時には自民党のクレッグ副首相から直ちに反発があった。

また、その提案が出された時、キャメロン首相が、2005年に保守党の党首となって以来主張してきたグリーン対策に逆行するものと受けとめられ、さらに自分の政権を最もグリーンな政府としたいと言ったことに反するのではないかという批判があった。この批判を避けることもあるだろう。

最も重要だと思われる点は、1年半後に予定される総選挙で保守党の最も強力な武器は、キャメロン首相であることである。キャメロンがよくやっているという評価は、労働党のミリバンド党首よりかなり高い。そのキャメロンを、信念のある、いかにも首相らしい首相として保つことが総選挙戦略の基本となるからである。つまり、キャメロン首相がこれまで唱えてきたこと、例えば、大幅な財政削減を実施しているにもかかわらず、国際援助額を毎年増やすといったことと同様、グリーン政策の面でも約束を守ることが大切だという判断ではないかと思われる。

これから総選挙まではすべての政府の政策に選挙戦略的な判断が絡むこととなると思われる。

次期総選挙への課題・保守党(Tory’s Prospects for the Next General Election)

2015年に予定される次期総選挙まであと1年半となった。もう選挙戦は走り始めている。次期総選挙の結果はどうなるのだろうか。

世論調査では、若干の変動はあるが、労働党が38%程度、保守党が32%程度で自民党が10%前後である。なお、2010年総選挙の得票率は、保守党36%、労働党29%、自民党23%であった。

次回の総選挙にはこれまでにはなかった不確かな要素がある。特に保守党から英国独立党(UKIP)へ票がどの程度流れるのか、第3党の自民党がどの程度議席を維持できるかなどによって結果がかなり変わってくる可能性がある。

なお、英国名物といってもよい賭け屋の賭け率では、労働党が優勢だ。大手のウィリアム・ヒルによると以下のようになる。

  •  最も多くの議席を獲得する 労働党8/13 保守党 5/4
  •  下院の過半数を占める 労働党 6/4 過半数を占める党がない 11/8 保守党 11/4

一方、オックスフォード大学のスティーブ・フィッシャーの予測では、総選挙での保守党の得票率が38%と労働党の33%を上回り、保守党が最も多くの議席を獲得する可能性は88%、過半数を占める確率は57%だという。この予測モデルには様々な批判があるが、それらの指摘に対して、フィッシャーはさらに完全なものにする必要があると言いながらも大勢には影響がないとコメントしている。

それでは現在のところ情勢はどうなのだろうか?

上記のように世論調査で労働党が6%程度保守党をリードしている。現在の選挙区割りは労働党に有利であり、それを変えようと保守党は総議席数を減らし、新しい選挙区割りを行おうとした。しかし、自民党の求めた選挙政治改革案を保守党が阻止したために、自民党が新選挙区割り案に反対し、実現していない。そのため、世論調査の結果が全国一律で当てはまるとすると、保守党は世論調査で労働党を少なくとも同じ程度以上リードしておく必要がある。

ただし、政権政党は一般に選挙サイクルの真ん中では世論支持率が低い傾向があり、総選挙が近づいてくると政権政党が支持を盛り返す傾向がある。また、保守党は選挙で予想以上の得票をする傾向があり、現在の支持率が総選挙で繰り返されるとは考えにくい。

また、保守党のキャメロン首相は、労働党のミリバンド党首を個人の支持率で大きく上回っており、しかもキャメロン首相・オズボーン財相の経済運営に対する支持は、ミリバンド党首・ボールズ影の財相のチームよりもかなり大きく上回っている。

特に総選挙では、有権者は誰が次の首相となるべきかを考えて投票するため、総選挙でキャメロンを支持して保守党に投票する人が増える可能性が高い。

アッシュクロフト卿が9月に発表した世論調査では、保守党の下院議員を出している、次点との差の少ないいわゆるマージナル選挙区40選挙区の分析をしているが、次点が労働党である32選挙区では、労働党が14%保守党をリードしている。保守党票をUKIPが奪っている上、2010年総選挙で自民党に投票した人の多くが労働党に流れているためで、全国的な支持率よりも労働党はこれらの重要な選挙区で優位に立っている。しかし、これらの選挙区での現在の14%の支持率の差が労働党の候補者にとって十分かどうかには、政権政党は選挙が近づくと盛り返す傾向があるため疑問がある。

ただし、これらの分析には、政治状況が現在のままで推移すればという前提がある。具体的には、キャメロン首相が首相としてふさわしい統治能力を発揮し続け、経済が順調に過熱することなく継続的に向上することである。

キャメロン首相は、これまで大きな失敗を免れてきた。何か問題があると、それは労働党の負の遺産のためだと弁解してきたが、政権を担当し始めて既に3年半たち、その言い訳が通用しにくくなっている。特に問題だと思われるのは、今後キャメロン首相の統治能力に疑問の出るような問題が次々に出てくる可能性があることだ。

幾つか例を挙げると、まずは国民の最も大きな関心事の一つNHSの問題である。キャメロン首相はトップダウンのNHS改革は行わないと約束していたが、政権に就いてトップダウンの改革を行った。この改革はかなり混乱していると言われる。多くの機関を廃止して、新しい機関が設けられているが、多くの問題が生じてきている。約1万人のスタッフを余剰人員解雇したが、多額の解雇手当を受け取った人の多くが、NHS内で再び職を得ており、その改革の手法に疑問が出てきている。しかも救急外来はパンク寸前だと言われており、今冬にはNHSが対応できないような事態が発生する可能性がある。

また、これまで複雑だった福祉給付を一つの制度にまとめるユニバーサルクレジットではコンピュータの立ち上げに苦労している。既に3400万ポンドが損金処理されており、さらにその額は増える見込みだ。

さらに電気・ガス料金の問題で表面化したのは、キャメロン首相が財政削減と経済成長に目を向けすぎていたせいか、国民の生活への配慮に欠けた面があったことだ。この問題や水道料金の問題で明らかになってきたのは、市場がきちんと機能していないということである。

多くの国民が経済は回復してきていると感じているが、インフレ率に対して賃金上昇は停滞しており、多くの人の可処分所得が減少し、生活が苦しくなってきていると感じている。

その中で、ミリバンド労働党党首の示した電気・ガス料金の凍結策を多くの人たちが支持した。つまり、既に経済の向上を織り込み、その報酬を求め始めてきているように思える。しかし、NIESRの報告によると、賃金が債務危機前のピークの状況に戻るのは2019年になるという。つまり、2015年の総選挙の前に報酬を受け取れる、もしくは感じられる可能性は低い。

しかも経済が順調にほどよく成長するかどうかという問題がある。10月のサービス産業の購買担当者指数(PMI)が予想外によく、経済の過熱が心配されている。雇用が急速に拡大し、インフレ率が上がれば、中央銀行であるイングランド銀行が金融引き締めに動かざるを得ない可能性がある。

一方、10月には消費の伸びが鈍化したが、所得が停滞する中では消費の伸びに限界がある。CBIのチーフエコノミストが、2015年総選挙前の経済減速の可能性を指摘している。もし万一、これから総選挙までに経済成長が止まるようなことがあれば、現政権の経済運営に大きな疑問が出るだろう。その上、一旦鎮静化したかに見える欧州のユーロ危機がぶり返す可能性も否定できない。

政治的には、労働党のミリバンド党首の積極的な行動に多くの政治コメンテーターが目を見張っている。かつてキャメロン首相に弱いと揶揄されていたが、それは昔の話となってしまったようだ。しかし、世論調査では今のところミリバンド党首の個人評価の向上にあまりつながっていない。それが継続的な攻勢でどこまで有権者に浸透するかによって、保守党の戦略にも影響を与えるだろう。

保守党は党員数の急激に苦しんでいる。大臣の選挙区でもそうで、2012年度には、ダンカン=スミス労働・年金相の選挙区で党員が35%減り、ハント健康相の選挙区でも党員が減っている原因の一つは政策の不一致であり、その支部ではやる気が目に見えるほどなくなってきていると言われる。

保守党は、こういう状況を踏まえながら、中央から有権者の個別の問題意識を分析し、有権者を個別にターゲットにする戦略を展開しようとしている。その戦略のためにオバマ選対でその戦略を担当した人物を雇った。ただし、それがどのような効果を生むかは今後の展開が待たれる。

また、保守党はUKIPや党内の欧州懐疑派を抑えるために、2017年国民投票を法制化する議員提案の法案を推進しているが、これが法律となる可能性は低い。しかし、現在の党内や有権者の不満のガス抜きにはなっている。来年5月の欧州議会議員選挙でUKIPが躍進しようとも総選挙は別だと見られているが、UKIPの動向次第では保守党内の下院議員の不満を抑えている現在の微妙なバランスが崩れる可能性がある。

多くの不確かな要素がある中でのかじ取りは困難だが、保守党は労働党が攻勢に出てくる中、手をこまねいているわけにはいかない。ただし、行き過ぎると逆効果になる可能性もあり、慎重かつ大胆な行動が求められている。