低迷するイギリス政治

現在のイギリス政治は低迷している。キャメロン首相は、2013年1月、欧州連合(EU)残留か離脱かの国民投票を実施する約束をした。そして、2015年の総選挙でキャメロン首相率いる保守党が過半数を獲得した後、その約束に従って、国民投票を6月23日に実施することとした。EU国民投票への離脱派、残留派の対立は深刻化しており、国民投票の結果がどのようになっても、保守党の中に大きな亀裂が入ったことは間違いなく、政権運営に大きな影響をもたらすだろう。

今起きている状況は、まさしく「混乱」とでもいえるものである。国民投票の結果を見るまで投資を控える状況が出てきており、雇用も臨時が中心、国内経済は減速し、製造業では、二期連続でマイナス成長となり、「景気後退」の状態。建設業も減速している。

5月5日の分権議会・地方選挙とも重なり、保守党は労働党よりも多くの議席を失った。この選挙で特に注目されたロンドン市長(日本の東京都知事にあたる)選挙では、当選した労働党候補者がイスラム教徒であったことから、キャメロン首相が、この労働党候補者のイスラム教過激派との関係を示唆し、「『イスラム国』を支援している」イスラム教僧侶との関係を攻撃した。それに怒った当の僧侶にキャメロン首相らが謝罪する事件も起きた。

また、キャメロン首相は、イギリスで行われる腐敗問題対応会議に参加するナイジェリア、アフガニスタンを「素晴らしく腐敗している」と軽率な発言をしたことが明らかになった。首相の存在が益々軽くなっており、EU国民投票に関してキャメロン首相に信を置く有権者が少ない

さらに、十分検討することなく、次々に打ち出した政策のUターンが続いている。子供の難民受け入れ、イングランドの初中等教育の公立学校を地方自治体から文部省管轄に変え、裁量権を増やすアカデミー化、国民保健サービス(NHS)の若手医師契約問題など、絶対に引かないと言っていた問題で立場を変えている

下院で過半数をわずかに上回るだけで、党内からの反対に弱い立場であるだけではなく、上院では過半数を大きく下回っており、上院対策にも苦しんでいる。これが政府の多くのUターンの背後にある。この調子では、キャメロンのUターンに味をしめた保守党下院議員たちが、選挙区を650から600に減らし、選挙区のサイズを均等化する案に反対し、実施できなくさせる可能性があるだろう。これは保守党の党利党略に深く関係し、これが実施されると、保守党の政権維持には有利となるが、下院議員の中には、自分の選挙区が消える、合併させられるなどで選挙区替えを迫られる議員が少なからず出るからである。

キャメロン首相やオズボーン財相は、国の将来を考えて、財政の健全化を含めた政策を進めているとしてきたが、実際には、キャメロン首相らの政府首脳に、政治を通じて実現したい方針、つまりビジョンが明確ではなく、党利党略によるところが大きいことが露呈していると言える。それには、労働党への労働組合からの献金が減る仕組みを作ろうとしたことにも表れている。

さらに2015年の総選挙で、重点選挙区に多くの青年をバスで投入し、その際の宿泊費用などをきちんと選挙委員会に届けていなかった疑いがあり、選挙委員会の度重なる書類要請にも応じず、その結果、選挙委員会が裁判所の提出命令を求める動きもあった。選挙費用の制限には、全国のものと選挙区のものがあり、これらの費用は選挙区の選挙費用として届ける必要があったと見られているが、もしそうならば、選挙区の費用制限が低いために、選挙区費用制限違反の可能性がある。その結果、幾つもの選挙結果が無効となり、補欠選挙が実施されることとなる。これらの選挙区で当選した者には出馬制限が課され、保守党が再び勝つことは容易ではない。過半数をわずかに超えるだけの保守党には、そのイメージへの痛手があるだけではなく、さらに議席が減る可能性が高いため、政権運営に苦しい状況となる。2015年総選挙の選挙費用に関わる問題は、それだけではなく、選挙区に配ったチラシの問題もある。

5月5日のスコットランド分権議会議員選挙で、保守党が大きく議席を伸ばし、労働党を上回る大躍進を遂げたが、これには、スコットランド保守党リーダーの功績が大きい。次期総選挙で保守党にプラスとなるが、キャメロン首相らの功績とは言えないだろう。

このままでは、弱い弱いと言われているコービン労働党に足元をすくわれかねない状況が生まれる可能性も否定できないだろう。残念な政治状況である。政治は、モグラたたきのように、次々に問題が出てくるものだと言えるかもしれないが、迂闊で浅薄なミスが続くのは、その政治的リーダーシップに問題があるからではないか。

底流の変化するイギリス政治

イギリス政治の底流が大きく変化している。

2015年5月の総選挙は、保守党が過半数を占めるという予想外の結果となった。そして9月には、労働党の党首に、誰も予想していなかったジェレミー・コービンが就任。コービンブームが労働党を含めた左派を席巻、他の候補者を圧倒した結果である。保守党はコービン当選を喜んだ。労働党の中の異端で、過去30年余り、イギリス政治の辺境にいた「極左」のコービンが相手では、次の総選挙は、保守党が楽勝すると信じたからだ。

そして、この12月のシリアへの空爆を巡る下院の審議。キャメロン首相は、11月のパリ同時多発テロ事件の後、フランス、アメリカなどの要請も受け、その事件を起こした過激集団「イスラム国」(ISIL)を攻撃するため、シリアへの空爆参加に踏み切りたいと考えた。しかし、下院の支持が得られるかどうか疑問があった。そのカギとなったのは、労働党の対応である。平和主義者のコービンは空爆に反対で、コービンが労働党下院議員に空爆反対の投票指示をするかどうかが注目された。労働党では、影の内閣のメンバーをはじめ、空爆に賛成する下院議員がかなりおり、メディアが「労働党は分裂している」と報道する中、コービンは、結局、自由投票とした。そして、その結果、下院は大差でシリア空爆に賛成。コービンは、このため、その立場をかなり弱めたと見られた。

一方、この過程で、有権者は、当初、空爆に賛成していたが、その支持はかなり弱まる。

そして下院の採決の翌日、12月3日に行われた、下院の補欠選挙。労働党の圧倒的に強い選挙区だが、労働党が敗れる可能性も指摘されていた。しかし、労働党新人が、予想を裏切り、62%の票を獲得し、5月の総選挙時より得票率を伸ばし、次点のUKIPに大差をつけて当選。第3位の保守党は10%ほど得票率を減らした。コービンは、一挙に面目を回復した。

イギリス政治は大きく変わっているが、ほとんどの政治コメンテーターの見方は、これまでの政治の見方、価値観に基づいたものである。「予想外」の出来事が多発しているのは、イギリスの政治の底流が大きく変化しているためのように思われる。