マニフェストの約束を機械的に実施することの危険性(Dangers to carry out Manifesto pledges without thinking)

 

5月3日に多くの市などで地方議会選挙が行われた。それと同時に、政府の指示で、イングランドの10の大規模市で「選挙で選ばれる市長制」を導入するかの住民投票が行われた。この10市のうち、選挙市長制の導入を決めたのはわずかブリストルの1市だけで、他の9市ではノーだった。

特にその中でも、ノッティンガム市の1つの区では、投票率がわずか8.5%と極端に低かった。市全体では23.9%だったが、政府の「熱意」と裏腹に住民の無関心さを示している。政府は、これをビッグソサエティの一環として位置付けていたが、全くの空振りに終わった。

ビッグソサエティに関連しては、11月15日に42警察管区の警察・犯罪コミッショナーの選挙もある。この日には、上記のブリストル市での市長選挙があるだけで、他の選挙は予定されていない。そのため、投票率が非常に低いものとなる可能性がある。投票率が低すぎると、制度そのものへの信頼性が薄らぎ、しかも「望ましくない人物」が当選する可能性が大きくなる。この選挙を実施することで、政府への信頼がさらに大きく揺るぐ可能性がある。

政府の「選挙で選ばれる市長制」もこの「選挙で選ばれる警察・犯罪コミッショナー制」のいずれも2010年5月の保守党と自民党の「連立政権合意」に入っている。これらはいずれももともと保守党の2010年マニフェストに含まれていたものだ。

マニフェストに、単なる思い付きで、あまり真剣に検討していないものを入れること自体、大きな問題だが、マニフェストで約束したことを機械的に実施しようとする立場のほうがさらに大きな問題だ。政治家も行政ももっと深く考え、知恵を絞る必要がある。

ジョンソン・ロンドン市長のキャメロン首相への脅威(Boris will be a threat to Cameron)

保守党のボリス・ジョンソンが、5月3日の地方選と同時に行われたロンドン市長選で労働党の元市長ケン・リビングストンを破り再選された。キャメロン首相率いる保守党は地方選で大敗北を喫したが、労働党の強いロンドンで、大勢に逆行して勝利を勝ち取った。

キャメロン首相は、地方選の大敗の中で、ジョンソンの当選を大きな光のように扱った。しかし、恐らくこれは逆だろう。ジョンソンは、キャメロン後の保守党党首になる希望を持っている。そのため、これから次の保守党党首の座を目指し、自分のプロフィールをさらに上げようとすると思われる。そして、キャメロン首相や連立政権が落ち目になればなるほど、ジョンソンは自分の立場の違いを浮き立たせようとするだろう。その結果、キャメロン首相の目の上の大きなたんこぶになる可能性があると思われる。(なお、5月6日のサンデータイムズとメイル・オン・サンデーでキャメロンとジョンソンの党首としての比較の世論調査をしている。参照:http://ukpollingreport.co.uk/)

保守党の中には、落ち目のキャメロンに見切りをつけ始めている人がいる。一方、ジョンソンのスター性に注目し、保守党を救う人物として見なし始めている。ジョンソンは、キャメロン政権外の人物であり、統制できない上、ジョンソンの行動は「ロンドンのため」と言えば正当化されうる。一方、ジョンソンは保守党市長であり、無碍に扱えない。キャメロンが強ければともかく、かなり弱体化した今では、もしジョンソンが当選しなければ、キャメロンには、この面からの脅威はなかっただろうと思われる。

背景について触れておきたい。まず、ロンドンでは労働党が強いということだ。ロンドンには下院議員の選挙区が73あるが、その内、労働党下院議員が38人、保守党の下院議員が28人である。また、ロンドン市長選と同時に行われたロンドン議会議員選挙では全25議席のうち前回の2008年から労働党が4議席増やして12議席を獲得したのに対し、保守党は2議席減らし9議席だった。議会議員選挙では、小選挙区比例代表併用制が取られており、14議席の小選挙区での投票に併せて、ロンドン全体で党へも投票する。そして、各政党のリストに基づき11議席が割り振られる。ただし、その割り振りには各政党が既に小選挙区で獲得した議席が計算に入れられる。党への投票は、労働党41.1%(前回より13.1%アップ)、保守党32%(5.4%ダウン)で、ロンドンの保守党に大きな逆風が吹いている中、ジョンソンは勝利を得た。つまり、ジョンソンは、保守党支持層だけではなく、労働党も含め他の政党へ投票した有権者からの支持も受けて当選した。ジョンソンの当選した理由には、労働党のリビングストンに税金問題などでネガティブなイメージがあったこともあるが、有権者がジョンソンにスター性を見出したことがある。つまり、ジョンソンは面白い人物だ、との評価を受けた。

選挙期間中、ジョンソンは、キャメロン政権とは政策の面でも関係の面でも距離を置こうとし、選挙運動中にキャメロン政権の大臣が顔を出すことを避けようとした。再選された後、ジョンソンは、ジョークで「キャメロンに推薦されたにもかかわらず当選した」と言ったが、これには本音が出ていると思われる。

なお、選挙期間中、ジョンソンの怒りっぽい性格などが明らかになった。また、緑の党のロンドン議会議員で、リビングストン元市長の下で副市長を務めたこともあるジェニー・ジョーンズが討論会で「ボリスに市長ができるなら私にもできる」と発言したが、ジョンソンの行政の長としての能力には疑いがある。ジョンソン周辺からもそのような話が出ていると言われる。保守党の党首としての適格性には疑いがあるが、本人やその支持者には、そういう適格性の問題は、今は問題ではないだろう。

今後の政治の動き次第でジョンソンの政治行動は変わるだろうが、当面の方針は、2015年に予定される総選挙で下院議員となり、2016年まで市長と兼職することだろう。(この兼職は何ら問題がなく、実際、ケン・リビングストンは2000年に市長に当選したが、2001年の総選挙まで下院議員でもあった。)ジョンソンは市長の任期4年を務めると発言しているが、もし、次の総選挙で保守党が過半数を占めることができなければ状況は変わるだろう。