ブレクシット交渉をめぐる今後の展開予想

9月12日の下院での「首相への質問」でもメイ首相は国内問題への対応がおろそかになっていることが露呈された。ユニバーサルクレジット(様々な福祉手当などの社会給付をまとめて支払う制度)の段階的導入で多くの問題が発生しているのに対し、十分な返答ができなかった。ウィンドラッシュ問題(第二次世界大戦後の労働力不足を補うため、西インド諸島をはじめかつての大英帝国から移民を募ったが、それらの人々や家族を書類の不備を理由に非合法移民として扱い、中には送り戻された人もいる)の対応に今でも問題があることも明らかになった。地方自治体、NHS(国民保健サービス)、警察の財政問題、鉄道、住宅、刑務所の問題など、問題は山積だ。しかし、メイ首相はブレクシットに時間を取られているためか、これらの問題への対応が十分できていないようだ。

ブレクシット交渉でも、メイ首相のEU離脱後の方針(チェッカーズと呼ばれる首相別邸の名をとり、チェッカーズプランと呼ばれる)は、率いる保守党内の離脱派、残留派の両側から強く批判されており、党内的に身動きの取れない状態だ。メイ首相のこれまでのEU交渉はお粗末で、離脱合意のない可能性が高まっており、不透明感が益々強まっている。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行総裁は、もし合意なしで離脱することとなれば、住宅価格が最大で35%下落するだろうと公言した。メイ首相は、昨年自らの判断で突然行った総選挙で、お粗末な選挙戦を展開し、予想外の議席減で下院の過半数を割り、北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)の閣外協力を受け、政権を運営している状態である。

しかし、80人はいると言われる保守党の強硬離脱派下院議員たちは、今の時点でメイ政権を倒す意思は乏しい。イギリスは、来年3月29日にEUを離脱する。あと6か月半だ。もし何らかのブレクシット合意ができるとしても、それはそれぞれの側で承認される必要があり、10月末までに、遅くとも11月までになされればならない。もう1か月か2か月で決めねばならないのである。

保守党の党首信任投票は、党所属下院議員315人の15%(48人)の要求で実施できるが、このような状況では、残留派や中間派が不信任に反対し、不信任となる可能性は乏しい。しかも一度信任投票が行われると1年は再び実施できない。もし不信任となっても、政権から遠かった2003年のように新しい党首候補を無選挙で選ぶ可能性はほとんどない。野心のある人物が多いことから、選挙が実施される必要があるのは明らかだ。党首選出には、まず下院議員の投票で2人を選び、党員がどちらかを選ぶということとなるため、時間がかかる。一方、もし何らかのはずみでメイ内閣が下院で不信任され、解散総選挙ということとなれば、現在の世論調査の状況では、保守党が労働党に敗れる可能性がかなり高い。そのため、強硬離脱派もメイ首相への対応には慎重だ。つまり、直ちに「無能な」メイ首相追い落としには進んでいかない。

一方、EUは、メイ保守党内の状況の成り行きを心配している。EU側が強い交渉姿勢を維持していけば、強硬離脱派も最終的にはかなり妥協してくる可能性がある、もしくは野党労働党が妥協してくる可能性があると見ていたように思われるが、ジョンソン前外相などの「チェッカーズプラン」への厳しい批判など、強硬離脱派の動きに神経をとがらせているようだ。バーニエ交渉代表は、イギリスにもEU側にもダメージとなる合意なしの結果を避けるために、今では何らかの合意をまとめる意思を示している。

このような状況の中で予想されることは、EU側が「すべての合意ができなければ何の合意もない」という立場を緩め、将来の関係をあいまいにしたまま離脱合意を結び、2020年末までの「移行期間(EUとの関係を現状通り維持する期間)」で、打開策を図るということだろう。最も大きな問題の一つ、アイルランド島のイギリスの一部北アイルランドと南のアイルランド共和国との間の国境問題では、強硬離脱派の案も十分ではなく、この問題の解決にはまだまだ時間がかかりそうだ。

そのイギリスとEUとの妥協合意で、メイは、強硬離脱派、さらには野党労働党の協力も得て、来年3月の離脱の日を迎え、その後、自発的に(例えば糖尿病のメイ首相の健康問題を理由に)、もしくは保守党強硬離脱派らの党首不信任を受けて、新しい党首が選ばれ、EUとの交渉が新しい局面で継続するということとなるだろう。来年3月以降、保守党は、首相としてお粗末な能力を示し、権威を失ったメイ首相が党首ではやっていけない。少なくとも、来年の3月の段階では、イギリス、EUの両側がブレクシットで大きなダメージを受けるということにはならないように思われる。

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