政治的な「敵意のある環境」の作り方

1940年代から1970年代にかけて、旧植民地などからの移民がイギリスに来た。その多くは労働力不足を補うためのもので、それらの人々と一緒に子供達もやってきた。そういう人たちは50万人いると言われる。それらの子供たちは、ウィンドラッシュ(Windrush)世代と呼ばれる。この言葉は、その先駆けとなった船の名前からとられたものである。

この子供たちは、親のパスポートでイギリスに入ってきたのであり、全く違法入国などではない。そしてこれまで何十年もイギリスに住み、学び、また働いてきた。ところが、その中のかなり多くの人たちが、イギリスで正式に滞在資格を得ていないために、強制退去をさせられたり、解雇されたり、健康保険サービス(NHS)や福祉手当などの社会保障を拒否されたりなどの例が非常に大きな問題となった。

この問題が起きたのは、1970年代から法制が徐々に変わったこと、特に、2010年にそれまでの労働党政権から代わったキャメロン政権で、移民に「敵意のある環境」が作られたことにある。移民を担当するのは内務省であり、メイ現首相は、キャメロン政権下で2010年から2016年まで内相だった。

ウィンドラッシュ世代の子供たちの特定に大きな役割を果たしてきたのは、その入国の際の上陸カードである。そこに一緒に来た子供たちの名前も書かれていたが、そのカードは、メイ内相の下で廃棄された。それまでにも保存スペースの問題などで廃棄する計画はあったが、労働党政権下で導入されることとなっていたIDカードでその問題をカバーできるとの考え方もあったようだ。しかし、キャメロン政権がそのIDカード制度を中止した。

キャメロン政権下では、保守党がそれまで約束してきた正味の移民数を10万人未満とする政策が貫かれた。その先頭に立っていたのがメイ現首相である。しかし、2012年を除き、その2倍以上の正味の移民があり、2014年、2015年にはその3倍を超える。それでもこの10万人未満という目標は、現政権も維持している。

この中、内務省は、強制退去や自発的に退去させる政策に力を入れ、また入国が難しくなる政策に力を入れてきた。つまり、移民に「敵意のある環境」作りに力を入れてきたのである。その結果、ウィンドラッシュ世代の問題があることはかなり早くからわかっていたが、それらの人々の問題を無視し、その在留資格を証明できなければ、強制退去させ、NHSなどの本来無料で受けられるサービスは実費を請求することとした。また、社会保障受給、働いたり住居を賃貸したりするにも同様の証明が必要とした。そして、この問題が表面化してきても、無視してきた。この4月にロンドンで開かれたコモンウェルス会議の際、西インド諸島の首相らが共同でこの問題をメイと協議したいとしたが、首相側はそれを取り上げられないとしていた。それがもう無視できなくなったのである。

「敵意のある環境」作りをすることはそう難しいことではない。イギリスの政府でも、政策が上から降りてくる場合と下から上がってくる場合があるが、それぞれの担当部署からその政策の良い点と悪い点の両方を記したブリーフィングペーパーが大臣に上がってくる。これらの書類にその政策の問題点が列挙されており、もしそれらが明記されていなければ、その担当者の能力が疑われることとなる。このようなブリーフィングペーパーは、情報公開法の開示対象外であるため、率直な見解を述べやすい。それでも、特に問題となりそうな点を書類の中で目立たなくさせることは可能である。

一方、大臣らが、政策を自らの考える方に向けていくためには、それを反映させた法制を設けることが有効であるが、それ以外に自分たちの意図が十分反映できるような人物を主要なポストにつけられるような仕組みとしていくことができる。例えば、内務省でいえば、国境局のトップに元警察・軍関係者を配置しやすい制度とすれば、法執行の実務に自ら力を入れるようになる。

国家公務員も結果を出す必要があることから、移民の問題であれば、強制もしくは自発的国外退去数の結果が出せるような方向へ舵を取っていくこととなる。そして「小さな問題」を無視しても、結果が出せれば、昇進していくこととなる。

そして大臣らが「小さな問題」を無視していけば、「敵対的な環境」を醸成することはそう難しいことではない。