選択肢の狭まったメイ

メイ首相は、53日、通常、国家的に重要な声明を発表する場の首相官邸前で、EU離脱交渉でEU側が脅しをかけてきている、68日投票の総選挙に影響を与えようとしていると厳しく非難した。

イギリスが、外国勢力がイギリスの選挙に介入しようとしていると非難したのは1920年代のことで、メイの非難は歴史的にも極めてまれなことだと言われる。

メイの言うEUからの脅しは、わずか数日前、メイ本人がブリュッセル(EU本部の所在地)のゴシップだと取るに足らないものとして扱った「憶測と情報漏えい」に基づいている。イギリス政府は、通常、そのようなものにコメントしないが、コメントどころか、強い非難となった。

3月末にイギリスはEU離脱通知を送ったが、EU側の27か国や欧州議会の交渉指針のすり合わせ、さらにはメイが突然行うことを決めた総選挙で、具体的な交渉はその総選挙後に始まる予定だった。メイのリクエストで行われた426日のイギリスの首相官邸での夕食会は、イギリス側とEU側の最初の顔合わせだった。

ところが具体的な交渉の始まる前に、既にイギリスとEUの関係は非常に悪くなっている。

426日の夕食会で、メイは、「Brexitを成功させよう」と発言したと言われる。それに対してEUの執行機関、欧州委員会のユンカー委員長は、「成功はあり得ない、悲しいものだ」と答えたとされる。

メイの意味は、イギリスの離脱交渉で、イギリスとEU側の両者がウィンウィンの関係を作り、ともに利益を得ることを目的とすべきだというものだった。

ただし、これには条件がある。その合意には、EUの単一市場にイギリスがほとんどこれまで通り障害なくアクセスでき、その一方、EUからの移民を制限することができるという条件が含まれることである。

もちろんEU側も同じ権利を得ることとなるが、イギリスの人口6300万人に対し、イギリスを含めた5億人余りの人口を持つEUとでは大きく立場が異なる。

また、EU側は、これまで繰り返し主張しているが、EUの単一市場と移民の自由は一つのセットであり、それを分割できないとしている。

しかも、EU側は、将来、イギリスのように離脱する国が生まれないよう、結束を固めるとともに、離脱の条件をかなり厳しいものとする必要がある。

その中、メイは、ユンカーらに「Brexitを成功させよう」と面と向かって主張したのである。

しかもメイが離脱に当たり、法的に財政負担義務はないとする主張をするに至り、メイがEU離脱で「いいとこ取り」を求めていることが明らかになった。

これまでもメイが「合意なしの方が悪い合意より良い」などと強硬な主張をしても、これらは交渉上の駆け引きの一つで、結局は譲歩して合意を求めるという見方があった。しかし、426日の夕食会での面と向かっての発言で、ユンカーが、メイは「異なった銀河に住んでいる」との印象を抱くこととなった。

さて、冒頭に述べたように、メイは、EU側を強く非難し、イギリスの有権者に、自らの率いる保守党に投票するよう呼びかけた。メイはEU側が選挙に介入しようとしている非難したが、もともとEU側には、メイがイギリス国内でその立場を強めることは、Brexit交渉によいという見方があった。この立場は、メイが夕食会で妥協しない立場を示したことで、変化したかもしれない。

ここで問題となるのは、メイが首相として本当にBrexitの交渉を担当するのが適当かどうかということである。メイは自分が「強い、安定したリーダーシップ」を提供し、「可能なベストの合意」を得ると主張してきた。それが本当かということである。

もちろん「可能なベストの合意」の意味は広範囲であり、かなり悪い合意でもそのような主張ができるかもしれない。しかし、メイのこれまでのやり方は、一般の「強い、安定したリーダーシップ」とはかなり異なったものだ。

メイが行ったようなEUへの非難は、かなり前に予測されていた。20171月、イギリスの前駐EU大使が、メイのEU離脱交渉に対する立場が非現実的だとして突如辞任したが、2月に下院委員会に呼ばれた時、そのような事態が起きることを予測していた。ただし、これほど早く起きるとは思っていなかったようだ。

そのような駐EU大使のアドバイスを聞く耳を持たず、辞任に至らせるような状況を作ったのはメイである。また、この交渉で重要な役割を果たすEU離脱省のトップの事務次官に、内務相時代のメイに忠実だったが、昇進が早すぎ、経験の乏しく、その能力が未知数の人物を任命したのはメイである。

また、20166月のEU国民投票は諮問的なものだったが、その離脱の結果を受けて、EUへの離脱通知を議会に諮らず、女王の大権を使って自分の判断で送ろうとした。それはおかしいとした民間人が司法審査を求め、高等法院で議会の承認が必要との判断が下された後、上訴し、結局、最高裁でも議会の承認が必要と判断された。高等法院の判断が出た際、その判事たちを「国民の敵」としたタブロイド紙を、メイは報道の自由だとして批判しなかったばかりか、本来司法を守る立場にあるメイ内閣の法相は、裁判所の判断を擁護する声明をなかなか出さず、法曹界から強く非難された。

メイのやり方は、自分の周囲を自分の意見に従う人物で固め、本当のことを率直に言う人たちを遠ざけ、自分の判断ですべてを取り仕切ることのようだ。これがメイの言う「強い、安定したリーダーシップ」のように思われる。

メイは拙稿でもこれまで度々触れたように、多くのことを成し遂げたいという野心がある。例えば、財政赤字を2022年までに黒字に変えたい、Brexitを成功させたい、やっと生計を立てている人たちを助けたい、優秀な子供たちにそれに見合う優れた教育を受けさせたい(グラマースクール)など多くの目的があるが、あまりにも多くのことに取り組みすぎだ。これらは必ずしも同じ方向にあるのではなく、かなり対立した要素がある。

例えば、BrexitEU側からの巨額の「離婚料」の問題がある。600億ユーロ(73千億円)という数字が出ていたが、今ではそれが1000億ユーロ(122千億円)に増えたのではないかという見方がある。53日のフランス大統領選討論会で、次期大統領となるのが有力なマクロン候補は、イギリスがEUを離脱するには600から800億ユーロを支払う必要があると発言した。マクロンが大統領となると、イギリスに対してこの要求を貫くように思われる。メイは、財政赤字を2022年までになくす方針で、緊縮財政を維持しているが、EU離脱にまつわる様々な財政負担が増えると見られる中、このような要求にたやすく応じられる状況にない。

EU側は、この「離婚料」、イギリスにおけるEU加盟国人の権利、さらにアイルランドの国境問題の3つを、イギリスとEUとの貿易関係交渉の前に行うこととしている。

これらの問題が、そう簡単に解決できるとは思えないが、それが進まないと貿易関係の話にならない。もしイギリスとEUの合意がないままイギリスがEUを離脱すれば、2年足らずでEUへの輸出に関税などの障壁に面することとなる。これまでEUがイギリスに代わって行ってきた対外関係もすべて自前で行う必要がある。イギリスをEUへの窓口として使ってきた外国企業は、その政策を変え、雇用にも大きな影響が出るだろう。金融関係でも既にその動きは始まっている。

メイの選択肢は狭まっている。UKIPの欧州議会議員が、このままでは、Brexitの交渉結果は「イギリスに非常に不利な合意」となると発言したが、もしメイがあくまで合意に固執すれば、メイの「可能なベストの合意」はかなりレベルの低いものとなるだろう。ただし、それはメイが作り出したものではなく、メイの敵が招いたものと主張するだろうが。