キャメロンの誤算(Cameron’s Miscalculation)

キャメロン首相は、保守党の党首として非常に大きな計算違いをした。そしてそのために自分を非常に苦しい立場に追いやっている。キャメロン後の保守党党首の座を狙っていると目されるロンドン市長のボリス・ジョンソンも下院議員に復帰する可能性をほのめかした

まず、キャメロンは、2005年に党首に就任以来、テレビ党首討論に前向きであることを繰り返し表明し、その結果、2010年の総選挙期間中に行われた三党党首討論に参加せざるを得ない状況を自ら作り出した。世論調査で有力な政党の候補者は、それまでテレビ討論を避けてきた。不測の事態が起きる可能性があるからである。

そして2010年に初めて行われた三党党首討論では、ほとんど誰も予想しなかったことが起きた。自民党のクレッグ党首の「クレッグブーム」である。それまで自民党はクレッグの知名度の低さを心配し、クレッグより知名度の高いヴィンス・ケーブルと一緒の写真を選挙で使っていたくらいだった。

テレビ討論の結果、自民党はその前の2005年の総選挙より若干議席を減らしたものの得票率では上回った。保守党は、そのため直接的、間接的に議席を落とし、その結果、過半数が占められないままに終わった。第一の誤算である。

自民党との連立では、自民党の求めた、選挙制度にAV制度を導入するかどうかの国民投票の実施を認めるかわりに、保守党は下院の議席を650から600に減らし、また選挙区の有権者の数を均等化することを求め、合意された。

もしこれらが実現していれば、キャメロンの第一の誤算は、帳消しになっていたかもしれない。しかし、これらは実現せず、第二の誤算につながった。なぜそれらが誤算となったのか?

AV(Alternative vote:選好順位指定投票)

英国は完全小選挙区制で、最高得票者がその得票割合にかかわらず当選する仕組みである。AVとは、それを修正するものである。もし、最高投票者が過半数の得票をした場合にはその人物が当選するが、過半数を下回った時には、最も少ない得票をした人の票からその第二選好で票が振り分けられる。そして誰かが過半数を上回るまでその作業を続ける。つまり、それぞれの選挙区で投票した有権者の過半数の支持する候補者を選出する方法である。

自民党が提案した時には、自民党候補者が保守党支持者並びに労働党支持者から第二選好として選ばれると見られていたため、自民党が有利となり、保守党と労働党には不利だと見られていた。

キャメロンはこのAVの導入に反対した。キャメロン本人は反対運動で目立たなかったが、保守党は大反対運動を繰り広げた。AV反対派はクレッグへの個人攻撃を繰り広げてキャンペーンを行い、結果は、大差で否決された。

ところが今や保守党は英国独立党(UKIP)に大きく票を失っている。ある世論調査では、保守党の党員さえもその2割がUKIPに投票するという。つまりこれまで保守党に投票してきた人たちのかなり多くがUKIPに流れている。

もしAVがあれば、UKIPに投票する人たちの多くは保守党を第二選好とするため、UKIPの影響を最小限にできていた。

選挙区改革

自民党の求めた、AVの国民投票、さらにその後の上院改革を保守党が妨げたことから、自民党は保守党の求めていた選挙区改革、すなわち、選挙区数を減らし、選挙区のサイズを均等化することに反対した。そのため、これらは今国会では実現しない。

この選挙区改革を簡単に説明すると以下のようなこととなる。

現在の選挙区割りでは、特に都市部の選挙区のサイズ(有権者の数)が小さく、郊外は大きい傾向がある。一般に都市部では労働党が強く、郊外は保守党が強い。郊外には裕福な有権者が多い保守党の強い地域が多く、しかも教育レベルが高く、投票率も高い。

そこで選挙区の数を減らし、一つ一つの選挙区のサイズを平均化すれば、都市部の労働党の強い選挙区の数が減り、しかもかつて労働党の下院議員を選出していた選挙区と郊外の保守党に投票する人たちの住んでいる地域が一緒になり、その結果、投票率の低い労働党支持者と投票率の高い保守党支持者の組み合わせとなって保守党候補者に有利となる。

このため、この選挙区改革は、保守党にかなり有利になると考えられていた。

ところが、新区画策定作業は公聴会も終え、ほぼ終了していたが、自民党の反対でこれが進められないこととなった。

もし、AVと新選挙区区割りが実施されていれば、現在の政治状況はかなり異なっていたものとなっていただろう。保守党の立場ははるかに強固だったと思われる。

ミリバンド労働党党首も、いわゆる「真ん中」の有権者を獲得するために「左寄り」と見られるエネルギー価格の凍結のような政策には二の足を踏んでいた可能性が高い。

キャメロンの誤算のもたらした結果である。