変わる英国王室

ハリー王子メガン・マークルさんが2018年5月19日結婚した。この結婚に至る過程は、父親チャールズ皇太子や兄のウィリアムス王子のものとはかなり異なる。英国王室が大きく変わってきていることを示すものと言える。

メガンは、これまでの王室に入る女性のイメージとは異なる。アメリカ人で、母が黒人の混血であり、ハリーより3歳年上で離婚歴がある。しかし、有名な女優で、慈善事業や男女平等などの活動で知られた、自分の考えをしっかりと持つ女性である。

チャールズ皇太子は、ダイアナ妃と結婚する前、現在のカミラ夫人と付き合っていた。カミラ夫人はその前に他の男性と付き合っていたことがあるため、将来の国王となるチャールズの伴侶にはふさわしくないと判断されたといわれる。そのため、チャールズはカミラをあきらめ、将来の国王の妻にふさわしいと考えられたダイアナ妃と結婚することとなった。しかし、チャールズは、既に結婚していたカミラとよりを戻し、後にダイアナ妃が「私の結婚には3人いる」と告白した事態になる。すなわち、ダイアナ妃、チャールズ皇太子、そしてカミラの3人である。そしてチャールズとダイアナの離婚、ダイアナ妃の事故死を経て、チャールズとカミラが結婚する。

1997年のダイアナ妃の事故死で、イギリス国民はヒステリックな状況となり、皇室への反感が高まった。そのため、エリザベス女王が、テレビに出演し息子チャールズの離婚した元妻であったにもかかわらず、ダイアナから学ぶものがあったとし、国民のダイアナへの思いに感謝するという事態となった。そしてダイアナ妃の棺を乗せた霊柩車の後ろをエリザベス女王の夫であるフィリップ殿下、チャールズ皇太子、そしてウィリアムとハリーらに歩かせるということとなる。また、国民のチャールズとカミラへの反感を鑑み、カミラの処遇に慎重になり、チャールズ皇太子の妻となるのに時間をかけた。

こういう問題があったため、チャールズ皇太子の長男ウィリアム王子の結婚には、本人の意思を重んじる方針に転換した。ウィリアム王子の大学の同級生キャサリン・ミドルトンとの関係が明らかになった際、キャサリンの母親はイギリスではそう高く評価されていないスチュワーデス出身であり、普通の家の出であるが受け入れようとした。また、キャサリンに目立ったキャリアはない。一時期、ウィリアムとキャサリンの関係が冷却したと言われ、女王が残念がったという話も伝えられ、女王がこの問題に気を使っていたことがわかる。

弟のハリー王子には、役立たずの印象があった。ハリーのどんちゃん騒ぎや女性関係はよくタブロイド紙をにぎわせたが、軍での経験の後、慈善活動に本格的に取り組みだしていた。母のダイアナ妃は慈善活動で有名だった。2016年にメガンに出会い、付き合い始め、メディアの心ない報道に面し、心を決めたようだ。

イギリスでは、ハリーとメガンの結婚式にあまり関心がないという世論調査があったが、BBCや他のメディアの報道を見ると、それ一色という状態である。むしろ、この結婚式で、大きな経済効果が期待されている。様々な文化の複合するイギリスによくマッチした非常にうまく演出された結婚式は、王室が変わったということをはっきりと示し、すでに国民の多くが評価している王室の存在を再確認したと言えるだろう。

決まらない、EUとの経済関係

離脱後のEUとの経済関係を巡り、内閣がまとまらない。メイ首相の好む関税パートナーシップ案と離脱強硬派らが選択するテクノロジーに大きく頼るMax-fac案があるが、いずれにも問題があるからだ。大臣をメンバーとしたワーキンググループを設け、そこで妥協案を探ろうとしているが簡単ではない。そもそも上記のいずれの案にもEU側は消極的だ。そこでメイ内閣は、イギリスとEUとの間でもし話がまとまらなければ、最後の手段として、2020年末に終わる予定の移行期間の後、北アイルランドとアイルランド共和国の国境で検問をする必要のないよう、取りあえず(短期間だというが)、EUに入ってくるモノの関税と同じ関税をイギリスもかけることで合意した

メイ首相はこの方法を取るつもりはないという。しかし、メイ首相がするつもりはないという関税同盟の方向にますます進んでいる。ただし、この案でEU側が納得するとは考えにくい。北アイルランドに陸続きで、この問題で直接の影響を受けるアイルランド共和国が「関税同盟だけの問題ではない」と指摘している。

イギリスは来年3月29日にEUを離脱する。将来の経済関係の骨子がはっきりしなければ、離脱後の「移行期間」にも入れない。移行期間は、現在の関係と将来の関係の間を埋めるための詳細を煮詰め、準備する期間であり、現在の経済関係が続く。しかし、もし将来の関係が決まらなければ、イギリスがEUをスムーズに離れるための離脱合意そのものも困難になる。

今秋までには、イギリスのEU離脱、移行期間の詳細、将来の経済関係の骨子について合意が必要であり、そのためには、将来の経済関係、特に北アイルランドとアイルランド共和国の間に、いかに検問を設けずにすませることができるかについて、EUとイギリスが受け入れられる案を提示できるかがカギとなる。それを6月のEUサミットまでに解決するのは簡単なことではない。

しかもその案は、イギリスの上下両院に受け入れられるものである必要がある。メイが政権を維持していくためには、ジェイコブ・リース=モグら60人ほどを擁するERGグループと閣僚を含む離脱強硬派の支持を維持していく必要がある。その一方、両院ともにソフトな離脱を求める勢力の方が多いため議会運営は極めて困難だ。将来のEUとの経済関係はまだ決まらない。

調査しないことになった下院議長のいじめ疑惑

ジョン・バーコウ下院議長のいじめ疑惑について、下院の行動基準委員会が行動基準コミッショナーに調査依頼しないこととした。5人の委員のうち、3人が調査に反対、2人が賛成だった(委員長は同数となった場合にしか投票しない)。調査するかどうかはコミッショナーの判断次第という点では委員全員が同意したが、この委員会のルールで7年を超える前の件については、コミッショナーは委員会に諮る必要があり、よほどの事情がない限り、委員会は調査依頼しないことになっている。バーコウはすべての疑惑を否定している。

バーコウは2009年から下院議長を務めている。下院の元職員でバーコウにいじめられたとする二人のうち一人は2010年、もう一人は2011年2月にそのポストを離れた。すなわち、7年を超えている。また、二人とも、その主張を正式な苦情申し立てとして訴え出ていない。2010年に退職した人物は口外禁止条項に署名したとしたが、バーコウは、その話には自分は関与していないし、自由に話してもらって結構だとしている。

なお、バーコウの件を調査するようコミッショナーに求めたのは、委員会に所属しない保守党議員。委員会でコミッショナーへの調査依頼に反対したのは保守党議員2人と労働党議員1人で、賛成したのは保守党議員と労働党議員1人ずつだった。

より大きな権限を求める選挙委員会

イギリスでも、公職の選挙や国民投票など有権者の投票で決めることをできるだけ公平に行われるようにするため、その運動に様々なルールや制限を設けている。そしてそれを監視するのが選挙委員会(Electoral Commission)である。しかし、その選挙委員会が、その権限を強めてくれるよう訴える事態が起きている

まず、選挙委員会の捜査権限の強化である。選挙委員会は、必要な書類などを収集するため、捜査令状を取得し、事務所を捜索、また裁判所に命令を出すよう求めることができる。しかし、時には最近情報コミッショナーが捜査令状を求めた時のように、時間がかかりすぎることがある。選挙委員会が書類の提出を求めても、なかなかそれらが提出されないことがある。例えば、2015年総選挙での選挙費用違反問題で、保守党は、求められた書類を何度も督促されたにもかかわらず提出せず、結局、選挙委員会が裁判所に訴え出た結果、提出された。選挙委員会には必要な書類を得る権限が与えられているが、それが必ずしも時宜にかなっていない場合がある。

また、2016年に行われたEUを離脱するか残留するかの国民投票に関する費用支出違反の調査では、離脱支持の団体が、その支出制限を超えて支出したと選挙委員会が判断して科した罰金の金額は7万ポンド(1千万円)だった。1違反当たり、最高2万ポンド(300万円)を科すことができる。金額はかなり高いが、この団体の中心人物には資産が数百億円あり、このような罰金はあまり効果がないといえる。むしろ、ある程度の罰金を政治のコストと見る傾向も出てきているという。選挙委員会は、より高い罰金額を求めている。

一方、選挙委員会も、もし容疑を受けて行動しなければ、裁判所でその不作為を訴えられる可能性もある。2016年EU国民投票に関連して、選挙委員会が裁判所に訴えられ、選挙委員会が捜査を開始した。クラウドファンディングはその大きな武器となっている。

一般にイギリスでは、選挙違反はそれほど深刻にとらえられていない。上記の2015年総選挙の例でも、選挙費用違反の疑いのあったもののほとんどは不起訴となった。最も深刻な件のみが起訴され、現在裁判で争われている。選挙委員会や警察・検察もすべての問題に対応することは、時間やリソースの問題もあり難しく、優先順位をつけて対応せざるをえない面がある。起訴されたのは、悪質な上、選挙の結果が異なっていた可能性があるためだった。

確かに現代では、選挙違反の取り締まりはそう簡単ではない。例えば、アメリカ大統領選で、ロシアの活動やイギリスに本拠を置いていたデータ分析会社ケンブリッジアナリティカの活動が結果に影響をもたらした疑いがある。2017年のイギリスの総選挙ではロシアがコービン労働党を助けるような活動をしたといわれる。国外からの活動に、選挙の当事者が関係していたかどうかはっきりしないが、もしこれらの活動が選挙結果に大きな影響を与えるとすれば、それをどのように規制するかという問題が出てくる。インターネットでの選挙運動には国境が障害にはならない。ケンブリッジアナリティカがフェイスブックで行ったことのように弊害が出てきた結果、国際的に対応を迫られているように思われる。

下院議員を辞任したハイジ・アレキサンダー

労働党のハイジ・アレキサンダー(1975年4月17日生まれ、43歳)が下院議員を辞任した。東京都に匹敵する大ロンドン市の副市長(交通担当)となるためである。

この辞任には様々な理由があるだろうが、最も大きな理由は、労働党下院議員としての将来に希望を持てず、見切りをつけたということである。政治の道を追求してきて、下院議員のスタッフ、地方議員を経て、2010年に下院議員に選ばれた。下院議員になることが目的であっただろうが、それを自らの判断でやめるというのはかなり大きな決断だっただろう。

アレキサンダーの選挙区は、大ロンドン市南側のルイシャムであり、労働党の非常に強い選挙区である。将来、総選挙の労働党候補者に選ばれない可能性はあるが、その可能性は小さく、そこに居続けようと思えばできただろうと思われる。

この転進にはいろいろな要素があるように思われる。

政治的な理由

  • 2015年9月にコービンが予想に反し、圧倒的な支持を受けて党首に選ばれた後、影の内閣に影の健康相として任命された。しかし、2016年6月のEU国民投票で離脱が多数を占めた後、影の内閣のメンバーが多数辞任した中、その先頭を切って辞任した。その時点では、コービンを党首辞任に追い込めるという読みがあったのだろう。そしてコービンを猛烈に批判する記事を新聞に投稿し、コービンは無能で、その影の内閣のメンバーであることが大嫌いだったと主張した。しかし、コービンは、行われた党首選でさらに支持を伸ばし当選した。その上、今や労働党の党員数は55万人を超え、西ヨーロッパ一である。さらにコービンは2017年6月の総選挙で、予想を裏切り健闘し、メイ保守党を過半数割れに追い込み、2015年から労働党の議席数を伸ばした。もし総選挙があれば、労働党が過半数を占めずとも最大政党となる可能性が大きい。そうなれば、コービンが首相となる可能性があるが、これまでのいきさつからアレキサンダーが閣僚や重要な役職に任命される可能性は非常にちいさい。
  • コービンが党首となる過程で生まれた、モメンタムというコービン支持の組織がその勢力を広げている。そのメンバーは3万6千人と言われる。この組織が各選挙区で勢力を伸ばしており、選挙区の労働党支部の幹部の地位を占めつつある。アレキサンダーの選挙区では、モメンタムが分裂しており、労働党の中道派が中心だが、アレキサンダーの影の内閣辞任当時には多くの反発があった。もしコービンが党首を辞任しても、モメンタムの影響力は残り、次期党首にはコービン系の人物となるだろうと思われる。
  • 2016年のロンドン市長選に出馬・当選した、サディック・カーンが労働党候補者に選ばれる運動の責任者をアレキサンダーが務めた。カーンは、今ではコービンと良い関係を保っているが、市長選ではコービンと距離を置き、コービンに批判的だった。ロンドン市民のカーンへの評価は高く、まだ先の話だが、2020年のロンドン市長選でカーンが再選されると見られている。

経済的な理由

その他の理由

  • 自分の能力を生かし、何か挑戦できる仕事にとりくみたいと思ったのだろう。ロンドンの交通、特に自動車による大気汚染対策、サイクリング化、公共交通網の整備発展など課題は多い。

すなわち、現在の労働党の状況では、アレキサンダーには、労働党の中での将来はない。労働党の中で腐って、モメンタムらの圧力に恐れをなしているよりも、自分の能力を評価してくれるカーンの下でやりがいのある仕事に取り組みたいと思ったのだろうと思われる。

いじめの疑いをかけられた下院議長

ジョン・バーコウは2009年に下院議長に就任した。その前任のマイケル・マーティンは労働党の下院議員だった人物で、もともと労働組合の代表をしており、議員の経費問題が出た時には、議員を労働組合のメンバーのように守ろうとした。その結果、この問題の処理を誤り、辞任を迫られることとなった。その後を受けたのが、バーコウである。それから9年、今やバーコウにいじめの疑いがかかっている。下院のバーコウの秘書をしていた職員が、バーコウからいじめを受け、その結果、「強制的に」辞職させられたと主張したのである。

バーコウはもともと保守党の右派の議員だったが、後に労働党からロンドンのウェストミンスター区の区議会議員選挙にも立ったサリーと付き合い、結婚し、その考え方が大きく変わった。2009年には労働党が下院の過半数を占めていたが、労働党の多くの議員の支持を受けて予想外に議長に選ばれた。一方、その経緯から保守党の一部から嫌われ、これまで何度も議長追い落としの攻撃を受けている。2010年の総選挙で労働党が敗れ、保守党・自民党の連立政権が生まれた時も攻撃を受けたが、保守党の中の支持者の援助も受けて議長の座に残った。

議長の職はイギリスでは特別に扱われており、就任後党籍を離れて中立の立場を取る。そして総選挙では、主要政党は議長の選挙区に候補者を立てない。議会のあるウェストミンスター宮殿の中に住居が設けられており、議長を退けば上院議員に任ぜられ、特別の年金もつく。なりたい人は多いが、運とタイミングが良くなければこのポストにはつけない。

イギリスの首相は、選挙で選ばれた独裁者と言われることがあるが、率いる政党が一旦下院の過半数を獲得すると、ほとんどのことを自分の判断で行うことができるようになる。そのため、議会無視の傾向が出てくる。バーコウはこの流れに歯止めをかけ、議会がその役割をきちんと担えるよう努力してきた。また無役の下院議員にできるだけ多くの発言機会を与えるようにしてきた。その結果、首相への質問時間が長くなり、首相らが不満を持っているとも伝えられた。これらの努力でバーコウを高く評価する声も少なくない。バーコウは下院の近代化をはかるために下院事務総長とも衝突した。ブラックロッドと呼ばれる議会の儀式をつかさどる役割を果たした人物がバーコウは激しやすい気性だと批判したが、さもありなんと思われる。

マーティンは、議長の職に9年あった。バーコウも9年で退くとしていたが、その9年は今年の6月に迎える。そのような中で、バーコウへのいじめ批判が出てきたことはうさん臭い要素もあるように思える。

バーコウは小柄で、保守党内のバーコウ批判派から、よく、聖人ぶった小人と呼ばれていた。妻のサリーの頓狂な振る舞いや浮気もバーコウの威厳を傷つけた。その中でよくこれまでやってきたと思われる。

それでも下院議長にはそれなりの威厳と抑制が必要だ。バーコウはいじめの疑いを否定しているが、本当にそのような問題があったのならば、その責任を取る必要があるだろう。

メイの命運

離脱後のEUとの経済関係をどのような形にするかで内閣の意見が分かれている。メイ首相の望む関税パートナーシップは、EUのルールに従う必要がある上、EU外の国と自由に貿易関係が結べないと強硬離脱派が反対。その一方、強硬離脱派の選択するMax-Fac案は、テクノロジーがまだ追いついていない上、EUとイギリスの陸上の国境となる北アイルランドとアイルランド共和国の間で何らかのチェックポイントを設ける必要がでてくる。

そこでメイ首相は、内閣のメンバーにこの2案を割り振り、ソフトな離脱を目指す立場と強硬な立場を取る閣僚を混ぜて検討させることとした。何らかの妥協案が出てくることを期待している。しかし、この2案のいずれにもEU側は消極的で、この答えを出さねばならない期限の6月のEUサミットまでにメイ首相が内閣のまとまる、そしてEU側の受け入れられる結論を出すことは極めて困難だ。

この中、2019年3月のイギリスのEU離脱後に計画されている「移行期間」を予定されている2020年末までからさらに3年伸ばし、2023年までにする案が浮上している。この間にテクノロジーを発展させ、また新たな案が出てくるのを待ってはどうかという考えだ。しかし、この案に強硬離脱派がそう簡単に合意するとは思われない。移行期間中、イギリスはEU外の国と貿易合意をすることができないだけでなく、EUの意思決定に参画できないのにそのルールに従う必要がある。また、先延ばしすることは、現在の不透明な状態が継続されるだけである。不透明な投資環境のため、既に多くの企業がイギリスへの投資を控えている中、このような状態を続けていくことはできず、もし一時的な経済的な落ち込みがあっても、むしろ来年の3月ですっぱりと離脱したほうがよいという意見が強くなっていく可能性があるのではないかと思われる。

保守党内のソフト離脱派と強硬離脱派の争いは深刻である。このため、総選挙が行われるのではないかという見方もある。5月の地方選挙で労働党が予想を下回り、保守党が予想以上に健闘したため、保守党内のコービンを恐れる気持ちが減ったのではないかという見方がその背景にあるようだ。しかし、ことはそう簡単ではない。もちろんコービンは総選挙を歓迎し、昨年6月に総選挙が行われたばかりだが、その際と同様、保守党と労働党が総選挙実施に賛成すれば、下院の3分の2以上の賛成を確保し総選挙ができる。ただし、メイが勝てるという保証はない。昨年の総選挙では、保守党が世論調査の支持率で労働党を大きくリードしており、しかも党首のメイの評価は高く、労働党のコービンの2倍近くあった。現在再びメイがコービンに大きな差をつけているが、これらが役に立たない可能性の高いことは誰もが承知している。

また、タイミングの問題がある。6月のEUサミットまでに将来のイギリス・EUの経済関係の枠組みを決めなければならないという状況があるのに、5週間の政治的な空白が生まれることが許されるだろうか。

一方、保守党内でメイの引き落としが本格化する可能性がある。メイがこれまでのまずい離脱交渉の責任を取らねばならないということはわかる。数か月前に党首選などを扱う1922年委員会への保守党党首信任投票の請求は既に40を超え、あと一握りの保守党下院議員が請求すれば、信任投票が実施されるという風評が出たことがある。もし信任投票が行われ、メイが不信任となれば、代わりの党首が選出されることとなる。時間の制約から、マイケル・ハワードが党首となった時のように、保守党下院議員が一致して推せる人物があれば、党員の投票なしで党首が決まるが、ソフト離脱派と強硬離脱派の考え方がはっきりと異なる中、そのような人物は考えにくい。時に名のあがる新内相サジード・ジャビドでは、野心のある国防相ギャビン・ウィリアムソンなどが黙っておかないだろう。そうなると、下院議員の中から二人の候補者を選ぶ作業が始まり、そして党員がその二人のうち一人を選ぶこととなる。党首選出までに数か月かかる。その間、EUとの離脱交渉を放っておくことはできないだろう。その上、もしメイが信任されたとしてもメイの立場が強くなるわけではない。

上院でEU離脱法案に修正が加えられ、下院に戻ってきた。保守党にはソフトな離脱を求める下院議員がかなりいる。強硬離脱派は労働党にもいるが、下院全体では強硬離脱派は少数だ。そのため、メイが労働党らのソフト離脱支持議員をあてにして、ソフトな離脱に大きくかじ取りをし、押し切ろうとするかもしれないという憶測もある。ただし、本当に労働党下院議員らをあてにできるのかという疑問がある。

EU離脱とは関係ないことだが、メイは自分が首相となって推し進めようとした選別教育の「グラマースクール」拡大策に再び取り組み始めた。保守党内にも反対が多くうまくいかなかった政策だが、メイは自分の政治的遺産のことを考え始めているのかもしれない。いずれに転んでもメイの命運には厳しいものがある。

公務員の新首相へのアドバイス

1997年5月、トニー・ブレア率いる労働党が18年間継続して政権を担った保守党を総選挙で破り、政権に就いた。ブレア首相の広報局長だったアラスター・キャンベルによると、財相に任命されたゴードン・ブラウンは着任早々から財務省スタッフに厳しい指示を出しており、やりすぎなければいいがと思ったそうだ。それでも労働党が長く政権に就いていなかったため、戸惑った政権関係者は多かっただろう。

公共放送BBCが情報公開法を利用し、政権初日にブレアに渡された公務員からのアドバイスを入手した。

これらのアドバイスは、新首相の仕事をできるだけスムーズにそしてやりやすくさせるためのものである。それでも政権を無難に運営していくために首相がどうしていくべきなのか、イギリスの公務員の考え方がよくわかる。

上院議員にも大臣職を与えるようにというアドバイスは、公選ではないが、法案の審議などで重要な役割を担う上院で、政権の考え方や方針をきちんと伝えることができるためには重要なアドバイスだろう。特に、世襲貴族の上院議員をなくすという約束をしていた中ではそのように思える。

首相(それに家族)は、首相官邸の上(または横上)に住むので、例えば、どのような飲み物が公費で賄われ、どのようなものを自費で払わなければならないかなどの実際的なアドバイスは重要だ。

服装にもう少しお金がかかるだろうというアドバイスは、公式な行事に出席するために購入してもその費用が出るわけではないが、首相や首相夫人として必要な費用は財務省・歳入庁との取り決めで経費として計上できることになっている。それは、2014年に明らかになった1992年の総選挙の際に用意されたアドバイスでも同じである。

政策については、公務員が総選挙キャンペーン中にマニフェストを詳細に分析している。また、現職の首相の許可を得て、公務員が野党の党首、関係者に接触し、それぞれの政党の政策の情報を得られる機会が与えられることになっている。政権に就いて、いかにそれらの政策を実現するか、または問題点、注意点などの指摘があるのは当然だろう。

もちろんこのようなアドバイスを聞くか聞かないかは、それぞれの政治家の判断による。政治家の中には、無難に運営していくことにそれほど興味のない人もいるだろうからである。

難しい内相のポスト

アンバー・ラッド内相が辞任し、その後任にサジード・ジャビドが就いた。このポストは内閣の4大ポストの一つであり、メイ首相も首相になるまでラッドの前の内相を務めた。メイは首相になるまでの内相時代、記録破りの6年間生き延びた。しかし、その在任中、移民に敵意ある環境を主導し、本来在留権のある人々に強制送還を迫り、仕事や住居を失わせ、NHS医療を受ける権利を奪ったとしてその責任を問われている。

内務省は、テロ対策を含む国内の治安、移民などを担当している。大きな省の一つであり、内相のポストは重要な仕事で威信があるが、この省はかつてから政治家の墓場とよく呼ばれている。かつては刑務所も担当していたが、それは法務省に移された。それでも運営が困難な省として有名だ。

その理由の一つは、大英帝国の名残が今でも残っているためのように思われる。多くの移民を受け入れた過去があり、移民の管理が徹底してきてこなかった。これには英連邦の関係や人権を重んじるイギリス近代の潮流がある。すなわち、移民などの対応で手を打ちだしにくい数々の問題があった。

その上、メージャー保守党政権の出国検査の廃止に至る状況がある。誰が出国したか記録のない状態が長く続いた。不法移民が100万人いると言われるが、その数ははっきりしていない。労働党政権がこの問題の解決にも役立つIDカードの導入を決めたが、キャメロン連立政権でそれを廃止した。

問題の根本に手を入れず、何か問題が起きればそれに蓋をかぶせていくような、いわばモグラたたきの運営方法では、内務省が政治家の墓場との評判を拭い去るのは難しいように思われる。

DUPのメイ政権閣外協力

2017年6月の総選挙で下院の過半数を失い、メイ首相は10議席の北アイルランドの民主統一党(DUP)と閣外協力合意をした。閣外協力の代償として、メイ首相は北アイルランドに10億ポンド(1500億円)の追加予算を与えた。そしてDUPはイギリスのEU離脱の交渉に当たってメイ首相と直接コンタクトできる立場にある

そのDUPの協力を得て、メイ政権は、新聞の行動規範に関するレヴィソン委員会の第2の勧告の実施を止めることに成功した。データ保護法案にそれを可能にする新条項を入れようとする試みにDUP下院議員が保守党議員らとともに反対したため、304対295で否決されたのである。

レヴィソン委員会は、電話盗聴問題に端を発した新聞の行動規範に関する問題を調査するためにキャメロン首相が2011年7月に設けた公的調査委員会である。そして2012年11月、委員長のレヴィソン判事が、それまでの新聞の自己規制では不十分だとして、まず公的な権限を持つ監視機関の設立を勧告し、第2段階として新聞の不正な行動や警察との関係の公的調査を勧告したのである。

ほとんどの新聞紙はこれらの勧告に反発した。また、このような公的調査委員会を設けたキャメロン首相を嫌った。そして自ら自主監視機関を設ける一方、第2の勧告の実施に反対した。保守党は、これらの新聞の自主監視機関(Ipso)はその役割を十分に果たしているとし、それ以上の手段を講じる考えはない。また、第2番目の勧告も実施する考えはない。

政権基盤の弱体化しているメイ首相は、これらの新聞に頼っている。一方、それらの新聞が最も恐れているのは、コービン率いる労働党が政権を握ることである。コービンがレヴィソン勧告をそのまま実施するのが明らかなためだ。

DUPは、北アイルランドがレヴィソン委員会の調査に含まれていなかったことを理由に、北アイルランドの新聞の行動規範についての調査を求め、それを実施することとなった。ただし、その結果が出るのは、まだ遠い先のことで4年先のようである。