保守党と労働党の支持率の差5%

驚くべき展開だ。68日の総選挙まで2週間。この段階で、世論調査の保守党と労働党の差が5%となった。

この総選挙は、当初、支持率の差で労働党に20%余の差をつけていた保守党の地滑り的大勝利は間違いないと見られていた。しかし、徐々に支持を失う保守党と、急速に支持を拡大する労働党との間で予断を許さない展開となっている。もしこの状態が続けば、確実視されていた保守党の過半数獲得は危うくなり、いずれの政党も過半数のない、いわゆるハングパーラメント(宙づり議会)となる可能性がある。

世論調査最大手のYouGovは、メイが総選挙の実施を発表した418日の後の世論調査では両党の差を24%としていた。それが51819日に実施した世論調査では9%、そしてマンチェスター爆弾事件後の52425日の調査では5%となった。

他の世論調査会社の結果も軒並み一ケタの差を示している。51819日以降に実施された世論調査で、2社が12%14%の差の結果だったが、世論調査結果の算定方法の違いによるもので、いずれも恐らく一桁だったのではないかと言われる。

5%の差を出した世論調査と同じ525日夕方に発表されたもう一つの世論調査の会社の方法は保守党に若干有利と見られているが、結果は8%の差だった。

この原因は何だろうか?それは保守党と労働党のマニフェストに原因があると思われる。

労働党のマニフェストの政策は、近年最も左寄りと言われたが、そのほとんどが有権者に人気のあるものだ。一方、保守党の政策で有権者が最も覚えているのは、高齢者ケアに関するもので、国民の多くに強い不安を起こさせたものである。メイは、下がる支持率と、これでは選挙が戦えないとする候補者たちの声を受けて、マニフェスト発表後に異例の方針転換をしたが、その一連の過程は醜いものだった。メイの「強い、安定したリーダーシップ」のイメージを大きく傷つけるものとなったと言える。また、Brexitが中心となる選挙と思われたが、その影が薄くなっている。

メイは、マンチェスター爆弾事件を自分に有利に導くよう努力したが、その効果は限られていたようだ。その上、内相時代の警官数削減が自分に跳ね返ってきている。

これからどうなるか、その展開が俟たれる。

メイの誤算

68日の総選挙まで2週間余りとなった。労働党のマニフェスト、そして保守党のマニフェストが発表され、世論調査の支持率で大きな動きがある。メイ首相率いる保守党と労働党の差が縮まってきている。

これまで、その差はほとんどが20%内外だったが、それが520日に発表された4つの世論調査で9から13%となった。その平均は11.5%である。

これまで保守党は、下院の総議席650のうち400を上回る議席を獲得するのではないかとみられていた。イギリス下院の選挙制度は完全小選挙区制であり、各選挙区で最高の得票をした候補者が一人当選する。選挙区ごとに事情は異なるが、全国的に第一党の保守党と第二党の労働党の支持率の差が非常に大きければ、各選挙区で保守党の候補者が勝つ率が飛躍的に高まる。

もし保守党が400議席を獲得すれば、他の政党の議席合計は250となり、保守党と他の政党の合計議席の差は150(マジョリティと呼ばれる)となる。1997年総選挙(全659議席)で、ブレア率いる労働党が地滑り的な大勝利を収めて418議席、保守党が165議席を獲得したが、今回の総選挙は、メイ率いる保守党が、1997年の労働党を上回る結果となるのではないかとみられていた。もしそうなれば、メイは、保守党内のEU強硬離脱派らの不満分子を抑えて、余裕のある政権運営ができることになる。

ところが、もしその支持率の差が9%であれば、保守党の議席数は348で、そのマジョリティは46となるとみられている。これでは、保守党内に100名余りいると見られるEU離脱派らを抑えることは難しいだろう。

世論調査で両党の差が大きかった主な原因は、労働党の党首コービンに首相となる能力がないと見る人が多かったのに対し、メイ首相の能力が高く評価されていたためだ。特にこの総選挙直後に始まるEUとの離脱交渉でメイに期待を寄せる人が多かった。

ところが、保守党のマニフェストに含まれた「勇敢」な政策が多くの有権者に保守党への支持をためらわせる効果を生んでいる。保守党のマニフェストそのものは、権威ある中立のシンクタンク財政問題研究所(IFS)が前向きに評価した。しかし、保守党は、所得税や国民保険料のアップを否定していない。その中でも特に大きいのは、高齢者ケアの受給者負担を増加させ、年金生活者への現金補助を減らす政策である。

メイの前任首相キャメロンは、投票率の高い高齢者を厚遇し、しかも有権者の資産を家族に引き継がせたいという希望をかなえさせるため、相続税の大幅な緩和を実施した。相続税は、2007年に保守党が党大会でその大幅緩和政策を発表したため保守党の支持率が上がり、当時の労働党のブラウン首相が総選挙を見送らざるをえなかったばかりか、臆病者の烙印を押された問題である。

ところが、高齢者ケアの受給者負担の増加は、持ち家志向のあるイギリス人の相続に大きな影響を与えるものである。特に、焦点が当たったのは、認知症で在宅ケアを受ける場合、ケアの支払いに新たにその住宅の価値を資産に入れる政策のため、支払いがかなり高額になる可能性があり、しかもそのケアの受給が長期になれば、最後に残った10万ポンド(1450万円)以外のすべてを失う可能性があるということである。イングランドの住宅の平均価値は、23万ポンド(3300万円)だが、遺産の受益者の受け取る額はかなり少なくなる。そのため、これは「認知症税」と表現されている。

もちろん、高齢者が急増する中、そのケアのコストに対する対応は必要である。メイが下院で大きなマジョリティを得ても、公選でない上院では少数派である。上院は総選挙のマニフェストで謳われた政策には反対しない慣例があり、これらの政策をマニフェストではっきりと明言しておけば上院での反対を防げるという効果がある。ただし、メイは、2025年までに財政を均衡させるとし、高齢者ケアや年金生活者への補助カットなどからもかなりの金額を国庫に入れられると計算したようだ。しかし、その結果、有権者の「家」に対する感情をいらだたせ、多くの有権者に大きな不安を与えているようだ。

労働党は、高齢者ケアと年金生活者のこれまでの権利を守る立場をとっている。そしてこれらの権利をこの選挙の中心の論点とし始めている。

労働党のコービン党首の能力に疑問を持つ有権者はまだかなり多い。しかし、どの党に投票するか迷っていた、これまでの労働党支持者に労働党に回帰する傾向が強まっている他、比較的若い世代に支持が広まっている。サッカー場で開かれた音楽コンサートでスピーチした際には、ロックスター並みの歓迎を受けた。有権者登録は、522日に終了するが、418日にメイが総選挙の実施を発表して以来、既に200万人以上新たに登録しており、あと2日でさらに大きく増加する見込みだ。コービンが労働党の党首選挙で勝利した雰囲気を思い出させる。

この状況に加え、メイの高齢者福祉に疑問を持つ有権者の支持がある程度労働党へ向かっているようだ。一方、EU離脱交渉の行方への関心が比較的に弱まっている。メイの誤算が総選挙の構図を変えた。この総選挙の結果は初めから決まっているという見方が強かったが、これからの展開が注目される。

選択肢の狭まったメイ

メイ首相は、53日、通常、国家的に重要な声明を発表する場の首相官邸前で、EU離脱交渉でEU側が脅しをかけてきている、68日投票の総選挙に影響を与えようとしていると厳しく非難した。

イギリスが、外国勢力がイギリスの選挙に介入しようとしていると非難したのは1920年代のことで、メイの非難は歴史的にも極めてまれなことだと言われる。

メイの言うEUからの脅しは、わずか数日前、メイ本人がブリュッセル(EU本部の所在地)のゴシップだと取るに足らないものとして扱った「憶測と情報漏えい」に基づいている。イギリス政府は、通常、そのようなものにコメントしないが、コメントどころか、強い非難となった。

3月末にイギリスはEU離脱通知を送ったが、EU側の27か国や欧州議会の交渉指針のすり合わせ、さらにはメイが突然行うことを決めた総選挙で、具体的な交渉はその総選挙後に始まる予定だった。メイのリクエストで行われた426日のイギリスの首相官邸での夕食会は、イギリス側とEU側の最初の顔合わせだった。

ところが具体的な交渉の始まる前に、既にイギリスとEUの関係は非常に悪くなっている。

426日の夕食会で、メイは、「Brexitを成功させよう」と発言したと言われる。それに対してEUの執行機関、欧州委員会のユンカー委員長は、「成功はあり得ない、悲しいものだ」と答えたとされる。

メイの意味は、イギリスの離脱交渉で、イギリスとEU側の両者がウィンウィンの関係を作り、ともに利益を得ることを目的とすべきだというものだった。

ただし、これには条件がある。その合意には、EUの単一市場にイギリスがほとんどこれまで通り障害なくアクセスでき、その一方、EUからの移民を制限することができるという条件が含まれることである。

もちろんEU側も同じ権利を得ることとなるが、イギリスの人口6300万人に対し、イギリスを含めた5億人余りの人口を持つEUとでは大きく立場が異なる。

また、EU側は、これまで繰り返し主張しているが、EUの単一市場と移民の自由は一つのセットであり、それを分割できないとしている。

しかも、EU側は、将来、イギリスのように離脱する国が生まれないよう、結束を固めるとともに、離脱の条件をかなり厳しいものとする必要がある。

その中、メイは、ユンカーらに「Brexitを成功させよう」と面と向かって主張したのである。

しかもメイが離脱に当たり、法的に財政負担義務はないとする主張をするに至り、メイがEU離脱で「いいとこ取り」を求めていることが明らかになった。

これまでもメイが「合意なしの方が悪い合意より良い」などと強硬な主張をしても、これらは交渉上の駆け引きの一つで、結局は譲歩して合意を求めるという見方があった。しかし、426日の夕食会での面と向かっての発言で、ユンカーが、メイは「異なった銀河に住んでいる」との印象を抱くこととなった。

さて、冒頭に述べたように、メイは、EU側を強く非難し、イギリスの有権者に、自らの率いる保守党に投票するよう呼びかけた。メイはEU側が選挙に介入しようとしている非難したが、もともとEU側には、メイがイギリス国内でその立場を強めることは、Brexit交渉によいという見方があった。この立場は、メイが夕食会で妥協しない立場を示したことで、変化したかもしれない。

ここで問題となるのは、メイが首相として本当にBrexitの交渉を担当するのが適当かどうかということである。メイは自分が「強い、安定したリーダーシップ」を提供し、「可能なベストの合意」を得ると主張してきた。それが本当かということである。

もちろん「可能なベストの合意」の意味は広範囲であり、かなり悪い合意でもそのような主張ができるかもしれない。しかし、メイのこれまでのやり方は、一般の「強い、安定したリーダーシップ」とはかなり異なったものだ。

メイが行ったようなEUへの非難は、かなり前に予測されていた。20171月、イギリスの前駐EU大使が、メイのEU離脱交渉に対する立場が非現実的だとして突如辞任したが、2月に下院委員会に呼ばれた時、そのような事態が起きることを予測していた。ただし、これほど早く起きるとは思っていなかったようだ。

そのような駐EU大使のアドバイスを聞く耳を持たず、辞任に至らせるような状況を作ったのはメイである。また、この交渉で重要な役割を果たすEU離脱省のトップの事務次官に、内務相時代のメイに忠実だったが、昇進が早すぎ、経験の乏しく、その能力が未知数の人物を任命したのはメイである。

また、20166月のEU国民投票は諮問的なものだったが、その離脱の結果を受けて、EUへの離脱通知を議会に諮らず、女王の大権を使って自分の判断で送ろうとした。それはおかしいとした民間人が司法審査を求め、高等法院で議会の承認が必要との判断が下された後、上訴し、結局、最高裁でも議会の承認が必要と判断された。高等法院の判断が出た際、その判事たちを「国民の敵」としたタブロイド紙を、メイは報道の自由だとして批判しなかったばかりか、本来司法を守る立場にあるメイ内閣の法相は、裁判所の判断を擁護する声明をなかなか出さず、法曹界から強く非難された。

メイのやり方は、自分の周囲を自分の意見に従う人物で固め、本当のことを率直に言う人たちを遠ざけ、自分の判断ですべてを取り仕切ることのようだ。これがメイの言う「強い、安定したリーダーシップ」のように思われる。

メイは拙稿でもこれまで度々触れたように、多くのことを成し遂げたいという野心がある。例えば、財政赤字を2022年までに黒字に変えたい、Brexitを成功させたい、やっと生計を立てている人たちを助けたい、優秀な子供たちにそれに見合う優れた教育を受けさせたい(グラマースクール)など多くの目的があるが、あまりにも多くのことに取り組みすぎだ。これらは必ずしも同じ方向にあるのではなく、かなり対立した要素がある。

例えば、BrexitEU側からの巨額の「離婚料」の問題がある。600億ユーロ(73千億円)という数字が出ていたが、今ではそれが1000億ユーロ(122千億円)に増えたのではないかという見方がある。53日のフランス大統領選討論会で、次期大統領となるのが有力なマクロン候補は、イギリスがEUを離脱するには600から800億ユーロを支払う必要があると発言した。マクロンが大統領となると、イギリスに対してこの要求を貫くように思われる。メイは、財政赤字を2022年までになくす方針で、緊縮財政を維持しているが、EU離脱にまつわる様々な財政負担が増えると見られる中、このような要求にたやすく応じられる状況にない。

EU側は、この「離婚料」、イギリスにおけるEU加盟国人の権利、さらにアイルランドの国境問題の3つを、イギリスとEUとの貿易関係交渉の前に行うこととしている。

これらの問題が、そう簡単に解決できるとは思えないが、それが進まないと貿易関係の話にならない。もしイギリスとEUの合意がないままイギリスがEUを離脱すれば、2年足らずでEUへの輸出に関税などの障壁に面することとなる。これまでEUがイギリスに代わって行ってきた対外関係もすべて自前で行う必要がある。イギリスをEUへの窓口として使ってきた外国企業は、その政策を変え、雇用にも大きな影響が出るだろう。金融関係でも既にその動きは始まっている。

メイの選択肢は狭まっている。UKIPの欧州議会議員が、このままでは、Brexitの交渉結果は「イギリスに非常に不利な合意」となると発言したが、もしメイがあくまで合意に固執すれば、メイの「可能なベストの合意」はかなりレベルの低いものとなるだろう。ただし、それはメイが作り出したものではなく、メイの敵が招いたものと主張するだろうが。

「裸の王様」ぶりを曝け出したメイ

昨年6月のEU国民投票後、保守党がキャメロンの後継党首そして首相にメイを選んだ時には、イギリスのEUとの離脱交渉をめぐって、このようなことが起きるとは誰も思ってもいなかっただろう。手堅いと思われたメイが、その無能ぶり、経験不足を露呈した。選挙ステラテジストのリントン・クロスビーの影響を指摘する見方もあるが、メイが「裸の王様」であることを曝け出したといえる。

53日午後、メイは首相官邸前で演説し、EUがイギリスを脅迫していると厳しく批判した。そしてEUが現在進行中の選挙に影響を与えようとしていると断言したのである。EU側は、そのようなことは「全くの幻想だ」と否定した。

メイは、現在のEUとの関係悪化の責任を取ろうとせず、自分の落ち度を棚に上げて、EU側に責任を負わせようとし、自分が何をしているか、何が悪いのか省みる気配がない。むしろ68日投票の総選挙にこの問題を利用しようとしている。

メイ首相では、イギリスがEUとの貿易を含めた将来の関係の合意をすることは難しいだろう。合意なしに離脱する、いわゆる強硬離脱に向かう可能性が高まったといえる。

何が起きたのか?

  1. 426日の夕食会

ちょうど1週間前の426日、メイが、EUの欧州委員会委員長のユンカーらを首相官邸に夕食に招待(拙稿参照)。10人の夕食会が終わった時、ユンカーが「始まる前より10倍懐疑的になった」と発言したと言われる。

翌日ユンカーは、EUの盟主ドイツのメルケル首相に連絡を取り、メイが「異なる銀河に住んでいる」と伝えた。メルケルは、その日、ドイツの下院で、「イギリスには幻想している人がいる」と述べた。

429日、イギリスを除いたEU側の27か国の首脳がブリュッセに集まり、EU側の交渉指針に合意した。

この間、426日の夕食会の内容は少しずつ漏れてきていたが、51日のドイツの新聞がその夕食会の内容を細かく報道し、それがイギリスに伝えられた。

はっきりしたことは、たいへん重要な点でEU側とメイの方針が相反しており、EU側が合意に悲観的になったということである。

しかし、メイは、その夕食会後の「建設的な話し合いがなされた」という声明をうのみにして、その夕食会が大失敗に終わったということに気づいていなかった。

  1. 2つの報道

53日のファイナンシャルタイムズ紙が、EU側はイギリスの離脱にあたり、グロスで1000億ユーロ(122千億円)の支払いを求めるだろうとトップで報道した。これまでの非公式な推定は、600億ユーロ(73千億円)だったが、それよりはるかに大きな金額が求められる可能性を示唆したのである。

この数字は、EU側から出てきたものではなく、ファイナンシャルタイムズ紙の記者が、これまでの報道、データ、それに法律などを分析して積み上げたものである。しかし、このような金額は、ドイツやポーランドなどのEU側がその態度を硬化させている証拠だという見方が強まった。

また、同日のタイムズ紙の1面トップは、426日の夕食会で、メイがEUとの交渉の終盤には自分が直接他の加盟国の首相や大統領などと交渉すると述べたが、メイが直接交渉できるのは、EU側の交渉責任者ミシェル・バーニエのみだという指摘を報道した。

さらに同日、バーニエがイギリス側の「幻想」を指摘し、イギリスの金銭的な責任の合意ができなければ、将来の関係についての交渉には進まない、しかも交渉にはかなり時間がかかると警告した。

そしてその日の午後、EUを強く攻撃したメイの発言が飛び出した。

「裸の王様」メイ

メイが、426日の夕食会の「結果」に51日まで気づかなかったように見えることは驚きだ。さらに53日のタイムズ紙の記事は、メイがEUとの交渉の仕方について理解していなかったことをはっきりと示している。

メイには、EUとの交渉で、率直に正確な情報を伝達してくれる人物が欠けているようだ。イギリスの前駐EU大使は、経験豊富で、EU内の情報や人脈に通じた人物だったが、20171月、突如辞任した。メイ政権が非現実的だと感じたことが原因だった。その後、新しい駐EU大使が任命されたが、この人物はそう大切な役割を果たしていないように思われる。

メイは、自分の考えに合わない人たちの見解を容れない。総選挙の影響もあるだろうが、メイを「強く、安定したリーダー」と称賛するばかりの人たちのみを周囲に置いている。しかし、このままでは、「強く、安定したリーダーシップ」どころか、EUとの関係をさらに悪化させる可能性がある。

もし合意ができなければ、EUも大きな傷を負うが、その悪影響はイギリスの方がはるかに大きい。「裸の王様」が首相では、EUとの交渉の見通しは暗い。

その能力には疑問があるものの、コービン率いる労働党の方がより現実的でスムーズなEU離脱、将来の関係の合意を成し遂げることができるのではないかと思われるほどだ。

「張り子の虎」のメイ首相

メイ首相は「張り子の虎」だと思われる出来事が相次いでいる。大統領的だと揶揄される、唯我独尊的な言辞、行動には選挙戦術である面もある。しかし、その裏に脆弱な面が透けて見え、「張り子の虎」という印象が免れない。

隠れた遊説

メイ首相は、68日の総選挙のキャンペーンで全国を遊説している。しかし、その演説会は、ひそかに開かれ、一般の有権者には知らされていないようだ。イングランド北部のリーズで行われた演説は、一般の会社員が帰宅した後に行われたと言われ、また、スコットランドのアバディーンシャーで行われた演説は、会場が「子供の誕生日パーティー」の名目で借りられたと言われる。いずれも保守党の支持者だけに参加してほしかったようだ。

過去には、党首の遊説中に予想外の出来事が起きた例がある。例えば、ブレアが首相だった時、建物の入り口で女性有権者が直接面と向かって質問し、食い下がった時ことがある。取材のメディアがその光景をこぞって報道し、大きなニュースとなった。

または、2014年のスコットランド独立住民投票の際である。独立を支持するスコットランド国民党(SNP)の支持者が、独立反対の人物の演説に押しかけ、演説を妨害する出来事が相次いだ。同様の戦術は、保守党支持者も使った。

メイ首相は、総選挙前のテレビ党首討論には出席しないと明言している。全国を遊説して回るからその必要はないという。しかし、メイの遊説が密かに行われ、保守党の有権者だけを対象に行われるのであれば、全国遊説の看板にふさわしくないだろう。

このようなメイのやり方は、北朝鮮のトップ、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長を思い起させる。誰もがトップを称え、拍手する。そしていかなる不同意も許さない姿勢だ。

メイの性格

これはメイの性格にも関連しているだろう。メイは「優等生の級長」で、自分の完結した世界観を持っているようだ。それから逸脱したものは許されない。これはそのマイクロマネジャーぶりにも伺われる。すなわち自分がすべてのことを把握しコントロールしたい。メイは、自分の内閣で、自分の考えに異論を唱えることを許さないと言われる。

非常に執念深い点もあるようだ。例えば、今年のイースター(復活祭)時に大きな話題となったことだ。イングランド・ウェールズ・北アイルランドの歴史的建造物や土地などの「遺産」を管理する慈善団体ナショナルトラストを、メイは「教区牧師の娘」として強く非難した。ナショナルトラストの「エッグハント」と呼ばれるイベントを協賛するお菓子会社カドベリーが従来の「イースターエッグ」から「イースター」という言葉を除いたことが理由だった。この「エッグ」は卵型のチョコレートだが、キリスト教徒以外にもアピールすることが狙いだったようだ。しかし、このナショナルトラストの総裁は、元内務省事務次官で、内務大臣だったメイとの折り合いが悪く、辞任した人物である。

また、メイは、能力を選別して入学させ、より高い教育を受けさせようとする公立学校のグラマースクールの拡大を推進しているが、グラマースクールが地域の教育レベルを上げるという証拠はなく、野党労働党のコービン党首はそれに真っ向から反対している。コービンはグラマースクールで学んだが、妻が息子をグラマースクールに行かせたいと主張したため、結局離婚に至ったほどだ。それでも、メイは「首相への質問」で、グラマースクールを質問したコービンに、息子をグラマースクールへ送った、言うこととすることが別であり、信用できない人物だと繰り返し主張している。

スローガン

メイは自分に近い側近らと「打ち出すライン」を決め、それにスピーチでもインタビューでも固執する。最近のスローガンは「強い、安定したリーダーシップ」である。

今回の総選挙は、いやいやながら仕方なく実施することとしたと言い、議会が妨害するので「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだとした。イギリスのEU離脱の通知送付を承認する下院投票は、圧倒的に賛成されたがと指摘され、それにも「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだと答えた。

このようなスローガンを一つのインタビューで十何回も使い、430日のBBCのインタビューで、それは「ロボットのようだ」と指摘されたほどである。さらに、このスローガンをメイ内閣の閣僚や関係者も繰り返し使い、すべての会話をこの言葉につなげようとしているばかりか難しい質問をはぐらかすのに使っている。

メイは、このスローガンに対比し、コービンは「弱い、混乱している」とけなし続けている。確かに選挙戦でスローガンを決めて有権者の頭の中にこびりつくようにさせることには一定の意味があろう。ただし、それは有権者の気に障り始めており、また、メイらが、スローガンの背後に隠れようとする傾向が出ているように感じられる。

Brexit

Brexitについて、メイは、イギリスにとって「可能な最善の合意」をEU側とすると言い続けている。一方、「悪い合意をするより、合意がない方がよい」と主張しており、それは430日のBBCのインタビューでも繰り返した。

メイは、426日に欧州委員会委員長ユンカーとその交渉担当者らを夕食会に招いた。EU側にはその真意をいぶかる声があったとされるが、その夕食会は、メイがまさしくその「強さ」を示すことを意図していたように思われる。

ユンカーはこの夕食会の後、前よりもイギリスの離脱交渉が10倍難しいことがわかったと言ったそうだ。そしてその翌日、ドイツのメルケル首相に、メイは「異なった銀河にいる」と電話したと言われ、メルケルはドイツの下院で「イギリスには幻想している人がいるようだ」と発言した。

EU側の交渉指針は、429日、EUの残りの加盟国27か国のトップがわずか4分で合意したように、極めて明快だ。

  • イギリスでのEU加盟国人の権利の保障
  • イギリスに責任のあるEUへの支払い義務
  • アイルランドの国境問題の解決(EUメンバーのアイルランド共和国と現在イギリスの一部である北アイルランドとの間の国境)
  • 以上の3点に満足のいく進展がなければ、貿易などの将来の関係の交渉に入らない

一方、メイの狙いは、429日のEU側の会合の前に、その立場を明らかにすることだったようだ。メイの主張は以下の通り。

  • イギリスは、EUに一銭も払う法的義務はない
  • 交渉を秘密に進める
  • 将来の貿易関係の交渉をすぐに始めたい

さらにEU加盟国人の処遇を交渉の一つの手段とする意図を匂わせたようだ。

これらに対し、ユンカーは、メイは勘違いしていると指摘したと言われる。イギリスにはきちんと金銭的なけじめをつける必要があり、この交渉には27か国と欧州議会も絡み、秘密交渉は事実上不可能だ、さらに上記の3つの問題の解決なしに将来の関係交渉は進まないとした。

メイにとっての問題は、その主張がユンカーらに全く受け入れられなかったばかりか、メイの交渉戦略そのものに大きな疑問符がついたことだろう。

メイはこれまで、強いレトリック(言辞)を使い、有能な首相のイメージを生み出し、有権者の支持を得てきた。しかし418日にBBCのインタビューで、これまで成し遂げたことは産業政策だと言いながら、それに取り組んでいると付け加えたことにあらわれているように、メイが首相として成し遂げたことは乏しい。

むしろ、昨年の保守党大会の演説で、ビジネスらに大幅な譲歩を迫ったが、すぐに方針を軟化させ、また3月のハモンド財相の予算発表で、自営業への国民保険料増額案がマニフェスト違反だと批判された途端Uターンしたようにその立場には不確かなものがある。

メイの自分に任せておけば大丈夫だとの「強いリーダー」的アプローチは、これまで世論調査で効果が上がってきた。これまで世論調査での保守党と労働党の差は20%台が続いてきた。さらにメイへの評価は、保守党への評価よりもはるかに高いものがあり、保守党はメイを総選挙の中心にして支持を集める戦略を立てている。

ほとんどの人は保守党の大勝利を予測している。もし、総選挙後、有権者が見るのが「張り子の虎」メイ首相でEU側に大幅譲歩すれば、多くの有権者はがっかりするだろう。

一方、メイが426日の夕食会で表明した考え方に固執すれば、離脱交渉はまとまらず、イギリスは20193月に自動的に離脱、これまでEU内で享受してきた権利を失うこととなる。EUとの貿易には関税などの障壁ができる。それに対応するスタッフが不足しており、EUに頼ってきた世界の国々との貿易交渉をイギリスは自ら行わねばならず、国際的、国内的に大きな混乱に陥る可能性が高い。

「強い、安定したリーダーシップ」のメイがどのように対応するか見ものである。