「裸の王様」ぶりを曝け出したメイ

昨年6月のEU国民投票後、保守党がキャメロンの後継党首そして首相にメイを選んだ時には、イギリスのEUとの離脱交渉をめぐって、このようなことが起きるとは誰も思ってもいなかっただろう。手堅いと思われたメイが、その無能ぶり、経験不足を露呈した。選挙ステラテジストのリントン・クロスビーの影響を指摘する見方もあるが、メイが「裸の王様」であることを曝け出したといえる。

53日午後、メイは首相官邸前で演説し、EUがイギリスを脅迫していると厳しく批判した。そしてEUが現在進行中の選挙に影響を与えようとしていると断言したのである。EU側は、そのようなことは「全くの幻想だ」と否定した。

メイは、現在のEUとの関係悪化の責任を取ろうとせず、自分の落ち度を棚に上げて、EU側に責任を負わせようとし、自分が何をしているか、何が悪いのか省みる気配がない。むしろ68日投票の総選挙にこの問題を利用しようとしている。

メイ首相では、イギリスがEUとの貿易を含めた将来の関係の合意をすることは難しいだろう。合意なしに離脱する、いわゆる強硬離脱に向かう可能性が高まったといえる。

何が起きたのか?

  1. 426日の夕食会

ちょうど1週間前の426日、メイが、EUの欧州委員会委員長のユンカーらを首相官邸に夕食に招待(拙稿参照)。10人の夕食会が終わった時、ユンカーが「始まる前より10倍懐疑的になった」と発言したと言われる。

翌日ユンカーは、EUの盟主ドイツのメルケル首相に連絡を取り、メイが「異なる銀河に住んでいる」と伝えた。メルケルは、その日、ドイツの下院で、「イギリスには幻想している人がいる」と述べた。

429日、イギリスを除いたEU側の27か国の首脳がブリュッセに集まり、EU側の交渉指針に合意した。

この間、426日の夕食会の内容は少しずつ漏れてきていたが、51日のドイツの新聞がその夕食会の内容を細かく報道し、それがイギリスに伝えられた。

はっきりしたことは、たいへん重要な点でEU側とメイの方針が相反しており、EU側が合意に悲観的になったということである。

しかし、メイは、その夕食会後の「建設的な話し合いがなされた」という声明をうのみにして、その夕食会が大失敗に終わったということに気づいていなかった。

  1. 2つの報道

53日のファイナンシャルタイムズ紙が、EU側はイギリスの離脱にあたり、グロスで1000億ユーロ(122千億円)の支払いを求めるだろうとトップで報道した。これまでの非公式な推定は、600億ユーロ(73千億円)だったが、それよりはるかに大きな金額が求められる可能性を示唆したのである。

この数字は、EU側から出てきたものではなく、ファイナンシャルタイムズ紙の記者が、これまでの報道、データ、それに法律などを分析して積み上げたものである。しかし、このような金額は、ドイツやポーランドなどのEU側がその態度を硬化させている証拠だという見方が強まった。

また、同日のタイムズ紙の1面トップは、426日の夕食会で、メイがEUとの交渉の終盤には自分が直接他の加盟国の首相や大統領などと交渉すると述べたが、メイが直接交渉できるのは、EU側の交渉責任者ミシェル・バーニエのみだという指摘を報道した。

さらに同日、バーニエがイギリス側の「幻想」を指摘し、イギリスの金銭的な責任の合意ができなければ、将来の関係についての交渉には進まない、しかも交渉にはかなり時間がかかると警告した。

そしてその日の午後、EUを強く攻撃したメイの発言が飛び出した。

「裸の王様」メイ

メイが、426日の夕食会の「結果」に51日まで気づかなかったように見えることは驚きだ。さらに53日のタイムズ紙の記事は、メイがEUとの交渉の仕方について理解していなかったことをはっきりと示している。

メイには、EUとの交渉で、率直に正確な情報を伝達してくれる人物が欠けているようだ。イギリスの前駐EU大使は、経験豊富で、EU内の情報や人脈に通じた人物だったが、20171月、突如辞任した。メイ政権が非現実的だと感じたことが原因だった。その後、新しい駐EU大使が任命されたが、この人物はそう大切な役割を果たしていないように思われる。

メイは、自分の考えに合わない人たちの見解を容れない。総選挙の影響もあるだろうが、メイを「強く、安定したリーダー」と称賛するばかりの人たちのみを周囲に置いている。しかし、このままでは、「強く、安定したリーダーシップ」どころか、EUとの関係をさらに悪化させる可能性がある。

もし合意ができなければ、EUも大きな傷を負うが、その悪影響はイギリスの方がはるかに大きい。「裸の王様」が首相では、EUとの交渉の見通しは暗い。

その能力には疑問があるものの、コービン率いる労働党の方がより現実的でスムーズなEU離脱、将来の関係の合意を成し遂げることができるのではないかと思われるほどだ。

「張り子の虎」のメイ首相

メイ首相は「張り子の虎」だと思われる出来事が相次いでいる。大統領的だと揶揄される、唯我独尊的な言辞、行動には選挙戦術である面もある。しかし、その裏に脆弱な面が透けて見え、「張り子の虎」という印象が免れない。

隠れた遊説

メイ首相は、68日の総選挙のキャンペーンで全国を遊説している。しかし、その演説会は、ひそかに開かれ、一般の有権者には知らされていないようだ。イングランド北部のリーズで行われた演説は、一般の会社員が帰宅した後に行われたと言われ、また、スコットランドのアバディーンシャーで行われた演説は、会場が「子供の誕生日パーティー」の名目で借りられたと言われる。いずれも保守党の支持者だけに参加してほしかったようだ。

過去には、党首の遊説中に予想外の出来事が起きた例がある。例えば、ブレアが首相だった時、建物の入り口で女性有権者が直接面と向かって質問し、食い下がった時ことがある。取材のメディアがその光景をこぞって報道し、大きなニュースとなった。

または、2014年のスコットランド独立住民投票の際である。独立を支持するスコットランド国民党(SNP)の支持者が、独立反対の人物の演説に押しかけ、演説を妨害する出来事が相次いだ。同様の戦術は、保守党支持者も使った。

メイ首相は、総選挙前のテレビ党首討論には出席しないと明言している。全国を遊説して回るからその必要はないという。しかし、メイの遊説が密かに行われ、保守党の有権者だけを対象に行われるのであれば、全国遊説の看板にふさわしくないだろう。

このようなメイのやり方は、北朝鮮のトップ、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長を思い起させる。誰もがトップを称え、拍手する。そしていかなる不同意も許さない姿勢だ。

メイの性格

これはメイの性格にも関連しているだろう。メイは「優等生の級長」で、自分の完結した世界観を持っているようだ。それから逸脱したものは許されない。これはそのマイクロマネジャーぶりにも伺われる。すなわち自分がすべてのことを把握しコントロールしたい。メイは、自分の内閣で、自分の考えに異論を唱えることを許さないと言われる。

非常に執念深い点もあるようだ。例えば、今年のイースター(復活祭)時に大きな話題となったことだ。イングランド・ウェールズ・北アイルランドの歴史的建造物や土地などの「遺産」を管理する慈善団体ナショナルトラストを、メイは「教区牧師の娘」として強く非難した。ナショナルトラストの「エッグハント」と呼ばれるイベントを協賛するお菓子会社カドベリーが従来の「イースターエッグ」から「イースター」という言葉を除いたことが理由だった。この「エッグ」は卵型のチョコレートだが、キリスト教徒以外にもアピールすることが狙いだったようだ。しかし、このナショナルトラストの総裁は、元内務省事務次官で、内務大臣だったメイとの折り合いが悪く、辞任した人物である。

また、メイは、能力を選別して入学させ、より高い教育を受けさせようとする公立学校のグラマースクールの拡大を推進しているが、グラマースクールが地域の教育レベルを上げるという証拠はなく、野党労働党のコービン党首はそれに真っ向から反対している。コービンはグラマースクールで学んだが、妻が息子をグラマースクールに行かせたいと主張したため、結局離婚に至ったほどだ。それでも、メイは「首相への質問」で、グラマースクールを質問したコービンに、息子をグラマースクールへ送った、言うこととすることが別であり、信用できない人物だと繰り返し主張している。

スローガン

メイは自分に近い側近らと「打ち出すライン」を決め、それにスピーチでもインタビューでも固執する。最近のスローガンは「強い、安定したリーダーシップ」である。

今回の総選挙は、いやいやながら仕方なく実施することとしたと言い、議会が妨害するので「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだとした。イギリスのEU離脱の通知送付を承認する下院投票は、圧倒的に賛成されたがと指摘され、それにも「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだと答えた。

このようなスローガンを一つのインタビューで十何回も使い、430日のBBCのインタビューで、それは「ロボットのようだ」と指摘されたほどである。さらに、このスローガンをメイ内閣の閣僚や関係者も繰り返し使い、すべての会話をこの言葉につなげようとしているばかりか難しい質問をはぐらかすのに使っている。

メイは、このスローガンに対比し、コービンは「弱い、混乱している」とけなし続けている。確かに選挙戦でスローガンを決めて有権者の頭の中にこびりつくようにさせることには一定の意味があろう。ただし、それは有権者の気に障り始めており、また、メイらが、スローガンの背後に隠れようとする傾向が出ているように感じられる。

Brexit

Brexitについて、メイは、イギリスにとって「可能な最善の合意」をEU側とすると言い続けている。一方、「悪い合意をするより、合意がない方がよい」と主張しており、それは430日のBBCのインタビューでも繰り返した。

メイは、426日に欧州委員会委員長ユンカーとその交渉担当者らを夕食会に招いた。EU側にはその真意をいぶかる声があったとされるが、その夕食会は、メイがまさしくその「強さ」を示すことを意図していたように思われる。

ユンカーはこの夕食会の後、前よりもイギリスの離脱交渉が10倍難しいことがわかったと言ったそうだ。そしてその翌日、ドイツのメルケル首相に、メイは「異なった銀河にいる」と電話したと言われ、メルケルはドイツの下院で「イギリスには幻想している人がいるようだ」と発言した。

EU側の交渉指針は、429日、EUの残りの加盟国27か国のトップがわずか4分で合意したように、極めて明快だ。

  • イギリスでのEU加盟国人の権利の保障
  • イギリスに責任のあるEUへの支払い義務
  • アイルランドの国境問題の解決(EUメンバーのアイルランド共和国と現在イギリスの一部である北アイルランドとの間の国境)
  • 以上の3点に満足のいく進展がなければ、貿易などの将来の関係の交渉に入らない

一方、メイの狙いは、429日のEU側の会合の前に、その立場を明らかにすることだったようだ。メイの主張は以下の通り。

  • イギリスは、EUに一銭も払う法的義務はない
  • 交渉を秘密に進める
  • 将来の貿易関係の交渉をすぐに始めたい

さらにEU加盟国人の処遇を交渉の一つの手段とする意図を匂わせたようだ。

これらに対し、ユンカーは、メイは勘違いしていると指摘したと言われる。イギリスにはきちんと金銭的なけじめをつける必要があり、この交渉には27か国と欧州議会も絡み、秘密交渉は事実上不可能だ、さらに上記の3つの問題の解決なしに将来の関係交渉は進まないとした。

メイにとっての問題は、その主張がユンカーらに全く受け入れられなかったばかりか、メイの交渉戦略そのものに大きな疑問符がついたことだろう。

メイはこれまで、強いレトリック(言辞)を使い、有能な首相のイメージを生み出し、有権者の支持を得てきた。しかし418日にBBCのインタビューで、これまで成し遂げたことは産業政策だと言いながら、それに取り組んでいると付け加えたことにあらわれているように、メイが首相として成し遂げたことは乏しい。

むしろ、昨年の保守党大会の演説で、ビジネスらに大幅な譲歩を迫ったが、すぐに方針を軟化させ、また3月のハモンド財相の予算発表で、自営業への国民保険料増額案がマニフェスト違反だと批判された途端Uターンしたようにその立場には不確かなものがある。

メイの自分に任せておけば大丈夫だとの「強いリーダー」的アプローチは、これまで世論調査で効果が上がってきた。これまで世論調査での保守党と労働党の差は20%台が続いてきた。さらにメイへの評価は、保守党への評価よりもはるかに高いものがあり、保守党はメイを総選挙の中心にして支持を集める戦略を立てている。

ほとんどの人は保守党の大勝利を予測している。もし、総選挙後、有権者が見るのが「張り子の虎」メイ首相でEU側に大幅譲歩すれば、多くの有権者はがっかりするだろう。

一方、メイが426日の夕食会で表明した考え方に固執すれば、離脱交渉はまとまらず、イギリスは20193月に自動的に離脱、これまでEU内で享受してきた権利を失うこととなる。EUとの貿易には関税などの障壁ができる。それに対応するスタッフが不足しており、EUに頼ってきた世界の国々との貿易交渉をイギリスは自ら行わねばならず、国際的、国内的に大きな混乱に陥る可能性が高い。

「強い、安定したリーダーシップ」のメイがどのように対応するか見ものである。