テリーザ・メイ 次期保守党党首・首相へ

6月23日に行われた国民投票でイギリスが欧州連合(EU)を離脱することになったことを受け、残留派のキャメロン首相が辞任を表明した。後任の首相となる次期保守党党首選挙の立候補受け付けは6月30日正午に締め切られたが、正午間近になって、これまで最有力候補と見なされていた前ロンドン市長のボリス・ジョンソン下院議員が、党首選に立候補しないことを発表した。5人の下院議員が立候補を表明したが、そのうち現内相のテリーザ・メイが最有力となっているEU国民投票前にメイ内相の次期首相の可能性について触れた拙稿)。

2010年から6年間、非常に運営の難しいと言われる内務省を内相として手堅く務めてきた手腕は、イギリスのEUからの離脱という難しい仕事を成し遂げるには最もふさわしい人物のように思える。メイは「氷の女王」と呼ばれるほど冷たい印象を与える人物であるが、詳細な点にも気を配ると言われる。子供がいないが、その仕事に対する熱意は、かつての女性首相マーガレット・サッチャーと比較されるほどである。タイプ1型の糖尿病で、インシュリン注射が必要であるが、それはその仕事遂行の上で大きな支障にはならないとされる。

ジョンソンが立候補を取りやめた理由は、今後明らかになると思われる。それでもジョンソンが当選の可能性が乏しいと判断したことは、明らかである。その最大の原因は、離脱派の盟友であったマイケル・ゴブ法相が当日突如立候補を表明したことである。ゴブ法相は、ともに離脱派のキャンペーンを率いてきた上、国民投票でイギリスのEU離脱が決まった後、ジョンソンの家で今後の戦略を練るなど一緒に行動してきた。前夜8時頃、ゴブの秘書が、ある保守党下院議員にテキストメッセージを送り、ジョンソンの党首選正式表明の会場に出席するよう要請したと言われるが、それ以降、一晩で状況が一変したようである。前夜、ゴブの妻セーラ・バインの、ジョンソンが信頼できないのでよっぽど注意しなければならないとゴブにアドバイスしたEメールが誤って第三者に送られ、それがメディアで大きく取り上げられる事件があった。

ゴブは、その変心をジョンソンに伝えず、ゴブ出馬の話を朝聞いたジョンソンが驚いたと言われる。ゴブの変心の原因は、何らかの情報、もしくはアドバイスを受けて、ジョンソンでは勝てないと判断したことにあるように思われる。その時点では、勝ち馬となれないだろうジョンソンとの関係を断つには、自分が出馬することが最善であると考えたのではないか?

ジョンソンは、離脱派の顔として離脱派の勝利に大きな影響を与えた。しかし、ジョンソンは、自分の野心のためにその立場を残留派から離脱派に突然変えたのではないかと見られた(拙稿参照)。また、国民投票キャンペーンの過程で多くの敵を作り、開票後、離脱が決まった朝には、ジョンソンの家の前で「嘘つき」などと叫ぶグループが出現した。また、保守党の下院議員の中にも、反ジョンソン派が増え、ジョンソンが首相となるのを防ぎたいとする下院議員が増えていた。

ジョンソンは6月26日にテレグラフ紙に寄稿して、自らの離脱についての考えを明らかにしたが、その内容には大きな疑問が残った。基本的に、離脱後もイギリスはこれまでの権利を享受し、自由貿易を維持するが、EUの規制から解き放たれ、移民は制限するというのである。次の首相となろうというような人物がこのようないいとこ取りの話を真剣に考えているとは信じられない思いがした。

一方、ゴブは「ブルータス、お前もか」というセリフのように「マイケル、お前もか」と揶揄された。つまり、裏切り者扱いされ始めている。そのため、ゴブが保守党党首、そして首相となる可能性はそう大きくなく、メイ内相で集約されていく方向に向かうと思われる。

内乱で党員の急増する労働党

労働党が内乱状態だ。労働党の下院議員がコービン党首の不信任案を提出し、6月28日その投票が行われた。不信任賛成172、反対40、無効票4、投票せず13で、大差で不信任案が可決された。コービン党首では次の総選挙で勝てない、惨敗する、と労働党の下院議員が恐れたことが背景にある(直前の記事参照)。ただし、このような不信任案は労働党の規定になく、拘束力はない。

コービンは党首を辞任することを拒否し、下ろしたいのなら、労働党の規定通り、党首選で臨めと要求し、コービンの影の内閣のビジネス相だったアンジェラ・イーグルがコービンの対抗馬として立つこととなった。

この党首選のタイムテーブルはまだ決まっていないが、既にコービンに投票するために党員となる人が急増しているようだ。6月29日に、コービンの古くからの友人で右腕であるマクドナルド影の財相が、過去3日間で1万6千人が労働党に加入したと述べた。既に第2のコービンブームが起き始めている可能性がある。

強硬左派のコービンは、昨年9月に行われた、4人の候補者の立った党首選で、最初の開票で59.5%を獲得し、圧倒的な差をつけて当選した。第2位の得票は19%だった。有権者は、4人の候補者に選好順位をつけて投票し、一人が50%の得票をするまで最低得票者を一人ずつ除いていき、その票を選好順位に従って割り振っていく形の選挙である。コービンは最初から50%を超え、当選した。

コービンは党首選の立候補に必要な35人の下院議員の推薦者を集めるのに苦労し、支持しないが、左の立場の候補者も入れて広い立場の討論をすべきだとした推薦人を含め、ぎりぎりで候補者になった。ところが、正直に自分の原則を主張するコービンのブームが起きた。なお、コービン支持者の支持理由は核兵器システムのトライデン反対、反緊縮財政、社会正義など多岐にわたる。コービンの政策は全体として統一を欠くという批判があるが、コービン支持者は、自分の気に入った政策をピックアップし、むしろコービンのスタイルに魅かれたと見られる。

党首選は、一人一票のシステムだが、党員、労働組合などの関連組織を通じたサポーター、登録サポーターの3つの有権者のカテゴリーいずれも圧倒的多数を占めて、当選したのである。コービンは最初から下院議員の支持者は少なく、コービンが労働党の党首となれば党は崩壊すると心配した人も多かった。労働党の圧倒的に多くの下院議員は今でもそう信じている。

なお、通常、保守党も労働党も党員数を公表しないが、過去に報告されたものでは、労働党の党員数は、2015年総選挙前日の201,293 から2016年1月10日には388,407となり、ほとんど2倍に増加した。2015年党首選前の8月の時点では、党員数292,505、関連組織サポーター147,134 、そして 登録サポーターは110,827だった。

イギリスのEU国民投票後、親EU政党の自民党への党員も急増している。EU離脱後、すでに1万人が加入したと言われる。これは、2015年の総選挙で惨敗した自民党の政策に関連したもののようだが、労働党の場合、増加のほとんどはコービン支持と思われ、コービンが再び党首選で勝利する可能性が高まっているように思われる。