政治家の資質

検察のトップである公訴局長を務めたケア・スターマーが、野党の労働党から総選挙、すなわち下院(庶民院)選挙に立候補することになった。スターマーの出馬する選挙区は、ブレア労働党政権下で厚相を務めたフランク・ドブソンが1983年から継続して議席を維持してきたロンドンの選挙区で、労働党が非常に強く、2015年5月8日に予定されている選挙で当選するのは間違いないと見られている。 

スターマーは、1962年9月21日生まれの52歳。イングランドとウェールズを管轄する検察のトップを2008年から2013年まで5年間務めた(スコットランドと北アイルランドは別の組織)。もともと人権の分野の法廷弁護士として著名な勅任弁護士(QC)で、検察のトップに選ばれた人物である。

名前のケアは、労働党を設立したケア・ハーディにちなんだものと言われる。父親は工具職人、母親は看護婦の労働党支持の家庭で、カウンシルハウス(公共住宅)で育った。そしてグラマースクールを経て、リーズ大学とオックスフォード大学で法律を学んだ。

このスターマーを将来の労働党党首候補と見る向きがある。かつてのブレア・ブラウン労働党政権時代(1997年から2010年)のイラク戦争と財政運営の失敗に関係がないことも強みである。

それでは、法律の分野で名を成した人がトップ政治家になる可能性は?トップの弁護士と見なされるQCである下院議員は何人もいる。近年政府の法務長官はQCであり、労働党の副党首であるハリエット・ハーマンもそうだ。また、保守党の前党首マイケル・ハワードもQCである。トニー・ブレア元首相は法廷弁護士を8年間務めた。一般に、法律の分野を経験した人が政治の世界で名を成すことには何ら問題はない。 

ただし、法律家が政治的なリーダーとなるにふさわしいとは必ずしも言えないように思われる。法律家の場合、基本的な立場は、特定の事件を現在の法的な枠組みから見ることである。すなわち、現在の時点を基準とすれば、過去の事象の分析ということになる。もちろんそのような分析は大切であり、将来につながり、将来の法的枠組みの基礎となる。しかし、政治で扱う事象はそれとはかなり異なるものが多い。刻一刻変化する状況の中で、将来を見据えながら、現在の事象に対処していくこととなる。つまり、法律家が過去の「真実」を求めていく傾向が強いのに対し、政治家は有権者の反応を見ながら、変化していく政治・経済状況を考慮し、自らの考えを反映させながらこれからの動向を予測し、判断していくことが多い。つまりどちらかというと未来志向と言えるだろう。

それでは、法律の世界で30年間過ごしてきたスターマーの場合はどうだろうか。スターマーは緻密な議論が得意であることは間違いない。しかし、法律家としての立場と政治家としての立場の差をいかに埋めていくかという課題があるように思われる。

もちろん一人一人の能力は異なり、一概には言えないが、政治的なリーダーとなるには単に分析能力だけでは十分ではない。イギリスのリーダーになるような政治家には政治家のスタッフやリサーチャー、または大臣のスペシャル・アドバイザー出身者が多い。これらの人たちの分析能力には優れたものがあるが、優れた政治家になるにはそれだけでは十分ではない。現在のイギリスの3主要政党の党首はいずれもこのような経歴を持つ。しかし、いずれも何らかの問題を抱える。保守党党首であるキャメロン首相は信念に欠ける。ミリバンド労働党党首にはカリスマがない。クレッグ自民党党首は、大学学費の公約違反がどれほどの影響を自民党と自分に与えるか見通すことができなかったように、先を見通す能力に欠ける。この3人ともに「プラスα」もしくは「決め手」に欠け、それが現在の政治への幻滅につながっており、このままでは歴史上の脚注に過ぎない存在となるように思われる。 

スターマーが政治の場でどのような能力を示すかは注目される。ただし、これまでの法律家の殻を打ち破り、現代にふさわしい政治的リーダーの資質を示すのはそう簡単なことではないように思われる。

日本では、民主党の党首選が行われるが、その存在で「違い」を出せる人物が選ばれ、日本の政治がより活性化されることを願ってやまない。

2015年総選挙のシナリオ

2015年5月8日に予定されている総選挙まであと4か月余り。この総選挙は、どうなるのだろうか?以下の3つに分けて分析する。なお、イギリスの総選挙は、上下両院のうち下院(庶民院)の議員を選出する選挙であり、650の小選挙区それぞれで最高得票を獲得した1人が下院議員に選出される。上院(貴族院)は公選ではなく、その権限は下院と比べて大きく制限されている。

  1. 現在の状況

(1) これまで無視されていた小政党がかなり健闘する見通しである。スコットランド国民党(SNP)は9月に行われたスコットランド独立住民投票で反対派に敗れたが、スコットランドで大きくその存在感を増し、次期総選挙では前回の2010年総選挙で得た6議席から30議席程度は獲得する見込みである。そのため、スコットランドの59議席中、前回41議席を獲得した労働党は議席を大きく減らすこととなる。最近のスコットランドの世論調査では、スコットランドでの次期総選挙に対する支持率でSNPは労働党を20%リードしている。この支持率の差は、小選挙区制では特に重要だ。日本のように比例代表が加味されている場合には支持率の差の効果は緩和されるが、小選挙区では、それぞれの選挙区でトップになって当選するか、落選するかの二つに一つしかなく、結果はかなり劇的に出てくることになる。なお、保守党は前回スコットランドでは1議席しか獲得しておらず、総選挙ではSNPの影響はかなり少ない。
(2)
緑の党への支持が伸びている。主要3政党(保守党、労働党、自民党)に幻滅しているが、イギリス独立党(UKIP)には投票したくない有権者が緑の党に流れており、支持率で自民党を上回る世論調査の結果もいくつも出ている。緑の党は、現有のイングランド南岸のブライトンの選挙区以外には議席獲得が難しいが、それ以外の選挙区で特に労働党に影響を与える可能性がある。労働党は、その「35%戦略」に代表されるように、2010年総選挙で労働党に投票した人や、前回は自民党に投票したが労働党への支持替えをする有権者の票をあてにしていたが、緑の党はそれらの票のかなりを吸収し、その結果、労働党の議席に影響が出る。
(3)
UKIPへの支持率は10%台半ばでかなり高いまま推移しており、労働党、保守党に続いて第3位である。UKIPは、5月の欧州議会議員選挙(比例代表制で行われる)でイギリス選挙区最高の議席数だった。また、保守党から党を移った下院議員が10月と11月の補欠選挙で2議席を獲得。そのため、UKIPが5から10議席を獲得する可能性がある。有権者のUKIPへの投票で最も大きな影響受けるのは、支持がUKIPに最も多く流れている保守党で、そのため保守党が労働党に議席をある程度失う可能性がある。しかし、労働党からも支持がUKIPに流れており、労働党がUKIPに4議席程度までの議席を失う可能性がある。
(4)
世論調査では、労働党が保守党をわずかな差でリードしているが、いずれも支持率が3割程度もしくはそれをやや上回る程度で、かなり低い。SNPとUKIPの影響を併せて考えると、労働党も保守党も下院で過半数を得る可能性はかなり低い。

2. 選挙の結果

過半数を占める政党があれば、選挙の結果でどの政党が政権を担うかはっきりわかる。しかし、過半数を占める政党がなければ、連立政権もしくは少数与党の政権ということになる。その中で5つのシナリオがある。大手世論調査会社のYouGovの社長のピーター・ケルナーが次期総選挙の結果の政治状況についてコメントしている。これをもとに、結果を分析してみる。なお、下院の議席は650だが、北アイルランドのシンフェイン党はこれまで下院の審議には参加していない。シンフェイン党は5議席だが、もしこの審議不参加を継続すれば、実際上の過半数は、323議席となる。

(1) 労働党が最多の議席を獲得するが、過半数にわずかに足りない場合。
(2)
保守党が最多議席で、過半数にわずかに足りず、北アイルランドの民主統一党(DUP)と併せて過半数を占められる場合。
自民党は20議席以上獲得できると見られているが、保守党との連立は避けたいと考えられており、保守党と自民党との協力の可能性は乏しい。自民党は中道もしくは中道左派の政党であり、保守党との連立政権に参画したために大きな批判を浴び、世論調査での支持率は低いままだ。そのため、保守党は、自民党と連携できない場合、8から10議席を獲得すると見られるDUPとの協力が考えられる。
(3)
保守党が最大政党だが、労働党、自民党、SNPの3党で過半数を占めた場合。これまでスコットランドに直接影響する投票にしか参加していないSNPが、それ以外の投票には棄権することを考えれば、スコットランドに関係する問題以外の議案の投票では、保守党とDUPで過半数となる可能性が高い。しかし、次期保守党政権では、EUを脱退するかどうかの国民投票を行う必要があるが、SNPは反対すると見られる。自民党も反対すれば、既に反対を表明している労働党と合わせて国民投票そのものが実施できない可能性がある。その場合には保守党政権は継続できない可能性がある。
(4)
保守党と労働党が同じ程度の議席で、自民党がいずれかの政党を支えれば過半数を占める場合。自民党がいずれの政党にも協力しなければ、政権を不安定にしたという批判を受けることになるため、自民党はいずれかを選択する必要に迫られる。
(5)
保守党と労働党が同じ程度の議席だが、自民党を併せても過半数に足りない場合。さらに他の政党の協力が必要となる。ただし、左派のSNPは保守党とは協力しないと明言しているため、労働党とSNPが協力し、労働党少数政権、もしくは労働党を中心とした連立政権が誕生する可能性が高い。それでもスコットランドで利害の対立する労働党とSNPの関係を考えると、長期にわたりスムーズに政権運営できるとは考えにくい。

 3.選挙後の政治状況

以上の5つのシナリオを考えると、(2) もしくは(4) の場合には比較的安定した政権が維持できる可能性があるが、それ以外の場合は、かなり不安定で、政権が5年持つとは考えにくく、比較的早い時期に総選挙が行われる可能性がある。