ブレアのアドバイス

トニー・ブレア元首相には、イラク戦争などのため、今でも批判が強い。しかし、失敗したことのないトップ政治家はいない。イギリスの首相を1997年から2007年まで10年余り務め、世界的にステイツマンとしてみなされている人物の発言には耳を傾ける価値があるだろう。 

首相退任後のブレア 

ブレアは首相を退任した時、下院議員を辞職し、自らのオフィスをオープンした。それ以来、中東問題に関する国連、EU、米国、ロシアの中東特別大使を無給で務めている。それでもスピーチ活動、投資銀行の顧問やコンサルタントの仕事などでこれまでに1億ポンド(184億円:£1=184円)稼いだという憶測がある。なお、本人はその4分の1だと発言したことがある。また、そのオフィスにはチャリティ活動を含め、200人のスタッフが働いていると言われる。メディアには、イラク戦争への介入を決めたブレアに今でも批判的な声が強く、また、ブレアの稼ぐ能力、もしくはその世界各国に対する影響力などに対して、やっかみ的ともいえる記述が多い。

なお、その回顧録「ジャーニー」では印税を含め500万ポンド(92千万円)以上を得たが、それはすべて戦争で障害を負った兵士たちのチャリティに寄付した。

ブレアと妻シェリー

クリスマスシーズンとなり、主要政党党首ら政治家たちのクリスマスカードが注目される中、ブレアとその妻シェリーとのカードにもスポットライトがあたった。ブレアのスマイルが作り笑いのようだと揶揄されたのである。このカードを見た瞬間、これは妻シェリーの顔が最もよく映っている写真を使ったためだろうと思われた。ブレアはシェリーの気持ちを非常に大切にしている。

ブレアは、このシェリーとの間に4人の子供をもうけた。シェリーはブレアに大きな影響を与えている。シェリーなしにブレアの政治的な成功はなかったかもしれない。シェリーの父親はトニー・ブースという良く知られた俳優だが、放蕩で、母は非常に苦労して子供を育てた。そのため、イギリスの名物だが、仕事としてはよいものと見なされない、フィッシュ・アンド・チップスの店でも働いたことがある。そのためか、シェリーにはお金にこだわる傾向があるようだ。

例えば、1997年にブレア政権が発足した時のことだ。ゴードン・ブラウン財相(当時)の発案で、閣僚は給与の一部を辞退することになった。これにシェリーは非常に怒ったと言われる。また、ブレアの首相時代、オーストラリア人の詐欺師の紹介で、長男ユアンの通うブリストル大学の近くにフラット(日本のマンション)を二つ購入したことがわかり、非常に大きなニュースとなった。首相官邸に入るまで住んでいた、ロンドンのイズリントンの家を売ったが、家の価格が上がる中、自分たちが不利になることを心配したと言われる。さらにブレアが首相在任中、現在住むロンドン中心の家を購入した時も大きなニュースとなった。首相の配偶者の多くが目立たないよう配慮しているのに対し、勅任の法廷弁護士(QC)であるシェリーには特に注目が集まった点もあると言えるだろう。それでもブレア家のライフスタイルにはシェリーの影響が大きいように思われる。 

ブレアのアドバイス

ブレアのイラク戦争判断を検証したチルコット調査の結果は、来年5月の総選挙後に発表されると見られる。その他、テロリスト容疑者の他国移送や拷問を関知していた疑いや、北アイルランド問題の解決で使われた念書を巡って、議会の委員会への喚問問題など、かつての行動に対する批判が今も絶えない。

何かと注目を浴びているブレアだが、12月の初め、アメリカのニューヨークタイムズに書いた。世界中で起きているデモクラシーの沈滞について述べたものだが、いくつか注目すべき点がある。

まず、政治家は民間と比較して給料がよくないと指摘し、給料を上げるべきだという。かつて松下幸之助さんが、政治家の給与を大幅に上げるべきだと発言したことと通じるものがある。ブレアは、政治家となることへの魅力を増し、多様で活力のある人たちが政治に入ってくることを促進すべきだ、政治以外の世界で働き、責任ある地位に就いていたことのある政治家が少なすぎるのは問題だとした。ブレアは政治家になる前、弁護士として7年間働いたが、その時代に仕事や人について学んだという。

なお、現在、イギリスの下院議員の年俸は、67,060ポンド(1,234万円)である。それに経費が支払われる。経費には事務所運営費用、スタッフ費用、ロンドンと選挙区での住居費用補助、それに選挙区と国会との間の旅費などが含まれる。年俸は、2015年度から74,000ポンド(1,362万円)に上がる。その後、一般の給与上昇率に従って上昇することになっている。

また、民間と政府の差について指摘する。トップ企業は変わるが、政府は変わらない、トップダウンの官僚制は現状維持で、大きく変化するテクノロジーが有効に使われていないとする。この政府と民間の差が、政治への幻滅を招いており、人々は問題を解決しない人気取り策に走っているという。

ブレアは、国を統治するためには、難しい選択をせざるをえないと指摘する。政治家は、それに対して、敬意を払われるべきで、虐待されるべきではないとし、ブレアの現在直面している状況を反映したものと言えるだろう。しかし、翻って日本を見れば、日本の抱える問題に取り組むためには政治家も政府も大きく変わる必要があるのは間違いないと思える。

人任せの日本の財政再建

日本の総選挙が終わった。自民党と公明党の連立与党は議席を伸ばし、安倍政権は、再び衆議院の3分の2以上の議席を獲得した。この結果、安倍政権はさらに政権基盤を安定させ、日本の抱える最も大きな課題といえる財政再建を強力に進めていくことができるのだろうか?

総選挙の公約に各党が財政再建策を入れた。安倍首相率いる自民党もそうである。しかしながら、そのいずれもが事態の深刻さを認識した上で断固たる対応をするというものではなく、「人任せ」の政策といえるもののように思われる。 

財政再建の手段 

財政再建には幾つかの手段がある。歳入を増やすための増税や経済成長策、歳出を減らすための財政削減や行政の役割の見直しなどである。

イギリスでは、現在、財政赤字(会計年度ごとの赤字)を徐々に減らすために、財政削減目標と経済成長目標を立て、財政削減目標が達成できる範囲内で経済成長策を打っている。それに増税や行政の役割の見直しなどが加わる。一般に、経済が成長すれば税収が増え、財政赤字削減に効果がある。ところが、イギリスはG7トップの経済成長を遂げているにもかかわらず、賃金低迷などのために税収が伸びず、財政赤字削減が遅れている。そのため、2015年までに財政赤字をなくし、増加する政府債務(累積の借金)を減らし始めるとの計画は2017年度まで延長された。しかし、この計画の実現可能性には疑問がある。さらに、来年には賃金上昇がインフレに追いつくと見られているが、欧州経済、世界経済が不透明なため予断を許さない。 

財政赤字を減らすには、単に、財政削減や増税を実施すればよいというものではない。一方、経済成長策の効果には予測が難しい面があり、そのため、多様な政策手段を機動的に使っていく必要がある。 

「具体的な計画」のない日本 

日本の政府債務は国内総生産(GDP)の240%あり、先進国で最も大きく、この債務は年々増加している。GDP当たりの債務の比率は、イギリスの3倍近い。これを放置しておけないことは誰もが認識している。この借金を減らしていくためには、まず、財政赤字を減らしていく必要があり、そのために与党の自民党や公明党は国・地方の基礎的財政収支、いわゆるプライマリー・バランスを2020年度までに黒字化すると約束している。ところが、この目標は、経済成長しているイギリスの財政赤字削減が遅れているように、達成することは容易ではない。

プライマリー・バランスの黒字化の達成は、前回の2012年の総選挙でも自民党の公約だった。ところが、2年たった今回選挙の公約に、「具体的な計画を来年夏までに出す」と述べているのは意外とも言える。消費税の10%引き上げ延期で、政府の歳入に狂いが生じたのは事実だろうが、それが、2017年春まで延期されたことで、大手信用格付け会社ムーディーズは、日本の国債を121日に格下げし、フィッチは、日本に「明確かつ信頼に足る中期計画がない」ことを理由に引き下げる構えだ。

安倍政権は、財政再建をこれまで、消費税増税と、アベノミクス、すなわち経済成長策に頼りすぎてきたようだ。消費税増税とその経済成長に与えるマイナス効果の一種の陥穽の中に落ち込んだように見える。イギリスのオズボーン財相なら、既定の方針を貫くと発言しても、決して「具体的な計画」をこれから策定するとは言わないだろう。

本来、安倍政権は、2012年の政権誕生の瞬間から、あらゆる財政再建の手法を徹底的に使い、総力を上げてその目標に向けて取り組む必要があった。ところが、誰もがアベノミクスの虚構に目を欺かれていたように思える。タイムズ紙(20141215日)は、安倍首相は、規制撤廃や市場開放に失敗したと評し、また、社説で、既得権益からの反対で引き下がったと言う。

これまでのアベノミクスは、金融政策や公共投資など、比較的合意が得やすい政策、つまり「空中戦」とでもいえるべきものに重点が置かれていたが、既得権益に具体的に切り込む「地上戦」はスローガン中心であったように思われる。それでは、今回の総選挙の結果、「強力な安倍政権」は、この「地上戦」に強力に取り組めるのだろうか?

日本の野党も同じ問題を抱えているように思われる。「財政健全化推進法」や「財政責任法」のような法律の制定を公約に掲げた政党があるが、問題は、このようなスローガン的な法律の制定だけでは事態はほとんど変わらない事である。このような法律を制定すれば、自動的に目的が達成されると考える人もいるかもしれないが、必ずしもそうとはいえない。イギリスでも既存の法律で対応できるにもかかわらず、政府が何かやっているというポーズを示すために法律を制定することがかなりある。 

実際のところ、日本の政治家は、そのような法律を制定することで、公務員に財政再建をさせようとしているのだろうか?法律を制定するか否かを問わず、その目的に向かってまい進していく政治的リーダーなしにはその効果は十分ではない。 

一方、財政削減や公務員の人件費削減など横並び的に、全体的に少しずつ減らそうという発想がある。日本の巨額の債務を考えると、そのような方法では到底対応できず、政府の役割の根本的見直しで、行政の在り方を根本的に見直すことから始める必要がある。日本の抱える問題は、イギリスの問題よりはるかに大きく、人口の増加しているイギリスから学べることには限りがある。日本は、少子高齢化で、急速に人口の高齢化が進み、労働人口が大きく減少している。

既存の制度を維持したうえで、財政削減と増税に頼って財政赤字をなくそうとするのは困難である。まずは、新しい、日本流の政府の在り方を提示したうえで、国民の行政に対する考え方と期待を変えることから取り組む必要があるが、それができるだろうか?安倍首相は、開票時の記者会見で、国際的に日本の地位を高めたいと発言したが、日本が財政再建の問題に取り組み、成功させることほど日本の国際的地位を高めるのに役立つことはないと思える。もし、困難な問題を先送りにし、真っ向から取り組むことがなければ、その解決を人任せにしているというそしりを免れないのではないか。