メイ首相の正体

7月に首相となったメイ首相が、それまで務めたキャメロン政権の内相時代に、イギリスでは多くの人が眉をしかめる提案を政府内でしていたことがわかった。

学校の入学にあたって、違法移民の子供を入学順位の最後尾に置き、違法移民がイギリスへ来る意欲を減らそうとしたと指摘されている。この案には、当時の教育相が強く反対した。

イギリスでは公立学校の入学にあたり、すべての子供に教育を受ける権利があるとし、子供の国籍や親の国籍を問わない。ある教師が、本人は15だと言っているが、20代に見える生徒がいると話していたことを思い出す。子供の年齢も自己申告に頼っているそうだ。それを学校に調べさせ、親の在留資格で子供に優先順位をつけさせるという提案だった。

メイは、内相として、移民の削減を図っていたが、それは目標の10万人以下を大きく上回っていた。メイの内相時代の最後の正味の移民数は、2016年6月までの1年間で33万5千人だったとする統計局の暫定推定が発表されたが、この数字は、これまで最高の33万6千人に迫るものである。もちろんこの差は誤差の範囲であるが、移民の目標の3倍以上であり、移民政策が所期の成果を挙げなかったことは明らかである。

問題は、このような政策は、16歳以下の子供は、親の立場に関係なく、教育を受ける権利があるという法に反することである。すなわち、もしこのような政策が実施されれば、裁判所で違法だと判断される可能性が極めて高い。しかも人種差別的な政策である。

その上、当時の教育相が、当時のキャメロン首相に書いた手紙の中で指摘しているように、誰も行きたがらない学校に、このような移民の子供が集中することになり、このような子供たちの隔離が進む上、他の子供たちにも悪影響が生じる可能性が強い。

このような短絡的な発想の政策を訴えたばかりか、その提案をキャメロンが受け入れなかったことでメイは激怒したという。選別教育のグラマースクールを圧倒的な反対にもかかわらず拡大しようとするメイだが、これは教育や移民問題というよりも、目的のためには手段を選ばない視野の狭いメイの正体が明らかになった一つの例と言えよう。

ブレアのイラク戦争責任を問う下院動議

イギリスは、2003年のイラク戦争に参戦し、その後、イギリス軍はイラクに2009年までとどまった。その間、179人の兵士らイギリス関係者が亡くなった。イギリスのイラク参戦への批判はやまず、労働党のブラウン首相が、イラク参戦にまつわる徹底的な調査をするためのチルコット委員会を設け、その報告が7年後の2016年にやっと提出された。

その後の余震は今なお続いている。下院で、スコットランド国民党(SNP)らがイギリスをイラク戦争に導いたブレア首相をさらに調査すべきだという動議を圧倒的多数の反対で否決した。賛成票70に対し、反対は439票だった。

チルコット委員会は、機密文書を含め、すべての文書にアクセスできる権限を与えられ、徹底的な調査をした。さらに、その報告書で批判された人には、発表前に反論の機会を与えたため、時間が非常にかかることとなった。その報告書では、イラク参戦は、最後の手段ではなかった、大量破壊兵器を持っていたという主張は正当化されない、この参戦の準備、その後の治安計画などが不適当であったという結論を出した。イラク戦争参戦を決断したブレアが議会に意図的に誤った情報を与えたかどうかという点では、それを否定し、むしろインテリジェンス当局や軍関係者の責任を問う結果となった。

下院の議決の結果には、この委員会の報告を含め、すべてのイラク戦争関係報告書が、ブレア首相が意図的に誤った情報を与えたという点を否定している中で、さらにブレア首相の調査を行うというのはブレア首相をスケープゴートにするばかりか、政府が今後同じような過ちをしないようにするという目的から外れるという判断が表れている。

ブレア元首相の責任を問う声は未だにある。SNPの下院議員、サモンド前スコットランド首席大臣がSNPの動議をリードしたが、これは、イラクで亡くなった兵士らの関係者が、ブレアが非合法の戦争に踏み切ったために無駄死にしたと、未だにブレア訴追を求めて活動していることが背景にある。

イギリスでは、下院議員が、サージェリーと呼ばれる、地元住民らとの面談をすることが通例となっている。そこでは、それぞれの住民の問題や苦情が話される。それらの人々の圧力を受けて、下院議員が動くことが多い。それは、11月28日に放映された、下院議員のサージェリーやその背景を報道したテレビ番組でよく出ている。

イラク戦争は、イラク国民にたいへん大きな影響を与えたが、それはイギリスの政治に今でも大きな影響を与えている。

メイの能力への疑問

7月に首相となったメイは、それまで内相を6年間務めた。内相の仕事で最も重要な課題の一つ、移民のコントロールは、移民の数が目標の3倍以上となり、全く失敗に終わった。その内相時代の業績で、メイが特に誇りをもっているのは「現代奴隷」に関する法制度である。ただし、これはまだあまり使われていない。また、一般に、このような問題への批判は限定されており、議会で強い反対を押し切って政治力で押し通すというようなものではない。かなりソフトな問題である。内相時代には、当時のゴブ教育相に学校でのイスラム過激派の影響を批判され、強く反発したことがあるが、基本的に、失敗や問題に直面することを避け、やり過ごしてきた人物である。

10月には、子供性的虐待公的調査の問題が浮上してきた。もし、この問題が保守党党首選前に出てきていたら、メイはそう簡単に首相になれなかっただろうと思われる。

メイは内相として公的調査委員会を設置してこの調査を開始した。委員長が次々に辞任し、メイがこの設置を発表してから2年余りで既に4人目の委員長となっている。ここで注目されるのは、この公的調査のスケールである。これには以下を含む13項目が対象だ。

  •  複数の地方自治体が養護していた子供たち
  • イングランド国教会の子供性的虐待
  • カトリック教会の子供性的虐待
  • 養護施設の子供性的虐待
  • 寄宿学校の子供性的虐待
  • インターネットと子供性的虐待
  •  組織的なネットワークによる子供搾取
  • イギリス外の子供の保護
  • ウェストミンスター(日本の霞が関にあたる)関連疑惑

被害者が何千人、何万人にもなる、歴史的な調査を、一つの委員会でこれほど広範囲に行うのは非常に困難だ。しかも取り扱いが極めて難しい問題である。この委員会のトップの弁護士も辞職し、今ではほとんどの人が、スケールが大きすぎ、とても対応できないと考えている。

問題は、この公的調査のスケールを十分に考慮せずにスタートさせたメイの能力である。イギリスのEU離脱交渉、そしてその後のEUとの関係の交渉、樹立は、これまでイギリスが経験したことがないほど複雑で困難なものだと見られているが、本当にこの人に任せられるのかという疑問である。

メイはコントロールフリークで、細部にこだわると言われる。また、決断が遅いと批判されている。メイが首相に就任してから100日が過ぎた。この間、多くのレトリックで国民に期待を与えたが、実際には、ほとんど詳細が明らかになっていない

EU首脳会議に初めて出席して、EUのイギリス離脱担当者から、交渉をフランス語で行いたいと言われたことが大きなニュースとなった。EU側は、イギリスを特別扱いする気持ちはないようだ。この面でもメイの計算には大きな誤算がある。この調子では、先が思いやられる。

メイの党大会

保守党の党大会が10月2日から5日まで開かれた。メイ首相誕生後3か月足らず、しかも6月の国民投票でイギリスがEUから離脱することになったことを受け、かなり面白い党大会になると思われたが、現実は各紙が報道したように面白みのない退屈な大会となった。

Brexitについては、EU離脱の手続きを開始するリスボン条約50条に基づく通告を来年3月末までに行うということが発表された他、具体的な話はなかった。この党大会では、ハント保健大臣がイギリス人の医師を増やすための大学定員の25%増加を発表し、また、メイの指示に基づくと思われる移民政策がラッド内相から発表された。ハモンド財相は、これまでの緊縮政策は維持するものの、オズボーン前財相の約束した2020年までに財政赤字を無くすという約束を放棄し、若干の公共投資をすると発表した。

医学部の定員の増加について、メイ首相は、NHS(国民保健サービス)に勤める外国人は「暫定的」で、イギリス人がこれらの人たちに替わると示唆した。しかし、現在でもNHSはスタッフ不足で苦しんでいる。これから大学の定員を増やしたとしてもこれらの人たちが訓練を受けた医師になるのは2025年から30年と見られる。しかも若手医師には、イギリスのNHSに嫌気がさして、オーストラリアやニュージーランドなどへ移住する人が増えている。ハントは、医学部で教育を受けた人には4年間はイギリスで働くことを義務付けるとしたが、それでイギリス人医師が現在全体の4分の1いる外国人医師を入れ替え、NHSが機能する状態となるか疑問だ。逆にメイの発言は長くイギリスで働いている外国人医師を失望させたと言われる。

また、メイは、移民が増えていることが、国民がEU離脱を選択した大きな理由だとして、対策を優先するとしている。ラッドは、学生や外国人労働者のビザを厳しくし、雇用にあたってはイギリス人を優先させ、企業に、そこで働く外国人の割合を公表させる政策案を発表したが、これには大企業も中小企業も反発している。しかし、当の内務省にも、そこで働いている人たちのそのような統計はない。また、そもそも外国人がイギリス人の仕事を奪っているかどうかについても疑いがある。統計局によると、勤労者の中の外国人の割合は、1997年の3.7%から2016年の10.9%に増えている。その数は、345万人と多いが、そのうちEU人は223万人。ただし、人が多くなれば仕事が増え、外国人が多くなれば、イギリス人の仕事を奪うということには直接ならない。特に、現在、失業率は記録的に低く、イギリス人で仕事に就いている人の数は、記録的に高い。権威ある財政問題研究所(IFS)は、外国人がイギリス人の仕事を奪っているという証拠はないとする。景気後退局面では、移民が非常に多いと半・不熟練労働者にその影響がでるという。また、賃金については、サービス産業の半・不熟練労働者の場合、そのセクターで移民が10%増えれば、その賃金が1.88%減少するという調査結果がある。現在の経済、移民の状況からすれば、外国人がイギリス人の仕事を奪っている、賃金下降を招いていると主張するのは誤りがあると言えるだろう。

これらの移民政策は、現内相が発表したが、これらはメイ首相の影響を受けているように思われる。また、メイは内相時代、学生のビザ制限を強化している(拙稿参照)。明らかに、ラッドの政策は、これらの筋に沿ったもので、ラッドの兄が心配するほどである。しかし、これらは、移民の問題を政府が真剣に捉えており、強い対策を取っていること示すナラティブ(物語)であることは明らかであり、効果よりも印象の方が大切だと考えているのではないかと思われる。

ただし、これには副作用もある。10月5日のスピーチでも、社会的責任を果たす資本主義を訴え、壊れた市場を治すため国が介入をするとした。労働者代表の取締役会出席などの政策もある。移民政策やビジネスへの介入の発言を受け、アメリカで開かれたG20財相、中央銀行総裁会議に出席していたハモンド財相は、イギリス経済はオープンで、銀行家など専門職は別と防戦に努める羽目に陥った。

10月5日のメイのスピーチには、政治の方向性のレトリックが強く、新しい政策はなかった。メイには、首相に就任した直後から主張しているように、公平で「誰にもうまく働く国」を築くという目標がある。限られた特権階級ではなく、普通の人、毎日をやっと生活しているような人々に機会が与えられる国を目指している。企業責任を主張し、労働者の支持を得ようとしている。さらに、分断され、今や「嫌な政党(Nasty Party)」となった労働党が左に偏った後の空白地帯、すなわち中道を占めようとしている。また、UKIPを支持している人たちを引き寄せるために、愛国心を強調し、移民を議論の真ん中に持ってこようとしている。UKIPがマニフェストで謳ったグラマースクールの新設も主張した。

メイの意欲は理解できるが、誰もがそれに賛意を示しているわけではない。保守党内の反発を招き、企業に必要以上の心配をさせ、イギリスへの投資のブレーキをかけているように見える。保守党の下院でのマジョリティ(保守党の議員数から他の政党の議員数を引いた数)は少ない。メイは、総選挙の洗礼を受けずに首相となった。イギリスの政治や社会を大きく変えようとする場合、マニフェストでそれを訴えるのが通常だ。しかし、メイの場合、それなしに、自分に大きなマンデイト(国民からの負託)があるかのように振る舞っている。

メイには自分の政治的遺産、すなわちメイ政権での業績が頭にあるのかもしれない。しかし、イギリスをEUからうまく離脱させるだけでも非常に大きな業績となるのではないだろうか。大風呂敷を広げ過ぎるのは禁物ではないか。例えば、メリトクラシーを訴え、グラマースクールを拡張しようとしたが、反対が強く、今では、その地域が求めればと後退している。この調子では、しばらくするとメイの真摯さ、正直さに疑問が出てくる可能性がある。ある保守党下院議員が「コービンを見くびるのは危険だ」と主張した。世論調査の労働党への支持は低いが、政治家不信の時代にコービンが正直さの点で高い評価を受けているためだ。手堅いはずのメイだが、もう少し慎重に振る舞った方がよいのではないかと感じる。

コービンの信念

労働党の党首選最後の候補者討論・質疑応答会が9月18日に行われた。ジューイッシュ・ニュースというイギリスのユダヤ系新聞が主催したものである。

コービンは党首となる前にパレスチナのハマスやヘズボラを「友人」と呼んだことがあり、また、労働党内の反ユダヤ主義の調査を実施し、対応策を発表したものの、この問題に十分対応できていないという批判がある。そのため、労働党を支持するユダヤ人のグループからのコービン支持はわずか4%で、その92%は党首選の対抗馬スミスを支持している。そのため、この討論会でも、反ユダヤ主義の質問が繰り返しなされた。なお、反ユダヤ主義とは、ユダヤ人への人種差別である。

党首選の他の討論会では、主催者が聴衆のコービン支持、スミス支持のバランスを取るよう細心の注意を払っている。それにもかかわらず、例えば、9月14日のスカイニュースの主催した討論会では世論調査会社が慎重に聴衆を選んでいるにもかかわらず、スミスへのヤジが飛び、コービンへの拍手が大きく、コービン優勢がはっきりと窺われた。

しかし、今回の討論会では、聴衆の反応は、スミス優勢だった。コービンは、いかなる人種差別も否定している。イスラエルのパレスチナ人の取り扱いを批判しているが、それはユダヤ人に対するものではない。これは、左の人物によくある反米主義、反植民地主義で、イスラエルは西側の新植民地主義の象徴のように考えられているとする見方もある。ただし、多くのユダヤ人は、イスラエルへの批判は、ユダヤ人批判だと見なし、感じている。かつて労働党は、ユダヤ人の強い支持を受けていたが、今ではユダヤ人の多くの支持を失った。コービン党首の労働党は、わずか8.5%の支持となっていると言われる。

コービンのメディア報道にはバイアスがある。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の学者が2015年9月1日から11月1日までの新聞を分析した結果、コービンは不公平に扱われているとした。ロンドン大学バークベックと、ロンドン大学ゴールドスミスのメディア改革連合の学者の行った、労働党影の内閣の大量辞任から2016年7月6日までの10日間のオンライン・テレビ報道分析では、民放のITVが公平な報道を行っているとされたのに対し、公共放送BBCのテレビニュースでは、コービンに批判的な報道が擁護的な報道の2倍近いことを指摘している。コービン自身メディアを批判しているが、コービン支持者の多くは、エスタブリッシュメントがコービンを引きずり落とそうとしていると捉え、メディア報道にかかわらず、コービン支持は増加する一方である。

コービンにはリーダーシップがないとする見方が強いが、1983年から下院議員を務めるコービンが、過去30年余りの間、その重要な判断が正しかった、判断が正しいことはリーダーにとって重要な特性だとする指摘がある。コービンは党首に就任するまで、労働党のリーダーたちに厄介者扱いされていた。党首脳部の指示に従わず、自分の信念を曲げなかったからである。

世論調査の労働党の支持率は保守党よりかなり低く、また、コービンへの評価も低い。それでもコービンの信念に共感している人が多く、コービン労働党は党員数が急増し、それまでの2倍の50万余となり、今では、欧州一の党員数の政党となったと言われる。

9月21日正午に党首選の投票は締め切られ、投票の結果は、9月24日に発表される。昨年9月の開票では、4人の立候補者のうち、コービンは最初の開票で全体の59.5%を獲得し、当選した。2人の立った今回の党首選では、コービン選対責任者のマクダネル影の財相が、前回の支持を下回る可能性を示唆した。6月23日のEU国民投票後、コービンが労働党下院議員たちから辞任圧力を受ける中、わずか1週間ほどで13万人が党員となったが、これらの新党員を含め、過去半年余りの加入者は投票が許されなかった。それでも、多くは、コービンに前回を上回る支持が集まると見ている。いずれにしても、党首に再選されるのは確実で、今回の迫られて行われた党首選でコービンの立場が弱まるどころか、さらに強まったと思われる。

メイ大失敗のPMQs

9月14日、7月に首相に就任したテリーザ・メイの3回目の「首相への質問(PMQs:Prime Minister’s Questions)」が行われた。筆者は、1回目2回目をコメントしたが、3回目は保守党支持のテレグラフ紙も指摘したように最悪だった。質問に答えられず、苦し紛れに、あらかじめ作られた決まり文句やフレーズに頼り、そのために振り回されているという印象があった。

野党第一党の労働党の党首コービンは、メイの進める「グラマースクール」の問題に焦点を絞り、6回の質問をした。

グラマースクールは、11歳でテストを行い、優秀だと思われる児童を選別教育する公立の中等学校である。戦後、一時期、約4分の1の生徒にこの教育を行ったが、それ以外の子供たちの行く学校で教育水準が上がらず、しかも11歳で脱落者の烙印を押されてしまうとの批判が強まり、グラマースクールのほとんどはコンプリヘンシブと呼ばれる普通の学校となる。サッチャーがヒース保守党政権の教育相(1970-1974)だった頃も大きく減り、1998年にブレア労働党政権下でグラマースクールの新規開校は禁止された。現在、イングランドには、3000ほどの中等学校があるが、残存しているのは163校である。

メイは、このグラマースクールの拡大、新設を「誰にもうまく働く国」の目玉として推進しようとしている。これに賛成する保守党下院議員は多い。保守党下院議員の選挙区には中流階級が多く、その子弟が公立のグラマースクールで教育を受けられた方が好都合だからである。しかし、それに反対する保守党下院議員も少なくない。キャメロン前首相も党首時代にそれを明言しており、それはコービンが質問中に引用した。

コービンはメイの考えを支持する専門家の名前を質問した。メイはそれに答えなかった。コービンが次の質問で取り上げたように、グラマースクールの多いケント州(34校)では、貧しい家庭の子供たち(無料昼食の受給者)で良い成績(一定の基準を超える成績)を上げるのは27%であるのに対し、(人口5倍で19校の)ロンドンでは、それが45%だという。その原因の一つは、優秀な生徒とそうでない生徒を一緒に教育したほうが、分けたよりも全体的なレベルが上がるためだと考えられている。権威のある財政問題研究所(IFS)も、グラマースクールのないほうが生徒の成績がよいとしている。ここには、イギリスの階層社会にまつわる独特の問題があるが、メイが社会階層の流動化にグラマースクールを使おうとするのには無理があるように思われる。

結局、これに関する質問は、すべて議論をすり替え、スローガンに終始し、答えに窮したメイは、本来首相が質問を受けて答えるはずであるにもかかわらず、自ら就労者数の増加に関する質問を作り出した。

さらに、メイもコービンもグラマースクールで教育を受けて現在の地位に至ったと自分の経験でグラマースクールを正当化しようとした。メイは、コービンが2番目の妻と離婚したいきさつを知らないようだ。コービンが長男を地元の普通公立学校に行かせようとしたのに対し、妻がグラマースクールに送ったことが原因である。

コービンの6つ目の質問が終わった後の回答で、メイは、長々と、今回が多分コービンの最後の「首相への質問」になるだろうと主張した。党大会シーズンで下院は9月15日から休会に入り、10月10日に再開される。現在進行中の労働党の党首選の結果は9月24日に発表されるが、コービンが多分敗れるだろうからという訳である。誰が労働党の新党首に選出されても、損をするのは国民だと付け加えたが、コービンの当選は確実視されている。奇異な主張だった。

メイの「回答のようなもの」が終わった後、議長が、議事が大幅に遅れていると指摘した。それを起こしていたのはメイだった。左寄りのガーディアン紙は、メイのパフォーマンスを「ディザスター(大失敗)」と評価したが、それは右寄りのテレグラフ紙でも同様だった。

一方、これまで1年間党首を務めてきたコービンは、左右を問わず、これまででベストの出来だったと評価された。

下院議員を辞職したキャメロン

デービッド・キャメロン前首相が下院議員を辞職した。6月23日に行われたEUの残留・離脱をめぐる国民投票で、首相として残留を推したにもかかわらず、国民は離脱を選択した。その結果の分かった6月24日、首相と保守党の党首を辞任することを発表し、後任のメイが首相となる7月13日、首相のポストを離れた。これまで下院議員の職を次の総選挙まで継続するとしていたが、突然辞職を発表したのである。

この理由には幾つかの憶測がある。まずは、メイ首相の推進している「グラマースクール」の問題である。これは、テストで優秀だと思われる児童を選別し、教育する中等学校である。キャメロンはその拡大に消極的で、そのことを首相として明言したが、メイは社会階層を流動化させるための手段として積極的に使おうとしている。しかし、これには保守党内でも批判があり、キャメロン政権下で教育相だったニッキー・モーガンが批判した。キャメロンが、この問題でメイの足を引っ張っているような印象を与えることを避けようとしたという見方である。

また、メイがキャメロンの政治的な遺産を次々に解体しようとしているのでそれに賛成できなかったという見方もある。さらに、キャメロン政権下の大臣で、メイ政権で陣笠議員となった下院議員がかなりいる。これらの議員の中にはかなり不満を持っている人がいると伝えられる。保守党のマジョリティ(保守党の議員数からそれ以外の政党の議員数を引いた数)が実質17であるため少数の反乱で議案が通らない事態が生じる。つまり、キャメロンがこれらの不満議員を操っているような憶測を招くような事態を避けようとしたという見方である。

総選挙が近いという憶測があったが、メイが次の総選挙は2020年としたため、キャメロンが下院議員を引退する機会が当面なくなったこともあろう。キャメロンがBBCとのインタビューで、これからのことを問われた時、はっきりと決めたものはないと答えたが、これは恐らく、内々に決めたものがあると理解した方がよいように思われる。まだ49歳のキャメロン(1966年10月9日生)にとって、次の総選挙まで4年近く下院議員として中途半端な立場にあるよりも、新しい方向に進み始めたほうがよいという判断もあろう。

キャメロンは、2005年に当時野党の保守党の党首となり、2010年総選挙では過半数を獲得できなかったが、自民党と連立政権を組んで首相となった。2015年総選挙で予想外に過半数を獲得したが、EU国民投票で足をすくわれた。次期総選挙前には首相を辞任すると約束していたが、その辞任の時期がかなり早くなった。首相を6年2か月務めたが、国民投票の実施を約束し、結果的にイギリスをEUから離脱させた首相として歴史に残るだろう。

キャメロンを批判するメディアも多い。右寄りのメディアは、キャメロンの中道寄りの政策を嫌っていた。また、キャメロンが新聞の報道の在り方を検証するレベソン調査委員会を設置し、その答申通り、強力な監視機関を設けることを実行しようとしたため、自分たちを守るために自己規制機関を設けざるを得なくなった。その過程で、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙が廃刊となった。そのため、キャメロン攻撃は、度を越しているといえる。

ただし、キャメロンが党首となってから、保守党を有権者に受け入れられるようにする努力は、2015年総選挙で過半数を獲得したことで成功し、しかも2010年キャメロン政権発足当時にあったような、イギリスの差し迫った経済危機の可能性は2015年までにはなくなり、G7の中でも最も成功した国の一つとなった。しかも、キャメロンの始めた選挙区の見直しで、保守党は非常に強い立場となろうとしている。その意味では、保守党へのキャメロンの貢献は少なくないものがある。

メイの「首相への質問」

9月7日の下院「首相への質問」は、メイにとって、2回目だった。7月に首相に就任し、その後、議会が夏休みで休会だったためである。最初の「首相への質問」でメイはメディアから称賛を受けたが、今回は様相が異なっていた。

「首相への質問」は1週間に1度、水曜日の正午から半時間ほど行われる。野党第一党の労働党の党首には6つの質問、そしてそれ以外の野党の党首、さらに与野党の議員らに質問が許される。

労働党のコービン党首は、大方の予想に反し、住宅問題に焦点を絞った。現下の、EU離脱をめぐる問題やグラマースクール(11歳で選別し、能力の高い児童のみを入学させる公立学校)の拡張問題には触れなかった。なお、EU離脱の問題については、「首相への質問」の後に議論がなされた。

コービンは、キャメロン前政権で推進した、公共住宅を住民が割引で購入できる制度(Right to Buy)と、それで減った公共住宅の数を埋め合わせるための対策のギャップについて質問した。なお、このRight to Buyは1980年に始まり、これまでに200万軒近くが売却されている。

キャメロンはさらに売却を促進し、1軒売られれば、1軒その代わりの物件を建設する(もしくは購入する)と約束したが、実際には5軒に対し、1軒しか用意されていないと質した。この質問は、キャメロン政権で副首相を務めた自民党のクレッグ前党首が、キャメロン(前首相)/オズボーン(前財相)が、公共住宅の建設は労働党支持者を作るだけだと主張したという発言に関連していると思われる。コービンが指摘したのは、下表の左欄の売却件数と、右欄の建設開始もしくは購入の数字と大きな差があるということである。

売却数 建設開始/購入
2012/13 5,944 473
2013/14 11,261 1,189
2014/15 12,304 2,809
2015/16 12,246 2,055
合計 41,755 6,526

(出典下院図書館の報告書

コービンの質問に対して、メイは、約束通り1軒に対し1軒作られていると答えた。しかし、この答えは、政策上のトリックに基づいているように思われる。キャメロン政権の政策では、公共住宅1軒が売られてから3年以内にそれを埋め合わせるということになっている。つまり、売却に対し、それに見合う数をそれから3年以内に用意すればいいということである。

確かにその計算では最初の1年は、それに見合っており、メイの答えは正しい。しかし、売られた公共住宅の代替を作るための対策は大幅に遅れており、今後、これが達成困難となるのは確実だ。この後始末は、約束通り売却1軒に対し1軒作られていると答えたメイがする必要があろう。

さらにメイは、労働党の党首選や、コービンのヴァージン鉄道との問題について、コービンを揶揄した。このような揶揄は、キャメロンが常に行っていたもので、メイはそれを踏襲している。メイの揶揄に対しては、BBCラジオ4の番組World at Oneで、あらかじめ台本の作られている揶揄の是非に関する質問が出た。このような揶揄は下院での議論や質問には関係ないものである。メディアの「首相への質問」の評価は変化してきているように感じる。下院議員やジャーナリストたちへのエンターテインメントを提供するものから、コービンの主張するように、より真剣な議論を求める方向に向かいつつあるのではないか。

一方、EU離脱をめぐる質問は、他の下院議員が出した。メイがこの問題にはいちいちコメントしないと強気の主張をしたものの、実際にはメイが語れるほどのものがないことは明らかである。

最初の「首相への質問」で、メイは質問に真っ向から答えず、やり過ごすことができた。しかし、その戦術の限界が明らかになったように思われる。また、メイの揶揄の中で引用した人物が人種差別的なコメントをしていたことがわかり、メイの迂闊さが明らかになった。メイは、今後「首相への質問」への取り組みを少なからず変えるのではないか。

メイ首相の1ヶ月

テリーザ・メイが7月13日に首相に就任して1か月たった。現在、スイスで8月24日まで夏季ホリデー中だが、1型糖尿病でインシュリン注射の必要なメイは、特に健康に留意しなければならないのは当然であり、休暇は必要なものだと言える。このスイス行きは、イギリスがEUを離脱することとなったことを受け、EUでもなく、イギリス国内でもない所を選択するという政治的判断が絡んでいると見る向きがある。それでも、スイスでのウォーキングホリデーの愛好者であることを考えるとそう深く考える必要もないだろう。

それでは、これまでの1ヶ月の評価はどうか。筆者の見るところ、残念ながら、十分なものではない。メイの本来の慎重さと勇み足がミックスしたもので、期待外れの結果となっている。

「誰にもうまく働く政府」

メイは、その首相就任直後の官邸前の演説で「誰にもうまく働く政府」にするとした。そして、重要な政策を決める時、強い人を慮るのではなく、弱い立場の「あなた」をまず考えるとしたのである。この原則を政府全体で実施するとしたが、これは今のところ勇み足に終わっている。

なお、メイをソフトな政治家と考えるのは誤りである。メイは、保守党の右として知られ、例えば、内相として欧州人権条約から離脱したかったが、保守党の中にも反対があり、実現不可能であるため、保守党党首選に立候補する際に、公約から外した経緯がある。

フラッキング 

メイは、フラッキングの実施に、この原則を適用し、この作業の実施される地域の住民に直接現金で補償するとした。フラッキングは、地下のシェールガスなどを取り出すため超高水圧で岩体を破砕するものである。イギリスにはこのガスの埋蔵量が多く、現在の消費量の500年分以上あり、今後の燃料源として期待されているが、環境団体などから、地下水の汚染や地震などの原因となるなどとして反対が強い。一時、原油などの燃料価格の低落で、フラッキングのコストが見合わないのではないかという見方があったが、今では、掘削申請が数多く出ており、メイは、この促進を積極的に図る考えだ。

フラッキングは、キャメロン政権でも推進されていた。オズボーン前財相は、フラッキングで政府が得られた税収の一定割合をコミュニティファンドなどとして、該当コミュニティや地方自治体に支給する構想をもっていたが、メイの場合、それを地域の住民が直接金銭的な便益を受けられるようにするというのである。5000ポンド(70万円)から2万ポンド(280万円)程度と見られている。

メイは、これを「誰にもうまく働く政府」の一環と位置付けているが、果たして、これがそういうものに当てはまるかどうか?地下2~3千メートルといったかなり深いところの作業だが、そのような地域の住人に現金で補償することが、本当に「強い人を慮るのではなく、弱い立場の『あなた』」を考えることになるのかどうか?これでフラッキング反対運動を本当に抑えることができるのかどうか?

その上、住民が何らかの金銭的補償を受けられるとしても、それは、掘削し始めてから5年以上後のことであることがわかった。メイがフラッキングをその原則の一つの適用例として挙げたが、かなり針小棒大の傾向があるように思われる。

グラマースクール

教育の面では、メイが推進する「グラマースクール」がある。グラマースクールとは、児童が10から11歳で受ける11プラスと呼ばれる学業達成度試験で優秀な生徒が進学を許される公立の中等学校である。これまでにグラマースクールの大半が廃止されるか、非選別の総合学校化もしくは私立化されたが、今も一部残っており、政府の教育省が管轄するイングランド(それ以外は分権政府が担当している)の3000ほどの中等学校のうち、163校ある。しかし、新規の開設は許されていない。なお、スコットランドとウェールズにはないが、北アイルランドには69校ある。このグラマースクールの新規開校を許す政策が、首相官邸のジャーナリストへのブリーフィングで紹介され、この10月の保守党の党大会で正式に発表し、推進される考えであった。

グラマースクールは選別学校であり、11歳で人生が決定される結果となるとして、多くの批判がある。メイの父親は英国国教会の牧師で、メイ自身グラマースクールに入学したが、在学中に選別無しの総合学校となった。恵まれない家庭の子弟でも、私立のパブリックスクールのような優れた教育が受けられ、社会の流動性、すなわち、貧しい家庭出身の子弟が、このルートを通じて、社会的に階層を上がれると評価する向きもあるが、その効果には疑問があるという主張も強い。メイの保守党の中にもグラマースクールの新規開設に反対する声がある。グラマースクールの新規開設を許す方針というニュースを受け、労働党、自民党が直ちに反対し、この政策が具体化されるには多くのハードルがある。

メイは、自分の選挙区に既成のグラマースクールの分校を設ける案に賛成しており、このような政策が出てくることは予想されていた。メイの「誰にもうまく働く政府」の原則から見れば、この政策が推進される理由付けは、基本的に優秀な生徒の能力を伸ばし、それほど優秀でない生徒には、それとは異なる道を選ばせることが、それぞれのためになるという理由付けがあるのではないかと思われる。

反対意見の強さに、メイ政権は、新規グラマースクールの許可を20程度と地域と数を限定して実施することにした。反対の強さが示すように、「誰にもうまく働く政府」が、メイらの考えている姿と、それ以外の人たちの考える姿でかなり差があることは明らかである。

これに関連し、大学教育の担当をビジネス省から文部省に移したが、大学も「間引き」が進む可能性があるように思われる。すべての人に大学教育が与えられるべきだとして、大学の数が急増した。このため、大学卒業生の数も急増したが、その学位の価値が下がったという批判があり、大学を出ても、それに見合う仕事に就けないという現実がある。メイは、内相時代、外国人留学生のビザ取得、並びに卒業後の滞在期間に大幅の制限を加えた。多くの大学は、授業料の高く取れる留学生で経営が成り立っていると言われるが、大学によっては、ビザの制限で大学院などへの応募者が大きく減ったと言われる。グラマースクールの理屈でいけば、優れた大学は残るが、そうでない大学は減る可能性があるように思われる。

高齢者ケアの自己負担の原則

さらに、高齢者ケアの問題では、首相官邸の政策責任者が、コストの問題で発言した。既に5人の1人は、ケア費用に10万ポンド(1400万円)以上かかっていると言われるが、資産価値のある住宅を持っている人は、それを全体もしくは部分を売却したり、その資産価値を使ったりして、その費用に充てるようにすべきだという。すなわち、「誰にもうまく働く政府」とは、少しでも資産のある人は、それを使い、ない人は公共がカバーするという形になるようだ。キャメロン政権では、2016年から個人負担の上限を72000ポンド(1000万円)とすることとしたが、この制度の導入は2020年まで延期された。しかし、この上限をさらに上げる、もしくは上限を撤廃し、基本的に個人の負担に重きを置く制度にする意図があるように思われる。しかし、これは、伝統的な保守党の政策、すなわち相続税を軽減し、なるべく資産を子弟などに残す方針に反し、スムーズにいかない可能性が高いように思われる。

重要施策の決定延期

ヒンクリー・ポイントC原子力発電所は、フランスの電力会社EDFが中国の資本協力を得て建設することになっており、EDFの役員会でそれが承認されたが、政府が再検討することを表明した。その決定は、今秋まで延期された。メイがそれを求めたためだと言われる。この原子力発電所の建設は、キャメロン政権で推進されていたが、これには原子炉のタイプ、建設費用、将来の保証価格など、多くの問題があり、再検討することには何ら不思議な点はない。しかし、この決定には、中国側が反発している。特に中国がこの建設に関与することで、セキュリティリスクの問題を指摘する見解があり、中国側がそう簡単には引き下がれない状態にある。イギリスのEU離脱で、中国との関係が重要となるだけに、簡単に再検討というだけでは許されない状況にある。

また、ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港がほとんど満杯の状態になっていることから、ロンドン近郊の空港建設・拡張が急務になっている問題がある。キャメロン前政権で、空港委員会を設け、その委員会は、昨年7月、全員一致でヒースロー空港に第三滑走路を建設することを答申した。しかし、ヒースロー空港周辺は航空騒音などの問題で反対運動が強く、キャメロンは決定をEU国民投票後まで遅らせていた。メイは、この決定を秋まで延期した。メイの選挙区でも反対が強い上、内閣には、ヒースロー空港拡張に反対する閣僚が何人もいる。そのうちの1人は、ジョンソン外相である。また、航路が選挙区周辺となるために反対しているグリニング教育相やハモンド財相がいる。ガトウィック空港の拡張へ見方が移っているという憶測もある。

どのような判断となっても、その手法は、上記のフラッキングのように税収の一部を利用して基金を設け、影響を受ける地元住民へ金銭補償となるように思われる。このようなやり方には、金銭補償を受ける住民と受けない住民との溝を広げるだけという批判があり、本当にそのような手法が「誰にもうまく働く」という具合にいくか疑問がある。

イギリスのEU離脱後、経済の先行きが不透明な中、大規模公共事業の推進が求められているが、これらの大規模プロジェクトの判断が遅れている。さらにイギリスがEUから離脱する上での交渉の立場を決める作業を急速に進めていく必要がある。

まだメイ首相の政策は、部分的にしか明らかになっていない。これまでは、そのレトリックに対して様々な解釈がなされてきたが、右寄りのメイが、キャメロン政権の緊縮政策を大幅に変更するとは考えにくい。かつて、ブレア労働党政権下、経済成長が続き、歳入が大幅に伸びた時期があるが、それまでの公共セクターへの不十分な投資への対応などで公共セクターへの実際の効果はかなり制限された。メイ政権下、EU離脱投票の影響で歳入が伸びないような状況下、メイ首相の手は縛られている。メイが国民に「誰にもうまく働く政府」を運営していると思わせられるかどうか、かなり難しいといえる。

メイ新首相の組閣

テリーザ・メイ首相の組閣。よく考えられているが、時限爆弾を抱えたものである。

7月13日に首相に就任したメイ首相は、13日の主要メンバーの任命に引き続き、14日に他の閣僚を任命した。この組閣は、前のキャメロン政権の主要閣僚を解任し、「残酷」な組閣とも呼ばれる。キャメロン首相の取り巻きを除き、また、EU離脱の交渉に強くあたる意思を明確にしたものだ。

メイの組閣の目的は、

  • 既成のエスタブリッシュメントとは異なる新鮮なイメージを与える。
  • ダイナミックな首相のイメージを与える
  • メイが残留派であったことを鑑み、EU離脱を前面に出す
  • 党内の残留派、離脱派の亀裂の修復をはかる

解任したキャメロン政権の閣僚

メイが解任した主要閣僚は、オズボーン財相とゴーブ法相である。オズボーンは、財政緊縮策などその強引なやり方に批判が高まっていた上、3月の予算では、大きな批判を受けた。また、キャメロンの右腕のイメージが強い上、EU国民投票前の離脱警告のメッセージは行き過ぎだった。また、ゴーブは、内相時代のメイとバーミンガムの学校のイスラム化の問題で厳しく対立したことがある上、新内閣の目玉ともいえるジョンソン新外相との関係が危ぶまれたことがあるように思われる。ゴーブは、EU国民投票後、ジョンソンの首相への野心をストップさせた人物である。

EU離脱の閣僚

EU離脱では、離脱派の看板で、人気の高いジョンソンを外相に、さらに2人の離脱派の大物を新設のEU離脱相、国際貿易相に任命した。この3人を中心に、イギリスのEUからの離脱交渉、離脱後のEUとの関係交渉、さらにEU以外の国々との貿易などの関係交渉が行われる。

この人事は、残留派だったメイ首相が、離脱の交渉を離脱派に任せ、保守党内の離脱派からの攻撃を避け、同時にその責任を離脱派に背負わせる、メイのマスターストロークだとする見方があるが、同時に時限爆弾であるように思われる。

これは、特に3人の関係・役割分担が整理されていないことだ。いずれも独特の個性と大きなエゴを持ち、それをいかに調整するかが問題となろう。メイ首相は、その調整役を自ら担うつもりなのだろうが、前回の拙稿でも指摘したように、メイは、マイクロマネジャーでコントロールフリークの傾向がある。そのようなやり方は、今回の組閣でも昇格させた、内務省で自分の下で働いた閣外相らには通用するかもしれないが、ジョンソンや、かつて保守党党首候補だった他の2人、デービスやフォックスには効かないだろう。

また、前ロンドン市長で、EU国民投票の後、保守党党首選まで次期首相の最有力候補と見られていたジョンソンは国際的にもよく知られているが、その外相任命には、海外からあきれた声が上がっている。ジョンソンが、メイの下で外相を長く務められるか疑問がある。

結局、この3人組の関係がどの程度続くか、また、メイとの関係がどの程度保たれるかで、これらの交渉の意味がかなり変わってくる可能性があろう。

実務に入ったメイ

メイは、財相にハモンドを任命した。元ビジネスマンで、手堅いハモンドに財政を任すことは、非常に賢明だと思われる。ハモンドは、イギリスの中央銀行イングランド銀行総裁のカーニーと協調して財政・経済の運営を任せられる。また、ハモンドには、オズボーンのようなむき出しの野心がない。オズボーンの財政緊縮策はストップされ、2020年までに財政黒字化というような造られた目標はなく、現在の財政経済に必要な手が打てる。メイは、この分野にそう大きな精力を使う必要がないのは、大きなボーナスだと言える。

また、近日中に議会で採決の行われると見られる、イギリスの核抑止能力トライデントの問題を抱える国防相には、手堅いファロンを留任させた。

もう一人の留任は、ハント厚相である。ハントの評判は必ずしも高くないが、医師会の若手医師のNHSの契約改定問題がある。この問題で、若手医師らは何度もストライキを実施した。この紛争は、最終局面に入っている。厚生省と医師会の若手医師リーダーたちは最終の妥協案に合意した。これを若手医師らは投票で拒否したが、厚生省は、いずれにしても実施する方針だ。この問題を再燃させないためにも、メイがハントを留任させたことは意味があると思われる。NHSの問題は複雑で、これを理解するには相当の時間がかかる。恐らく、ハントの留任は、様々な要素を考慮した結果だろう。

メイは、着任早々だが、第2の独立住民投票の可能性のあるスコットランドに飛び、スコットランド住民へアピールする。これまでのところ、慎重かつダイナミックなメイが目立っている。