政治的センスに欠けるスナク首相

スナク首相に政治的なセンスがあるだろうか。現在43歳。2015年に下院議員に選出され、2020年にボリス・ジョンソン首相の下、財相となり、ついに2022年に保守党党首・首相となるまで、計7年半しかかからなかった。しかもその選挙区は、元保守党党首で、キャメロン首相の下で外相などを歴任したウィリアム・ヘイグの保守党の非常に強い選挙区を受け継ぎ、選挙に苦しむという経験もしたことがない。そのような人物に政治的なセンスがある可能性はそう多くないだろう。

本人に政治的なセンスがなければ、政治的なセンスのある人をアドバイザーとするという方法がある。かつてトニー・ブレア首相を広報局長として支えたアラスター・キャンベルが、本人に政治的なセンスがなくても優れたアドバイザーがいれば大丈夫だと言ったことがあるが、キャンベルのように目先が利く人はそう多くない。

英国の政治で現在最も取り上げられているトピックは、レイシズム(人種主義・人種差別)である3月13日の「首相への質問」でも取り上げられた。スナク首相の祖先はインドのパンジャブ地方出身で、本人がレイシズムに触れたくないということがあるのかもしれないが、保守党下院議員や保守党政治献金者のレイシズムに関わる問題が起きてから、それがレイシズムであるということを躊躇した。テレビのニュース番組などには閣僚などを出演させて応答させたが、中途半端な答えに終始し、批判されることとなった。1000万ポンド(18億円)を献金した保守党政治献金者の例では、当初、その人物の言ったことが「誤ったこと」だとしたものの、スナク首相が、それはレイシズムの問題だとしたのはかなり時間がたってからのことだった

政治家の判断にはタイミングが重要だ。追い込まれるまで物事の本質に触れられないというのは、政治的なセンスの欠如のように思われる。

政治家に必要なセンス

スナク首相は、リーダーとして必要なセンスに欠けるようだ。政治家になり、とんとん拍子に財務大臣にまで駆け上り、そしてついには保守党の党首・英国首相にまで登り詰めた。しかし、次期総選挙が今秋に行われると予想されている中、野党第一党の労働党に世論調査で20%ほどの支持率の差をつけられているにもかかわらず、情勢の転換が果たせていない。打つ手が次々に不発になっている。その原因の一つは、スナク首相に人の選び方の政治的なセンスが欠けていることがあるように思われる。

3月11日、保守党の副幹事長だったリー・アンダーソン下院議員が右派ポピュリズム政党のリフォーム党に加入した。アンダーソンは、もともと労働党の地方議員だったが、2019年の総選挙前に保守党に移り、下院議員に当選した人物である。その歯に衣着せぬ発言で注目され、スナク首相が、保守党の副幹事長に任命した。ところがアンダーソンが、ロンドン市長のサディク・カーンはイスラム主義者に操作されており、ロンドンはイスラム主義者の場所になったなどと主張した。カーンは人権弁護士で、英国の人権団体リバティの議長でもあった人物である。保守党はアンダーソンに謝罪するよう求めたが、アンダーソンが拒否したため、保守党下院の党籍を停止した。アンダーソンは、自分の考えに近いリフォーム党に移り、リフォーム党の唯一の下院議員となった。

リフォーム党は、かつてのブレクシット党が母体で、英国がEUを離脱した後に生まれた政党である。なお、ブレクシット党の党首だったナイジェル・ファラージュは名誉議長。

公共放送BBCのまとめた最近の政党支持世論調査平均によると、以下のようになっている(カッコ内は誤差を含めた範囲を示している)。

保守党24%(19-29)
労働党44%(39-49)
リフォーム党10%(7-13)
自民党9%(6-12)

リフォーム党への支持は上昇している。英国がEUを離脱する前、保守党はブレクシット党に票を奪われていた。今や保守党に不満を持つ層がリフォーム党を支持している。

スナク首相は、アンダーソンがそれまでにも問題発言を繰り返していたのにもかかわらず、2023年2月、保守党の副幹事長に任命した。アンダーソンは、それ以降、マスコミに頻繁に登場している。GBニュースというテレビ局の司会者にもなり、今では有名な政治家の1人となった。その人物がリフォーム党の看板となって総選挙を戦う。リフォーム党が下院の議席を獲得する可能性は少ないが、保守党はリフォーム党にかなりの票を持っていかれる可能性が高い。そうなれば、労働党や自民党が当選する可能性が高まる。保守党にとっては、大きな脅威であるが、スナク首相がその状況を作り出すのに力を貸したといわれてもやむを得ないだろう。