立場を変えた労働党

メイ政権は、イギリスのEU離脱後、EUとどのような関係を持つかで、閣内そして党内の意思を統一するのに懸命だ。最近のメイ首相の約束は、守られることを期待できない。2019年3月のイギリスのEU離脱後に設けられた移行期間は2020年12月に終わり、2021年初めから自由にEU外の国と貿易条約を結べると約束していたが、今やそれは2022年になるようだ。アイルランドの国境問題の解決のためには、1年間の「最後の防護壁(Backstop)」案に頼るのもやむをえないと判断したようである。ただし、この案は貿易面のみの方策であり、それがEU側に受け入れられるかどうかは別の問題である。

離脱相が6月6日に言った言葉がある。話がまとまらねば、イギリスは苦しむがEU側も苦しむ、EU側の態度は自らの足を自ら銃で撃つようなものだと言ったのは、EU側がもっと柔らかいと思っていたのを示すのは明らかだ。それは期待外れに終わっている。メイ首相の期待していたような状況になっていないことが、現在のメイ首相の苦しみにつながっている。

一方、労働党がイギリスのEU離脱後のEUとの経済・貿易関係に関し、EU単一市場へのアクセスを求めるという立場に変わった。ただし、これで労働党内がまとまるかどうかは別の問題であり、どこまでメイ首相を脅かせるかには疑問がある。

下院通過後、上院に送られたEU離脱法案に政府の意思に反して15の修正が加えられた。メイ首相率いる保守党は上院では少数で、メイ首相の意に反してかなりソフトな離脱を目指すよう修正された。修正された法案が再び下院に返ってきたが、メイ首相らは、この法案の審議と採決を6月12日(火曜日)1日に絞った。

下院では、保守党は北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力を受けて過半数を持つが、保守党内のソフトな離脱を目指す下院議員たちが修正に賛成する可能性があり、メイ首相らが野党労働党の離脱支持議員の支持を受けても、修正の幾つかが下院でも通る可能性がある。そこでメイ首相が保守党内のソフトな離脱支持者に受け入れられるような妥協をするのではないかという見方があったが、今回の方策もその一部をなすのだろう。

一方、労働党内のソフトな離脱を支持する議員たちが、欧州経済地域(EEA)に残るという上院での修正に、党が全体として賛成するべきだと主張している。EEAは、EUメンバーでないノルウェーがその代表的な例である。EUの単一市場にアクセスが許されるが、アクセス料を支払い、EUの規制やルールに従い、しかもモノ、資本、サービス、人の移動の自由を認める必要がある。

労働党のコービン党首は、人の移動の自由には一定の制限が必要だと考えている。例えば、イギリス国内の特定の地域に流通拠点を設け、地元の人口をも上回るような数の外国人が来れば、地元の公共サービスに大きな影響を与える。そのようなことが起きないようコントロールする必要があるという。また、EUは、競争を維持するために、政府の投資に制限を設けており、労働党の主要政策の鉄道の国有化などができないことになる。これらの理由から、労働党は、EUの規制やルールをそのまま受け入れられないという立場である。そのため、EEAに入るつもりはない。

労働党の新しい立場は、保守党のソフトな離脱支持者の支持を集められるかもしれないという読みがあるのだろう。残された時間は少なくなってきているが、6月12日は必ずしも天王山とならず、勝負はもう少し先になるように思われる。

イギリスが合意なしにEUを離脱すれば?

2018年6月3日のサンデータイムズ紙が、イギリスがEUを合意なしで離脱した場合に何が起きるかについて想定した漏えい文書を報道した。これは、メイ内閣の閣僚間の会合向けに用意された文章のようだ

それによると3つのシナリオがあるという。影響の少ない場合、中程度の場合、そして大きい場合である。中程度の場合でも、1日目からドーバー港では通関手続きができない状態となり、数日でイングランド東南部のコーンウォールやスコットランドのスーパーでは食料がなくなり、2週間で病院の薬品がなくなるという。

実際、合意ができなければそのことはあらかじめわかっているであろうし、このような事態になるかどうか疑問がある。イギリス政府は、そのような場合には、関税やチェックを一時的に停止してモノの輸入を優先したり、場合によってはチャーター便で薬品を輸送したりするなどの方法もとれるという。

それでも、パニック買いでよく見られるように、少しの不安が大きな結果を招く可能性は常にあり、慎重な準備が必要だ。ブレクシット交渉の結果や内容に関わらず、EUも大人げないことはできず、人道的な観点からもある程度の援助は期待できるように思えるが、これまで合意なしに離脱する場合の準備が遅れているのは明らかである。

ただし、バーニエEU交渉代表が指摘したように、イギリスは交渉の立場を今なおはっきりしていない。特に、アイルランドの国境問題の解決と将来の貿易経済関係のシステムについてである。アイルランド共和国の副首相兼外相が、イギリスはあと2週間で案を出す必要があると警告しているにもかかわらず、メイ首相は、内閣内と、その率いる保守党内での強硬離脱派とソフトな離脱派の対立を未だに解決していない。

EU離脱法案は、下院を通過した後、保守党が少数勢力しかない上院で審議されて15か所修正された。これらの修正はソフトなEU離脱を狙い、メイ首相の手を縛るものであり、メイ政権には受け入れられない。しかし、保守党のソフト離脱派らがこれらの修正に賛成し、下院でも可決される可能性がある。そのため、下院の審議を安易に始められない状態だ。しかも、ヒースロー空港の拡張を進める採決もあり、これにも大臣をはじめ、保守党内の反乱があることが予想され、その結果には予断を許さないものがある。

サン紙が、首相官邸にはパニックの雰囲気が出てきているとコメントしたが、メイ政権はBブレクシット交渉で打つ手が乏しくなってきており、追い詰められてきているようだ。

北アイルランドのDUPはどうなる?

2017年1月に北アイルランド内閣が倒れた。その直接の原因は、RHI(Renewable Heating Initiative)と呼ばれる再生可能エネルギー利用に関する政策で北アイルランド政府が大きな欠損を出すことがわかったことだ。その政策は、民主統一党(DUP)現党首のアーリン・フォスターが、担当の企業相だった時に導入した。そこで、シンフェイン党が首席大臣だったフォスターにこの問題の調査中、首席大臣の地位から一時離れることを求めた。しかし、フォスターがそれを拒否したため、シンフェイン党の副首席大臣が辞任する。ユニオニスト側(DUPらイギリスとの関係を維持する立場)とナショナリスト側(シンフェインらアイルランド共和国との統一をめざす立場)の共同統治の仕組みのため、いずれかが欠けると内閣と議会が維持できないのである。

それ以来、北アイルランドの行政は、内閣と議会なしのまま、公務員によって運営されている。政治的な決定ができないため、ウェストミンスター議会が北アイルランド相の勧告に従い、必要最小限、代わりに決定する形となっている。本来、このような場合には、中央政府の北アイルランド相が直接統治する形を取ることになっているが、メイ首相はそこまで踏み切れないままだ。

RHI問題は、退任判事を委員長とした公式調査が進んでいるが、そこではDUPに都合の悪い事実が明らかになってきている。一方、北アイルランド内閣と議会の復活を求めるメイ政権の努力にもかかわらず、その機運は盛り上がっていない。現在の問題は、シンフェイン党がアイルランド語の公式制度化を求めているのに対し、DUPがそれに反対していることだ。それが、最大の障害となっている。いずれの側の支持者もこの問題に対する態度を硬化させており、この問題の決着がつく状況にはない。

一方、DUPは2017年6月の総選挙以来、脚光を浴びている。北アイルランドで10議席を獲得したDUPが、過半数を割ったメイ保守党政権を閣外協力で支えているからである。DUPはメイ政権から10億ポンド(1500億円)の追加の政府支出を勝ち取った。そしてDUPの極端な体質や政策が取り上げられる機会が多くなっている。

その一つの例が、DUPの妊娠中絶反対である。隣のアイルランド共和国の国民投票で、妊娠中絶が認められることになった。しかし、北アイルランドでは当面変わらないだろう。DUPのほとんどの幹部は妊娠中絶に反対している、原理主義的なプロテスタントのアルスター自由長老派教会のメンバーであり、DUPのメンバーの3割はこの教会の信者だといわれる。DUPは妊娠中絶がアイルランド共和国で認められても、それは北アイルランドには関係ないという。これには批判が強い。

2018年2月の世論調査によると、DUPへの支持率が下がり、シンフェイン党の支持率は上がっており、その支持率の差は小さくなってきている。特にDUPに心配だと思われるのは、18歳から44歳の支持率でシンフェイン党が大きくリードしていることだ。シンフェイン党の38.7%に対し、DUPは29.2%である。

シンフェイン党はカトリックの政党だが、カトリック教会がIRAとシンフェインを強く批判してきたことから、カトリック教会に従わず、自ら決める傾向がある。また、国民の多くはカトリック教会の役割は、日本のように結婚と葬式の際には宗教的に振る舞うが、それ以外はあまり気にしないという状態になってきている。シンフェイン党はアイルランド共和国での妊娠中絶の合法化に賛成し、北アイルランドでも合法化の運動を始めているが、上記のように若い人たちの支持をナショナリスト、ユニオニストに関わらず集めてきている。

イギリスがEUを離脱するブレクシットでは、DUPはEU離脱に賛成してきているが、イギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントなどができることには反対だ。

EU側は柔軟で、北アイルランドとイギリス本国の間のアイリッシュ海を貿易上の国境とし、北アイルランドとアイルランド共和国の陸上国境をそのままとすることを受け入れる用意があるが、これにはメイ政権も反対している。メイ首相はDUPの言うことに従わざるを得ない立場にある。もしイギリスがEUと将来のきちんとした関係の合意なしに離脱することになった場合には、北アイルランドの政治経済的なコストが増加するばかりか、そのようなお粗末なブレクシット交渉をしたメイ政権を支えた上、アイルランド共和国との国境にチェックポイントができることになり、北アイルランド住民とビジネスに多大な不便をかけることになる。北アイルランドでは離脱に反対の声が大きく増加している

カトリック教会の枷にこだわらないシンフェイン党は、アイルランド共和国と北アイルランドの両方で新しい世代の女性をトップに押し立てている。新しい感覚で北アイルランド政治の中心となっていくように思われる。DUPは明らかに時代遅れの政党である。北アイルランドはイギリスでも特殊な地域であるが、時代遅れのDUPが北アイルランドで最大政党の地位を占める時間はそう長くないのではないか。

 

北アイルランドの新たな脅威

北アイルランド内閣と議会は停止している。しかし、北アイルランドの政治は停滞していない。政治を取り巻く環境は大きく変化している。その一つは、北アイルランドのテロリズムの復活である。

1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で、それまでの30年ほどの血で血を洗う抗争を終えることとなった。アイルランド島内のイギリス北アイルランドと南のアイルランド共和国を統一させようとする勢力(ナショナリスト、その過激派はリパブリカンと呼ばれる)とそれに反対する勢力(ユニオニスト、その過激派はロイヤリストと呼ばれる)の争いだった。

1998年合意の半年前、リパブリカンの団体、暫定IRA(PIRA)のメンバーが集まり武器放棄を決めた際、それに反発して去ったメンバーがいた。それ以降、異なるテロ組織、真IRA(Real IRA)がテロ活動を行ってきたが、今やそれと他の団体が一緒になった新団体、新IRA(New IRA)と呼ばれるグループが立ち上げられ、2012年の創設以来、40件ほどのテロ活動を行ってきたと見られている。この間、テロで刑務官2人と警察官2人が死亡している。なお、1998年の前、30年ほどで、302人の警察官と24人の刑務官がテロで殺害されたと言われる。

この新IRAはかつての暫定IRAと比べ、はるかに小さな組織だ。しかし、ブレクシットを利用してその活動、勢力の拡大を狙っていると見られる。イギリスのEU離脱後、イギリスとEUとの「国境」となる、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントができる可能性が高まっており、これを標的にしようとしている。住民にアイルランドは今もなお分断されていると再認識させるためだ。

EUとイギリスは、貿易に関する影響を減らし、そのようなテロの可能性を減らすべく、1998年の合意を守り、新しい構造物も作らないし、チェックポイントも設けないとしている。しかし、それはかなり難しい状態となっている。イギリスがEU側に提案している2案(関税パートナーシップ案とMax-Fac案)は、メイ首相の保守党内で批判があるほか、EU側が、それらは実行できるものではなく、また、受け入れられるものでもないという。この状態に危機感を持っている北アイルランド警察は、新IRAなどの脅威に対応するための治安テロ対策に警官を増員する必要を訴えている。警官が狙われる可能性も高く、この状況は緊迫してきている。

イギリス側が上記の2案の立場を取るのは、メイ首相が、イギリスのEU離脱後、イギリス本土と北アイルランドで同じ経済・貿易システムを維持したいと考えていることにある。EU側は、北アイルランドとイギリス本国の間の北海を貿易上の国境として、北アイルランドはEUの単一市場と貿易同盟に残り、アイルランド共和国の国境の通行を現状のまま自由通行とする用意があるが、これにはメイ政権が反対している。メイ政権を閣外協力で支えている、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対しているからだ。DUPはイギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントができることに反対している。

DUPがこれらの立場を変えることは、党の基本原則に関わることであり、難しい。また、メイ首相は、北アイルランドを別に扱うのは、イギリスの統一を損なうと明言している。そのため、結果的に、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントなどが設けられるようなこととなると、テロ活動が活発化する可能性がある。

ブレクシット交渉への高まる不安

メイ政権のブレクジットに関する発言は次第に変化してきたが、イギリスのEU離脱交渉では、現在、以下のような点を重んじてきている。

  • EUの単一市場と関税同盟を離脱する
  • EUとの経済貿易関係にできるだけ摩擦のないようにする
  • 他の国と独自に貿易関係を結ぶことができるようにする
  • EUとイギリスとの地上国境となるアイルランドの国境には検問などのチェックポイントを設けない

これらを同時に解決するのは極めて困難だ。確かにEUを離脱しても、EUの単一市場や関税同盟に残り、EUと摩擦のない関係を維持することは可能だ。しかし、それでは、EU外の国と独自に貿易関係を結ぶことはできない。メイ首相は、その政権を維持しながら、この交渉をまとめるために様々な要求を満足させる方策を考え出そうとしている。大きな問題は時間がなくなっていることだ。10ヶ月後には、イギリスはEUを離脱するのである。

そのため、ビジネスも公共セクターも10か月後をにらんで動き始めている。イギリス経済は、既に投資を控える動きなどから成長が鈍化しており、過去12ヶ月、アメリカが2.2%、ユーロ圏が2.5%成長したのに対し、イギリスは1.2%だった。5月末、欧州のトップ50企業の代表がメイ首相に事実上EUの関税同盟に残るよう訴え、また、イギリスのバークレイズ銀行は、国内の投資への貸し出しに関する条件を厳しくしている

その一方、北アイルランド警察に関しては、その警察官の組織が、現在の警官数では、国境を警備しかねると訴えた現在の警官数は6621人だが、かつては、警官13500人と軍人26000人で国境と治安を守っていた。しかし、北アイルランドでは、反政府過激分子が新しく設けられる可能性の高まっている検問所などを攻撃する可能性は否定できないとして、財政削減で計画されている警察署閉鎖を中止し、警官を増強するよう訴えた。

このような動きはさらに強まっていくだろう。

強硬離脱派の元財相の本音

フランスに住む元財相ナイジェル・ローソンがフランスに在住権を申請した。ローソンは、2016年のEU国民投票の際、EU離脱派の中心的な運動組織であったVote Leaveの会長も務めた人物である。イギリスは現在、EUのメンバーであり、その国民には、フランスに住む権利が自動的に与えられる。しかし、10か月後の2019年3月29日、イギリスがEUを離脱すれば状況は変わる。ローソンは、その準備をしているのである。

イギリスはEUと、その離脱と離脱後の関係について交渉している。イギリス第一党の保守党と第二党の労働党は、下院の9割近くの議席を占めているが、2016年の国民投票の結果を尊重し、EUを離脱する意思を明確にしている。今の状況では、交渉がどうなろうとも来年3月にEUを離脱する見込みだ。

離脱そのものの交渉では、離脱に必要だと思われる項目の4分の3が既に合意されている。特にイギリスのEU離脱後の「EUに住むイギリス人」と「イギリスに住むEU国人」をどう扱うかは、双方にとって極めて重要であり、いずれにしても最終合意がなされると思われる。しかし、アイルランド国境問題の解決が遅れており、イギリスとEUの将来の関係、特に経済貿易関係の急速な合意は極めて難しい状況だ。イギリスのメイ首相率いる保守党では、党内の強硬離脱派とソフトな離脱を求める人たちの対立が深まっている。

強硬離脱派は、イギリスがその政策を自ら決め、自由に他の国と貿易関係を結ぶことができるようにすべきだとして、EU単一市場と貿易同盟を離れることを求めている。ソフト離脱派は、EUの枠組みの規制を受け入れても、最も緊密な経済関係があり、最大の貿易相手であるEUとの関係を重んじ、最低限、貿易同盟の関係を維持すべきだとする。

ローソンの分析では、「EUに住むイギリス人」と「イギリスに住むEU国人」の問題はイギリスのEU離脱までに解決されるだろうが、貿易の問題は決着がつかないだろうとする。そして離脱後、熱していた頭が落ち着いた後、この問題の解決が図られるのではないというのである。

また、イギリスが離脱後成功するかどうかは、イギリスの施策によるとする。優れた政策が巧みに実施されればうまくいくが、そうでなければ難しいというのだ。

ローソンの分析は真をついているように思われる。イギリスでは、メイ首相率いる保守党は過半数を割っており、北アイルランドの極端な政党の民主統一党(DUP)に支えられている。弱く、しかも運営能力の乏しいメイ政権下では、明るい見通しは立てにくいだろう。

現在行われているブレクシット交渉

イギリスはEUを2019年3月29日に離脱する。それでも現在の関係は2020年末までの「移行期間」が終了するまで維持される予定だ。その後、新しい関係に入ることとなる。すなわち、現在行われているイギリスとEUとの交渉は大きく分けて以下の3つの部分がある。

  • イギリスがEUを離脱するための交渉
  • 移行期間とその内容についての交渉
  • 移行期間終了後の関係についての「政治的な原則合意」の交渉

アイルランドの国境の問題を始め幾つかの大きな問題があるが、イギリスがEUを離脱するための交渉は大きく進展している。これまで40年以上メンバーであった国際組織EUから離脱するにあたり、その権利義務の清算をするものであり、特に大きな課題とされていた清算金については、基本的に合意された。この交渉はイギリス離脱の後片付けをするためのもので、その結果は、イギリスとEUの離脱条約の締結ということとなる。この条約の発効のことを考えると、イギリスとEUがかなり早く合意し、イギリス議会と欧州議会の承認を受ける必要がある。

移行期間についての交渉は既に基本的に合意している。この交渉は、その間のイギリスとEUの権利義務を定めるものである。ただし、この移行期間は、現在の関係から将来の関係へ移るためにそれぞれの環境を将来の関係に合うよう変えていくためのものである。すなわち、もし想定される将来の関係が望ましいものでなければ、この移行期間を設けることそのものが意味のないものとなる。そのため、移行期間が最終的に合意される前に、将来の関係をどうするかの基本的な考え方が合意されておく必要がある。

すなわち、将来の関係の原則が決まらなければ、移行期間が決まらず、離脱合意の詳細が決まらないということになる。EU側は、この点をはっきりと主張してきている。特にEUメンバーであるアイルランドとイギリスの北アイルランドの国境の問題が解決しなければ、それ以外の合意もないとしている。

大きな残された問題には、アイルランド国境の問題と欧州司法裁判所の位置づけの問題がある。現在、イギリスは欧州司法裁判所の決定に従わなければならない。それでは国の主権が損なわれるとして、強硬離脱派はこれを大きな離脱を求める理由としている。そのため、イギリスのEU離脱後のイギリスとEUとの紛争を最終的にどう解決するかで今もなお揉めている

イギリスのメイ政権は、保守党内の強硬離脱派とソフトな離脱を求めるグループの対立を抱え、これらの問題の解決に苦しんでいる。もし、アイルランド国境の問題が解決できなければ、上の3つの交渉のすべてが崩れる可能性がある。かつてメイ首相は「悪い合意より合意がない方が良い」と主張したことがあるが、イギリス政府は合意がない場合の準備をほとんど全く進めていないことが明らかになった。メイ首相には、合意なしの離脱の選択肢は事実上ない。

国際環境とブレクシット交渉

イギリスはEUと離脱交渉を行っている。この交渉は、時に、大人と子供の間の交渉のように見える。大人のEUと無理難題を吹っ掛ける子供のイギリスという具合だ。EU側は、なるべく紳士的に振る舞おうとしているようだが、それでもイギリスの態度に時に愚痴や不満を漏らすこともある。

そのEUの立場は、国際環境やEU内の状況が変わるに従い、徐々に変化しているように見える。もちろん、イギリス内の政治状況を詳細に分析していることはよく知られている。そしてイギリスとEU外の国との関係、特にアメリカとの関係には注意を払い、イギリスがどのような国とEU離脱後、自由貿易などの関係を持とうとしているかは十分に理解しているだろう。

アメリカは、トランプ大統領がアメリカ第一主義を唱え、EUとの貿易問題でも、イランとの核合意の破棄の問題でも、アメリカの考える国益を最優先する政策をとっている。イギリスのアメリカとの「特別な関係」はアメリカ第一主義の後にきているのははっきりしている。イギリスのメイ首相が訪米した際、トランプ大統領がメイ首相の手を取ったことが大きな話題となった。ドイツの女性首相メルケルの訪米時にはそのようなことはなかったが、メイと同じことは先だって行われたフランスのマクロン大統領の訪米時にも見られた。マクロン大統領の訪米の主目的だったイランとの核合意を継続する説得は聞いたものの、それを受け入れなかった。トランプ大統領は、良い関係を保ちたいと考えている国の代表者には、同じようなことをする習慣があるようだが、どうもそれ以上の意味はないようだ。そしてEUは、イギリスの弱みを十分に見極めた上で、EU側の交渉戦略に反映させているように思われる。

それとは別に、EUの交渉戦略は、EU内の動きにも影響されている。最近、ルールや原則を重んじ、イギリスを特別扱いすることに消極的になっているようだ。これには、イタリアの国内政治の動きが影響しているだろう。

イタリアの政治が揺れている。今年3月の総選挙で、反EUの欧州懐疑派の政党が議席を伸ばした。政権の樹立に時間がかかり、やっとまとまった政権案で、財相候補に欧州統一通貨ユーロの離脱を唱える人物が指名されたことから、任名権を持つ大統領がそれを受け入れなかった。そのかわりに大統領は、次期首相に国際通貨基金(IMF)にいた人物を指名したが、この国際官僚の任命には多くの政党が反発しており、短期政権となるのは確実な状況である。

イタリアは、EUで、ドイツ、イギリス、フランスに次ぐ、第4の経済力を持つ国であり、もしそのような国がユーロ離脱、EU離脱という状況となれば、EUそのものの存在を大きく揺るがすこととなる。それを考えると、もし、EUがイギリスに有利な離脱条件を与えれば、このイタリアに同じような行動をさせる強い動機を与えることになるだろう。

一方、EUメンバーのスペインには、カタロニア独立問題がある。カタロニアの独立運動への動きは収まりそうにない。その中で、EUは、イギリス内の独立運動のあるスコットランドの動きを慎重に扱っている。スコットランドの首席大臣がバーニエEU交渉代表に会ったが、バーニエは話を聞くが、それだけで終わっているようだ。

イギリスとEUとの離脱並びに将来の関係交渉の残り時間が少なくなっている。それでもこれからのイギリス内、EU内、国際情勢の変化でイギリス側、EU側双方の戦略に変化をもたらす可能性はあるだろう。

侮れない小国アイルランド

アイルランドは人口480万人ほどの小さな国である。しかし、政治家の質は高い。アイルランドはキリスト教のカトリックの国だ。カトリックは通常妊娠中絶を禁止しているが、バラッカー首相は、妊娠中絶の禁止を改めるかどうかの国民投票で、地滑り的といえる改正支持票を獲得した。首相に就任してまだ1年もたっていないが、リスクを冒してこの国民投票を巧みに準備し、実施したと高い評価を受けている。

なお、人口530万人のスコットランドでもそうだが、スコットランド国民党(SNP)の党首でスコットランド政府のスタージョン首席大臣やスコットランド保守党のダビッドソン党首は優れた政治家だ。小さな国だからといっても侮れない。

そのアイルランド共和国が、イギリスとEUとのブレクシット交渉で、イギリスの交渉の成否を握っている。イギリスの北アイルランドと南のアイルランド共和国との国境がイギリスとEUとの陸上の国境となるからである。また、血にまみれた過去を持つ北アイルランドの和平は1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で成し遂げられたが、ブレクシット交渉の当事者はすべてこの合意を堅持する方針であり、現在の国境はあるが、通行を妨げるものはない状態を維持するとしている。さらに、この国境は毎日3万5千人が行き来して、仕事や学校などにも通っており、モノの輸送も含めてお互いの経済・社会に影響がないようにする目的がある。すなわち、アイルランドが納得できる解決策が合意できなければ、離脱合意もできないということである。

これはアイルランド共和国にとっても北アイルランドにとっても非常に重要な問題である。特に貿易関係では、これまでいずれもEUの単一市場と関税同盟のメンバーであるため、関税もなく、書類も必要なく国境を越えていたが、合意の内容によっては、もしくは合意できなければ、それができなくなる可能性がある。しかも、イギリスとEUとの交渉では、この問題の解決はまだ遠いとみられている。その一方、時間がなくなってきており、EU側は、6月末のEUサミットまでにこの問題を解決したいと要求している。

アイルランドの元首相が、イギリスの公共放送BBCのラジオ番組に出演し「EUは、一つの機構が作ったルールのシステム」であると指摘した。これまで40年以上そのシステムの中に身を置いてきてその便益を受けてきたイギリスが、すっぱりと離脱するのならともかく(その場合には経済的に大きなショックがあると見られている)、経済的な影響を最小限にするように離脱したいが、その際、そのシステムを自分に都合のよいように変えられると誤解していたようだ。すなわち、それがEUとイギリスの両者にとってよいと見ていたようだ。

ところが、イギリス側が、EU側が容易に妥協すると思っていたことにEUが妥協しないのである。EU側には、EUから離れる国の都合でEUのルールをなぜ曲げなければならないのかという点がある。

アイルランドの国境の問題は、ブレクシット交渉の最初から、3つの基礎条件の一つだった。バラッカー首相は、国境に検問などを設ける解決策ははっきりと受け入れられないとしている。メイ首相は、保守党党内の対立のため、容易に方策を決められない状況にあるが、中絶国民投票で大勝利を収め、自信をつけたこのアイルランド首相を侮ることはできない。

さらに不透明になったメイ政権の行く手

保守党の強硬離脱派は、メイ首相が、ソフトな離脱に大きく傾いてきているのではないかと感じている。その中、保守党の下院議員が、政府の無給のポストを辞任した。「関税同盟に残らない」EU離脱支持により多くの時間を割きたいという。このポストは地方自治体やコミュニティ、住宅などに関係した省のもので、地元選挙区に貢献できる余地が大きいように思われる。しかし、この選挙区は、昨年の総選挙で次点との差が2100票ほどと小さく、2016年のEU国民投票で離脱票の多かったところであり、この議員はメイ政権から距離を置き、いつあるかもしれない次の総選挙に備えたいと考えているようだ。

一方、EU側は、イギリスの提案が幻想だと批判した。イギリスとEUは非常に多くの問題を交渉しているが、イギリスの態度は基本的に現状維持だと指摘し、イギリスがEUを離れるということを十分に理解していないという。さらに懸案の北アイルランドの国境の問題では、EU側は、アイルランドに特化した解決策に取り組む用意があるが、イギリス側がイギリス全体にこだわっているという。なお、北アイルランドの民主統一党(DUP)は、メイ政権を閣外協力で支えているが、北アイルランドに特化した解決策に反対している。

昨年、本格的な離脱交渉が始まる前、メイ首相がEU委員会委員長らを首相官邸に招き、夕食を共にした。その後、委員長の首席補佐官が、その場でのメイ首相らの非現実的な発言に驚き、異星人のようだと語ったと伝えられたが、メイ首相の考えには、まだそのような要素が残っているのかもしれない。このようなメイ首相らの態度の背景には、EU側は、いずれは折れてくるという判断があるのかもしれない。ただし、そのような安易な考えは禁物だ。

メイ首相は、保守党内の強硬離脱派を宥めながら、ソフト的な離脱を目指しているように思われる。そのメイ首相を見限った動きがでている。EU国民投票の前、ボリス・ジョンソン外相らの離脱派の運動の責任者だった人物が、保守党のリーダーを変えるべきだと主張し始めている。すぐにメイを変えよと言っているわけではないが、メイのEU単一市場と関税同盟を離脱しても摩擦のない貿易をするなど両立できない約束を指摘し、これまでの施政を痛烈に批判している。

保守党内で、強硬離脱派を始め、個々の議員がメイ首相の思惑と異なる方向へ走り始めると、既に権威の落ちているメイ首相がコントロールできるとは思えない。例えば、保守党内で党首信任投票が行われる可能性だ。その投票を司る1922委員会会長には40人余りがそれを求めてきていると言われており、あと一握りの議員が求めると実施されることとなる。メイ首相がそれを乗り切ったとしても、上院で修正されたEU離脱法案が下院で再審議され始めると、メイ首相の下院での不信任につながる可能性がある。もし保守党の党首が変われば、EUとの交渉が本質的に変わる可能性がある。その上、総選挙となる可能性も否定できず、その結果、非保守党政権(労働党単独政権、労働党を中心とした連立政権など)が生まれる可能性もある。メイ政権の行く手とイギリスの政治状況はさらに不透明になってきた。