次の総選挙までに労働党のしておかねばならないこと

野党第一党の労働党は、2010年の総選挙で敗れて下野して以来、2015年、2017年、2019年の総選挙で立て続けに敗れている。特に2019年の総選挙では、コービン党首のもと、ジョンソン現首相率いる保守党に大敗を喫した。次期総選挙は、2023年頃に行われると見られているが、コービンの後任の党首となったスターマー党首の下、支持率はそれほど伸びていない。

ジョンソン政権の混乱したコロナパンデミックの対応もあり、ジョンソン首相の評価や保守党への支持率が下がってきている。有権者がジョンソン首相に飽きはじめていることがうかがえる。その中、かつての労働党のブラウン首相の世論調査担当者が、スターマー党首の戦略担当者となり、現在の政治情勢を分析した。その主な点は、以下のとおりである。

・有権者は、労働党の目的が何か、どのようにして人々の生活を向上させようとしているのかわかっていない。

・政策を次から次に発表するだけではだめで、労働党の考え方や党首の考え方を反映した、(1)はっきりとして(2)焦点の定まった(3)気持ちの高揚するようなメッセージを出していく必要がある。

これらの点は、かつてジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの手法に通じるように思われる。カミングスは、2016年のEU離脱をめぐる国民投票で、EU離脱派の公式団体の責任者だったが、「コントロールを取り戻そう」と訴え、予想に反して離脱賛成の結果をもたらした。また、2019年の総選挙の際、ジョンソン首相の下で、「EU離脱を成し遂げよう」のスローガンでジョンソン保守党の大勝利をもたらした。

労働党の党員は、50万人弱から43万人程度まで減ったと言われるが、スターマー党首の下党員の中のコービン支持が大きく減る傾向が出てきている。2019年の総選挙で、労働党を長年支持してきた有権者の票を多く失った。労働党の内外の変化に対応し、次期総選挙でまともに戦えるよう準備をするためには、今が正念場であると言える。

補欠選挙で予想外の勝利を収めた労働党

2021年7月1日に行われた英国下院の補欠選挙で野党労働党の候補者が予想を覆して当選した。苦しい立場に追い込まれていたキア・スターマー党首は、すぐに西ヨークシャー州の選挙区に入り、この結果をたたえた。スターマー党首は5月の下院補欠選挙で労働党がこれまで数十年にわたって占めてきた議席を失い、また、同時に行われた地方選挙で多くの地方議員議席を失った。その上、6月の別の下院補欠選挙では、2パーセント以下の票しか獲得できなかった。2019年の総選挙で大敗した労働党が支持を回復するどころか、さらに支持を失いつつある状況の中で、この7月の補欠選挙は、わずか3百票余りの差で勝利を収めたものながら、労働党に明るい光をもたらした。

この結果を受けて、7月4日のBBCの日曜日の政治番組アンドリュー・マーショーで、労働党の影の財相が出演し、スターマー労働党の反転攻勢に打って出た。その中心は、「英国のものを買う」政策である。ジョンソン保守党政権が、政府関係、NHSを含めて公共機関の外注、契約などで国内の企業を重視していないことに目をつけたものである。ジョンソンが発展の遅れている地方や、貧困層の多い地方のレベルを上げると言いながら、公共機関は、必ずしも英国の技術レベルや地方の雇用・給料・スキル並びに環境や社会状況を向上させることを念頭に置いていない。例えば、英国の新しいパスポートの契約を獲得したのは、外国の企業だ。ジョンソンは、もともと緻密に考える人物ではない上、EU離脱後の英国の経済や対外貿易交渉に注意を奪われている。コロナのパンデミック対応でも、国民の命が第一であるとは思われず、注意が散漫だ。それにもかかわらず、スターマーは十分な注目を集められずにいた。

これまでスターマーを支えるチームは、十分な戦略的思考のできるものであったとは思われない。野党労働党が本当にジョンソン政権を脅かすようになってこそ、ジョンソン保守党政権の運営が向上するのではないかと思われる。

次期総選挙候補者になれないことを恐れる現職議員たち

9人の労働党と3人の保守党の下院議員がそれぞれの党を離党した大きな原因に、選挙区の政党支部でこれらの下院議員の言動を批判する声がかなり強まっていることがある。様々な嫌がらせや脅迫がある上、このままでは次期総選挙の候補者から外される可能性があるという危機感のため、「正当な理由」を掲げて離党し、新たな方向を模索する機運があった。

なお、イギリスでは、日本でよくみられるような「無所属」で当選することは極めて難しい。党単位で選挙を戦うことが慣例となっており、それを反映して、選挙費用も250万円ほどと抑えられている。

労働党の場合

労働党は、2015年の党首選挙以来、大きな変貌を遂げた。2015年総選挙に敗れた前党首エド・ミリバンドが党首を辞任した後の党首選挙に、ジェレミー・コービンが党内左派を代表して立候補した。推薦した人たちの予想も裏切り、コービンが大差で当選し、党首となった。コービンブームが起きたためだ。それでも、左派のコービンでは総選挙に勝てないと信じた労働党下院議員たちは、2016年EU国民投票でコービンが中途半端な残留運動をしたと批判し、コービン影の内閣からの大量辞職、そして4分の3近い党所属下院議員がコービン不信任(これには拘束力がない)に賛成するという手段に出た。その結果、2016年秋にもう一度党首選が行われた。ところが、コービンは前回よりもさらに大きな支持を集め、党首に再選された。これらの過程で、コービン支持の団体、モメンタムが生まれ、力を増強し、また、コービンに投票するために労働党に入党する人たちの数が急激に増え、20万人程度から、50万人以上となった。今では、西欧一の党員数を誇る政党である。そして、メイ首相が楽勝を信じて仕掛けた2017年の総選挙で、10万人を超えるメンバーのモメンタムが中心となって運動し、コービン労働党の予想外の健闘を招き、メイの保守党の過半数割れを引き起こした。

労働党下院議員たちの多くは、コービンを党首から引き下ろすことはあきらめたものの、中にはコービンを公に批判し続ける議員がいる。コービンがイギリスのEU残留を求めない、第二のEU国民投票を直ちに求めないなどとブレクシットへの対応を批判し、また、コービンがユダヤ人差別を助長しているなどして声高に批判してきた。そのため、これらの議員の選挙区支部で、コービン支持の党員らが議員への不信任投票を実施し、それがいくつも可決されている。ただし、不信任だけでは、現職議員がそのまま次期総選挙候補者となることを食い止めることはできない。

これは、各選挙区支部で、その支部を構成する団体の一定数以上が次期総選挙候補者とすることに反対した場合(トリガー投票と呼ばれる)に可能となる。その場合、現職議員も候補者選出プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。かつては50%以上の団体の反対が求められたが、昨年の党大会でそれが3分の1以上に引き下げられた。以前よりも現職下院議員を「クビ」にしやすくなったと言える。

なお、コービン支持者が政党支部の幹部になる例が多くなっており、反コービンの下院議員には居心地の悪くなる例が増えている。

保守党の場合

保守党は、支持者の高齢化がかなり前から問題になっていた。党員数は10万人を大きく割ったと見られており、保守党は最近まで党員数を公表することを拒んでいた(2018年3月時点で12万4千人とみられている)。党員には、もともと反EUである欧州懐疑派が多く、財相も経験した親EUのケネス・クラークが党首選に立候補した時には、党首選の保守党下院議員から2人選ばれる段階で十分な支持がなく、党員全体での投票に進めなかった。党員がクラークを選ぶはずがないと見られたからである。

2016年のEU国民投票で、イギリスはEUを離脱することとなった。そのため、イギリスのEUからの「独立」を目指したイギリス独立党(UKIP)の存在意義が弱まった。今や保守党の中の残留派や旧残留派(EU国民投票前のキャンペーンでは残留を求めたが、今では離脱を受け入れ、できるだけソフトな離脱を求める立場)と強硬離脱派の対立があるが、UKIP支持者らがイギリスの確実なEU離脱を求めて、強硬離脱に反対する下院議員たちの動きを妨害し、また次期総選挙での立候補を阻止するため、保守党に多く入党する動きがある。これはUKIPのシンボルカラーを使って「パープルウェーブ」と呼ばれている。

すなわち、特にソフトな離脱を求める保守党の下院議員たちには、嫌がらせや脅迫が絶えないうえ、選挙区ではこれらの下院議員に反対する党員の数が増えているのである。保守党の場合、次期総選挙の候補者となるためには、現職議員は政党支部にその申請書を提出し、それが委員会で検討され承認されるという過程を経る。ただし、選挙区支部党員50人以上、もしくは党員の10%が求めれば、現職議員を次期総選挙の候補者とするかどうかの投票が実施される。もし、否決されると、候補者選考プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。

離党した議員たちには、それぞれの理由がある。しかし、その背景には、上記のような問題がある。

下院議員を辞任したハイジ・アレキサンダー

労働党のハイジ・アレキサンダー(1975年4月17日生まれ、43歳)が下院議員を辞任した。東京都に匹敵する大ロンドン市の副市長(交通担当)となるためである。

この辞任には様々な理由があるだろうが、最も大きな理由は、労働党下院議員としての将来に希望を持てず、見切りをつけたということである。政治の道を追求してきて、下院議員のスタッフ、地方議員を経て、2010年に下院議員に選ばれた。下院議員になることが目的であっただろうが、それを自らの判断でやめるというのはかなり大きな決断だっただろう。

アレキサンダーの選挙区は、大ロンドン市南側のルイシャムであり、労働党の非常に強い選挙区である。将来、総選挙の労働党候補者に選ばれない可能性はあるが、その可能性は小さく、そこに居続けようと思えばできただろうと思われる。

この転進にはいろいろな要素があるように思われる。

政治的な理由

  • 2015年9月にコービンが予想に反し、圧倒的な支持を受けて党首に選ばれた後、影の内閣に影の健康相として任命された。しかし、2016年6月のEU国民投票で離脱が多数を占めた後、影の内閣のメンバーが多数辞任した中、その先頭を切って辞任した。その時点では、コービンを党首辞任に追い込めるという読みがあったのだろう。そしてコービンを猛烈に批判する記事を新聞に投稿し、コービンは無能で、その影の内閣のメンバーであることが大嫌いだったと主張した。しかし、コービンは、行われた党首選でさらに支持を伸ばし当選した。その上、今や労働党の党員数は55万人を超え、西ヨーロッパ一である。さらにコービンは2017年6月の総選挙で、予想を裏切り健闘し、メイ保守党を過半数割れに追い込み、2015年から労働党の議席数を伸ばした。もし総選挙があれば、労働党が過半数を占めずとも最大政党となる可能性が大きい。そうなれば、コービンが首相となる可能性があるが、これまでのいきさつからアレキサンダーが閣僚や重要な役職に任命される可能性は非常にちいさい。
  • コービンが党首となる過程で生まれた、モメンタムというコービン支持の組織がその勢力を広げている。そのメンバーは3万6千人と言われる。この組織が各選挙区で勢力を伸ばしており、選挙区の労働党支部の幹部の地位を占めつつある。アレキサンダーの選挙区では、モメンタムが分裂しており、労働党の中道派が中心だが、アレキサンダーの影の内閣辞任当時には多くの反発があった。もしコービンが党首を辞任しても、モメンタムの影響力は残り、次期党首にはコービン系の人物となるだろうと思われる。
  • 2016年のロンドン市長選に出馬・当選した、サディック・カーンが労働党候補者に選ばれる運動の責任者をアレキサンダーが務めた。カーンは、今ではコービンと良い関係を保っているが、市長選ではコービンと距離を置き、コービンに批判的だった。ロンドン市民のカーンへの評価は高く、まだ先の話だが、2020年のロンドン市長選でカーンが再選されると見られている。

経済的な理由

その他の理由

  • 自分の能力を生かし、何か挑戦できる仕事にとりくみたいと思ったのだろう。ロンドンの交通、特に自動車による大気汚染対策、サイクリング化、公共交通網の整備発展など課題は多い。

すなわち、現在の労働党の状況では、アレキサンダーには、労働党の中での将来はない。労働党の中で腐って、モメンタムらの圧力に恐れをなしているよりも、自分の能力を評価してくれるカーンの下でやりがいのある仕事に取り組みたいと思ったのだろうと思われる。

関税同盟はどうなる?

メイ首相は、イギリスのEU離脱にあたって、EUの単一市場も関税同盟も離脱すると明言している。単一市場に残れば、EUの4つの自由(モノ、資本、人、サービスの移動の自由)を受け入れざるを得ず、しかもEUの法制の制約を受ける。関税同盟では、モノへの関税をなくすことができるが、独自の判断で他の国との自由貿易協定を結ぶことができなくなる。EUを離脱するのは、主権を回復し、EU市民のイギリスへの移民を制約することが大きな目的であることから考えると、いずれも受け入れることは難しい。

ところが、これまでその立場を明確にしていなかった最大野党の労働党が、EUと新たな関税同盟を結ぶと主張した。EUはイギリスの最も重要な貿易相手であり、関税のない貿易を継続し、労働者を守る必要があるとするのである。さらに、関税同盟を結べば、懸案のアイルランド島内の北アイルランドとアイルランド共和国との国境での検問をする必要がなくなる。

この労働党の動きは、議会で審議中の貿易法に関連して、メイ首相の率いる保守党の下院議員にEUと関税同盟の関係を維持すべきだと主張する人たちがいることに関係していると見られている。すなわち、労働党が関税同盟を主張してこれらの保守党反乱派らと歩調を合わせれば、メイ政権がこの採決で敗れるかもしれないからだ。そのような事態が起きるかどうかは別にして、労働党がその立場をはっきりしたことは、イギリス政治の展開をよりわかりやすくさせる。3月2日のメイ首相のスピーチが俟たれる。

総選挙を楽しんでいるコービン

野党第一党の労働党のコービン党首が、非常に生き生きとしている。来月68歳になるが、68日に向けての総選挙キャンペーンを楽しんでいるように見える。

メイ首相が突然解散総選挙を宣言した時、コービンはすぐに賛成した。これには労働党下院議員からもかなり大きな批判があった。総選挙が行われれば、労働党は大きく議席を失うと思われたからだ。

世論調査で労働党は保守党に20%程度の大きな差をつけられ、支持率が歴史的に低い。1983年総選挙で惨敗した時よりも悪いと言われる。しかも有権者のメイ首相への評価は非常に高いが、コービンへの評価は、非常に低い。多くの国民が、コービンには首相になる資質がないと思っている。これではとても総選挙が戦えないと思ったからだ。

それでも解散総選挙に賛成したコービンの判断は、正しいように思われる。2011年議会任期固定法では、下院の総議席の3分の2が賛成する、もしくは政権が不信任され、後継政権が生まれなければ、解散総選挙となる。下院総議席の3分の1以上持つ労働党が反対すれば、3分の2が賛成することはなかった。しかし、その場合、メイは労働党が総選挙を恐れている、メイ政権にEU離脱交渉を成功させないように画策していると攻撃して、メイ政権そのものの不信任案を提出して可決させ、無理やりに解散総選挙に持ち込む可能性があった。そうなれば労働党には「臆病者」のレッテルが貼られ、さらに厳しい総選挙になったかもしれない。

労働党下院議員の中には、労働党が惨敗すれば、コービンが自ら退く可能性があるという見方もあった。労働党内の異端で、急進左派のコービンが2015年党首選で全く予想外に党首に選ばれ、しかも2016年のEU国民投票後に、労働党の4分の3近い下院議員たちがコービン下ろしに走ったが、行われた党首選挙で再びコービンブームが起き、前回よりも多くの支持を集め圧勝した。党首選ではコービンを倒すことができないことがはっきりした。

コービンは原則の人として知られる。多くはコービンをいい人だと言うが、労働党のような大きな政党を率いるリーダーシップはないとする人がほとんどだ。コービンの最初の妻は、コービンをいい人だと言うが、党首にはふさわしくないとする。2番目の妻との離婚は、妻が息子をグラマースクール(能力を選別して入学させる公立学校)に入学させたいのに、それにコービンが強く反対したことが原因だった。

労働党の支持者である、ケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング教授は、個々の政策では、コービンの考え方には正しいものが多いが、リーダーではないとして、コービンの党首辞任を求めた。コービン党首の広報戦略局長だった人物もコービンの能力を批判している。

メイ首相は、今回の総選挙をリーダーシップの戦いだとして、コービンのリーダーシップ能力を徹底的に批判している。

ところが、424日の朝のTodayというラジオ番組で、BBCのベテラン政治記者が、奇妙なことが起きているとリポートした。有権者が、コービンには首相になる可能性がないとして、地元の労働党下院議員に投票することに抵抗がないというのである。通常、イギリスの総選挙は、次の首相を選ぶ選挙であり、党首が首相にふさわしいかどうかを考えて投票する。そのため、総選挙では、党首の評価は非常に重要だが、どうも今回はそれが必ずしも当てはまらないようだ。まだ選挙戦は序盤であり、今後の展開は異なってくる可能性がある。

ただし、労働党は、これまでの常識を破り、いわゆる中道の有権者を惹きつける戦略ではなく、本来の「地のコービン」を打ち出す戦略に出ている。作り物ではないコービン像、すなわち自分を打ち出すことが許される状況が、コービンにエネルギーを与えているようだ。その演説には力がこもっている。一方、423日のBBCのテレビ番組で、コービンは弱い者が虐げられる今の政治状況に怒っており、うんざりしていると静かに話した。

コービンの労働党大会

リバプールで開かれた労働党の党大会には驚いた。無能と攻撃されていたコービンらの首脳部が予想外に有能な党大会運営ぶりを見せたからである。もちろん、すべてがコービンらの思惑通りに進んだわけではない。核武装のトライデントシステムの更新(既に下院で更新が採決されている)に関する問題で、影の国防相との政策のすり合わせが不十分だった。また、労働党の執行機関である全国執行委員会(NEC)への参加資格を巡って、NECとコービンらとの間に対立があり、コービン側の意見が通らなかったこともある。しかし、9月28日のコービンの党首演説はコービンのベストの演説だったとの評価があり、それは聴衆の反応でも示された。コービンにとって成功した党大会だったといえる。

この党大会は、厳しい党首選直後のため、特にメディアの注目を浴びた。党首選は、党員・サポーターらの支持する現職のコービン党首と、大半の労働党下院議員の支持する挑戦者オーウェン・スミス下院議員との戦いだった。コービンが党首では次の総選挙が戦えないと判断した労働党下院議員たちがコービン追い落としを謀ったのである。しかし、党大会の始まる9月25日の前日の24日に発表された党首選の結果は、1年前の党首選で党員・サポーターの圧倒的な支持を受けて初当選したコービンが、その支持を伸ばし、コービンへの謀反は失敗した。

この結果を受け、内乱状態の労働党をいかにまとめられるかに注目が集まった。反コービン派の下院議員たちは、党内がまとまることが大切だと言いながら、コービンへのけん制をはかる者が多い。これらの下院議員はコービンにはリーダーとしての能力がないと決めてかかっている。しかし、コービンの党首演説や、その前の9月26日の、コービンの党首選責任者を務めたマクダネル影の財相などの主要メンバーの演説は、よく考えられており、能力がないと言えるものではない。

マクダネルの考え方は、足枷のない国際化の中で、自由経済は醜い不平等をうんだとし、企業活動を自由にさせる時代ではなく、勤労者の権利や最低限の生活(真の生活賃金)を守るため、国が積極的に介入・協力して、公平な社会を築くというものである。そのため緊縮財政をやめるとし、以下のような施策を提言した。

  • 記録的に低い利子率を利用した5000億ポンド(65兆円)の短期的な積極的公共投資と新事業への投資
  • 収入への課税から資産への課税へ
  • 税逃れ摘発部門の国税局職員の倍増、そのような企業の公共サービス契約の禁止
  • 企業取得の際の賃金・年金の保証、
  • 企業所有権の変更や閉鎖の際の社員共同所有推進、
  • 業界別団体交渉の復活、
  • 最低賃金を2020年に時給10ポンド(1300円)以上とする。
  • 起業家国家の構築
  • スト制限を強化した2016年労働組合法の廃止

コービンは、

  • 地方自治体の借金制限を除き、住宅資産を担保に公共住宅建設のための借金を促進
  • NHSの民営化の流れを止め、真に国の事業とする
  • 幼児教育から成人教育までをつかさどる国民教育サービスを設置
  • 学生の生活扶助・助成金復活のため、法人税を1.5%までアップ
  • 国家投資銀行を設け、インフラ投資に貢献する
  • 人権侵害の問題のある国への武器販売の禁止
  • GDPの3%を研究開発に向ける

さらに、注目された移民の制限の問題では、移民のイギリス社会への貢献を強調し、移民の「数」の制限はせず、そのかわりに移民の公共サービスや賃金への悪影響を緩和する方策を訴えた。しかし、移民の問題が、6月23日に行われたEU国民投票でBrexitの結果を招いたと広く信じられており、それへの直接の対策を打ち出すべきだとする意見が労働党内にもある。ただし、移民の問題は、単に移民が増えているというだけではなく、移民がNHS、学校、公共住宅などの公共サービスに与える影響を肌身に感じているという要素がある。それへの対策に、移民インパクト基金を復活させるとした。かつてブラウン労働党政権が2008年に設置したが、キャメロン政権で2010年に廃止されたものである。さらにイングランド北部で離脱投票が多かったが、これらの地域で十分な投資がなされておらず、住民の不満が高まっていたことを指摘し、これらの地域をはじめ、全国至る所で投資をすることを訴えた。この点は、スコットランドのスタージョン首席大臣が、保守党政権の緊縮財政と離脱投票の関係を指摘している点に通じる。

一方、トライデントの問題については、コービンは個人的には更新反対だが、党としての政策は更新賛成のままである。ただし、多国間核軍縮は推進する立場だ。しかし、これは、核軍縮を訴える団体から強く批判された。また、NATOにはその集団主義、国際主義、弱者を助けるという考え方から引き続きメンバーに留まるという立場を明らかにしている。シェールガスのフラッキングの禁止も掲げた。

もちろんコービンやマクダネルは強硬左派で、その政策は左である。ただし、コービンが「21世紀の社会主義」と主張したように、平和な世界と公平なイギリスを築くため、現在の社会に適合するような政策を求めたものである。ミリバンド前党首の回りくどいともいえるような政策、特に緊縮財政をめぐるあいまいな立場とは異なり、はっきりと保守党と差別化したものである。

コービンの政策に対し、これらは単に「社会主義者の夢」だと批判し、コービン労働党は、その施策のために莫大な借り入れをし、イギリスの財政を破たんさせるだけだという見方もある。ただし、影の財相マクダネルはロンドンの地方自治体で財務のトップだった人物であり、ロンドン全体の地方自治体組織のトップを長く務め、運営の経験が豊富である。マクダネルは、今年3月、財政ルールを発表している。コービン労働党の批判者が、労働党が「無能」だと決めつけ、こきおろすのは、その政策にある程度メリットがあることを示唆しているように思われる。

ただし、コービンには克服すべき多くの課題がある。まずは、労働党内の調和をいかに図るかである。コービンに不信任を突きつけた党所属下院議員たちとの関係改善は急務である。さらに、保守党に世論調査で大きな差をつけられており、有権者の支持を引きつけ、コービンの党首、そして首相としての能力があると認めさせることは容易ではない。コービンは、その演説で、2017年に総選挙があることを想定して準備を進めるとした。コービンを支持するために加入した多くの党員、そしてコービンに投票するためにサポーターとなった多くの有権者がいる。これらの人たちの協力を得て、総選挙準備を進めるとしたが、その効果がどの程度あるかである。

また、コービンの演説は評価されたが、その移民政策などで、これまでの古い原則にしがみついているのは誤りだという見方がある。ただし、政策には、左から右へ、右から左へと揺れ動く傾向がある。総選挙は来年行われるかもしれないが、2020年までないかもしれない。2020年は3年半後で、Brexitの後になるだろう。その時には有権者の移民に関する考えは、全く変わっているかもしれない。例えば、NHSには、EU国民が5万人以上働いている。Brexitのために移民の数が自然に減ったり、必須の公共サービスで人手不足の事態になったり、また人口の増え続けるイギリスで住宅建設は必須だが、高く評価されるポーランド人の建設関係労働者がいなくなれば、これらの分野でも人手不足の問題が出てくるだろう。有権者の移民への不満も変わる可能性がある。

移民へのヘイト犯罪が増加している背景には、EU国民投票で離脱派が反移民政策を煽り過ぎたことがある。そのような問題も避けたコービンの移民政策は、イギリスでは妥当なものと思われるが、それを有権者が理解するかどうかは別の問題である。コービンは目先の問題で立場を変えるのではなく、自分の原則に徹した政策を取ろうとしている。それが実を結ぶかどうかは、政情がどう変わるか、コービンに運があるかどうかにかかっているように思われる。

コービン現象

労働党の党首選で再選されたコービンの背後には支持者たちの強い支持がある。昨年の労働党党首選以降、労働党の党員数は急増し、50万人を超えた。コービンの党首選の選挙責任者を務めたマクダネル影の財相は、今や68万人の党員で、来年には100万人に達する可能性に言及している。

ブレア・ブラウン労働党政権時代、労働党の党員数が減った。2009年末には15万6千人まで低下。2010年には若干回復し、19万4千人となったが、ミリバンド党首の下、2014年まで19万人程度で推移した。

ミリバンドが2014年に党首選ルールを大きく変えたのは、自らが労働組合の応援で党首に選ばれた上、労働組合が選挙区で下院選候補者選考を操作しようとした疑いが出たこともあるが、党員数が停滞する現状を改善し、草の根の党基盤を拡大することが狙いだった。それまで党首を選ぶには、①党員、➁組合などの関連団体関係者、そして③下院・欧州議会議員の3つのカテゴリーで3分の1ずつの票を割り当てていたが、それを党首選有権者全員に1人1票を与え、その合計で当選者を決めることとし、①党員、➁関連団体サポーター、さらに、アメリカの大統領選予備選でしばしば行われている有権者の登録をもとに③「登録サポーター」の制度を導入した。なお、保守党は、いくつかの選挙区で候補者選出に党派を問わず投票させる公開予備選を実施したが、これもアメリカで一部行われている「公開予備選(Open Primary)」をもとにしたものである。ミリバンドの党首選改革は、コービンの出現で、想像もしていなかったような結果を生んだ。

コービンの主要な支持母体は、モメンタムと言われる団体である。この団体は、コービンが党首になってから生まれた。そのメンバーは1万8千人、それにサポーターが15万人いると言われるが、急激にメンバー・サポーターを増やしている。また、コービン支持者には若者が多いとされるが、それだけではなく、今回の党首選では、25歳から60歳の党員の3分の2近くがコービンに投票していると見られており、かなり広範囲の年齢層の支持を集めている。さらに女性の党員の3分の2近くの支持も集めている。このコービンへの支持は、現在の政治に飽き足らない人々の一種の社会運動にまでなっているという見方もある。

世論調査では、強硬左派のコービン率いる労働党への支持は、保守党をかなり下回っており、また、コービンを有能なリーダーとして認める有権者が少ない。ある世論調査によると、有権者のコービンへの信頼度は、これまで労働党が圧倒的に強いと考えられていた国民保健サービスNHSの分野でもメイ首相より下回ることがわかった。労働党下院議員たちとコービン、さらにこれらの下院議員とコービン支持の党員・サポーターの関係が十分機能していないため、コービンが有権者に大切な問題を対処できる能力があるとは信じられていない。そのため、労働党が総選挙で勝てると見る人はほとんどいない。

しかし、このコービン現象を警戒する声はある。メイ首相の率いる保守党は、その党員数が13万から15万と見られていた。最近、5万人ほど党員数が増えたというリポートがあったが、現在どの程度の党員数かはっきりしていない。保守党の問題は、その党員の大多数が引退した人たちであることである。2015年総選挙では若い世代のグループが接戦の選挙区をバスで回ったが、この活動にはいじめの疑惑があり、自殺者も出し、しかもこの活動の費用が選挙違反という疑いも出るなど、多くの問題があった。このような保守党の現状は、コービン現象で増大する労働党支持基盤と比べるとかなり大きな違いがある。

この中、67歳のコービンでは総選挙に勝てないだろうが、もしカリスマのある、多くの支持を得られるような人物がコービン後の党首となり、現在の強力な支持基盤を継承すれば、全く異なる状況となるという見方がある。コービン現象を現在の政治状況と切り離して考えることは危険だという警告であろう。

労働党党首に再選されたコービン

労働党の現党首ジェレミー・コービンが党首に再選され、その党内での立場を強めた。約64万人が有権者で投票率は78%。昨年の党首選で55万人余が有権者で76%が投票したのを上回る。コービンが61.8%を得票し、昨年の59.5%より大きな支持を受けた。これは、今回の党首選のいきさつを考えると、驚くべき結果と言える。

今回の党首選は、労働党の下院議員たちがコービンを党首の座から追い落とそうとして始まった。6月23日のEU国民投票でイギリスがEU離脱を選択した直後である。コービンが中途半端な残留運動をしたとして、コービンにはリーダーとしての能力がなく、選挙に勝てないと主張し、影の内閣の3分の2が辞職し、230人の労働党下院議員のうち172人がコービン不信任に賛成した。もともと、昨年、強硬左派のコービンが党首に選ばれたこと自体に不満があったが、世論調査で、野党が与党の保守党を上回るべきであるのに、かなり下回っている。そのため、労働党下院議員たちは党首を入れ替えようとした。ここまで多くの労働党下院議員が反コービンに回れば、コービンは辞任せざるを得ないだろうとの読みがあったのである。ところが、コービンは、多くの党員・サポーターたちからの負託があるとして辞任を拒否し、党首選が始まることとなった。

コービンは、昨年の党首選で立候補する際、必要な下院議員の推薦人を集めるのに苦労し、党首選には党内左派の声も必要だと他の立候補者を推す人にも推薦人になってもらったほどである。そのため、今回の党首選も、現党首に下院議員の推薦が必要かどうか大きな問題となった。結局、党規約への専門家の意見も聞いた後、労働党の全国執行委員会(NEC)で、現党首には必要ないと決定したが、さらに裁判所にも持ち込まれ、最終的に推薦人は必要ないこととなった。

党首選の有権者には3つのカテゴリーがある。党員、関連団体サポーター、そして登録サポーターである。有権者はすべて一人一票である。労働党の下院議員によるコービン攻撃が始まり、コービン危機の状態が生まれたため、労働党への加入者が急激に増えた。そのため、昨年とは異なり、この新規加入者への党首選投票権を認めないこととし、さらに登録サポーターへの登録料は昨年の3ポンド(400円)を25ポンド(3300円)に8倍増とし、登録期間はわずか48時間しか認めなかった。また、労働組合など労働党関連団体のサポーターになって投票しようとする人を防ぐため、この新規加入者にも投票権を認めないこととした。その上、有権者を厳しく篩にかけ、何万人もの人が投票を許されなかった。

このような状況の中で、コービンの対抗馬のオーウェン・スミスが大多数の下院議員、さらにハリーポッターの著者JKローリングらの支援を受ける中、コービンが昨年よりも得票率を伸ばしたのである。

党首選の結果の発表された後、党員がコービンとスミスにどのように投票したかの世論調査による分析が出された。これによると、2015年5月の総選挙より前に党員になった人の約3分の2がスミスに投票している。昨年の党首選中に党員になった人の4分の3がコービンに投票し、そしてコービンが党首に選ばれた後に党員となった人の8割以上がコービンに投票している。つまり、新しい党員ほど、コービン支持者が多い。

今回の党首選には、今年1月12日より後に加入した党員は投票できなかった。これらの党員にはさらに25ポンドを支払い、登録サポーターとなって投票した人がかなりいる。それでも、もしこれらの党員も投票を許されていれば、コービンの得票率はさらに高かっただろう。コービン支持は、今回の党首選で現れた結果より強いのは明らかである。

コービンの信念

労働党の党首選最後の候補者討論・質疑応答会が9月18日に行われた。ジューイッシュ・ニュースというイギリスのユダヤ系新聞が主催したものである。

コービンは党首となる前にパレスチナのハマスやヘズボラを「友人」と呼んだことがあり、また、労働党内の反ユダヤ主義の調査を実施し、対応策を発表したものの、この問題に十分対応できていないという批判がある。そのため、労働党を支持するユダヤ人のグループからのコービン支持はわずか4%で、その92%は党首選の対抗馬スミスを支持している。そのため、この討論会でも、反ユダヤ主義の質問が繰り返しなされた。なお、反ユダヤ主義とは、ユダヤ人への人種差別である。

党首選の他の討論会では、主催者が聴衆のコービン支持、スミス支持のバランスを取るよう細心の注意を払っている。それにもかかわらず、例えば、9月14日のスカイニュースの主催した討論会では世論調査会社が慎重に聴衆を選んでいるにもかかわらず、スミスへのヤジが飛び、コービンへの拍手が大きく、コービン優勢がはっきりと窺われた。

しかし、今回の討論会では、聴衆の反応は、スミス優勢だった。コービンは、いかなる人種差別も否定している。イスラエルのパレスチナ人の取り扱いを批判しているが、それはユダヤ人に対するものではない。これは、左の人物によくある反米主義、反植民地主義で、イスラエルは西側の新植民地主義の象徴のように考えられているとする見方もある。ただし、多くのユダヤ人は、イスラエルへの批判は、ユダヤ人批判だと見なし、感じている。かつて労働党は、ユダヤ人の強い支持を受けていたが、今ではユダヤ人の多くの支持を失った。コービン党首の労働党は、わずか8.5%の支持となっていると言われる。

コービンのメディア報道にはバイアスがある。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の学者が2015年9月1日から11月1日までの新聞を分析した結果、コービンは不公平に扱われているとした。ロンドン大学バークベックと、ロンドン大学ゴールドスミスのメディア改革連合の学者の行った、労働党影の内閣の大量辞任から2016年7月6日までの10日間のオンライン・テレビ報道分析では、民放のITVが公平な報道を行っているとされたのに対し、公共放送BBCのテレビニュースでは、コービンに批判的な報道が擁護的な報道の2倍近いことを指摘している。コービン自身メディアを批判しているが、コービン支持者の多くは、エスタブリッシュメントがコービンを引きずり落とそうとしていると捉え、メディア報道にかかわらず、コービン支持は増加する一方である。

コービンにはリーダーシップがないとする見方が強いが、1983年から下院議員を務めるコービンが、過去30年余りの間、その重要な判断が正しかった、判断が正しいことはリーダーにとって重要な特性だとする指摘がある。コービンは党首に就任するまで、労働党のリーダーたちに厄介者扱いされていた。党首脳部の指示に従わず、自分の信念を曲げなかったからである。

世論調査の労働党の支持率は保守党よりかなり低く、また、コービンへの評価も低い。それでもコービンの信念に共感している人が多く、コービン労働党は党員数が急増し、それまでの2倍の50万余となり、今では、欧州一の党員数の政党となったと言われる。

9月21日正午に党首選の投票は締め切られ、投票の結果は、9月24日に発表される。昨年9月の開票では、4人の立候補者のうち、コービンは最初の開票で全体の59.5%を獲得し、当選した。2人の立った今回の党首選では、コービン選対責任者のマクダネル影の財相が、前回の支持を下回る可能性を示唆した。6月23日のEU国民投票後、コービンが労働党下院議員たちから辞任圧力を受ける中、わずか1週間ほどで13万人が党員となったが、これらの新党員を含め、過去半年余りの加入者は投票が許されなかった。それでも、多くは、コービンに前回を上回る支持が集まると見ている。いずれにしても、党首に再選されるのは確実で、今回の迫られて行われた党首選でコービンの立場が弱まるどころか、さらに強まったと思われる。