ブレクシット交渉への高まる不安

メイ政権のブレクジットに関する発言は次第に変化してきたが、イギリスのEU離脱交渉では、現在、以下のような点を重んじてきている。

  • EUの単一市場と関税同盟を離脱する
  • EUとの経済貿易関係にできるだけ摩擦のないようにする
  • 他の国と独自に貿易関係を結ぶことができるようにする
  • EUとイギリスとの地上国境となるアイルランドの国境には検問などのチェックポイントを設けない

これらを同時に解決するのは極めて困難だ。確かにEUを離脱しても、EUの単一市場や関税同盟に残り、EUと摩擦のない関係を維持することは可能だ。しかし、それでは、EU外の国と独自に貿易関係を結ぶことはできない。メイ首相は、その政権を維持しながら、この交渉をまとめるために様々な要求を満足させる方策を考え出そうとしている。大きな問題は時間がなくなっていることだ。10ヶ月後には、イギリスはEUを離脱するのである。

そのため、ビジネスも公共セクターも10か月後をにらんで動き始めている。イギリス経済は、既に投資を控える動きなどから成長が鈍化しており、過去12ヶ月、アメリカが2.2%、ユーロ圏が2.5%成長したのに対し、イギリスは1.2%だった。5月末、欧州のトップ50企業の代表がメイ首相に事実上EUの関税同盟に残るよう訴え、また、イギリスのバークレイズ銀行は、国内の投資への貸し出しに関する条件を厳しくしている

その一方、北アイルランド警察に関しては、その警察官の組織が、現在の警官数では、国境を警備しかねると訴えた現在の警官数は6621人だが、かつては、警官13500人と軍人26000人で国境と治安を守っていた。しかし、北アイルランドでは、反政府過激分子が新しく設けられる可能性の高まっている検問所などを攻撃する可能性は否定できないとして、財政削減で計画されている警察署閉鎖を中止し、警官を増強するよう訴えた。

このような動きはさらに強まっていくだろう。

アイルランドの中絶合法化の北アイルランドへの影響

5月25日の妊娠中絶に関する国民投票で、アイルランドは妊娠12週間までの中絶を認めることになった。アイルランド共和国と国境(地図上のもので、フェンスも検問もない)を接するイギリスの北アイルランドでは、妊娠中絶は禁じられており、非常に思い刑罰を科される可能性がある。

アイルランドの国民投票の結果を受け、このアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドの差をなくすため、北アイルランドの制度を変えるべきだという意見が強く出てきている。北アイルランドの第二政党のシンフェイン党は、南のアイルランド共和国と両方に基盤を持つカトリックの政党だが、アイルランドでは、中絶を認めるキャンペーンに参加した。そして北アイルランドでも同じ制度にするようキャンペーンを始めている。

そしてイギリスのメイ政権の女性担当相をはじめとする有力女性議員たちが、北アイルランドでも中絶を認めるよう強く働きかけている

しかし、北アイルランド最大政党である民主統一党(DUP)はプロテスタント政党だが、中絶反対の立場を変えていない。そしてこの問題は北アイルランドに決める権利があり、北アイルランド議会で決めるとする。

北アイルランドは分権されており、独自の議会と政府を持つ。しかしその政府は、2017年1月に崩壊して以来、機能していない。北アイルランド政府は、グッドフライデー(ベルファスト)合意で、イギリスとの統一を重んじるユニオニスト側(DUPら)とアイルランド共和国との究極的な統一を目指すナショナリスト側(シンフェイン党ら)の共同統治となっている。そのため、それぞれの立場から全く同じ権限の首席大臣と副首席大臣を出すことが必須である。2017年の政府崩壊は、ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党のマクギネス副首席大臣が辞任し、代わりの人を出すことを拒否したため起きた。この事態を打開しようと北アイルランド議会選挙が行われたが、北アイルランドの政治情勢は変わらず、現在まで政府を樹立できず、議会も機能していない。そのため、必要があれば、イギリスのロンドンのウェストミンスターにある議会で法律を成立させている。

そこで、ウェストミンスターでは、北アイルランドの政治不能の状態を逆手に取り、中絶の問題についてウェストミンスターの議会で押し通せばどうかという意見も出ている。

しかし、DUPの閣外協力で政権を維持しているメイ首相は、DUPの意思に反した行動を取れない。また、DUPが北アイルランド議会でというのは、シンフェイン党に共同統治に戻るよう促している意味がある。

一方、シンフェイン党は、DUPがその方針を変えようとせず、アイルランド語の公式な制度化を渋っていることなどを理由として共同統治に戻る考えは今のところない。その上、シンフェイン党はIRAの政治組織として生まれたことから、ウェストミンスターを信頼していない。そのため、イギリスの総選挙で候補者を立てて当選しても(2017年には7人当選した)、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院に出席していない。すなわち、シンフェイン党がウェストミンスター議会にこの問題で助けを求めることはありそうにない。

そのシンフェイン党の当面の対応は、アイルランドできちんと妊娠中絶が制度化されれば(今年中に行われる予定)、北アイルランドの住民が南のアイルランド共和国へ行って中絶できるようにすべきだというものである。これは、現在、北アイルランドからイギリス本土へ行って中絶することができることに対応した考えである。

シンフェイン党が北アイルランドで住民投票を求めるかどうか注目されるが、DUPはそれには反対するだろう。シンフェイン党が求めたとしても、それを決める北アイルランド議会が機能していない状態では、ウェストミンスター議会に頼るしかない。堂々巡りとなる可能性がある。様々な政治的な読みと駆け引きがあるだろうが、北アイルランド議会、政府がきちんと機能しなければこの問題は前に進まないように思われる。

DUPの妊娠中絶に対する立場に縛られるメイ首相

北アイルランドの民主統一党(DUP)は、イギリスの下院に10議席持ち、メイ保守党政権を閣外協力で支えている。昨年6月の総選挙で過半数を割った保守党は、下院で過半数を確保するためにDUPの協力が必要だ。その上、ブレクシットをめぐり、保守党内で強硬離脱派とソフトな離脱を求めるグループが対峙している中、EU離脱支持派であり、ほとんど一丸となって動くDUPの協力は不可欠だ。

2018年5月25日のアイルランドの妊娠中絶を認めるかどうかの国民投票で、3分の2が認めるとし、認めないとする方が3分の1であった。これでアイルランド共和国では認められることとなる。ただし、同じアイルランド島の中の、イギリスの北アイルランドでは認めないままであることから、メイ保守党の女性議員の中にも認められるようにすべきであるという意見が強まっている

北アイルランドはイギリスの一部ではあるが、イギリスが妊娠中絶を1967年に認めたのは適用されず、今もなお、妊娠中絶は犯罪である。妊娠がどのような理由によってもたらされたとしても、医師が母体を守るために他に手段がないと判断した時以外、禁止されている

2016年11月、北アイルランドの裁判所がそれを国際人権法に反するとしたが、DUPらは法律を変えることに反対してきた。これは、DUPを創設し、後に首席大臣となったイアン・ペースリー牧師らの宗教的信念に基づいたものだ。

なお、北アイルランド第二党のシンフェイン党は、アイルランド共和国とまたがって両方に政治勢力を広げている。このカトリック政党のリーダーに今年就いたばかりの女性党首は、アイルランドの中絶認可に賛成した。そして、シンフェイン党は妊娠中絶のルールについてアイルランド島全体で統一されたものとすべきと訴えている。

しかしながら、メイ首相は、保守党内の女性議員らから突き上げがあっても、DUPに配慮し、北アイルランドでの法律改正には慎重だろう。数か月先には最高裁で北アイルランドの中絶禁止が女性の人権侵害になっているかどうかの判断が下される予定だ。状況が変わる可能性があるが、メイ首相は、DUPの意向を無視して行動できず、ブレクシットも含め、手が縛られた形となっている。

メイの難問:イギリス離脱後のEUとの貿易関係

メイ首相は、EU離脱後、イギリスはEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。関税同盟は、域内の関税をなくし、域外からの輸入に同じ関税をかけるものであり、他の国に対しては一つのブロックとして交渉する。そのため、イギリスはこれまで独自の貿易交渉をしてこなかった。イギリスの単一市場、関税同盟離脱の大きな理由は、EUに事実上の決定権を握られ、しかもイギリスが独自に貿易関係を結ぶことができないからである。

ただし、それではイギリスの貿易の半分近くを占めるEUとの貿易関係をどうするかという問題がある。EU内にあることでイギリスに拠点を置いてきた外国資本がイギリスから撤退していくかもしれない。また、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国(EUメンバー)の国境問題がある。現在の境界も検問もない状況のままで継続していくためには、イギリスとEUとの貿易関係を緊密にし、検問などのチェックをできるだけなくする仕組みにしなければならない。

そこで出てきたのが、以下の2つの案であるが、いずれもEU側は消極的である。

①Max Fac(Maximum Facilitation)案:認定企業制度とテクノロジー(まだ開発中のものを含む)などを駆使し、国境でのチェックをできるだけ少なくする案である。しかし、税関でのチェックが完全になくなるわけではない上、EU側も同じような制度を設ける必要が出てくる。また、このような試みは世界でまだなく、実施までにかなり時間がかかる可能性がある。

②関税パートナーシップ(Customs Partnership)案:関税同盟の代わりに、イギリスとEUとの間で新たな枠組みを作り、EU並びにイギリスへの外部からの輸入に関し、それぞれの手続きをお互いの手続きと同じと認め合う案である。関税に関しては、もし外国からモノがイギリスに入ってきた場合、EUもしくはイギリスの関税のうち高い方をかけ、もしモノがイギリスに留まり、イギリスの関税がEUより低いものであれば、その関税の差を輸入業者は払い戻し請求ができる仕組みである。

この案では北アイルランドの国境で通関チェックの必要なしで済ませられる。しかし、EUの様々な規制に縛られる他、EU側、イギリス側の両方でかなり大きなコストがかかると見られる。また、事実上、イギリスがEU外の国と貿易関係を結ぶのに障害があると心配されている。

メイ首相は、この②案の方をよいと考えているが、5月2日のブレクジット内閣小委員会でこの案への反対が上回った

EU側は、アイルランドの国境問題の解決策をこの6月のEUサミットまでに合意したいと考えている。この問題は、EUとイギリスの将来の貿易関係に非常に密接に関係している。時間は乏しい。

なお、これからのイギリス・EU関係のスケジュールの概略は以下の通り。

2018年6月28-29日 EUサミット

2018年10月18-19日 EUサミット: EU側交渉代表者のバーニエはEU側がそれまで交渉してきた離脱合意に合意することを目指している。これには、「移行期間」に関する合意も含み、将来のイギリスとEUの関係についての「政治宣言」を含む。

2019年1月 イギリス議会と欧州議会の両方の離脱条約承認を目指す。

2019年3月29日午後12時(イギリス時間3月29日午後11時)イギリスがEU離脱。計画通りに進めば、イギリスは「移行期間」に入り、EUの意思決定過程から外れるが、それまでのイギリス・EU関係が続く。この関係は、2020年12月31日まで続き、それ以降、イギリスとEUは新しい関係に移る。イギリスは他の国と独自の貿易条約を結ぶことができるようになる。

ブレクジット交渉の難問の一つアイルランド問題

イギリスはEUから2019年3月末に離脱する。EU側のイギリス離脱交渉責任者ミシェル・バーニエによると、交渉の75%は合意したという。しかし、バーニエは、離脱合意に至るには、アイルランド問題での合意が不可欠だとする

ここでのアイルランド問題とは、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国の国境の問題である。イギリスがEUを離脱した後、イギリスとEUとの地上での国境が接するのはここだけである。現在、両者の間には地図上の国境はあるが、建物も検問もない。ところが、イギリスが、EU離脱後、EUの単一市場も関税同盟も離脱する方針であることから、EU側は、EU内の統一性を維持するために現状のまま放置できず、何らかの対策を立てなければならない。昨年12月の交渉で、イギリスは、もしこの国境問題で両者が合意できなければ、EU内の統一性を守るための方策を講じることに合意したが、その内容について争っている。

イギリスのメイ政権は昨年の総選挙で過半数を失ったが、その政権を閣外協力で支えているのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)である。このユニオニスト(イギリスとの関係を維持していく立場)政党はイギリスのEU離脱に賛成しているが、アイルランド共和国との国境に新たな建物や検問を設けることに反対する一方、イギリス本土と異なる扱いを受けるのに反対している。北アイルランドのナショナリスト(アイルランド共和国との統一を目指す立場)政党も新たな国境制度を設けるのには反対しており、アイルランド共和国も基本的に同じ立場だ。北アイルランドをアイルランド共和国と共に関税共通地域として、アイルランド島とイギリス本土との間に関税などの国境を設ける方策にはDUPが反対している。イギリス政府は、絶対譲歩できない立場(レッドライン)として単一市場も関税同盟も離脱するとし、北アイルランドとアイルランド共和国との間は新しい国境制度を設けず、テクノロジーで対応するとしているが、これがきちんと機能すると考える人は少ない。

離脱合意が達成できなければ、離脱後予定されている「移行期間」もなくなり、イギリスは2019年3月末で、いわゆる「崖っぷち離脱」することとなる。すなわち、来年3月末で法制が変わり、貿易関係やそれ以外のイギリスとEUの関係が大きく混乱することとなる。

その一方、きちんと離脱合意がなされるには、イギリス議会や欧州議会での合意内容の吟味や審議、それに採決もあるため、今年秋までには基本的な離脱合意がなされる必要がある。そのためにはアイルランド問題はこの6月のEUサミットまでに解決される必要があるとされている。すなわちほとんど時間がない。

DUPのフォスター党首は、バーニエを攻撃し、バーニエは北アイルランドの状況を理解していない、「誠実な仲介者」ではないなどと発言したが、フォスターはバーニエの役割をわかっていないようだ。バーニエは、EU側の交渉担当者である。EU側(アイルランド共和国を含む)の利益を優先するのが、その立場である。この事態を招いているのは、その立場に固執しているメイ政権といえる。

メイは、ラッド内相が辞任し、自分の内相時代に推進した移民政策の批判に直接さらされる状況にある上、さらに5月3日の地方選挙では保守党がかなり劣勢と見られている。その上、議会の上院で政府のブレクジット政策が次々と覆されている中、メイ政権内の離脱派・残留派のバランスを取り、さらに政権を維持していくために保守党内の離脱派・残留派の対立もまとめていく必要がある。これらに関連したアイルランド問題を処理し、EU側との離脱交渉を進めていくのも簡単ではない。これらは実はメイが自ら作り出した状況である。

Brexitと北アイルランド

20年前の1998年4月10日、北アイルランドでグッドフライデー合意(ベルファスト合意)が結ばれた。これは、それまで30年余にわたる血で血を洗う争いをやめ、南のアイルランド共和国との統一を求めるナショナリスト側と、イギリス本土側との関係を維持していくことを求めるユニオニスト側とが、平和な北アイルランドを求めて合意したものである。特に、これに武装グループIRA(アイルランド共和国軍)の政治組織シンフェインが加わったことが大きな成果となった。IRAは武器放棄することとなった。

ところが、Brexitが、この合意を脅かしているという見方がある。これは、イギリスとEUとのBrexit交渉で北アイルランドとアイルランド共和国との国境が大きな問題となっていることに関係がある。これまで、北アイルランドとアイルランド共和国との間に「国境」はなかった。もちろん地図上にはあるのだが、車でその国境を横切っても、通り過ぎてから道路際の表示で違う国に入ったと知る程度である。

イギリスがEUを離れるにあたり、EU内の人やモノの移動の自由がなくなる可能性があり、もしその自由がなくなれば、国境で検査をする必要があるかもしれない。もしそのような事態となれば、グッドフライデー合意の基礎が揺るがせられるというのである。

この議論に対し、野党労働党の影の国際貿易相が、アイルランド共和国やシンフェイン党が、この議論を誇張しているとコメントした。そのコメントに対し、強い非難があったが、この影の国際貿易相のコメントは正しいように思われる。もう時代は変わった。かつてのように武器云々の時代ではない。ユニオニスト側のロイヤリストと呼ばれる武装グループは麻薬取引や売春などの非合法な活動を行っていると見られていたが、それらも、非合法な活動をする者たちをその組織から除名すると宣言した。また、シンフェイン党が北アイルランドでもアイルランド共和国でも正当な政党として勢力を大きく伸ばし、いずれも女性リーダーをいただく中、IRAが武器闘争に復活するとは思われない。むしろグッドフライデー合意の精神は根付いたと見る方が正しいだろう。

もちろん、グッドフライデー合意では、北アイルランドの将来は、最終的に北アイルランド住民が決めることとなっている。そのため、シンフェイン党にとっては、北アイルランドとアイルランド共和国の間に何らかの目に見える国境ができることは象徴的な意味でマイナスだろう。また、アイルランド共和国は、人やモノの動きに制約が生まれ、その経済への影響を恐れるだろう。それは、ユニオニスト側のDUP(民主統一党)などにとっても同じである。

Brexitが北アイルランドに一定の影響を与えるのは間違いないだろうが、それがグッドフライデー合意の根本に関わるという議論は少し行き過ぎのように思われる。

まだ道遠い北アイルランド自治政府復活

北アイルランドでは、2017年1月に自治政府が倒れて以来、自治政府を復活できない状態が続いている。これは、北アイルランドの特殊性に関係している。北アイルランドでは、イギリスとの関係を重んじるユニオニスト(キリスト教のプロテスタントと重なる)とアイルランド共和国との関係を重んじるナショナリスト(キリスト教のカソリックと重なる)の紛争が続き、両者の妥協がなければ北アイルランドの平和は保てないという考えから、自治政府のトップである首席大臣と副首席大臣の二人をそれぞれの側の最大政党から選出する仕組みを作ったことにある。

この仕組みは、北アイルランド地元の政党、イギリス政府、アイルランド共和国政府だけではなく、アメリカ政府も絡んだ大掛かりで、しかも複雑な交渉の結果生まれたものだった。これはベルファスト合意(グッドフライデー合意)と呼ばれる。

2017年1月の自治政府の崩壊は、首席大臣の、民主統一党(DUP)のフォスター党首がビジネス担当相時代に始めた再生可能エネルギー政策の法外な政府負担の問題に端を発し、シンフェイン党のマクギネスが副首席大臣を辞任し、その後ナショナリスト側最大政党のシンフェインが代わりの副首席大臣を出さなかったことによる。

それ以来既に13か月経つ。2017年3月には北アイルランド議会選挙が行われた。また、同年6月にはイギリス全体の総選挙も行われたが、北アイルランドの結果は、ユニオニスト側、ナショナリスト側の両者ともそれぞれの最大政党であるDUP、シンフェインがさらに勢力を伸ばし、北アイルランドの政治構造は全く変化していない。すなわち、北アイルランドの自治政府の復活のためには、DUPとシンフェインとが納得できる合意をなしとげなければならない。そのためにイギリス政府、アイルランド政府も尽力してきた。

問題の一つは、現在、北アイルランド自治政府は、その公務員によって運営されていることであり、通常、北アイルランド議会の判断で行われる予算の議決などができないことだ。必要最小限の法制は、ロンドンのウェストミンスターの議会で行えるが、このままでは北アイルランド政府が成り立って行かないという危惧がある。北アイルランド議会を停止して、ウェストミンスターからの直接統治をするという方法はあるが、これはベルファスト合意の趣旨を損ない、しかも新しい法制を設ける必要がある。

一方、複雑な北アイルランドの政治にウェストミンスターの政権が深く関与することには慎重だ。

さらにメイ政権は、2017年6月の総選挙で過半数を失い、DUPの閣外協力で政権を維持していることがある。DUPの機嫌を損なうことは政権の危機につながる可能性がある。昨年12月、イギリスのEU離脱後の、アイルランド島内の、英国の北アイルランドとEUメンバーのアイルランド共和国との間の国境問題が大きな話題となった。DUPの立場は、北アイルランドがイギリスの他の地域と同じように扱われることを求め、現在設けられていない国境での検問の再設置には反対というものである。これらを満足させることはメイ政権にはそう簡単なことではない。一方、機能していない北アイルランド議会議員の給与が全額払われているが、これを減らすべきだという報告書もあり、メイ政権には重荷になっている。

2018年2月、シンフェイン党の党首がジェリー・アダムズからメアリー・ルー・マクドナルドに変わる中、新しい動きがあった。シンフェインの要求していたアイルランド語を公式に法律で認めることにDUPが理解を示し、この問題の解決で、自治政府が再開するのではないかという期待が盛り上がったのである。ただし、DUP側の支持者らの理解を得られず、DUP側が退いた。

これには、シンフェインの伝統的な交渉戦術があるように思われる。一つの課題を粘り強く推していくのである。新党首のマクドナルドは、もしこの要求が認められれば、新党首として大きな成果となる。シンフェインは、政治情勢の移り変わりにその支持者らをともに連れていくことを重視している。すなわちシンフェインは政治情勢を極めてよく読んでいるといえる。一方、DUP側は、自治政府の再開に躍起になっており、シンフェインほど細かい配慮をしていない。

北アイルランド自治政府の再開にはまだ時間がかかりそうである。メイ首相の頭痛の種は残ったままだ。

シンフェインの新リーダー

シンフェインの党首ジェリー・アダムズが退き、その後任にメアリー・ロウ・マクドナルドが就くこととなった。

マクドナルド(1969年5月1日生まれ)は、2009年からシンフェインの副党首を務めている。48歳。2004年にシンフェインの欧州議会議員に選出され、2011年からアイルランド下院議員を務めている。他の多くのシンフェインの議員と異なり、裕福な家庭で育った人物で、他の政党のメンバーだったことがある。

シンフェインは、北アイルランドとアイルランド共和国の両方にまたがる政党で、北アイルランドとアイルランド共和国の統一を目指している。マクドナルドが党首となることで、既に北アイルランドのリーダーが女性であることから、シンフェインのトップ2人が女性となる。血にまみれた過去のあるシンフェインのイメージが大きく変わる。

党首を退くアダムズは、IRAのトップ級幹部だったと言われている。アダムズの相棒だったマーティン・マクギネス(故人)は、自らIRAの幹部だったことを認めたが、この2人はIRAに非常に大きな影響力を持っていた。

IRAの行った多くの殺人事件にアダムズやマクギネスが関与したと考えられているが、新しい党首にはそのような過去から引きずってきた問題がない。その意味では、北アイルランドで第2、アイルランド共和国で第3位の政党で、国境を越えて勢力を拡大してきたシンフェインにとっては、さらなる飛躍を目指す、一つの大きなステップとなるだろう。

ここで注目すべきは、IRA/シンフェインのリーダーの選び方だ。アダムズとマクギネスの例を見てもそうだ。ヒース首相時代の1972年7月7日、IRAのトップが、当時の北アイルランド相と密かに会談した時、2人はそのメンバーの中に含まれていた。アダムズ(1948年10月6日生まれ)は当時23歳、マクギネス(1950年5月23日生まれ)は22歳だった。このような重要な機会に出席したということは並々ならぬことだった。その当時から2人がはっきりとしたリーダーシップを発揮していたばかりではなく、将来のトップとして見込まれていたのである。

マクドナルドは、はっきりと話す、強い女性だ。他の政党からもその能力は認められている。シンフェインのような組織が生き残り、勢力を拡大していくためには、リーダーシップの質が極めて重要だ。それが次の世代のリーダーを選ぶ基準となっているようだ。シンフェインは、世代交代の時期を迎えていた。このマクドナルドの就任で、シンフェインがどう変わり、アイルランド共和国と北アイルランドの政治にどのような変化を起こすか注目される。

総選挙は北アイルランドに大きなマイナス

総選挙が68日に実施されるが、このメイ首相の決定は、北アイルランドに大きな影響を与えるだろう。

32日に行われた分権議会選挙以来、分権政府を構成することができず、北アイルランド政治は停滞が続いている。

北アイルランドでは、アイルランド島の南にあるアイルランド共和国との統一を求める「ナショナリスト側(カソリック)」とイギリスとの関係を維持したい「ユニオニスト側(プロテスタント)」との共同統治となっており、両方の立場の最大政党が分権政府樹立に合意しなければ政府ができない仕組みとなっている。

3月の選挙では、北アイルランド議会の最大政党DUP(民主統一党:ユニオニスト側)が大きく地歩を失った。この選挙は、DUPの党首であるフォスター首席大臣がかつて企業相時代に導入した再生利用エネルギー政策の欠陥で大きな財政負担が発生することが明らかになったことが引き金となった。ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党が、この問題の調査期間中フォスターが暫定的に首席大臣のポストを離れるよう求めたのに対し、DUPが拒否したため、シンフェインのマクギネスが副首席大臣のポストを辞任し、自動的に分権政府が倒れて選挙が行われたのである。

その選挙でDUP28議席)は最大政党の地位を維持したものの、シンフェイン(27議席)はDUPとの差を1議席とした。シンフェインは、北アイルランドで多くの人が殺害された「トラブルズ」と呼ばれる時代の未解決の殺人事件の解明の促進や、アイルランド語の法による正式な認証なども求め、分権政府が生まれる障害となっている。

この事態を受け、イギリスの中央政府は、ナショナリスト側とユニオニスト側の妥協を求め、政党間の話し合いを推進してきた。中央からの直接統治か再び選挙を実施するかの選択だとして妥協を促してきた。

このうち、選挙は、20165月、20173月と立て続けに実施されてきたことがあり、もし選挙が実施されると1年余りで3回目となる。さらに、3月の選挙で過半数を失ったユニオニスト側の勢力がさらに弱まるかもしれず、シンフェインがDUPを追い越し、北アイルランド最大政党となる、さらには30議席を獲得し、議会での拒否権を得る可能性がある。また、直接統治は、2007年セントアンドリュース合意でいったん廃止されており、これを実施するには新たな法制が必要である。

今回の総選挙が発表される前、シンフェインのアダムズ党首が、選挙の実施を強く求める立場を明確にした。シンフェインは、北アイルランドの他の政党との合意を達成したいが、メイ政権とDUPがそれぞれの立場に固執しているためそれが達成できないとし、選挙実施のために、アイルランド政府が働きかけるべきだとしたのである。

北アイルランドの平和は、1998年のグッドフライデー合意で、イギリス政府とアイルランド政府の協力でもたらされている。今回の話し合いにもイギリス政府とアイルランド政府が参画しており、イギリス政府はアイルランド政府の承認なしに直接統治に踏み切れない。なお、アダムズは、かつてイギリスの下院議員に選出されていたが、今やアイルランド共和国の下院議員であり、アイルランド共和国の第3党シンフェインを率いている。

イギリスのブロークンショー北アイルランド相は、これまでたびたび話し合いの期限を延ばしてきた。5月初めまでにまとまらなければ直接統治か選挙としていたが、さらに6月末までに延ばすこととなった

メイ首相がイギリスの下院の総選挙を実施することとしたため、北アイルランドの政党は総選挙準備、キャンペーンで忙しく、この話し合いが難しくなったためだ。なお、下院は、52日に正式に解散されるため、68日の総選挙が終わるまで、直接統治を可能にする法制定は難しい。一方、もし選挙を行うとすれば、北アイルランドでは選挙が本当に多発することとなる。

北アイルランドの分権政府が倒れて100日が過ぎたが、この宙ぶらりんの状況がさらに続く。北アイルランドが過去十年で最も困難な状況を迎えている中、突然総選挙に踏み切ったメイ政権は、北アイルランドを軽視していると批判する声が強い。

北アイルランドでは、EU国民投票で、56%が残留、44%が離脱に投票した。イギリスのEU離脱交渉の結果次第では、北アイルランドが南のアイルランド共和国との統一を求める方向に動く可能性もあり、メイ政権には慎重な対応が必要だ。

どうなる北アイルランド

北アイルランドの政治は、イギリスとの関係を維持しようとするユニオニスト側の政党と南のアイルランド共和国との統一を目指すナショナリスト側政党との共同統治である。すなわち、両側が協力しなければ運営できない仕組みだ。政府のトップである首席大臣と副首席大臣は全く同じ権限を持つが、ユニオニスト側とナショナリスト側の最大政党から一人ずつ選ばれ、そのうち最も多数の議員を擁する政党から首席大臣が選ばれることとなる。

昨年、ユニオニスト側の民主統一党(DUP)党首で首席大臣であるアーリン・フォスターがかつて企業相時代に導入した、再生可能エネルギー政策(Renewable Heating Initiative:RHI)の不備で、4億9千万ポンド(690億円:£1=140円)の欠損が出ることが判明した。これは、人口185万人の北アイルランドでは極めて大きな金額である。ナショナリスト側のシンフェイン党は、この問題の公的な調査の結果が出るまで、フォスターが首席大臣の地位から一時的に身を引くべきとしたが、フォスターは拒否。それ以外の政策でも不満を持っていたシンフェインのマーティン・マクギネス(3月21日死去)は、副首席大臣を辞任した。シンフェイン党が代わりの候補者を立てることを拒否した結果、首席大臣が自動的に失職し、選挙が行われることとなった。

2017年3月選挙

3月2日に行われた北アイルランド議会選挙は、議席数が108議席から90議席に減らされた。前回の議会選挙は2016年5月に行われたばかりで、次期選挙予定の2021年5月にこの議席数削減が実施されるはずだったが、この突然の選挙でそれが大幅に早められることになった。なお、この選挙は、18の選挙区に分かれた比例代表制で、各選挙区から5人ずつ選出される。有権者はその選好に従い順位をつけて投票する。

前回2016年5月選挙結果(投票率54.2%)

政党 議席数 派別 第一選好得票
DUP 38 ユニオニスト 29.2%
SF 28 ナショナリスト 24.0%
UUP 16 ユニオニスト 12.6%
SDLP 12 ナショナリスト 12.0%
APNI 8 中立 7.0%
その他 6    
合計 108    

DUP: 民主統一党、SF:シンフェイン、UUP:アルスター統一党、SDLP:社会民主労働党、APNI: 同盟党

2017年3月選挙結果(投票率64.8%)

政党 議席数 派別 第一選好得票
DUP 28 ユニオニスト 28.1%
SF 27 ナショナリスト 27.9%
SDLP 12 ナショナリスト 11.9%
UUP 10 ユニオニスト 12.9%
APNI 8 中立 9.1%
その他 5    
合計 90    

この選挙で、最大政党のDUPが議席を38議席から28議席へと大きく減らし、党単独で法制等の拒否権が行使できる30議席も下回った。一方、シンフェインは1議席減らしただけで27議席を獲得し、2党の差が、得票でわずか1168票差、議席数で1議席となり、大きく躍進した。

RHI問題が起こり、投票率が前回2016年よりも10%余り上昇し、DUPは得票を伸ばしたものの、得票率を落としたのに対し、シンフェインは、得票率を4%近く伸ばした。ユニオニスト側は、それまで過半数を維持していたが、それも失うこととなる。

選挙後、イギリス中央政府の北アイルランド相は、3週間の交渉期間で新政府樹立の話が政党間でまとまらなければ、規定に従い、再び選挙を実施するという方針を示した。この期限は、3月27日である。

RHI問題の調査委員長の判事が、調査には少なくとも半年はかかるとしたことから、この問題の解決はまだはるかに遠いといえる。シンフェインはRHI問題ばかりではなく、「トラブルズの遺産問題」、すなわち多くの未解決の殺人事件の解明への中央政府からの財政援助やアイルランド語への補助を要求し、一方、DUPは「遺産問題」で、かつての軍人らが未解決の殺人事件の容疑者となっているとしてそれらの関係者が訴追されないよう赦免すべきだと要求している。今のところDUPとシンフェインが折れ合う可能性は乏しく、事態は膠着状態といえる。

このような中、中央政府の北アイルランド相は、昨年5月以来3回目となる選挙を実施するかどうか、もしくは中央政府が直接統治するかの選択肢を迫られることとなる。

もし選挙を実施することとなれば、3月に躍進したシンフェインが、マクギネス死去後の弔い合戦でさらに躍進する可能性があるのに対し、DUP、さらにユニオニスト側の勢力がさらに弱まる可能性がある。

問題の一つは、メイ政権が、EU離脱派のDUP(イギリス下院に8議席持つ)の協力を下院で得るため、特別扱いしてきたという印象を与えたことだ。すなわち、北アイルランド相は中立的な立場であるべきであるのに、それがえこひいきをしているように受け止められている。

さらに、中央政府が直接統治することとなれば、かつてブレア、ブラウン首相らも経験してきたように、メイ首相がDUPやシンフェインのトップからの直接の電話に悩まされることとなる。メイ首相は、特にシンフェインのアダムズ党首の扱いには苦労するだろう。

シンフェインは、既に、南のアイルランド共和国との統一を望むかどうかの北アイルランド住民投票の実施を要求し、メイ首相が拒否した。この要求の背景には、昨年6月23日のEU国民投票で、北アイルランド住民の55.8%が残留に投票したことがある。

現在、アイルランド島内の北アイルランドとアイルランド共和国の間の国境には「仕切り」がなく、自由に往来できるが、イギリスがEUから離脱すれば、その「仕切り」が必要になるのではないかという危惧がある。ただし、昨年9月にBBCが行った世論調査では、住民の63%はそのような住民投票を望んでおらず、今のところユニオニストだけではなく、カソリックのかなり多くもイギリス残留を望んでいる。

なお、北アイルランドの住民は、アイルランド共和国のパスポートを得られるが、イギリスのEU離脱で、プロテスタントやユニオニストまでもがアイルランド共和国のパスポートを入手しているとされる。すわなち、これらの人たちのナショナリスト側への反感が減ってきている一方、カソリックは反カソリックのオレンジ結社やユニオニスト運動に未だに強い不信感を持っている人が多い。

アイルランド共和国でのシンフェイン

南のアイルランド共和国では、自分をカソリックと考える人が人口の84%、プロテスタントと考える人が4%(北アイルランドでは48%)であるが、テロ組織のイメージの重なるシンフェインへの不信が強かった。シンフェインは、1986年、アイルランド議会の議席に就くことに方針を変えたが、選挙での支持を増やすのはそう簡単ではなかった。

党首のアダムズは、イギリスの下院議員を2011年に辞職し、アイルランド下院議員選挙に出馬、当選し、また、同年、上述のマーティン・マクギネスがアイルランド大統領選挙に出馬した。マクギネスは3位となり当選しなかったが、シンフェインがアイルランドで本格的に政治運動に取り組み始めた。2012年にマクギネスが、北アイルランドを訪れたエリザベス女王と握手し、また、アダムズは2015年にアイルランドを訪れたチャールズ皇太子と握手した。

なお、2016年のアイルランド下院議員選挙で、157議席が争われ(議長は無投票)、シンフェインは14%の第一選好票を獲得し、23議席を獲得。この3月の世論調査ではシンフェインの支持率が23%とアップした。比例代表制のため、次期選挙ではシンフェインの大幅議席増が予測される。

また、マクギネスの葬儀にはクリントン元米大統領がアイルランド大統領や首相らとともに出席した。アイルランドでのシンフェインのプロフィールは上昇している。

さらにアイルランドのケニー首相らは、大統領選挙に北アイルランド住民も投票できるようにする方針だ。北アイルランドに住むマクギネスは、アイルランド大統領選に立候補できたが、自分に投票できなかった。北アイルランド住民に大統領選挙投票権を与えれば、アイルランドへの見方が大きく変わる可能性がある。

北アイルランドはどうなるか

もし選挙が行われれば、その選挙の結果は、いずれにしてもDUPとシンフェインがそれぞれの立場で第一党となるのは間違いなく、事態は膠着状態のままだろう。

いつまでも選挙をし続けるわけにはいかず、北アイルランドの不透明な政治状況は、まだまだ続きそうだ。

その一方、もしメイ首相らがBrexitの対応を誤り、北アイルランド住民が、中長期的にイギリスよりアイルランド共和国の方が有利だと判断するようなこととなれば、プロフィールを向上させるシンフェインが行動に出て、イギリスが北アイルランドを失うような危機に面する可能性も出てくるかもしれない。